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インフィニット・ストラトスの世界にうまれて

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眼鏡っ娘は何座の女?

もうすぐ学園祭というこの時期、IS学園は一種異様な盛り上がりを見せていた。
その理由は、学園祭だからだけではなく、学園祭で行われるイベントの各部対抗一夏争奪戦が待っているからだ。
各部は一夏を我が物とせんがためにライバルたちとしのぎを削っていた。
すでに戦いの火蓋は切られているのだ。
そんな女子たちのテンションゲージが振り切れているこの時期を境に、俺と山田先生との関係にちょっとした変化が訪れるのだが、それは少しだけ未来の話だ。

インフィニット・ストラトスという物語の主人公である一夏は今何をしているのかというと、今日も生徒会長とISの訓練をしているだろう。
原作ではアリーナで訓練中に遠巻きに好意を抱いているようなことを言われた一夏が、それとは気づかずに空気を読めない返事をしていたが、こっちの一夏もそんな朴念仁ぶりを発揮してなければいいが。
生徒会長が一夏の専属コーチを始めてくれたおかげで、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの機嫌がすこぶる悪い。
原因は考えるまでもなく生徒会長で間違いなかろう。
一夏の前ではそうは見せていない様だが、箒が言うには一夏が生徒会長と破廉恥行為に及んでいた現場を目撃したらしい。
その話をした後、愚痴を散々聞かされることになった。
たぶんだが、押し掛け女房のように一夏の部屋に居座った生徒会長に一夏が水着エプロン姿で出迎えられている現場を箒が目撃したらしい。
そんなことを思い出していた俺は今何をしているのかというと、山田先生の熱意溢れる補習を受けていた。
疲れ果てグラウンドに大の字に横たわった俺は空を眺めていが、そろそろ休憩が終了しそうな気配を感じる。
補習を再開しそうな山田先生に円状制御飛翔を上手くやるコツみたいなものはないかと訊いてみる。

「コツですか? そうですね……」

ISスーツ姿の山田先生は数秒考え、話始める。

「とある女性がベインズくんにプロポーズされ、嬉しさのあまり涙を流していたとしましょう。その女性の目から溢れ出した涙は頬を伝い、やがて地面に向かって流れ落ちて行きます。それをベインズくんはニッコリと微笑みながら指を頬を優しく撫でる様に這わせ、涙をすくい上げます。という感じてしょうか」

それは本当にコツなのかと思わずにはいられない。
まったく意味が解りませんよ、山田先生。
原作のシャルロットは氷上を滑るスケートで例えていた気がするが、こっちの方が解りやすいだろう。
ここ数日、山田先生の補習を受けているわけだが、少しは成長しているのだろうか。
俺はそれを感じることが出来ずにいた。

「手がかかる子ほど可愛いって言いますしね」

何てことを山田先生は言っていたが、これは暗に、俺の覚えが悪いと言っているのか?

「それから――先生の将来もかかってますから、ベインズくん頑張ってくださいね」

ん? 先生の将来と俺との関連性がみえん。
山田先生の将来とは教育者としての立場だろうか? それともまさか、俺の事で織斑先生あたりと賭けをしているのではあるまいな。
それは教育者としてどうかと思うぞ。

「ベインズくん、そろそろ始めますよ」

山田先生の声が聞こえる。
俺は立ち上がると身体についている埃を手で払い、もう一頑張りしますかと自分に気合いを入れていた。

補習が終わった俺は、全身が鉛にでもなった様な身体でようやく自分の部屋に戻ってくる。
年頃の男子の無尽蔵とも思える体力は、ここ数日の補習のおかげで限界はとっくの昔に過ぎ去っていた。
今日は晩飯を食べる気すらおきない。
俺は部屋に入ると、まっすぐベッドに向い、そのまま倒れ込むように身体を投げ出した。
今は起きているのも辛く感じ、俺は目蓋を閉じる。
すると、羊を数える間もなく俺は夢の世界へ誘われた。

次の日の朝。
目を覚ますと俺の身体は熱に浮かされていた。
どうやら風邪でも引いたのかもしれない。
身体を動かすことすら儘ならず、このままじゃヤバイと感じた俺は、とりあえず助けを呼ぶ事にした。
しばらくして部屋にやってきた人物は、俺の顔を見るなり駆け寄ってきて俺の額に手をのせる。
熱があるのか確認したのだろうその後に、持ってきた体温計を俺の脇の下に突っ込む。
一分ほど時間が経つと、体温計のピピピという電子音が計測終了を知らせてくる。
俺の脇の下から徐に体温計を抜き取った人物は、表示された数字を確認すると、はぁとため息を吐く。

