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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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遥かに遠き刻の物語 ~ANSUR~ Ⅳ

――Episode Charlotte Freiheit

「今度は私の始まりを見せるよ」

消えたルシリオンと入れ替わるように姿を現したシャルロッテ。その手に持つのは、先程までルシリオンが手にしていた再誕神話の1冊。

『シャルちゃん・・・』

『ん。私の事も知ってほしい。ワガママだけど、知ってほしいんだ』

シャルロッテは全員を見渡し、そして指を鳴らした。それを合図として世界が変わり、グラズヘイム城内と同じくらいの豪華さのある場所になのは達は移動していた。

『む? あれはベルカ魔法陣・・・なのか・・・?』

『は? なに言ってんだシグナム。こんなところにベルカ魔法陣なんてあるわけが・・・マジか』

シグナムとヴィータの視線の先には、白亜の壁に飾られている紋章旗があった。そのデザインはベルカ魔法陣と似たもので、違いといえば三方にある円陣の中に一角獣、翼竜、獅子が描かれているのみだ。

『・・・今私たちがいるのはレーベンヴェルトと呼ばれる世界なんだけどね。その世界が現代では何て呼ばれているか知ってる・・・?』

先を行くシャルロッテが振り返り、なのは達を見る。そしてユーノとクロノが『現代に残っているのか、この世界が!?』と驚愕した。

『この剣十字紋章を見れば判るでしょ?』

『まさか・・・ベ、ベルカ・・・なのか・・・?』

『うん。私の生まれた世界レーベンヴェルトは、後にベルカと名前を変えるの。つまり私は、シグナムたち騎士の大大大大大大大大だぁ~~~~い先輩ってこと♪』

シャルロッテはシグナムたち守護騎士を見据える。何度目ともしれない驚愕するなのは達。ベルカの騎士であるカリムやシグナム達は特にだ。唖然とするシグナムを見ることが出来たためか笑みをこぼすシャルロッテ。彼女は『行こっか』と言い、先へと歩き出す。

歩く間、シャルロッテはなのは達に簡単な説明をしていく。天光騎士団のこと。“星騎士シュテルン・リッター”のこと。ルシリオン達“アンスール”と敵対する側に居ること。ミッドチルダが、この時代ではミッドガルド本星と呼ばれていたことなどを。そんな中、次第に騒がしくなる天光騎士団の本部・聖騎殿ハイリヒ・パラスト。話をしながら通り過ぎていく人たちは全員軽甲冑を装備している騎士だった。

「聞いているんですか!? 第五騎士(フュンフト・リッター)!!」

シャルロッテ達の背後から怒声のようなものが聞こえてきた。何度も何度も「フュンフト・リッター!!」と誰かを呼ぶ怒声が飛ぶ。シャルロッテは『あちゃー』と言いながら額に手を置き、天井を仰いでいた。なのは達は何事かと思い、何度も怒声の聞こえる場所へと視線を向けた。

「無視しないでくださいよぉ~! フュンフト・リッター・シャルロッテ様ぁ~!」

『シャルロッテ!?』

そこに居たのは、銀のラインや装飾が施された青い長衣に、剣で象られた星が描かれた青色のマントを羽織った過去シャルロッテだった。隣には過去シャルロッテより若干幼い15歳くらいの少女が涙目で過去シャルロッテの後ろに付いて歩いていた。

「少し待っていなさい、グレーテル。今私は考え中だから。これ以上の妨害は・・・殺ッ!」

顎に右手を添え、思考に夢中の過去シャルロッテがグレーテルをギラッと一睨み。

「そんなぁ! 大事な話なんですよぉ! 第三騎士(ドリット・リッター)からなんですよぉ~!」

スノーホワイトのショートヘアをワシワシと掻き乱し、跪いてはアップルグリーンの瞳からダァーと涙を流すグレーテル。彼女は、過去シャルロッテの率いる騎士団・“心慧騎士団シュベーアト・オルデン”の近衛騎士の1人だ。そんな彼女と過去シャルロッテの様子を見て、他の騎士たちは「またか」と苦笑しながら通り過ぎていく。

