あと三勝
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第五章
第五章
「終わっちまったな」
大沢はそれを見て一言言った。
「帰るぜ」
彼は選手達にそう言うとベンチをあとにした。その彼を報道陣が取り囲んだ。
「残念、無念だな」
大沢は報道陣の質問に対してそう答えた。
「まあまだ優勝しねえ、って決まったわけじゃねえしあとはゆっくり見させてもらうとするか。けれどな」
彼はここで報道陣に対してニヤリ、と微笑んだ。
「いいゲームだっただろう。選手達はよくやってくれたよ。褒めてやってくれ」
「は、はい!」
報道陣は最初その言葉にキョトンとしたがすぐに頷いた。大沢はそれを見て満足気に微笑んだ。
「負けたのは確かに悔しいがな。けれどあいつ等は本当によくやってくれたよ。この試合だけじゃねえ。このシーズン全部の試合でな」
その顔には悔しさはなかった。満ち足りたものがそこにはあった。
「俺はそれが一番嬉しい。来年優勝すればそれでいいさ」
そう言うと監督室に姿を消した。その彼を誰も責めようとしなかった。
「そうか、大沢はそんなことを言うとったんか」
西本もまた報道陣に取り囲まれていた。そして大沢の話を聞かされそう感慨深そうに言った。
「あいつらしいな。けれどこっちも耐えに耐えた。そのうえでの勝ちやった」
彼は言葉を噛むようにして言った。
「ほんまにええ試合やった。パリーグでもこんなにええ試合があるっちゅうことを皆見てくれたやろな」
「当然ですよ」
記者の一人がそう言った。彼は西本が阪急にいた頃からの付き合いである。それだけに西本の野球の素晴らしさをよく知っていた。
「あと二試合ありますけれどね」
彼は西本に対して言った。
「期待していますよ、頑張って下さい」
「ああ、わかった」
西本はそう言って頷くとバスに乗り込んだ。そしてホテルに向かって行った。
その後の二試合はどれも西武との勝負であった。まずは西武球場である。
「気合が違うな」
西武の監督根本陸夫は近鉄のベンチを見てそう呟いた。
「だがこちらもおいそれと勝たせるわけにはいかない。意地があるからな」
しかし流れは近鉄にあった。西武球場の試合にも勝つと藤井寺での最終戦にも勝利を収めた。
「よっしゃあーーーーー、優勝や!」
藤井寺での勝利が決まった瞬間ファン達は絶叫した。胴上げされる西本をナインが取り囲んだ。
「だがまだペナントの勝ちやないぞ」
試合後のミーティングで西本はナインに対して言った。
「プレーオフがある。これに勝たな何の意味もない」
「はい!」
かって近鉄は二度プレーオフに進出していた。一度は七五年。相手は阪急であった。
だが阪急にはこの時怪物がいた。最早伝説となっている剛速球投手山口高志である。
その速球は恐るべきものであった。到底打てるものではなかった。近鉄はその山口の前に手も足も出ず敗れた。
そして二度目は昨年であった。七九年である。この時の相手も阪急であった。近鉄と阪急、それは宿命的な間柄であった。
かって西本が阪急の監督をしていた頃にも優勝をかけて争ってきた。そして西本が近鉄の監督になり上田利治が阪急の監督になってもそれは続いた。両球団は長年に渡って死闘を繰り広げてきたのである。
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