Yuruyuri4 the NOVELIZATION
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Requirement of HERO
最近、七森中学校ではある都市伝説がブームとなっている。
その名も、『マヨナカテレビ』。雨の日の午前零時に何も映っていないテレビを見つめると、自分の運命の相手が映し出されるというものである。
七森中学校に通う二年生、歳納京子は自身の所属している部活、娯楽部で話すネタにするため、その真偽を確かめようと実際に午前零時にテレビを覗き込むことにした。砂嵐が掛かったような荒い映像に映されていたのは、何と同じ娯楽部員であり彼女の幼馴染である赤座あかりの姿だった。
運命の相手を別の娯楽部員、吉川ちなつだと信じて疑わない京子は、『マヨナカテレビ』の真相を明らかにすべく、あかりと共に学校の近所に新しくできたデパート「ナモリ高岡店」のテレビ売り場へと向かう。その売り場に並ぶテレビの一台が異空間と繋がっており、京子達は奥へと進んでいくのであった――
「――というわけなんだよ、あかり」
「……ねえ、京子ちゃん。あかり、ここまで付いて来る必要あったのかなぁ?」
「あるに決まってるじゃん! あの『マヨナカテレビ』にあかりが映ったんだよ!? 理由とか真相とか確かめようと思わないの?」
「言いたいことは分かるけど……だからってこんな変な場所に連れて来ることないじゃない!」
あかりの言葉通り、二人を取り巻いている景色は明らかに異質なものだった。周囲に存在するありとあらゆるものから色という色が抜け落ちており、まるでモノクロ映画の中に入り込んでしまったようである。
「周りのものは全部白黒で何か目がチカチカするし、霧で何も見えなくてここがどこかも分からないし……うわぁ~ん、早くお家に帰りたいよぉ~!」
「何言ってんのさ、あかり。霧なんでどこにもないよ?」
京子の言葉に、あかりは泣くことを止めて彼女の方に目を向けた。
あかりの目には確かに霧に覆われた町――のような風景――が映っている。生まれてこの方眼科の世話になったことのないあかりにとって、自分が見ているものを指摘されることは自身の存在感の薄さを指摘されるよりも想定外のことだった。
「あれ? 京子ちゃんって、眼鏡掛けてたっけ?」
ナモリのテレビ売り場からこの異空間にやって来る前は確実になかったはずなのだが、京子の顔には確かにお洒落な赤縁の眼鏡が掛けられていた。
「あ、これ? さっき、そこで『クマ~クマ~』って言ってる変なのからもらったんだよ」
「え、嘘!? あかり、そんなのもらってないよ?」
「気付かれなかったんじゃない? あかり、存在感薄いから」
「そんなぁ……あかり、主人公なのに……」
二次創作の世界でも主役扱いされないことにがっくりと肩を落としていると、不意に建物の陰から何かが飛び出して来た。
それを一言で表現するなら、化け物以外の言葉は見つからなかった。巨大な唇に二本の足が生えているだけという、およそ地球上に存在する生物としてはありえない姿形をしている――見ようによっては、某有名ロックバンドのロゴマークに見えなくもないが。
「な、何あれぇ~!? 何か、こっち来るんだけど~!」
化け物は一体だけではない。周囲にある様々な建物の陰からまるで虫か鼠のように何十体も沸いて出てきていた。
「下がってて、あかり。あかりは絶対私が守るから」
「京子ちゃん……」
巨大な唇を開けて醜く涎を垂らしながら迫る化け物に、京子は逃げる素振りも見せず、あかりを背中に庇うようにしてその群れと対峙する。
彼女の手には一枚のカードが浮かんでいる。崖の縁に立つ陽気な男が描かれたそのカードは半透明で、青白い光を放ちながらくるくると京子の掌の上で回転していた。
(――カッ!)「――ペルソナ!」
言葉と共にそのカードを握り潰す。すると、カードはガラスのように砕け散り、代わりに京子の背後に巨大な人影が現れた。
「ええっ!?ミ、ミラクるん?」
その人影は京子が最も好きなものだと豪語する『魔女っ娘ミラクるん』の衣装を身に纏っていた。ただ、顔の部分は愛らしい少女のものではなく、黒いのっぺらぼうのようになっているので、不気味以外の何物でもない。
「いっけぇー、ディ○イーン・○スター!」
「それ違う! 作品が違うよ、京子ちゃん!」