「アレですよ!? ドリット・リッターからなんですよ!? あのシリア・ブラッディア様からなんですよ!? 伝言役すら出来ない役立たずってことで、血とか魔力とか吸われて干物になって死ぬの嫌ですよぉ~!! まだ死にたくないですよぉ~!! 聞いてくださいよぉ~~~~!!」

過去シャルロッテの右足にしがみ付き、廊下をズリズリと引き摺られていく騎士グレーテル。それをあえて無視して歩みを止めない過去シャルロッテ。足を止めたかと思うと、長衣のポケットから飴玉を取り出し口に含み、また歩き出す。

『シャルちゃん・・・』『フライハイト・・・』

引き摺られるグレーテルに激しく同情するなのは達。シャルロッテを見る彼女たちの視線には、あの子可哀想。ホント可哀想、という念が込められていた。

『あーそんな目で見ないで・・・』

過去の自分から視線を逸らし、情けない声を上げるシャルロッテ。

「もー。シリアが何だっていうのよ? 別に怖がる必要なんかないはずよ? まあ確かに、あいつの固有魔術の特性からいろいろと陰で言われてるけど、結構いい奴よ」

口の中で飴玉をコロコロ転がして幸せそうな笑みを浮かべている過去シャルロッテは、“シュベーアト・オルデン”の詰め所に到着し、ようやくグレーテルの話を聞く気になった。

「あぅ~、シャルロッテ様ぁ~・・・(泣)」

「ちょっとグレーテル! 星騎士(わたし)のマントで鼻水とか拭かないでよ!?」

“星騎士シュテルン・リッター”にだけ与えられるマントを手にして、涙と鼻水を拭くグレーテル。それをやめさせようとマントを引っ張る過去シャルロッテだが、すでに手遅れだった。びちょびちょになったマントを見て、若干涙目になっている過去シャルロッテは「むぅ~」と唸り声を上げる。それはどこをどう見ても、完全なる彼女の自業自得だった。

「シャルロッテ様が悪いんですよ!? 一度深く考え出したらテコでも動かないんですからぁ!・・・って、そうじゃなくて! シュテルン・リッター全騎に招集命令ですよ、シャルロッテ様!!」

「・・・それを早く言いなさい!! バカグレーテルーーーーッ!!」

「話を聞かないシャルロッテ様が断然悪~い!! このアホーーーーッ!!」

「アホって、上官に向かって言うことかぁぁぁぁぁぁぁッ!! あと洗っておきなさい!」

グレーテルにマントを投げつけ、そのままの勢いで全力ダッシュする過去シャルロッテ。彼女が全速力で目指すのは、“シュテルン・リッター”専用の会議場だ。

『・・・何というか、お恥ずかしいところをお見せしました・・・』

シャルロッテは恥ずかしさの所為か顔を赤らめながら指を鳴らす。また光景が変わり、豪華な造りの会議場へと変わっていた。剣十字の紋章が大きく描かれた赤い円絨毯、その上にある白亜の円卓。その円卓を囲むようにして座る9人の騎士たち。

『あれ? あの人たち・・・シャルちゃんのご両親と姉のチェルシーさんとちゃう?』

はやてが指差す方には、地球において偽りの家族として用意されたフライハイト家の父役オペル、母役シリア、姉役のチェルシーが居た。

『あー、うん。あの家族は地球の界律が用意した偽物の家族なんだよ。家族じゃなくて、ホントは同僚。私と同じシュテルン・リッターというわけ』

「突然招集してすまない」

片面だけの無地の白マスク、その上からアイアンブルーの前髪を右側だけ垂らした男性。シャルロッテの父として用意されていた男――天光騎士団のトップである第一騎士エーアスト・リッター・風の騎士公オペル・オメガ・シュプリンガーが、円卓を囲んで座る8人の“シュテルン・リッター”を左の鋭眼で見回す。