「もう、熱が四十度もあるじゃないですか」

山田先生の言葉で俺は現状を把握した。
そんなに熱があったのか、どおりでやたらと身体がダルいはずだ。
それにしても一夏に助けを求めたんだが、なぜか山田先生がここにいる。 俺が考えるに、今日は平日だから一夏のヤツが織斑先生に相談したのかもしれん。
相談された織斑先生も俺のために授業に穴を開けるわけにもいかず、代わりに山田先生を俺の所に寄越したのだろう。
まだ制服のままだった俺を無理やり着替えをさせた山田先生は、

「薬と食事を持ってきますから、そこで大人しく寝てて下さいね」

そう言って山田先生は部屋を出て行った。

山田先生が持ってきた食事だがまったく食欲が湧かない。
胃に何も入ってないと薬も飲めない。
何も食べれないならぶっとい注射をお尻に打ってもらうなどと、まるで子供に言いそうな事を山田先生が言うので、俺は食べ物を無理やり胃に詰め込み、薬を水で流し込む。
しばらくすると、解熱剤が効いてきたのか多少は楽になった気はするが、それでも苦しさを感じる。
俺は自分の部屋の天井を眺めながら、こう思った。
俺の人生はここで終わるかもしれないと。
こんなことを考えたのはいつ以来だろう……二、三年前にあったかもしれんな。
食事と薬を持ってきた山田先生は、後で様子を見に来るという言葉を残してすでに俺の部屋を去っていた。
昼休みになったのか山田先生は再び俺の部屋にやってきて色々と世話を焼いてくれる。
何ともありがたいことだな。
病気をすると気弱になるからか、そんな山田先生の姿を眺めていると変な気持ちが湧いてくる。

「そんなに甲斐甲斐しく世話をされると惚れてしまいそうです」

俺の言葉を聞いた山田先生は意外そうな表情をした後、こう返してきた。

「転入してきた日にベインズくんは先生に、真耶、愛してる。結婚してくれって言ってましたよね?」

んな事は言ってない。
好きとは言ったがな。
もしかして山田先生の頭の中では、俺の言った『好き』という言葉に利息がついて『愛してる』に変わったのか? しかもオマケに『結婚してくれ』までついている。

俺は確かに山田先生は好きだが、半分は本当で残りの半分は嘘である。
それはなぜかというと、俺の好きだったのはインフィニット・ストラトスという物語に出てくるキャラクターの山田先生であって、この場にいる山田先生ではないからだ。
確かに、ここにいる山田先生の声も仕草も、そしてたぶん人物背景も設定にあるそれと同じなのだろう。
だからといって、同一ではない。
似て非なるものだろう。
いくら似ているからといって物語に出てくるキャラクターをこの場にいる山田先生に重ね合わせるのは、礼儀を欠く行為に思える。
なら俺の山田先生に対する感情が今どの辺にあるのか考えていたはずが、いつの間にかまどろんでいた様で意識はそこで閉じた。

ここはどこだ? 部屋の様子からどこかのホテルだろうことはわかる。
部屋から見える街の夜景を楽しむためという理由で照明は点けていないらしく、ベッドサイドにあるランプシェードを通したオレンジ色の光がぼんやりと部屋を照らしていた。
この部屋には二人の人間がいて、一人は俺で、もう一人は山田先生だった。
俺は窓際に立つ山田先生を後ろから包み込む様に抱きしめ、窓から見える風景を眺めていた。

