ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
相対性
ガゴォン!!
轟音が夜の十一層フィールドにこだます。
岩肌に肩口まで腕を埋没させたレンは、しかし痛さなど何も感じていないかのように力任せに引き抜く。
分かっていた。
こうなる事は、分かりすぎるくらいに分かっていた。
なのに、分かっていなかった。
「くそッ!」
悪態をつくが、状況はまったくといっていいほど変わらない。
視界端に浮かぶシステムクロックが示すのは二十一時三十分。【狂った幸運】が伝えてきた時間まで、あと三十分しかない。
ぶっちゃけ急すぎて混乱しか頭に浮かばない。
―――待てよ。
タイミングが良すぎやしないか?
まるで、レンがリータと別れたのを見計らったように起こった誘拐事件。どこから見ていたといったらそれまでだが、それでも史上最凶最悪という呼び名が高い《冥界の覇王》に真っ正面から喧嘩を売るにしては即断即決すぎやしないだろうか。
それに、殺人者ギルド【狂った幸運】のイカれ具合は、あの【笑う棺桶】を余裕で越える。
どこの世界にでも似たようなものはあるのかもしれないが、このアインクラッドにも《裏の世界》というものは存在している。そして、そこで形成されている《暗黙の了解》もまた存在する。
裏の住人は、同じ裏に干渉してはならない。
殺人者は、同じ殺人者に手を出してはならない。
これを破った者に待っているのは、表からのみならず裏からも追放される世界だ。
しかし、それを真正面からブチ壊し、表だろうが裏だろうが関係なく人を殺しまくっている集団が彼らだ。
そんな集団が、”殺人者のため”だと?
上っ面だけの言葉すぎて、気色が悪くなってきた。
偽善に塗れすぎていて、気持ちが悪くなってきた。
ミシィ!
握り締めすぎた拳が悲鳴のような音を立てる。
ゆらり、と紅衣の少年の小柄な身体の全身から、瘴気のような黒き過剰光が滲み出す。それは陽炎のように空間を歪め、因果律を捻じ曲げる。
「何が起こってる…………!」
少年の呟きに応じる声は、当たり前のように誰もいなかった。
インスタント・メールの作成ウインドウから手を下ろしたアインクラッド最高クラスの情報屋、《鼠》のアルゴは深く大きなため息とともに路地の壁に背を預け、ずるずると地面にへたり込んだ。
アインクラッド第十一層主街区【セントレンズ】
エジプト辺りにある建築様式のように、地面の砂を押し固めて造ったような直方体の家が雑多に乱立し、NPCの肌の色も真っ黒という乾いた印象を受ける街だが、活気はかなりある。なぜだかこの街に存在しているNPCの数が他の層の主街区よりも多いのが理由である。
層全体に砂と岩しかないため、ショップで売っている食材アイテムが乾物系しかないのもまた特徴的であり、またプレイヤーが寄り付かない理由の一つにもなっている。
泥団子を平たく伸ばして乾かしただけみたいな家屋の壁に背をもたれかかせ、金褐色の巻き毛を持つ少女は膝を抱え込んで顔をそこに埋め込んだ。
フィールドではないので、そこかしこにカンテラが吊り下げられているが、その柔らかな光は少女の顔を照らし出すには及ばない。
「心が痛むかね?」
路地の奥、底が見えない暗闇から唐突に声が響いた。
どこまでも伸びる大樹の年輪のような多大な年月を感じさせるしわがれた声は、特に声を張っている訳でもなさそうなのに、夜闇の空気を伝ってどこまでも響き渡っていった。
その声にアルゴは、膝の間に埋めた顔を上げずに応える。
「当たり前だろウ。…………弟、みたいなモンなんだからナ」
くっく、と路地の奥にわだかまる闇から、思わず出たという風な笑い声が漏れた。
「弟、か。本当にそれだけかのぅ。それ以外の感情じゃあないのかね?」
「…………何が言いタイ」
憮然とした色が混じる返答に、別にと苦笑交じりに応える声。
「動くと思うかね?彼は」
「動くサ」
少女は即答する。
己の――――《鼠》の二つ名に賭けて即答する。
「アイツはそういう奴だからナ。悪に染まりたいと思っても、狂気に落ちたいと願っても、できない奴だかラ」
どこか嬉しそうに、どこか悲しそうに、どこか――――愉しそうに、アルゴは言う。
「お前が何を考えてるかは、バカなオレっちにゃあ小指の先くらいも分からン」
だがナ、と空気中の大気を震わせ、金褐色の巻き毛を持つ少女は言う。