「諸君はアンスールという者たちを知っているか?」

「アンスール・・・。確かアースガルド同盟軍が2ヵ月程前に投入してきた部隊でしたか。同盟世界の王族のみで構成された少数精鋭部隊。かなり活躍していると聞いています」

オペルに答えるのは漆黒の髪をオールバックにした初老の男、第二騎士ツヴァイト・リッター・大地の鬼神ベルレンス・ヒルベルトだ。オペルはベルレンスの言葉に首肯する。

「先程、ミッドガルド王が我々シュテルン・リッターにある命令を下した。その精鋭部隊アンスールの討伐を主目的としてのヨツンヘイム連合への協力だ」

オペルを除く他の“シュテルン・リッター”から「な・・・!?」驚愕の声が重なる。

「何だそれ!? 連合は――特務十二将やA.M.T.I.S.は何やってんだよ!? 十二将には魔界支配権がいるんじゃなかったか!?」

A.M.T.I.S.アムティス。
ヨツンヘイム連合が、この時代ではあまり知られていない科学を用いて造り出した自律稼働の巨人兵団。
Automatic operation Magic use Tactics attack Intelligent battle Systemの略称。
近接戦用のタイプ・セイバー、遠距離戦用のタイプ・アーティラリーの2種類がある。

魔界支配権。
人間の住まう次元“表層世界”とは別の層空間“裏層世界”たる魔界を管理する組織。
上層、中層、下層、最下層の各層七体、計28体の魔物の事。人型の魔人、獣型の魔獣、そのどちらでもない幻想一属の3種がいる。

「静粛にしてもらおう、ナハト」

「・・・すいません」

勢いよく立ち上がったのは、第十騎士ツェーント・リッター・夜宴ナハト・ダーツェ。
ヨツンヘイム連合主力の特務十二将とA.M.T.I.S.の不甲斐無さに怒りを示す。が、オペルの一睨みを受け、謝罪しながらナハトは再び席に就いた。

「納得いかないのは私も同じ。私も最後まで反対意見を出していたんだが通らなかった。軍の不甲斐無さによって、第六騎士(ゼクスト・リッター)・ラピスを失った忌々しい戦争への参加だからな。しかし、王たちの会議の決定である以上従わざるを得ない」

オペルは苦々しくそう告げた。本来は10人いる“シュテルン・リッター”だが、現在この場に居るのは9人だ。何故なら、5年前のルシリオンとの戦闘により、当時のゼクスト・リッター・ラピスが戦死し、それ以来ゼクスト・リッターの座が埋まらないのだ。

『ラピス様・・・』

シャルロッテの表情に少しばかりの陰が生まれた。ラピスは、シャルロッテにとって頼れる先輩であり姉のような存在だった。そしてそのラピスを討ったルシリオンは、シャルロッテにとっての最大の仇でもあった。

「待ってください。まさかシュテルン・リッター全騎での参加なのですか!?」

「チェルシー。私の話を最後まで聞いてもらいたかったな」

「あ・・・っ! 申し訳ありません!」

第九騎士ノイント・リッター・花の姫君チェルシー・グリート・アルファリオが、椅子から立ち上がりそう声を上げ、オペルより注意されてしまった。オペルに謝罪し、エメラルドグリーンのポニーテールを揺らしながら急いで椅子へと座り直す。
12歳で“シュテルン・リッター”となり、15歳の今でも最年少である彼女チェルシー。やはりまだ年若い所為か、どこか落ち着きが足りない少女だった。

「ふむ。順序が少々変わったが、チェルシーの疑問が本題でもあるので答えようか。まず、我々天光騎士団の存在意義は、ミッドガルドの秩序管理を第一としている。そんな我々が全騎ミッドガルドより離れるなど以ての外だ」

オペルは天光騎士団の意義を語る。ミッドガルドの秩序管理機構右翼ミッドガルド軍と共に、ミッドガルドを構成する複数世界の守護だと。

「ゆえに全騎の参加ではなく一部だけの参戦、そこだけは確約を取り付けた。今から私に呼ばれた者が、大戦に参加する騎士と騎士団だ」

オペルが立ち上がり、円卓に座する“シュテルン・リッター”を見回す。

「まずは私の風神騎士団シュトゥルム・オルデン。そして私が騎士団の総指揮官として参加する。次に、第三騎士ドリット・リッター、シリア・ブラッディア。鮮血騎士団ノインテーター・オルデン」

