| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

恋よりも、命よりも

作者:ぽてと
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

新たな生活

戦争は終わった。

…とは言っても、私にとって戦争なんて勝っても負けても既に終わったようなものだった。
そりゃ、空襲があったり、配給が少なくて飢え死にしそうだと感じたり、色々辛い事はあったけど。

清志さんが戻ってきた、それだけでもう、私の『辛い戦争』は殆ど終わったと思う事ができた。

人はいつ死ぬかなんてわからない、
空襲があったってなくたって、明日も生きてるかどうかなんて誰にもわからない。
けど、それでも。
どこかの戦場で、私の知らない場所で、私がわからないうちに死んでしまうのと、
私の見ている場所で、私が傍にいるところで、静かに死んでいくのとは全然意味合いが違う。

私は欲が深いのよ。
生きてるうちも、死んでいくその時も、私の一番のファンであるあの人が、私の傍を離れていくなんて許容できないの。

「この人と結婚する」

父と母にそう宣言した時は、そりゃもの凄い反対を受けた。

「なによ。『宝塚なんて早くやめて、嫁に行け!』って、あんなに言い続けていたくせに」
「それとこれとは話が違う!こんな手に職もない、足すら片方ない若造に、大事な娘を嫁にやる親がどこにいると思っとるんや!」
「清志さんには『画家になる』っていう大きな目標があるわ!私の事、一番きれいに書いてくれるのは彼だもの!それに、彼の足には私がなるの、なんにも困る事なんてない!!」
「やかましい、このスカタン!娘は娘らしく、黙って親の言ったトコに嫁に行けばええんや!お父ちゃん許さへんからな!!」
「別にいいわよ、お父ちゃんたちに許してもらわなくっても立派にやっていけるもの!!
ほな、さいなら!!」
行くわよ清志さん!と、家に入ってモノの数分で、私は清志さんを引きずって家を飛び出してしまった。

今思えば、清志さん
「あ、あのっ、辻清志と申します!えと、今日は、エリさんと、お嬢さんと結婚させていただきたいと」
までしかしゃべらないうちにお父さんに
「ゆるさーん!!」
って言われてから、終始無言だった。
…清志さんらしい。
フフフ、と思い出し笑いをする私に、清志さんは怪訝そうに
「どうしたの?」
と聞いてきた。

「お嬢さんをくださいって、言わなかったのね」
私はちょっと話を逸らしたけど、清志さんはそれには気づかず「ああ」と、とうなずいて
「だって君、モノみたいに扱われるの好きじゃないでしょ」
と言った。
「ください、って言おうかな、なんて言おうかなと思った時『私はモノじゃない!』って言ってる君が目に浮かんだんだ。確かに、君はモノじゃない。僕の大切な『奥さん』だよ。ください…って、モノのように言うんじゃダメだよなぁと思ったんだ」
でもさ~、と困ったように続けている。
「実際、日本語って不便だと思ったね。じゃあどうご挨拶をしようかと考えても、『結婚のご挨拶』じゃ、許可もなくもう結婚かよって話だし、でももう結婚するのは決めてるんだし、なんだかなぁ…と思ったんだけど。
結局、『結婚させていただきたいと思い、お許しを頂きたくご挨拶に伺いました』って言う事にしたんだけど」
全部言えなくて、残念だったね。
そう、ちょっと寂しそうに笑う清志さんを励ましたくて、私はわざと大きな声で言った。

「気にすることないわよ!ウチの父親、気分屋だもの。孫でも生まれたらきっとヤニさがってなし崩しに出入りできるようになるわ」
「…そうなの?」
「うん、だってなんだかんだ言って私には甘いもの。娘は私一人だし、兄の子供は兄嫁が離さないからそれほど可愛がれないって、母も言ってたし」
きっとメロメロになるわよ。そういうと、彼も少し気分が浮上してきたようで
「そうなるといいね」
と笑ってくれた。

そんなこんなで、私達はどちらかというと宝塚に近い少し田舎くさい街で新婚生活を始めた。
親からの助けがないようじゃ、別に実家の近くに住む必要はないし、
だったら、同期や知人、友人の多い宝塚の近くの方が、親しみもあるし、色々助かる事が多い。
「あんたもゲンキンねぇ」
トモが生きてたらそう言って笑うかもしれない。
うるさいわね、だって宝塚が好きなんだもの。別にイイじゃない、宝塚の傍にいるくらい。

今だって、宝塚の舞台に立てるものなら、立ってみたい。
でも、それと清志さんのお嫁さんになるのを天秤にかけるとしたら、どちらかしか選べないとしたら、
清志さんのお嫁さんになりたい。
それだけのことだ。

実際、暮らしに困る事は実はさほどなかったりもする。
清志さんは戦争で負傷したから、『増加恩給』の対象になっていて、要するに国からお金がもらえるのよ。
あんな風に気が弱い人だったから、上司にはこき使われていたみたいだけど、その代わり上司も、清志さんの足がなくなった時には、「最大限困らないように」って色々と便宜を図ってくれたみたいで。
敗戦間近、一番なし崩しに色々ともらえなくなりそうな時期だったにもかかわらず、もらうべきものはきちんともらえる状態で帰還させてくれたらしい。