「山田先生。夜景は霧で霞んで見えますが、これはこれで幻想的ですね」

「もう、アーサーくん。いつになったら真耶って呼んでくれるんですか?」

顔をややこちらに向けた山田先生の表情は少し拗ねているように見える。

「出会った時から山田先生って呼んでますからね。呼びやすいんですよ、この方が」

「今、私のお腹の中にいる子供が生まれてきても、そう呼び続けるつもりですか?」

山田先生は下を向くと愛しそうに自分の膨らんだお腹を眺め、そして両手でお腹を擦る。
その後、何が可笑しいのかクスクスと笑った。

「もう少し時間をくれませんか?」

俺の言葉を聞いて、どう思ったのかは知らない。
何も言ってこない所をみると不機嫌という訳でもないのだろう。

「ところで……、今日はあの魔法の言葉を言ってはくれないんですか?」

山田先生は急に思い出したかの様に聞いてくる。
そう言えば今日は言ってなかったな。
俺は山田先生の耳元にゆっくりと口を寄せると感情を込めてささやく。

「愛してます、山田先生」

「わたしもです」

山田先生は俺の腕の中で身体を翻すと、俺と向かい合う様に立つ。
俺と山田先生は見つめ合いお互いの気持ちを確かめる。
そして、山田先生は目を閉じると何かを促す表情になる。
俺は顔をゆっくりと近づけ、やがて二人の距離はゼロになる。
その時、俺と山田先生の唇は重なっていた。

何ていう夢を見た。
それにしても俺は何て夢を見てしまったんだ。
あの夢は願望か妄想か、それとも予知夢なのかは知らんが、フロイト先生が不要なほどストレートな夢だったな。
あんな夢を見たせいなのか、それとも熱せいなのか、随分と汗をかいたらしい。
着ている服が湿っぽく感じる。
時間を見てみれば午後の十時を過ぎていた。
昼から十時間も寝ていたのか。
見れば、部屋に備え付けのテーブルには今日の夕食だろう物が載っていた。
こんな状態で寝ているのも気持ちが悪い。
風邪で熱があるといっても汗を流すくらいはいいだろうと掛けてある布団を引き剥がす。
そしてダルイ身体で何とかベッドから抜け出すと、ふらふらとした足取りで浴室へと向かう。
浴室に着いてみれば、なぜか照明が点っていた。
しかも、シャワーヘッドから勢いよく出た水が床面を叩きつける音も聞こえ、浴室の扉を通して薄っすらとだが人影も確認出来た。
俺はこのIS学園にまつわる怪談話など聞いたことがないし、それに風呂で汗を流す幽霊もいないだろう。
だが、いきなり浴室の扉を開けるのは怖いので取りあえず声をかけて見ることにした。

「あの、そこにいるのはどなた様でしょうか?」

「え? ベインズくん、起きちゃったんですか? 先生、今日は看病するためにこの部屋に泊まろうかと思って――ここのお風呂借りちゃいました」

扉ごしにエコーが掛かったような山田先生の声が聞こえる。 しかも緊迫感をまったく感じない。
泊まるのは結構ですが、ここで風呂に入るのは大胆過ぎです、山田先生。

「こうなることを予想しなかったんですか?」

「ごめんなさい。すぐに出るから」

いや、待ってください。
それはマズイですよ、マズ過ぎです。

「すぐには出ないで下さい」

「あっ、誤解しちゃたかな? 先生はそんな大胆なことはしませんよ。ベインズくんがいなくなってから出るから安心して下さい。先生の裸は見せてあげません」

それは良かった。
イギリスにいるブラコン姉の猛攻に耐えてきた俺ではあるが、さすがに姉の裸は見た事がない。
今ここで山田先生の裸を見ることにでもなれば鼻血を出す自信がある。
俺は今から出ますと山田先生に告げてから浴室を後にした。

山田先生が浴室から出てくるのを待つ間、俺は一夏の事を考えていた。
原作では下着ワイシャツ姿の生徒会長が上手いと有名なマッサージをしてくれと一夏に迫っていた。
生徒会長の格好を見た一夏にズボンを穿けと言われても、パンツじゃないから恥ずかしくないとか言っていたが、パンツに見える物はパンツだど一夏にツッコまれていた気がする。
その後、結局マッサージをするハメになった一夏は、悩ましげな格好をした生徒会長の身体に触れて鼻血程度で済んでいたが、それを読んだ俺は何て一夏は強靭な精神の持ち主なんだと感心したものだ。
生徒会長に下着ワイシャツ姿で誘惑されたら普通の男子ならば、目的を達成出来るか解らないにしても、据え膳食わぬはなんとやらで生徒会長に襲い掛かっているかもしれない。

「織斑くんがどうかしたんですか?」

俺の心の声が口から漏れ出て山田先生に聞こえていたらしい。
浴室を出てきた山田先生は寝間着代わりのスエットを身に纏っていた。
湯上がりということもあって肌は上気し、シャンプーの香りが漂ってくる。

「一夏が生徒会長に気に入られた様なんで、今頃どうしているかと思っただけです」

「更識さんにですか? 織斑くんは相変わらず女の子にモテモテですね。先生はベインズくんに下着ワイシャツで迫ったりはしませんよ? せいぜい寝ているベインズくんの耳元で何かを囁く位です」