「はい。ドリット・リッター、シリア・ブラッディア。及び鮮血騎士団ノインテーター・オルデン。アンスール討伐、拝命いたします」

鮮血姫シリア・ブラッディアは立ち上がり、その長く艶やかなレッドパープルの髪を後ろに払った。輝く黄金の瞳を伏せ、気品あふれる優雅な一礼を見せた。

「第五騎士フュンフト・リッター、シャルロッテ・フライハイト。心慧騎士団シュベーアト・オルデン」

「フュンフト・リッター、シャルロッテ・フライハイト。及び心慧騎士団シュベーアト・オルデン。アンスール討伐、確かに拝命したわ」

過去の剣神シャルロッテ・フライハイトが立ち上がり、彼女の武装“断刀キルシュブリューテ”を胸の前に掲げた。

「第七騎士ズィープト・リッター、ミストラル・ビルゴ・プリマベラ。守盾騎士団フェアタイディゲン・オルデン」

「ズィープト・リッター、ミストラル・ビルゴ・プリマベラ。及び守盾騎士団フェアタイディゲン・オルデン。アンスール討伐、確かに拝命いたしましたの」

紙徒ミストラル・ビルゴ・プリマベラが立ち上がり、恭しく一礼した。

「第八騎士アハト・リッター、サー=グラシオン・ヴォルクステッド。鏡面騎士団シュピーゲル・オルデン」

「ふむ。当然ですね! 女子供だけでは心許無いという事なのでしょう? 騎士公オペル。この僕を参加させるとは、実に判っておいでだ。いいでしょう! アハト・リッター、サー=グラシオン・ヴォルクステッド。そして我ら鏡面騎士団シュピーゲル・オルデン。アンスールを見事に討伐し、我ら星騎士シュテルン・リッターの名を世に知らしめましょう!」

仰々しく立ち上がり、ハンティングピンクのツンツンと立った前髪をさらに掻き上げ、この場に居る女性騎士を蔑むような目で見るサー=グラシオン。そんないつも通りの彼に呆れているシリアは徹底無視を決め込む。
過去シャルロッテは深く嘆息し、「バァーカ」とわざと彼に聞こえるように一言。ミストラルは首を横に振って、隣に座するチェルシーに「いつも通り無視してていいの」と耳打ち。チェルシーはミストラルの言葉に「はぁ」と力なく答え、いつも通り彼から視線を逸らす。

『なんだ? あの男の、女を馬鹿にするような言動は?』

『ああいう感じ悪ぃ奴に限って、第一の戦死者になるんだぜ?』

シグナムやヴィータに続いて、なのは達からグラシオンへの批難の集中砲火が発生。特に熱くなっているのがリインフォースⅡだった。

『何なんですかこの人は!? 女の人の騎士の何がダメなんですか!?』

その小さい両拳で、グラシオンの頭をポカポカ殴るリインフォースⅡ。とは言っても相手は所詮幻。全発虚しくすり抜けるだけだった。

『あはははは!! リイン、もっとやっちゃえやっちゃえ!!』

『シャルさん・・・。はいです! もっとやっちゃいます!!』

シャルロッテにノせられ、無駄と知りつつさらに速さを上げるリインフォースⅡ。顔を赤くし、「むぅぅぅ」と唸りながらグラシオンの頭をポカポカ殴る彼女の姿は可愛らしかった。

