マウンドの将
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第十一章
第十一章
それは気の弱さである。ピンチになると顔が青くなり打ち込まれる。そして甘いところにボールがいき長打を浴びることも多かった。その為彼のシリーズでの登板はないだろうと誰もが思っていた。その彼を。
「二勝二敗になった時に決めた、勝ち負けよりもいい試合をしたいとね」
権藤は彼等に対して語った。
「それなら川村だ。うちがここまで来れたのも前半の川村の頑張りがあったからこそだしな」
「はあ」
確かにそうだ。だがこおでの彼の起用は普通では考えられないことであった。だからこそ記者達は呆気にとられたのである。
「私のコメントはこれでいいかな」
権藤は彼等に対して言った。
「え、ええ」
彼等はまだ狐につままれたような顔をしていたが何とか頷いた。
「ではこれで。明日もやることが多いし」
彼はそう言うと球場をあとにした。そしてバスに乗りホテルに戻っていった。
「そうか、権藤さんらしいな」
記者達からその話を聞いて東尾はそう呟いた。
「君等もそう思うだろう」
「ま、まあ」
彼等は口ではそう言った。だがとてもそうは思えなかった。だが東尾には権藤の心理がよくわかったのである。
「俺もそうさせてもらうか」
「明日の先発ですか?」
「まあな」
彼はそれに対して静かに頷いた。
「それは明日話すよ。今日はこれでな」
東尾はそう言うと彼等の前から姿を消した。そして翌日の移動日のことである。
「おい」
彼は宿舎のホテルに着くと一人の男に声をかけた。
「明日行けるか」
その男はそれを聞くと顔を引き締めた。
「行かせて下さい」
「わかった」
東尾はそれを聞くと頷いた。こうして西武もその先発が決まった。
西武は球場で練習をしていた。そこに記者達がやって来た。
「監督、昨日のことですが」
「おお、早速来たな」
東尾は記者達が来たのを見てニンマリと笑った。
「ネタを探すのに君達も大変だな」
「それが仕事ですから」
彼等も顔を崩して答えた。
「では明日の予告先発は」
そして本題に入った。
「それだがな」
東尾はゆっくりと口を開いた。記者達はある程度予想していた。
「潮崎か石井だろうな」
第三、第四戦で好投した二人である。日も開いている。彼等の登板が最有力だと考えられたのだ。だが東尾はここで思わぬ男の名を口にした。
「西口だ」
「えっ!」
記者達は再び驚かされた。権藤のそれにも驚かされた。それも意外なものであったが今東尾が言った名はさらに驚くべきものであった。
「本当に西口ですか!?」
彼等は驚いて東尾に問い質した。
「おいおい、俺が嘘を言ったことがあるか!?」
彼は笑ってそれに返した。
「いえ、それは・・・・・・」
元々が根っからの投手人間である。直情的で感情が顔にすぐ出る男だ。思っていることはすぐにわかる。
「だろう、西口がいたからここまで来れたんだ」
「はあ」
「よくても悪くてもエースと心中なら皆納得してくれるだろう。それにこうした大一番はエースでなければ勤まらん」
「それはそうですが」
「この試合に勝てばうちはグッと楽になる。大丈夫だ、ここはあいつを信じてくれ」
「わかりました」
こうして記者達はその場を去った。東尾はそれを黙って見送っていたがベンチで一人になると腕を組んで考え込んだ。
(ここまで来たらもう賭けるしかない)
彼はナイン、そして西口を見ていた。
(頼むぞ)
そう言うとベンチをあとにした。そして一人横浜の予想できる攻撃をシュミレーションしていた。
双方共投手の心理でなければ考えられない采配であった。野村と森はそれを聞いて思わず呆気にとられた。
「あいつ等は何を考えとるんじゃ」
「ああした場面ですることではない」
すぐにバッサリと切り捨てた。やはり彼等にとってそれは受け入れられるものではなかった。
「どちらが勝とうがアホなことをしとるわ」
「野球というものが本当にわかっているか疑問だ」
彼等の言葉は辛辣そのものであった。そこにはあからさまな拒絶反応があった。
しかし当の二人はそれを全く意に介していなかった。ただ次の試合に向けて策を練るだけであった。
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