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妾の子

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第二章


第二章

「一時だけでもなのですね」
「そう、それだけでもいいですから」
「どうか。御願いします」
「それでしたら」 
 今の言葉でやっと頷くセツだった。
「少しだけでもこの家に置きましょう。いいですね」
「はい、どうかその様に」
「御願いします。それでは」
 こうしてそのカヨという娘はセツの家に来ることになった。来たその娘は小柄で黒目がちの可愛らしい女の子だった。髪は烏の濡れ羽の如くであり実に美しい。着ている服は赤い着物であった。それを見ているとセツは店によくある日本人形を思い出したのであった。
「この娘です」
 夫の同僚達が一緒に来ていた。そのカヨという娘の横にいた。しかも二人で。
「坂本カヨといいます」
「さっ、カヨちゃん」
 同僚の一人が優しく彼に声をかける。
「奥様に挨拶をして」
「さっ、怖がることはないから」
「は、はい」
 ここでカヨとおどおどと彼等に応えた。かなり内気で大人しい感じだ。それにその物腰が女の子らしくやけに優しいものだった。それを見てセツは今まで警戒していた気持ちが少しだけ和らいだのだった。だがその少しだけが実に大きなものになるのだった。
「怖がることはないのよ」
 自分でも驚いた。言葉が自然に出たからだ。
「カヨちゃんね」
「は、はい」
 やはりおどおどとしながらセツに答える。
「カヨです。私は」
「この家に暫くいるのよね」
 穏やかな顔でカヨに問うのであった。
「カヨちゃんは。そうよね」
「そう言われていますけれど」
「そうよ。もう部屋は用意しておいたから」
 これまた自然に出た言葉であった。また顔も優しげに微笑んでいる。この表情もまた彼女自身が予想だにしないものであった。自然となったものだったのだ。
「すぐに入ればいいわ。それで暫くは二人で」
「二人で」
「この家で暮らしましょう。いいわね」
「御願いします」
 ここでカヨは深々と頭を下げるのだった。
「どうか」
「他人行儀はいいから」 
 こうも言った。
「それもね。気にすることはないのよ」
「何か違うな」
「そうだな」
 夫の上司達は二人の、とりわけセツの言葉を聞いて囁き合うのだった。最初にセツに話をした時とは彼女の態度が全く違うからだ。だから戸惑うのも当然だった。
「何か。あの時と」
「いや、今急に変わったぞ」
 何故それが変わったのかまではわからない。だがその変わった様子を見て言うのだった。セツはその間にもその急に変わった様子でカヨに言うのであった。
「そういうことだから。二人でね」
「はい」
 こうして彼等の戸惑いをよそにカヨはセツに迎えられた。カヨは人見知りし気の弱い女の子だったがその心根は奇麗で優しく気のつく娘だった。家事もそつなく進んで行いセツも驚く程だった。何時の間にか二人は食事も向かい合って摂り一緒の部屋で並んで眠るようになった。まるで親娘の様に。
 この日もそうであった。夏の暑い日だったので素麺を食べている。窓の方の風鈴の音と蝉の鳴き声を聞きつつガラスの器に入れたその素麺を向かい合って食べている。これはカヨが作ったものである。
 
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