あかりのツッコミを余所に、ミラクるん姿の人影が持つ魔法少女的ステッキから眩い光線が放たれる。数え切れないほど蠢いていた化け物はその光に呑まれ、一瞬の内に姿を消した。
「ま、ざっとこんなモンかな」
京子の勝利宣言と同時に、巨大ミラクるんは陽炎のようにその姿を消した。
「すっごーい、京子ちゃん! そんなのどうやって使えるようになったの?」
「ふっふーん。主人公の力をもってすれば、教えられずとも不思議能力を使うことができるのだよ、あかり君」
「じゃ、じゃあ、あかりも使えるようになるのかなぁ?」
興奮気味に問いを投げるあかりを置いて、京子はモノクロの町を進む。
(ごめん、あかり。世の中には、知らない方がいいこともあるんだ……)
心の中で何度もそう詫びながら。
誰もいない町を五分ほど進むと、見慣れた建物が視界に入る。
「あれは、学校……?」
それは二人が通う七森中学校だった。他の建物と変わらず本来の色はごっそり抜け落ちているものの、見た目は本物と何一つ変わらない。正に、完璧な偽物だった。
「行こう、あかり。きっとここに何か手掛りがあるはずだよ」
京子はあかりの手を引いて学校の敷地内へ足を踏み入れる。一年以上通っている場所なのに、今目の前にある学校は、何故か自分の見知らぬ場所のような気がしてならなかった。
「あ~はっはっは! よく来たね、二人共!」
校舎の前に広がる校庭。普段、運動部が放課後に汗水流して練習を行っているその場所に、京子とあかり以外の何者かが立っていた。
「あれは……!」「あ、あかり?」
どういうことか、モノクロの校庭の真ん中に立っていたのは、京子の隣で唖然としているあかりとほぼ同じ姿をしている少女だった。特徴的な赤い髪も、頭のお団子も、くりくりとした大きな目も、あかりと何一つ変わらない。違うところと言えば、お団子にしてもなお腰の辺りまで伸びている長い髪と――
「そう。私は赤座あかり。コミック百合姫にて絶賛連載中の大人気コミック『ゆるゆり』の主人公にして、七森中娯楽部をまとめるリーダーよ!」
隣にいるあかりには全く見当たらない圧倒的とも言える存在感だった。
「ど、どういうこと? だって、あかりはちゃんとここにいるのに……」
「私もあかりだよ、京子ちゃん。正真正銘の、ね」
現在のあかりとは似ても似つかないほど余裕のある口調に、京子は隣にいるオリジナルのあかりに何とか言うよう促してみたのだが、
「か、かっこいい〜! あれ、本当にあかりなの? 何だか夢みたい〜!」
本人とは正反対の主人公体質なあかりをうっとりと見つめるだけだった。
「ありがとう。自分自身からそう思われてるなんて光栄だよ。さあ、あかり。私と一緒に来て。存在感がなくバカにされるだけだった君を、本当の主人公にしてあげる」
「ほ、本当? あかり、あんな風になれるんだ……」
あかりは主人公らしい自分自身を思い浮かべて恍惚となりながら、偽あかりのもとへふらふらと歩いていく。そこには何の考えもない。「主人公らしくなれる」というあかりにとって最も魅力的な誘惑がその足を動かしているのだ。
「ダメだ、あかり! アイツの誘いに乗っちゃだめだ!」
京子の呼び掛けに、あかりは足を止めて彼女の方を振り返る。
「どうしたの、あかり? 主人公になりたくないの? ずっと悩んでたじゃない。主人公なのに出番が少ないって、扱いが悪いって」
足を止めるあかりに、偽あかりは言葉を重ねる。
「だからさ、見返してやろうよ。あかりをバカにしてきた人達を。もう誰にも『アッカリーン』だなんて言わせない。あかりが、この『ゆるゆり』の中心に君臨するんだよ」
あかりは彼女の紡ぐ言葉に何度も頷きながら再び歩き出す。その様子は、神の生まれ変わりだと自称する新興宗教の教祖に心酔し切っている信者そのものだった。
「あかり、戻ってこい! あかりぃ!」
「耳を貸しちゃだめだよ、あかり。京子ちゃんは怖いんだよ。主役の座をあかりに奪われて、昔みたいな泣き虫の自分に戻るのが」
「違う! 私はそんなこと……!」
「心配しなくても、後でじっくりと味わわせてあげる。私が、あかりがこれまで味わってきた苦しみをね」
主役どころか悪役のように高笑いをする偽あかり。そして、主人公という三文字に釣られて狂信的に偽物の方へ歩みを進める本物のあかり。状況は刻一刻と絶望的な方へと動いていく。
