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無名の戦士達の死闘

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第十二章


第十二章

 この言葉は効いた。稲葉は好投し三回に一点を許しただけである。
 村田も好投した。六回に福本にホームランを打たれたのみであった。
 しかしその村田が七回に捕まった。ツーアウトをとったものの疲れが見えはじめたのである。
 これを逃す阪急打線ではなかった。攻勢を仕掛け満塁とする。またもや絶体絶命のピンチだ。
 ここでも西本は動いた。そして三度山口の名を告げた。
「ここまできたらもうあとは覚悟だけや」
 西本はベンチに帰ってそう言った。彼も腹をくくっていたのである。
「山口、任せたで」
 そして彼は腕を組みなおした。マウンドにいる山口を見る。
 阪急はここで笹本を出してきた。第一戦で唯一のタイムリーを放った男だ。
「さあ、どう出るかな」
 観客達は山口と笹本の勝負を息を飲んで見守った。
 山口に気負いはなかった。彼は力で押しにかかった。笹本はそれを合わせるのがやっとであった。打球はセンターフライとなった。これでこの回の阪急の攻撃は終わった。
 山口も稲葉も力投する。試合は延長戦に入った。
 十回表、近鉄の攻撃である。流石に疲れが顕著になってきた稲葉は近鉄打線に捕まってしまう。
「監督、どうしますか」
 阪急のベンチでコーチの一人が梶本に尋ねた。
「そうやな」
 山口は昨日使った。それにあの球威がない。ここで投入はできなかった。
 彼はブルペンに電話をかけた。
「おい、いけるか」
 彼はもう一人の切り札を呼んだのだ。
「お任せ下さい」
 彼は答えた。
「よし、頼むぞ」
 梶本はそれを聞くと彼に対し言った。そして電話を切りマウンドに向かった。
「ピッチャー交代」
 梶本は告げた。そしてマウンドには山田があがった。
「きおったな」
 西本は彼の姿を見て言った。西本が一から育て上げた阪急のエースである。ここは彼しかいなかった。
「おい」
 西本はバッターボックスに向かう小川亨を呼び止めた。通称モーやんと呼ばれる男であり選手達のまとめ役である。西本は彼の温厚で堅実な人柄に深い信頼を寄せていたのである。
「思いっきりいくんや。ええな」
「はい」
 小川は答えた。そしてバッターボックスに入った。
 山田は投げた。小川はそのボールを思いきり振った。西本の言うように。
 ここで梶本は一つのミスを犯していた。この時の阪急のショートは大橋ではなかったのである。
 先程の笹本の代打、それは大橋に送った代打なのであった。大橋はバッティングはそれ程でもない。だから代打を送ったのだ。
 この時ショートに入っていたのは井上修。やはり大橋と比べると守備は見劣りする。
 井上は小川の当たりが強かったことに慌てた。そしてこの大一番で身体が堅くなっていた。
 エラーである。それを見た山田のポーカーフェイスが歪んだ。こうして近鉄は遂に勝ち越した。
「けれどたった一点やぞ」
 観客席に座る中年の太った男が顔を顰めて言った。
「あの阪急の打線相手には心細いもんや」
 そうであった。阪急も負けるわけにはいかなかった。彼等は決死の覚悟で山口に向かっていった。
 だが簡単にツーアウトを取られた。あと一人、近鉄ベンチ及び観客席から沸き起こるような気が感じられた。
「御前等このまま負けてもいいんか!」
 この試合四番に座る加藤が言った。
「ここで逆転して一気に優勝するつもりでやらんかい!」
 彼は拳を振り回して叫んでいた。
「俺まで回せ、そうしたらあの若い奴からホームラン打って試合決めたるわ!」
「おいヒデ」
 ここで隣から誰かが口を挟んだ。
「悪いが御前には回らん」
「何っ、誰じゃそんなこと言う奴は」
 加藤は声がした方に顔を向けた。
「俺がホームを踏んだるわ。安心せい」
 そこには福本がいた。彼はわざわざネクストバッターサークルから戻ってきていたのだ。
「そしてあとはこいつがやってくれる。島谷が打ってな」
 そう言って彼は蓑田を指差した。彼の俊足は有名であった。昭和五二年のシリーズは彼のホーム突入が勝負を決めたと言われている。
 島谷の勝負強さも有名であった。阪急打線は西本が育てた最強の打線であった。それはこの年、そして翌年一世を風靡した近鉄の『いてまえ打線』にも匹敵するものであった。
「御前が怒ることはあらへん。御前はそこでうちの勝ちをよお見とくんや」
「ああ」
 加藤はその言葉に頷いた。福本はそれを聞くとゆっくりとバッターボックスに入った。
 山口は投げた。ボールを見た福本の目が光った。
 
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