「少しは自重しろ、サー=グラシオン。次で最後だ。第九騎士ノイント・リッター、チェルシー・グリート・アルファリオ。聖願騎士団ヴァイナハツシュテルン・オルデン」

「・・・ノイント・リッター、チェルシー・グリート・アルファリオ。聖願騎士団ヴァイナハツシュテルン・オルデン。アンスール討伐の命、拝命いたします」

花の姫君チェルシーもまた立ち上がり、一礼し任務受諾の意を告げた。

「この六騎士団が大戦へ参加する。名を呼ばれなかった騎士と団は、通常任務で頼む」

呼ばれなかったベルレンス、第四騎士(フィーアト・リッター)の鎮魂楽団ランチア・ストラトス、ナハトは、それぞれ首肯する。

「ふむ。ではシュテルン・リッター議会、これにて閉会とする。出撃命令あるまで全騎通常任務で頼む」

その言葉と共に、なのは達は真っ暗闇な空間へと放り出された。戸惑っていると、シャルロッテの言葉が全員の耳へと届く。

『この2日後、初めて私はアンスールと戦った。でも私は・・・アンスールの実力を甘く見過ぎていたんだ。だから失うことになったんだ』

『シャルちゃん? ・・・泣いて・・・いるの・・・?』

シャルロッテはなのはには答えず沈黙を保ち、そして暗闇が晴れる。なのは達の視界に映るのは、どこかの丘陵だった。

『ここが私の初陣。ミッドガルドを構成する世界の1つ、アルグレーン。そのツヴァイフェルド丘陵』

なのは達の前に姿を現したシャルロッテ。沈んだ表情で、ある一点を見据ている。なのは達もシャルロッテに倣い、その一点へと視線を向ける。そこに居たのは過去シャルロッテと、彼女の率いる騎士団だった。

「まさか天光騎士団(わたしたち)の護る世界(エリア)にまで侵入してくるなんて」

愚痴を零しつつ、しっかりと周囲警戒を怠らずに巡回する過去シャルロッテとその騎士団。

「さて、ここからは私の率いる第一隊、グレーテル率いる第二隊、ライヒアルト率いる第三隊で別行動。敵兵を確認次第、各分隊長の指示に従って戦闘、殲滅して。でも一応報告はしなさい」

こうして過去シャルロッテの率いるシュベーアト・オルデンは三隊に別れ、行動を開始した。なのは達が見るのは、団長である過去シャルロッテ率いる60名からなる第一隊。

「にしても。攻め込むならヨツンヘイム直下の世界にしてもらいたいわね。まったく、アンスールの連中にも困ったものだわ」

「あはは。そう言いますけど、団長は戦いたくてしょうがないんでしょう?」

「そんなことないわ。と言いたいところだけど、正しくその通りね。戦ってみたいわ。この2ヵ月で活躍しまくる英雄という連中と、ね」

部下と笑い合いながら、巡回する過去シャルロッテたち第一隊。それからしばらくして、彼女たちの耳にギンッと鈍い音が届き、オオオォォォォォと大気の震える音が続いた。

「全騎最大警戒! 各々神器解放! 奇襲に備えなさい!!」

過去シャルロッテが“断刀キルシュブリューテ”を完全解放しつつ、第一隊に指示を出す。その指示に答えるように神器を次々に解放していく第一隊の騎士たち。

「・・・っ!! ダメ!! すぐにこの場から離だ――」

――圧戒(ルイン・トリガー)――

過去シャルロッテが本能的に危険を察知。部下にこの場からの離脱を指示しようとした瞬間、『あれ? シャルちゃん? 何も見えなくなったよ』なのは達の視界が闇に妨げられた。

『・・・見せなくしたの。あんな殺戮(こと)、絶対に見せられない。なのは達は見ちゃいけない』

シャルロッテは指を鳴らし、闇から別の光景へと変えた。そこは、第一隊が襲撃を受けた場所から1kmと離れた山地。戦っているのは過去シャルロッテと、アンスールの拳帝シエルだった。

「こんな子供が・・・!」

「子供である前にアースガルドの人間だ! だから、お前たちヨツンヘイム連合を斃すために・・・わたしは戦う!!」

過去シャルロッテの“キルシュブリューテ”と、シエルの籠手型神器“月狼ハティ”と“陽狼スコール”が互いを討たんと奔る。

「疾い・・・!」

「小さい・・・!」

シエルは過去シャルロッテの必殺の斬撃を、その小さな身体を活かして回避しては拳打を放つ。過去シャルロッテはシエルの拳打を“キルシュブリューテ”の峰や腹で弾き、隙の出来た急所へと刃を奔らせる。
それはまるで円舞のように美しい闘いだった。が、実際のそれは殺し合いでしかなかった。拳と刃が生み出す空気を裂く音。2人の周りに降り注ぐ落ち葉の破裂音。その大きくもない静かな音だけが、周囲の介入を拒むこの激戦の全てだった。

「つ、強いよこいつ・・・!」

「重力・・・! 直撃はまずいわね・・・!」

徐々に刃に裂かれるシエルの戦闘甲冑。同様に過去シャルロッテの戦闘甲冑も重力拳によって弾け飛んでいく。いつどちらかが死んでもおかしくない壮絶な死闘に、ある介入が入る。