それはあれか? 睡眠学習ってやつか? もしかして、あんな夢を見ちまったのは山田先生のせいかもしれんな。

数日後。
体調が回復した俺は授業が終わった放課後、山田先生と共に街へと出掛けていた。
言っておくが、断じてデートではない。
学園祭でうちのクラスの出し物であるご奉仕喫茶で使う物を買いに行くのである。
IS学園には出入りの業者があるのだろうが、それで必要な物すべてが揃うわけではない。
だから手に入らない細々とした物を買いに行くというわけだ。
山田先生は買い物リスト片手に次々と店を回っていく。
俺の役目は荷物持ちだ。
だから山田先生が買った物を次々と受け取っていた。
買い物がつつがなく終了し、学園へと帰る吊り下げ式のモノレールに乗る頃には俺の両手は荷物で一杯になっていた。
窓が大きくとられたモノレールの車内は明るい。
座席は通路を挟んで左右に二席づつある。
車輌がIS学園行きということもあり車内は閑散としていた。
俺は通路を挟んだ反対側の座席に荷物を置くと山田先生の隣に腰を下ろした。
買い物中事を思い返せば、山田先生は終始にこやかでテンションが高かった。
何か良いことでもあったんだろう。
俺と山田先生が買い物する姿は周りにはどう見えていたのだろうか。
仲の良い姉弟に見えていたのかもしれないな。
俺の隣に座っている山田先生は買い物ついでに書店で買ってきた雑誌をモノレールの走行音をBGMにページをペラペラとめくっている。
それを何となく眺めていた俺は、山田先生先生とこんな穏やかな時間をずっと過ごせたらいいのにと思っていた。
俺の視線を感じたのだろう山田先生はどうかしましたかと聞いてくる。
それにこう答えた。

「山田先生、好きです。俺と付き合って下さい」

自分でも何でこんな事を口走ってしまったのか解らないが、これが今の偽れざる気持ちなんだろう。
俺の言葉を聞いた山田先生は雑誌のページをめくる手がピタリと止まる。
そして、俺の方に顔を傾けた。
俺は山田先生の言葉を待つ間、眼鏡の奥にある翡翠色の瞳をじっと見つめる。

「ベインズくんが先生のことを好きだと言ってくれるのはとても嬉しいですよ。でも、男女のお付き合い――というのは、立場の問題がありますし、それにベインズくんはせっかくIS学園にいるんですから、色々な人と出会ったり、経験してからでも遅くはないと先生は思います。ベインズくんがIS学園を卒業する時、今の気持ちが変わる事がなかったらもう一度さっきの言葉を先生に聞かせて貰えますか? その時に今の返事を返します。ダメかな?」

俺を諭すようにゆっくりと言った山田先生の顔は笑顔であったが、眼には涙が溢れていた。

俺と山田先生が買い物に行った翌日。
俺は気づかなかったが山田先生はぎこちない歩き方をしていたらしい。
それを目ざとく見つけた我がクラスの女子たちの疑惑の目は、当然の既決として俺へと向けられている。
授業と授業の間の休み時間、俺の机にどっと押し寄せてきた女子たちが、俺と山田先生は手を取り合い一緒に大人の階段を登ったのかと聞いてくる。
そんな事実は存在しないと俺は否定したがここで問題なのは山田先生だ。
理由聞かれて、そんなこと恥ずかしくて言えませんとか頬を朱に染め、可愛らしく言うもんだから話がますますややこしくなる。
俺は昼休みになると職員室へと赴き、山田先生に事の次第を問いただした。
訊けば歩きにくそうにしていた理由はこうだった。
昨日の夜に内股をぶつけたらしい。
それもかなり強くぶつけたらしく、青痣がが出来るほどだった。
今も擦れると痛いらしく、それで歩き方がぎこちなかったらしい。
この話をクラスの女子たちに伝えると、つまらないと一言だけ返ってきた。
期待に添えなくて悪かったな。
事実は小説よりも奇なりというが、そんなに現実が刺激的な事柄で満ち溢れていたら俺の人生は波乱万丈どころではないだろう。
閉鎖された学園生活で娯楽が少ないのは解るが、いい加減俺のネタで盛り上がるのはやめて欲しいと溜息をつきつつ、そう思っていた。
 
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