あかりが今更主人公らしさを得たところで、現実に何か影響を及ぼすわけではない。世界が滅ぶわけでもなければ、これまで築いてきた関係が崩れるわけでもない。しかし、京子は目の前にいるあかりが変わってしまうことにどうしても納得することができなかった。
「……違う。あかりは……私の、私達の大好きなあかりは、そんなこと言わない」
それでもあかりの歩みは止まらない。しかし、京子は更に続ける。
「確かに、あかりは存在感がないし、主人公らしくないかもしれない。でも、あかりは誰よりも明るくて、誰よりも優しい。そんなあかりだから、あかりの周りには色んな人が集まってくるし、皆あかりを大好きでいられるんだよ」
かつて親友二人の背中に隠れて泣いていることしかできなかった少女は、誰よりも強く、誰よりも明るく、そして、誰よりも優しい彼女の姿に憧れ、何時か自分もそうなろうと決意した。だからこそ、少女達は笑い合える。過ぎ行く日々を愛しいと思える。そこに主役も脇役もない。あの場所にいる誰もが主役であり、それを引き立てる脇役でもあるのだから――
「他人の不幸を願うなんて。そんなの……そんなの、あかりじゃない!」
京子がそう叫んだ次の瞬間、偽あかりに異変が起こった。
それまで鏡のように彼女と似た姿を取っていた偽物が、巨大化を始めたのだ。変化が進むに連れて、そのシルエットは人間のものから掛け離れていく。あかり本人を自称していた彼女も、結局のところはあの唇お化けと同じだということだろうか。
――我ハ影。真ナル我。
口上と同時に明らかとなったその姿は、怪物と言うよりも先程京子が召喚した人影と似ていた。一昔前に流行っていたRPGの主人公のような鎧とマントを羽織り、手には巨大化した頭身に合わせた大きな諸刃の剣が握られている。あかりと同じ臙脂色の髪を靡かせてはいるが、やはり顔の部分はのっぺらぼうに近く、人と呼ぶにはあまりにも無機質で不気味だった。
――貴様ヲ葬リ、真ノ主役トナル。コノ赤座アカリガナ!
「その台詞じゃ、主役じゃなくて悪役だっての……」
本性を現して襲い掛かってくる偽あかりに、京子は溜息を吐きながら「愚者」が描かれた半透明のカードを手の平に浮かべる。
(――カッ!)「――ペルソナ!」
カードを握り潰すとガラスのように砕け散り、ミラクるんの姿をした人影が現れる。
――邪魔ダァッ!
京子に向けて振り下ろされた剣を、人影は持っていた魔法少女風ステッキで受け止めるが、鍔迫り合いとなっている所に蹴りを入れられ、ミラクるんは大きく吹き飛ばされてしまった。
すると、偽あかりの周囲に自らが武器として使っているものと同じ剣が何本も現れ、独りでに浮かんだかと思えば、まるで弓矢か何かのようにミラクるんへ容赦なく放たれる。
「うわ、ヤバっ。防御、防御!」
京子の言葉に応えるようにミラクるんは前方に手を翳して、魔法陣を象った防御魔法を展開させる。直後、横殴りの雨のように降り注ぐ剣がその魔法陣に突き刺さった。
何とか直撃は免れたものの、盾として使用していた防御魔法は脆くも崩れ去ってしまう。
攻撃が当たらなかったことを確認した偽あかりは、即座に新たな剣を出現させて射出する。
敵が次弾の準備をしている隙にミラクるんは立ち上がり、魔力で向上した機動力をもってその回避を試みるが、射出された剣にはそれぞれ追尾性が付与されているらしく、高速で移動してもそのすぐ脇を剣が掠めていく。
率直に言って、形勢はかなり不利だった。強力な遠距離攻撃を得意とするミラクるんに対して、偽あかりは近接戦闘向けの武器だけでなく中距離以上のレンジに対応できる能力を持っている。攻撃にある程度の予備動作が必要なミラクるんは、予備動作なしに放たれるその能力によって反撃すら許されていない。このまま何の対策も講じなければ、敗色は濃厚だろう。
「あかり!」
だから、京子に今できることはさっきまで偽あかりのいた場所で放心状態に陥っているオリジナルのあかりにアプローチを掛けることだけだった。偽あかりが自称する通り、あの怪物とあかりが繋がっているのなら、何らかの影響を与えられるだろうから。
「こんなこと、もう止めようよ! 誰かを消して主役になったって、誰も喜ばないよ!」
――黙レェッ!
京子の狙いを妨げるために偽あかりは剣の一本を差し向けようとするが、ミラクるんが光線を放ってそれを阻止する。
――貴様ニ分カルモノカ。存在感ガナイト虐ゲラレ、蔑マサレルコノ苦シミガ!