『シエル! 5秒後に右へ離脱!』

シエルのパートナー・カノンからの念話だ。

『カノン!? ・・・了解!!』

シエルはパートナーであるカノンの言う通りに、5秒ジャストに右へと跳んだ。そしてカノンからの援護射撃・“殲滅爆撃(ルフト・アングリフ)”が過去シャルロッテへと降り注ぐ。その数、約4千。黄金の魔力弾の雨だ。回避は不可能。防御しようとも盾を突破される程の威力。過去シャルロッテは、そんな魔力弾の雨を防がず、または回避する事もせず・・・

「甘い・・・ッ!」

自分に直撃する魔力弾のみを1発残らず“キルシュブリューテ”で斬り裂き、無効化した。それを離れて見ていたシエルとカノンが青褪める。今まで相手にしてきた連中とはケタが――いや、格が違うと。

『カノン! こいつヤバい! 離脱するから援護お願い!!』

『り、了解! ジークヘルグ様に救援要請・・・完了! それまで頑張ってシエル!』

「逃がさない! 大人しく投降するなら殺しはしないわ!!」

シエルと過去シャルロッテ、2人だけの死と隣り合わせの鬼ごっこが始まった。魔力の斬撃を飛ばしつつ、特殊な歩法・“閃駆”でシエルに追走する過去シャルロッテ。その前を重力操作によって身体を軽くしたシエルが、物凄い速度で斬撃を回避しながら走る。

『シエル、同時砲撃で討つ!』

『・・・ん。合図ちょうだい・・・!』

シエルは走りながらも砲撃の術式を組み出す。カノンもまた砲撃戦用の神器・“星填砲シュヴェルトラウテ”を構え、その照準を過去シャルロッテへと合わせる。

『今!!』

――黄金極光(ポラール・リヒト)――

――重力圧縮砲(ジオ・ストライク)――

2人の砲撃が、走る勢いを止めない過去シャルロッテへと迫る。過去シャルロッテは焦ることなく“キルシュブリューテ”を鞘へと納め、能力・“絶対切断”を解放。足を止め、上半身を捻るようにして“キルシュブリューテ”を抜き放った。

――真技・飛刃・翔舞十閃――

過去シャルロッテもまた斬撃を放つ。衝突する黄金、アメジスト、桜色の砲撃。絶対切断の能力を付加された巨大な10の魔力刃が、シエルとカノンの砲撃を徐々に裂いていく。過去シャルロッテは、止めと言わんばかりに再度“キルシュブリューテ”を鞘へと納め・・・

――第二波・飛刃・翔舞十閃――

2発目の真技・飛刃・翔舞十閃を放った。ただでさえシエルとカノンの砲撃を押していた過去シャルロッテの真技。そこに、過去シャルロッテの真技がもう1発追加され、2人の砲撃が一気に押され始める。過去シャルロッテは再び“キルシュブリューテ”を鞘へと納め・・・

「アンスール! 神器を納め、大人しく投降しなさい!!」

シエルとカノンに投降を呼びかける。その瞬間、過去シャルロッテの2発目の飛刃・翔舞十閃がシエルとカノンの砲撃を完全に掻き消し、シエルへと殺到した。

「・・・まだ小さな子供・・・だったのに・・・。どうして、どうして戦争なんか・・・。くだらない・・・!」

シエルの居た場所に吹き荒れる砂塵を見つつ、過去シャルロッテは悪態を吐く。彼女は“キルシュブリューテ”の解放を封じ、シエルを支援していたカノンを探し出すために動こうとした。

「・・・今ので、まだ生きているなんて・・・。さすがは同盟軍の英雄アンスールの1人というわけか」

晴れてきた砂煙の向こう、そこには負傷したのか右腕を押さえながら片膝を付くシエルが居た。シエルは咄嗟に重力で地面に穴を掘り、潜ることで過去シャルロッテの真技をやり過ごしていたのだ。その彼女の紅と蒼の瞳に宿るのは、恐怖でもなく絶望でもなく、決して揺らがない戦意だった。

(ホント冗談は止してもらいたいわ。あんな幼い子供が、あんな目をするなんて・・・)

