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無名の戦士達の死闘

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第三章


第三章

「こんな大試合でも全く同じとらんわ。これはしんどい試合になりそうや」
 そして自軍のベンチにいる鈴木を彼に気付かれないようにチラリと見た。
(いつもやったらこいつをその気にさせてやれるんやけれどな)
 西本はあえて鈴木を怒らせてマウンドによく送った。彼の闘争心をこちらに向けさせその分相手には自分のピッチングをさせる為であった。だがそれにはもう時間がない。
 他の選手達を見る。彼等もまた皆西本が一から鍛えた戦士達である。しかし。
(やっぱり固いな。いつもの明るさはないわ)
 西本は彼等を見て思った。これにはこの時の両チームの事情もあった。
 阪急は既に前期優勝しプレーオフ進出を決めている。この試合勝とうが負けようがプレーオフには出られるのである。しかし近鉄は違っていた。
 この試合に勝てばプレーオフ進出である。しかし負ければ。
 近鉄は今日が最後の試合。今首位にある。勝ては優勝である。負ければ首位が入れ替わる。阪急は残り二試合ある。彼等はそれに連勝すれば後期も優勝である。当時のパリーグは前期と後期二期制でありプレーオフにはそれぞれの優勝チームがシリーズ進出をかけて戦うという制度になっていた。
 近鉄にとって重苦しい試合であった。対する阪急はいささか気分が楽である。この差は大きかった。
(だが負けるわけにはいかん)
 西本はそう思いなおした。これまで多くの死闘を選手達と共に潜り抜けてきた。今負ければ全てが水の泡になってしまう。
 そして試合は始まった。まずは一回表は先頭の福本を出したものの無難に抑えた。一回裏近鉄の攻撃である。
 山田は立ち上がりに苦しんだ。彼には左膝に爆弾があった。その心配もあった。制球難に苦しみ暴投でい近鉄に一点を与えてしまう。
「これはまずいかもしれんなあ」 
 三塁側ベンチにいる上田はそれを見て言った。山田は被本塁打も多い。制球に苦しんでいる時は失投が最も恐ろしいものである。
 近鉄の攻撃は続く。二死二、三塁の絶好のチャンスに打席にはこの日は指名打者となっていた有田修三が入った。鈴木啓示とのバッテリーで知られる男でその強気のリードと勝負強い打撃はよく知られていた。この日マスクを被っていたのはもう一人の捕手梨田昌崇であったが彼はその打撃を期待され試合に参加していたのだ。
 有田は打った。打球は三遊間を抜けたと思われた。しかし。
 そこにあの男がいた。遊撃手大橋譲が横に跳んだのである。
「おおっ!」
 それを見た観客は皆驚きの声を挙げた。まさかあの打球を取るとは誰も思わなかったからだ。
 そして一塁へ矢の様な送球。恐るべきは投げるまでの速さとその強肩であった。
 有田も懸命に走る。だが白球はそれに対しあまりに無慈悲であった。
 白球が来る。有田が走る。ボールは一塁を守る高井保弘のファーストミットに収まった。ほぼ同時に有田は一塁ベースを踏んだ。判定は。
「アウト!」
 審判は大きく叫んだ。それを見た近鉄ファンは叫んだ。
「何で有田はこうも足が遅いんや!」
 確かに有田の足はお世辞にも速いとは言えなかった。だが今回は別であった。大橋の守備が、肩があまりにも凄過ぎたのであった。
 大橋譲。かっては東映の遊撃手であった。その守備は東映時代より定評があった。しかし打撃はからっきしであった。
 その大橋に注目したのが西本であった。あの四六年のシリーズ、九回の悪夢の伏線としてエラーがあった。
 当時阪急の遊撃手は阪本敏三であった。小柄ながらその俊足が売りでパワーもあった。しかし守備はこの時既に頭打ちとなっていた。
 あの敗因は守備である、そう確信した西本は思い切ったトレードを敢行したのである。
「えっ、本当か!?」
 この話を聞いた記者達は皆目をむいた。何と阪本と大橋の交換トレードなのである。
 同じリーグ内でしかも同じ守備位置の選手の交換トレード。これは皆の予想を大きく裏切っていた。
 阪本は阪急の主力打者である。それに対し大橋の打撃は比べ物にならない。幾ら何でも阪急にとってあまりに不利なトレードであった。
「よろしいのですか、監督」
 西本と親しい者は彼を何とか思い止まらせようとする。だが彼は首を横には振らなかった。
「まああの男がどう活躍するか見といてくれや」
 西本はそれだけ言った。そしてトレードを敢行した。
 このトレードは成功に終わった。大橋はその守備を生かし阪急の失点を防いでいった。山田や足立等当時の阪急の投手には打たせて取るのを得意とする者が多かった。そんな時に大橋の守備は頼りになったのである。
 
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