助六
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第一章
助六
助六はいつも吉原の遊郭にいる。とにかく遊女達にもてる。
吉原を出ても江戸の娘達の注目の的だ、顔立ちがいいだけでなくその服装も人気の的だ。
「あの黒い着流しに江戸紫の鉢巻がいいのよ」
「足は下駄でね」
「あの下駄の木がまたいいのよ」
「あれ伽羅じゃないかしら」
「仙台の殿様みたいに」
その下駄の木まで話題になる程だった。
「しかも傘は蛇の目でね」
「尺八まで持ってて」
「帯の結び方も刀の差し方も伊達よね」
「ちらちらと見える緋ぢりめんの褌もね」
「何から何までいいわ」
「それにあの切符のよさ」
その性格までもが江戸娘達の心を奪っていた。
「いつもすっと風を切るみたいで」
「口は悪いけれどあっさりしてて」
「竹を割ったみたいな性格でね」
「弱いものいじめはしないで強い相手とだけやり合う」
「尚且つ腕も立つ」
「あれじゃあ誰も放っておかないわよ」
「吉原で煙管攻めに遭うのも当然よ」
吉原の遊女達は気に入りの男に自分の煙管をやるのだ、助六は吉原に入るといつも煙管が雨の様に受ける。それでだった。
傘で煙管を受けてだ、それで吉原で遊ぶのだ。その遊びっぷりも実に意気だ。
とにかく助六は江戸で評判の伊達男だ、しかし彼が何者かを知っている者はいなかった。
いつも彼のことを話す江戸娘達もだ、助六がどういった人間かというと首を捻ってそれでこう言うのだった。
「浪人とは聞いているけれど」
「揚巻さんや遊女の人が貢いで暮らしてるのよね」
「お金には困ってないって聞いてるわ」
「家は銀座?いや日本橋の辺り?」
「本所じゃないの?」
その家の場所すら知られていない、しかも。
「随分と教養のある人だけれど」
「学もあるし」
「相当強い人だし」
「武芸も凄くて」
「口は悪いけれど品もあるし」
「生まれはいいみたいよね」
「お武家様の中でも」
このことは間違いないだろうというのだ、だがだった。
「相当身分の高い方なんじゃないかしら」
「そうみたいよね」
「けれどどういう方なのか」
「全然わからないわよね」
「いつも吉原で意休の旦那といがみ合ってるけれど」
ここでもう一人名前が出て来た。
「髭の意休の旦那とね」
「そういえばあの旦那もよくわからない人よね」
「あの人も浪人じゃないかしら」
「くわんぺらもんべえと朝顔千兵衛の二人を連れてるけれど」
「あの旦那も何者なのか」
「よくわからないわよね」
助六も謎ならその意休にしても謎だった、二人の名前は江戸にいる者なら誰でも知っているが二人が何者かは誰も知らなかった。
そして当の助六はこの日も吉原で遊んでいた、その帰りに。
吉原の道、朝の今は静かな吉原を歩く中で白い服に顔、髪や髭までも真っ白で何もかもが白い目だけが黒い大男が助六の前に来て言ってきた。
この男が意休だ、助六とは違い江戸娘達からは相当に嫌われている。その意休が助六の前に来てこう言うのだ。
「昨日も遊んでいたか」
「それがどうしたっていうんだい?」
助六は喧嘩を売る様な挑発的な笑顔で意休に返した。
「御前さんには関係ないだろ」
「そうだな、しかしだ」
「しかし?」
「ただそうしているだけか」
助六をじろりと見据えつつ問う。
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