過去シャルロッテはシエルのその目を見て、心底脱帽していた。

「これが最終通告よ、アンスールの魔術師。神器を納めて投降しなさい。大人しく投降してくれるのなら、絶対に手を出さないと約束するわ」

もう1人のアンスール・カノンに警戒しつつ、過去シャルロッテがシエルと近付いて行く。シエルは黙したままでその場から動こうとはせずにいた。

「怒ってないの? わたしを殺したくなるほど怨んでないの? 憎くはないの? わたし、あなたの部下を殺したんだよ? 普通なら復讐したくなるんじゃないの?」

シエルが静かにそう問うた。過去シャルロッテはどういうつもり?と思いながらも、足を止め答えた。

「そうね。確かに憎いわ。でもね、それでも負の感情を戦場に持ち込むのは絶対にいけないわ。戦場で負を抱いてそのままに戦えば、待っているのは自身の破滅のみだから。それに、戦場に出た以上、死は覚悟の上。普段からそういう世界にいる私たちは特に」

だから復讐はしないと過去シャルロッテはキッパリと言い放った。だが実際は、大切な部下を殺した犯人は容赦せずに殺そうとしていた。しかし、その犯人であるシエルのあまりの幼さに心が揺らいだ。本当にこのまま殺してしまっていいのか、と。こういう小さい子供こそ護るのが騎士なのではないのか、と。シエルは敵である。部下を殺めた犯人。それでも過去シャルロッテは迷った。シエルはポカンと口を半開きにしたまま、その言葉を聞いていた。

「・・・これが、騎士。ヨツンヘイム連合の正規軍人と全然違う」

「軍人と騎士を一緒にしてほしくないわ。っと、それで? 投降するの?しないの?」

「投降は・・・しない!」

――圧戒(ルイン・トリガー)――

重力操作による10倍の重力がシエルの周辺を襲う。過去シャルロッテは術の出始めを学習して、すでに閃駆によって効果範囲から離脱を終えていた。そのまま“キルシュブリューテ”を完全解放し、仕方なくシエルを殺すことを、心が揺らいだまま決める。

「真技!! 飛刃・翔舞じ――っ!!?」

――ネメジ・ディーオ――

何度目かの真技を撃とうとした過去シャルロッテに、ジョンブリアンの雷撃が襲い掛かる。過去シャルロッテは本当にギリギリのところで落雷を躱し、居合い抜きの構えで警戒する。

