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早過ぎた名将

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8部分:第八章


第八章

「我々が嘘を言っているように見えますか?」
「何なら調べて下さい、すぐにわかりますよ」
 彼等はバレンタインのアメリカ式のベースボールに反発したのだ。アメリカではコーチは監督の下にある。日本の様に親しい関係ではない。言わばスタッフに過ぎないのだ。全ては監督が取り仕切るのだ。
 これが彼等には我慢ならなかった。どうしても見下されているように思えてしまう。
「だがな」
 広岡はここで彼等を宥めることにした。
「選手達は彼を深く信頼している。それに彼のおかげに二位になったんだ」
「それは認めます」
 彼等は一様に言った。
(これで終わるかな)
 しかし広岡の予想は外れた。
「しかし我々はそれでは納得できません、もう彼の下ではやっていけません」
「そこまで言うのか」
 広岡は厄介なことになったと悟った。そして事態はかなり深刻なのを理解した。
(まずいな)
 彼は考えた。今度は自身の経験を話すことにした。
「いいか、君達」
 彼はコーチ陣を見回した後で口を開いた。
「大体日本ではコーチと選手、監督とコーチが仲がよすぎるんだ。これはアメリカでは全然違う」
 彼はヤクルトの監督時代そう言ってコーチと選手が一緒に食事を採ることすら戒めた。馴れ合いになってしまうという理由からだ。
「本来はもっとシビアなものなんだ。それをわからないと駄目だ」
「ここは日本です」
 だがそう言い返されてしまった。
「日本には日本の野球があります。それはゼネラルマネージャーもご存知でしょう」
 広岡はしまった、と思った。切れ者と言われる彼が今一つ世渡りを上手くできない理由としてその口がある。言いたいことは絶対に言う、それが舌禍を起こす。そして持論を絶対に曲げない。今回はそれを口にして彼等を説得しようとしたが失敗した。彼はそのプライドの高さと鼻っ柱の強さから人を説得するのも下手であった。
(これは無理だな)
 広岡はそこで決めた。バレンタインの更迭を決定した。
「わかった、君達の意見を飲もう。それでこの話は終わりだ」
「はい」
 彼は止むを得ない、と思った。こうしてバレンタインの解任が決定された。
『ボビー止めないで』
 ファンは連日その垂れ幕を掲げて訴えた。だが広岡は首を横に振った。
「彼を呼んだのは早過ぎたな」
 垂れ幕を見ながら広岡は唇を噛んでそう言った。
「どうやら彼の考えが浸透するにはもう数年必要だったらしい、球界全体に浸透するには」
 この解任劇で広岡は批判の矢面に立たされた。だがマスコミの批判程度で屈する彼ではなかったのでそれは問題ではなかった。 
 しかしロッテは以後低迷した。そしてファンと選手達の願いによりバレンタインがロッテに復帰するのはそれから九年の歳月が必要であった。
 バレンタインは野球とは何かをロッテの選手達、そしてファンに教えてくれた。そして今また彼等に再び教えようとしている。彼もまた野球を心から愛しているのだから。


早過ぎた名将
  
           
               2004・8・28
 
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