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奇跡のアーチ

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第一章


第一章

                     奇跡のアーチ
「天国の佐伯オーナー、見ていますか!?」
 アナウンサーの声が響き渡る。
「近鉄が優勝したんですよ!」
 その声は明らかに興奮していた。一九八九年一〇月一四日、藤井寺球場は歓喜の声で爆発していた。
 九年振りの優勝であった。それだけではない。複雑な因縁のある優勝であった。
 この時近鉄バファローズのオーナーであった佐伯勇はその少し前にこの世を去っていた。
「バファローズはわしの子供達の中では一番どうしようもないドラ息子や」
 彼はよくこう言った。
「しかしそんな息子が一番可愛いんや」
 近鉄グループの総帥であり一代で近鉄を日本最大の私鉄にまで押し上げた彼の唯一の不肖の息子であった。だが彼はそんなバファローズを心から愛していた。
「バファローズの日本一を最後に見たいな」
 それが晩年の口癖であった。だが彼はそれを見ることなくこの世を去ってしまった。このアナウンサーの言葉はそれを受けてのことであった。
「ようやく優勝となりましたね」
 それを報道する久米宏の目も温かかった。
「昨年は本当に悔しい思いをしましたけれど」
 彼は感慨深げにそう言った。
「今ようやく優勝しました、本当によかったですよ」
 彼はよく公平性を著しく欠く報道をしていると批判されていた。確かにそうであった。だが今彼を批判する者はこの番組を見ている者では全くといっていい程いなかった。
 それは昨年のあの無念を知っているからだ。
 一〇月一九日、近鉄はロッテオリオンズとの最後のダブルヘッダーを戦っていた。第一試合は梨田昌孝のヒットで何とか勝った。だが第二試合で無念の引き分けに終わった。
「色々と報道したいことがあるのですが」
 久米はその日番組がはじまる前にこう言った。
「その前にこの試合を御覧になって下さい」
「また久米の奴好き勝手やりやがって」
「何様のつもりだよ」
 彼を嫌う者はまずこう言った。だがその試合を見て皆黙ってしまった。
「勝ってくれ・・・・・・)
 皆死力を振り絞って戦う三色のユニフォームの選手達を見てそう思った。
「ここまできたらそれしかない、そうでなかったらせめて決着をつけてくれ」
 だがそれはならなかった。無念の表情でグランドを去る近鉄の選手達を見て何も思わない者はいなかった。
「ここまできて、ですか」
 久米の声も沈んでいた。彼はその一年前のことを思い出していた。
「長かったですね」
 本心からそう言った。
「やっとここまできた、という思いです」
 皮肉屋の彼から出たとは思えぬ言葉であった。彼は珍しく悪意もなく言葉を口にしていた。それ程までのこの年の近鉄は辛く、長い死闘を続けていたのであった。
 その無念の最終戦のあと近鉄はキャンプに入った。今年こそは、そういう意気込みがあった。
 だが出だしでつまづいた。そこで阪急が身売りしてできたオリックスブレーブスが台頭してきた。
 その強さの秘密は打線であった。ブルーサンダー打線と銘打たれたこの打線はブーマー、門田博光、石嶺和彦で構成されるクリーンアップを中心に強打を誇っていたその圧倒的なパワーで他の球団を大きく引き離していた。
「オリックスには西武みたいなどうしようもない強さはない」
 近鉄の監督仰木彬はこう言った。
「弱点はある。ピッチャーや」
 その通りであったオリックスの投手陣は長年投手陣の柱であった山田久志が引退してしまい支柱がなかった。だが
それでもブルーサンダー打線は打ちまくり勝利を手にし続けた。
 気付いた時には八・五ゲーム差。最早優勝は絶望的かと思われた。
 だが七月中旬のオリックス戦で勝利を収めると一気に間合いを詰めた。しかしここであの西武が姿を現わしてきた。
「やっぱり出て来たか」
 仰木だけではなかった。選手もファンも何時かはくるものと思っていた。それ程西武の戦力は他と比して圧倒的であったのだ。
 シーズンは遂に三つ巴となった。オリックス、西武、そして近鉄が激しく刃を交える死闘となった。その行方は誰にもわからないものであった。
 
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