「……そんなの分かるわけないじゃん。だって、それはあかり自身のことなんだから。あかり以上にその苦しみを理解できる人間なんて、この世にはいないよ」
京子の言葉を聞くためか、あれだけ激しかった偽あかりの攻撃はぴたりと止んだ。
「私は、さ。別に存在感がなくたっていいと思うんだ。確かに、私らが小さい頃と比べると、随分雰囲気が変わったけど、根っこにいるのは昔と変わらない優しいあかり。だからこそ、私も結衣もちなつちゃんもあかりを大好きでいられるんだよ」
それに、と京子は言葉を続ける。
「どんな困難でも逃げずに立ち向かうのが、主人公ってモンでしょ」
「……あ」
これまで何の反応も示しさなかったオリジナルのあかりが、ようやく声を漏らした。
――ヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
自身を受け入れかけているオリジナルの状態に危機を感じたのか、偽あかりは悪足掻きとばかりに剣を二人目掛けて一斉に放った。
「向き合おうよ、今の自分とも。人間、その気になれば、誰だって主人公になれるんだから!」
ミラクるんが二人を庇うように立ちはだかる。その先を偽あかりへと向けたステッキは、眩い光を蓄えていた。
「これが私の全力全開! ティ○・フィナーレ!」
言葉と共に放たれた光線はこちらに向かって降り注ぐ刃の雨を呑み込み、そして、それらを放った偽あかりを貫いた。
――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
光によって巨大化した偽あかりの外見は跡形もなく消滅した。しかし、その核となっていた人間大のあかりは消滅することなく京子達の目の前で蹲っていた。
京子はミラクるん姿の人影を消す。全身に壊れたテレビのようなノイズの走っている今の偽あかりに、抵抗するだけの力が残っているとは思えなかった。
それと同時に、あかりが偽あかりへと駆け寄り、ノイズの掛かった体を抱き起こす。
「あかり、大事なこと忘れかけてた……皆と友達でいられるのは、存在感がどうとかじゃなくて、あかりがあかりだから、なんだよね。主役とか脇役とか、そんなのは関係ないんだよね」
「なら、否定するの? 主人公になりたいと願うこのあかりを」
「ううん。否定なんてしないよ。だって、存在感のない今のあかりも、主役に憧れるあかりも、両方あかりなんだから」
偽あかりはまるでその言葉を待っていたかのように安らかな表情で目を閉じた。
すると、彼女の体が淡い光に包まれ、京子の持っていたものとよく似た半透明のカードに姿を変えた。描かれている絵柄は十字架をあしらった法衣を着て信者に説教をする法王。そして、そのカードはあかりの一部分となるかのように彼女の体へと入っていった。
「これが……ペルソナ」
*
○月×日(水)天気:曇天
京子とあかりがテレビの中の異世界で激闘を繰り広げてから、数日が経過した。
相変わらず、『マヨナカテレビ』の噂は学校内で衰えるところを知らない。生徒達は友達と会えば『マヨナカテレビ』に誰が映って欲しいだのという話に花を咲かせているし、新聞部やオカルト研究会のような文化部はこぞってこの噂を取り上げている。ただ、その話の中で京子達が出会った怪物やもう一人の自分が登場することはない。誰もがあれを運命の相手を映し出す都市伝説だと信じて疑わなかった。
その『マヨナカテレビ』に映りテレビの中でもう一人の自分と出会ったあかりは、娯楽部の部室である茶室にいた。
「あ〜あ、誰も来ないなぁ。ちなつちゃんは用事で来れないって言ってたし……」
広い座敷の真ん中で寝転がりながらぽつりと愚痴を零していると、突然玄関に通じる引き戸が勢いよく開いた。
「あかり! 大ニュース大ニュース!」
大声を上げながら入って来たのは、テレビの中で「ペルソナ」という能力を行使して暴走してもう一人のあかりを倒したあかりの親友、京子だった。
「ど、どうしたの、京子ちゃん? そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないよ! 昨日の『マヨナカテレビ』に結衣が映ったんだよ! あいつ、今日学校来てないし、もしかすると、あかりみたいにテレビの中でもう一人の自分に会ってるかも!」
矢継ぎ早に言葉を重ねると、京子はあかりの手を取って茶室を飛び出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! どこに行くつもりなの?」
「どこって、テレビの中に決まってんじゃん。一緒に結衣を助けにいこうぜ」
「うわぁ〜ん! 勘弁してよぉ〜!」
七森中学を後にした二人は一路「ナモリ高岡店」へと急ぐ。
京子に連れられるあかりは文句を言いながらも、どこか嬉しそうに見えた。
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