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知と知の死闘  第二幕

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第二章


第二章

 まずは第一戦、舞台は西武球場。ヤクルトの先発は荒木、西武は工藤であった。まずは一回表のヤクルトの攻撃である。
 工藤はそのペナント終了間際での騒動のせいか制球が定まらない。そこへ主砲パウエルが登場する。
 パウエルは昨年のシリーズで十六三振。特に第二、三、四戦といった投手戦においては完全に抑えられそれがヤクルトの直接の敗因であると言われていた。その彼が今バッターボックスに入った。
 彼は燃えていた。その顔は赤くなっておりまるで赤鬼であった。そこへいまだ制球の定まらぬ工藤がいた。
「まずいな・・・・・・」
 森は呟いた。単に制球が定まらないだけではない。工藤は左投手であるが何故か左打者に弱い。パウエルは左打者である。結果は陽の目を見るより明らかだった。
 四球目。パウエルのバットが一閃した。打球は西武球場の左中間の芝生に飛び込んだ。先制スリーランホームランだった。
 第一試合第一打席での大砲のアーチ、これはシリーズにおいてはかなりの効果がある。それは他ならぬ西武自身がよく知っている。何故なら西武の大砲デストラーデの得意技だったからだ。
 しかし彼は今ベンチにいない。大リーガーとしてスタンドでスーツを着て試合を観戦していたのだ。
 この一打が波を作った。その裏荒木は制球が定まらずじまいであり石毛に死球を与え清原にタイムリーを打たれる。しかし彼はここで踏ん張った。その回はそれだけで凌いだ。
 対する工藤は一回三分の一で降板する。だが荒木は強気の内角攻めと緩いカーブで西武打線を抑える。そして四失点ながら六回まで投げ抜いた。
 対するヤクルトは池山もアーチを放ち順調に得点を重ねる。西武も伊東と秋山がホームランを放つが追いつけない。試合は八対五でヤクルトの勝利に終わった。荒木はシリーズ初勝利だった。怪我の影響で一三〇代のストレートしか投げられないが見事に西武打線を凌ぎきった。
「ようやった」
 野村が荒木を褒め称える。かって甲子園のプリンスと言われた男はその言葉ににこりと笑った。
「今年も最初は落としたか」
 森はスコアボードを見ながら呟いた。だが彼は次の試合こそ最も重要と考えている。到って冷静であった。
「次は御前だ」
 森は側にいた背番号十八番に対して言った。
 「はい」
 その十八番は黙って答えた。エースナンバー、この背番号を着けている者はチームの柱となる男である。そして森が今声をかけた男もまたそうであった。
 次の試合、西武はその十八番、郭を投入してきた。昨年のシリーズでヤクルト打線を完璧に抑えていた男である。その速球と高速スライダーが再び牙を剥かんとしていた。
 対するヤクルトの先発は西村。制球難で有名な男である。どう見ても見劣りのする先発カードであった。
 しかし勝負は蓋を開けてみないとわからないのも道理である。ヤクルトがまず古田のショートゴロの間に一点を先制する。だが対する西武も西村の立ち上がりを攻め清原のタイムリー等であっさりと逆転する。しかし西村はその後不調なりに立ち直り失点を許さない。そして二回は両者無得点のままであった。そして三回表、ヤクルトの攻撃がはじまる。
 昨年は彼の前に為す術も無かったヤクルト打線。しかし今年は違っていた。その餓えた牙を今彼に対して剥き出したのだ。
 四連打を浴びせる。そして何と三点をもぎ取った。彼はこの回ワンアウトを取る事も出来ずマウンドを降りた。これでこの試合の流れはヤクルトに大きく傾いた。
 ヤクルトは四回にも一点を追加する。これで試合はほぼ決まってしまった。西村は西武打線の反撃を許さない。そして彼は六回と三分の二を凌いだ。あとはヤクルトも切り札がいる。
 高津。その前のシーズンまでは先発だった男である。そして昨年のこの時期は二軍落ちをし黒潮リーグに参加していた。だが野村から神宮に呼び出されていたのだ。
「あの連中の投球をよく見とけ」
 野村は彼に言った。そして彼は神宮の観客席に向かった。
 野村が彼に見ろ、と言った連中とは西武のストッパーである鹿取と潮崎だった。高津はサイドスローからのシンカーを武器とする。それは今彼の目の前で投げている二人も同じであった。彼と西武の二人のストッパーはそのタイプが実によく似ていたのだ。
「監督が俺に見ろ言うたんはあれか・・・・・・」
 高津はその投球をまじまじと見た。そのうえで野村は彼にストッパー転向を言い渡したのだ。
 彼はそれに応えた。それまでストッパー不在で岡林がそれも兼ねるという状況であったが今ここに不動の守護神が誕生した。万全な抑えを得てヤクルトはこのシーズンを勝ち抜いたのだ。
 彼は投げた。そのシンカーが唸り声をあげ西武のバッターの膝元に、外に入る。そして西武打線を無失点に抑えた。
 ヤクルトは敵地で連勝した。これは大きかった。シリーズの趨勢はヤクルトに大きく傾こうとしていた。
「いいぞ、このまま四連勝だ!」
 敵地に乗り込んでいたヤクルトファン達が緑の傘を乱舞させ絶叫する。そして野村を報道陣が取り囲む。
「このままだとまずいな・・・・・・」
 森はそれを見て呟いた。彼はシリーズにおける勢いの怖ろしさを知っていた。短期決戦ではそれが大きく影響するのだ。
今までその勢いで勝ち、負けた事は多い。それを彼は自身の目で見てきているのだ。
 次の試合から舞台は神宮に移る。言うまでも無く地の利はヤクルトにある。
 一歩間違えれば勢いは完全にヤクルトのものになりかねない。この試合を落とせば西武は絶体絶命の状況に追い詰められる事となる。そうすれば本当に四連敗も有り得る。森の脳裏に危機を知らせる信号が点滅していた。
「ヤクルトの先発は誰だ・・・・・・」
 森はヤクルト投手陣のデータを見た。そして野村の性格と照らし合わせる。お互いに言える事だが野村は同じ捕手出身、また付き合いも長い。だから彼の考えている事はある程度は読める。その上で彼は作戦を計画した。
「あの男ならば、これだ」
 森は意を決した。そして神宮に乗り込んだ。
 
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