あとは食べるもので、こればかりは農家に知り合いもいないし、少し苦労するかなぁと思ったんだけど。
「まつの仲間はオラの娘と同じようなもんだ。困った時は、お互いさまだぁ」
と、なんと紅のお父様が自分の家で作っている食べ物を分けてくださったりとか。
「エリさ~ん、おすそわけですぅ」
と、下級生の子なんかも実家から送ってきた食べ物を置きに来てくれたりだとかするものだから、
まぁ、十分に食べられるわけじゃないけど、死なない程度には生きていけるわね。

こうして、上級生のお祝い事とかに呼ばれて、たらふくご馳走を食べたりすることもできるわけだし。

そんな事を考えながら、私はリュータンさんの披露宴で出されているすき焼きを、お腹いっぱいになるまで詰め込もうと努力しているのだった。
なにか、入れるものないかしら。
清志さんにも持って帰って食べさせてあげたいのだけれど。

「エリ、食うてるか!?」
「……っ、はいっ、リュータンさん、美味しく頂いてます~」
ちょっと食い意地のはった事を考えていた時に、リュータンさんが声をかけてきたので、思わずむせそうになってしまった。
なんとかむせずに飲み込んで、何度目かのご挨拶をする。
「こんなに立派なお式に呼んでもらえて、嬉しいです~…」
「そうやろ、そうやろ!このご時世、こんなに豪華に披露宴開けるのも、このリュータンと、宝塚きっての演出家のわたるさんだからこそや!
なかなか食べる機会もないんやし、今日は思いっきり肉を食うていけばええ、な!」
…いつも思うんだけど、この人なんでこんなに自信があるのかしら。
自信に見合った実力を兼ね備えていないとは言わないけど、それにしたってこのナルシストぶりはいっそ見事というものよねぇ。
まぁ、今日は本当にリュータンさんの言う通りだと思ったので、
「はい、遠慮なく~。ありがとうございます」
と、可愛らしく返してみた。

すると。
「あんたの旦那さんの清志さん?も、いずれわたるさんと同じ職場になるんやし?呼べれば良かったんやけどなぁ。まだ、正式に通達してへんさかい、呼べんかったんや、すまんかったなぁ」

なんと、リュータンさんがすまなそうに言ってくるじゃないの!!
「いえっ、おきになさらず!!まだホントに発表もされてませんし…」
そうなの。
清志さん、絵の力量を買われて、宝塚の美術部で採用されることにもなったの。
とりあえず、スターの似顔絵やポスター、大道具の絵の図案なんかを考える担当らしいけど。
「ホントに助かります。リュータンさんもお口添えくださったんでしょう、それだけでも十分なのに、これ以上何かしてくださったら、本当に何をお返しすればいいのか…」

「そんなに気にせんでええ。ウチは、エリに感心したからこそ、話を持っていったんやしな」

「え…?」
「あんたは、歌も踊りもお芝居も、まぁウチには及ばんけどまずまずやったし、トップになりたいって言う野心もあった。正直、あんたが今でも宝塚におったら、こんなにすんなりとタッチーがトップになる事はないと思うで?ファンの方も力のある方がおったしな」
惜しいことしたな、と声を掛けられたけど答えられない。
だって…、それでも私は…
「あんたが先に辞めるとは、思わんかった」
タッチーの方が辞めそうに見えたわ、と、リュータンさんは言う。
「あんたは、自分がトップになれる可能性のある事をわかってたし、タッチーにもその可能性がある事を理解していた。そやさかい、タッチーとはいつも切磋琢磨して、なんとか『同期で競い合いいがみ合う』んじゃなく『同期で競い合い助け合う』形を作ろうと、いつも努力してたやないの。
あんたがその気やなかったら、『いがみ合う』事は簡単やったやろ。
あんたは、気ぃが強いし、すぐ言い争いを起こしてまう。
私はな、あんたはそこを我慢してるんや、『自分のタカラジェンヌとしての理想の道』を決めて、突き進んでいるんやなぁ、と思いながら見てたわ」
「リュータンさん…」
「あんたのタカラジェンヌとしての成功は、自分の性格を曲げるくらい重要なんやと思ってた。
…その夢よりも、あの絵描きさんと結婚する方を選ぶとはなぁ…ビックリしたで」
そういって、リュータンさんは笑った。

「私には選べん道やった」
「そんな…リュータンさんは影山先生とご結婚なさったじゃないですか」
「怪我して、辞めてからな」
まぁ、その時に両想いになったから、てのもあるけどな。
どこか遠いところを見つめながら、リュータンさんは言った。
「あの時、まだトップやったあの時に、わたるさんから『好きや』と言われてもウチは信じきれんかった。
それだけやない、宝塚の乙女やのうなって、なんの価値もなくなった自分に、愛し続けてもらえるほどの価値があるのかどうかも不安やった。
『タカラジェンヌ』はウチの全てや。それを失うのは、怖かったんや」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