「これ以上続けるのなら、私が相手をしましょう、レーベンヴェルトの騎士よ」

シエルを護るかのように立つのは、“アンスール”の雷皇ジークヘルグ。手にするのは神造兵装・“天槌ミョルニル”。柄の短い黄金の鉄槌で、バリバリと放電している。

「ごめん、ジーク。負けちゃった。兄様に何て言おう・・・」

負けたことに激しく落ち込むシエルにジークヘルグは微笑み、すぐさま過去シャルロッテへと視線を戻す。

「ジークヘルグ・・・。確か同盟世界ニダヴェリールの皇帝で、アンスールの1人。(現状だと分が少し悪い、か。仕方がない。ここは一度撤退する・・・)」

調子に乗って真技を連発したツケが今の彼女を襲っていた。魔力の枯渇とまではいかないが、ジークヘルグを相手にするには魔力が足りなかった。

「返答は如何に?」

「・・・撤退するわ。私の部隊も落とされたし。途中で別れた分隊のことが気になるし、ね」

「そうですか。ならばこちらも退きましょう」

互いに神器を納め、踵を返して背を向ける。そして、同時にジークヘルグと過去シャルロッテが振り向き・・・

「アースガルドの子、名前は?」「騎士よ、君の名は?」

名前を聞いた。

「・・・ミッドガルド天光騎士団・星騎士(シュテルン・リッター)、シャルロッテ・フライハイト」

「アースガルド同盟軍アンスール、シエル・セインテスト・アースガルド」

「シエル・・・ね。もう1人の砲撃手は?」

過去シャルロッテが周囲を見回し、カノンへと尋ねる。

「アースガルド同盟軍アンスール、カノン・ヴェルトール・アールヴヘイム」

姿は見せないが、それでもしっかりと名乗ったカノン。過去シャルロッテはそれに微笑し、そして去っていく。

「カノン、か。シエル、カノン。次に会ったら、今度こそ私は完全勝利を収める。それまではその命、あなた達に預けておくわ」

なのは達の視界に映る光景が、ビデオの一時停止のように止まる。

『これが私の初陣。結局、第一隊は私ひとり残して全滅。第二隊も半壊、第三隊はひとり残らずの全滅だった』

俯きながらそう静かに告げたシャルロッテ。なのは達はどう声を掛けていいのか判らず、ただじっと黙っていた。

『本部に帰ってからはいろいろと言われたなぁ。特に男尊女卑の権化、グラシオンには』

場面が変わる。そこは天光騎士団本部聖騎殿(ハイリヒ・パラスト)の東門前広場。

「いやはや、アンスールには返り討ちにされ、その果てにシュベーアト・オルデンが半壊――いや、ほぼ全滅とは。何をやっているのだろうな、フュンフト・リッター・シャルロッテ?」

過去シャルロッテの率いたシュベーアト・オルデンの状況を知ったサー=グラシオンは、わざわざ彼女たちの帰りを待ち、その嫌味な言葉を過去シャルロッテへと浴びせた。その下卑た笑みを見せる彼に、なのは達は怒り心頭。

「あぁ、これから君はどうするんだい? 騎士団の大半を失った君は? ふむ、まぁいい機会だ。天光騎士団を辞めてはどうか? やはり君ら女は弱くて頼りない。大人しく国に帰り、我々に護られていたまえ、フライハイト侯爵令嬢殿。クククク・・・アァーハッハッハッハッハッハッ!」

そう言って、シュピーゲル・オルデンの詰め所へと帰っていくサー=グラシオン。過去シャルロッテは何も反論せずに黙って耐えていた。事実である以上、文句は言えないと。切れて血が出るほどに唇を噛み、きつく握った両拳からは血が滴り落ちていた。それでも涙だけは流さなかった。それが彼女の騎士としての意地だから。

「シャルロッテ様・・・」

無傷とはいかないが、それでも無事だったグレーテルが過去シャルロッテを心配して声を掛ける。生き残った他の騎士も心配そうにしている。中にはサー=グラシオンにベーッと舌を出す者もいた。

「ごめんなさい。私が団を分けた所為で・・・こんな・・・。でも、それでもこんな私に付いて来てくれるなら、私は――私たちシュベーアト・オルデンは終わらない・・・」

背後に居る騎士たちに背中を向けたままそう告げる過去シャルロッテ。少し沈黙が続き、背後からこの場から離れていく幾つもの足音を彼女は耳にした。彼女は「しょうがないわよね」と、もう誰も居ないであろう背後へと振り向いた。

「っ!」

少し離れた場所に整列したシュベーアト・オルデンの騎士たちが居た。誰一人として欠けることなく、過去シャルロッテから視線を逸らさずにいた。

「私たちの将はあなただけです、シャルロッテ様」

グレーテルが、騎士たちの代表として過去シャルロッテに告げる。すると他の騎士たちも「一生ついていきます」などと口々に告げていく。それを見て、聞いて、ここで初めて過去シャルロッテが涙を流す。

「ありがとう。ありがとう。ありがとう。みんなの想いに絶対応えるから。だから、シュベーアト・オルデン! 再編成した後に再度同盟軍に仕掛ける!」

「「「「「「借りを返すぞ(ラッヘ)!」」」」」」」

過去シャルロッテ率いる心慧騎士団シュベーアト・オルデンの(こころ)は決して折れることなく、再度大戦参加に向け、各々は腕を磨く。過去シャルロッテの人望のおかげで日に日に騎士の人数が増え、1カ月後には元通りの騎士団へとなっていった。

『これが、シャルちゃんの始まりなんやね』

『うん。ここから幾度もアースガルド同盟軍と戦ったよ。アンスール戦の時だけは部下を下がらせたけど』

再度場面が変わる。

『それじゃ今度は、ルシルと一緒に語ろうか』

『そうだな』

シャルロッテの隣に並び立つように、ルシリオンがその姿を現した。それからなのは達は、再誕神話に記された数多くの戦いを目にした。
 
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