「これだけは言えるゾ。アイツはお前が思うほど、ヤワな存在じゃなイ。今日がどっちに転ぶかは神様も分からんが、オレっちは信じる。アイツはお前より………いや、ひょっとしたらあの《戦神》よりも王の器に相応しいヨ」
「……………………………」
声が沈黙する。
代わりにアルゴの耳が捉えたのは、金属同士が擦り合わせられるような不穏な効果音だった。
空気の質が如実に変わった。殺気がそこかしこから溢れ出て、大気が帯電しているようにピリピリし始める。
その出所は、声が聞こえてきた路地の奥ではない。
本当にそこかしこから、押さえてあったものが思わず漏れ出したとでもいう風に、突発的に出現した。
通りに生える街路樹の裏から。
結構高い家屋の屋根の上から。
路地に据えるゴミ箱の中から。
光が漏れ出る窓の向こうから。
背筋が凍るほどの殺意が振り撒かれ、空間がみるみるうちに血塗られたものと化していく。
しかし――――
「ハシャぐなヨ、小僧どもガ」
それを遥か彼方に置き去りにするほどの凄絶な圧力が小柄な身体から放たれ、闇全てを遠ざける。
くりくりとしたアルゴの眼が、耐え難いナニカが含まれたモノに変わる。
「言っとくが、《心意》の力に気付いているのが《六王》だけだとは思うなヨ」
びり、びり、と空間自体が共振しているかのように揺れる。
《心意》の力の前では、《圏内》と《圏外》の違いなど瑣末なものと成り果てる。その先に待つのは血生臭いコロシアイだ。
もう少し、本当に小石が落ちるくらいの音域が響き渡れば、ここがどこだろうが関係なく戦闘にもつれ込む寸前。
「やめい」
しわがれた声が響いた瞬間、先程までの殺気が嘘のように消え失せる。
遠くに行っていたBGMと人々の喧騒が戻ってきて耳朶を打つ。血色に染まりかかっていた視界は、元の色を取り戻してきていた。
「…………すまんのぅ、どうも血の気がある奴が多くていかん」
「フン、二度とは言わんゾ。失せロ」
ピリピリとした苛立ちすらも遥かに通り越し、もう半ば怒気すらも放っている《鼠》のアルゴに対し、闇の底から申し訳なさそうな声が返ってきた。
「すまんのぅ、アルゴちゃん」
「さっさと失せろっつってんだろうが、クソジジイ」
威圧するその声とともに、ずっと空間を覆っていた圧迫感が消え失せた。視界内のあらゆる影からこちらを見ていた闇が、音もなくスッと掻き消える。大気が透き通り、肌を突き刺すように感じられる。
街どおりを歩くNPCすらも、急にその数を増したように感じられ、喧騒もまた一段と鼓膜を震わせた。ざわざわ、ざわざわ、と草木が震えるような音が空気を震わせる。
影から完全に闇が去ったのを知覚し、やっと金褐色の巻き毛を持つ少女はホッと方から力を抜かすことができた。小柄な身体を薄く包んでいた過剰光が、ゆらりと空気に溶け込むように掻き消える。
心の底、魂が丸ごと抜け出るほどのため息をつき、少女は半ば独り言のように口を開く。
「…………やっぱり、見た目だけ整えても限界があるかナ。あのジジイにはバレてたみたいだシ」
手をグーパーさせながら、《鼠》は一人愚痴る。
「あーあ、いつの間にオレっちは鼠以下の蛆虫に落ちちまったんダ?」
己を嘲るように、自嘲するように、言う。
「レン…………、助けてくれヨ」
嘆く少女の心の叫びに応える少年は、当然ながらここにはいない。彼は今、戦場に向かっていることだろう。”自分が仕向けた”、コロシアイの戦場に。
少女は嘆く。
己がした事に。
鼠は鳴く。
チューチュー、と。
悲しそうに。
哀しそうに。
かなしそうに。
――――行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから――――
後書き
なべさん「はいー、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「アルゴ虐めんなよ」
なべさん「虐めてないよ。ちゃんと強そう(笑)になってたじゃん」
レン「(笑)をつけるんじゃない。ギャグみたいになってるだろ」
なべさん「作者としては鼠さんよりシゲ爺のほうが心配なのであります」
レン「どんどんブラックな方向に……」
なべさん「こんなつもりじゃなかったのに。こんなキャラじゃなかったのに……」
レン「自業自得」
なべさん「違う!キーボードのせいだ!」
レン「どんな言い訳だ、それは」
なべさん「へい、自作キャラ、感想を送ってきてくださーい」
――To be continued――
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