知と知の死闘
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第三章
第三章
第五戦、西武は今日勝てば本拠地での胴上げ、三連覇達成だ。対するヤクルトは本拠地に帰ることなく敗れ去る。野村は腹をくくった。
「ここはあいつに全てを任せた」
先発は西武が渡辺久信、予想より一日遅れだった。森はセオリー通りに手を打ってきた。
しかし彼の顔は晴れない。試合前彼は激励に来た知人に言った。
「第六戦の切符を用意しておいてくれ」
彼もまた目の前にいるヤクルトがここで引き下がる相手ではない事をよく理解していた。
西武球場で愛するチームの胴上げを心待ちにするファン達。だが監督の顔は彼等とは対照的に曇っていたのだ。
そして野村が先発の名を主審に出した。そこにあった名は高野だった。
かって新人でありながら開幕投手を務めた男。だが彼も荒木と同じく怪我に苦しんでいた。そしてこのシーズンの後半に不死鳥の様に甦ってきたのだ。荒木を同じく。
「あいつは不思議な運を持っとる」
野村は言った。彼が投げた試合は打線が必ず爆発したのだ。沈黙した打線を甦らせるには彼の強運に頼るしかない、最早後の無い野村は彼に全てを賭けた。
「これで終わりやったらそれまでや」
試合は三回を終わって両者無得点。しかし四回にヤクルト打線が遂に目覚めた。まず目覚めたのはあの男だった。
パウエルがスリーランホームランを放った。シリーズでの打率が遂に一割を切っていた男の一打が反撃の狼煙となったのだ。
ヤクルトは攻撃を繰り返す。このシリーズではじめて先制点を挙げたヤクルトは波に乗った。六回を終わって六対零。勝負は決したかに思われた。ライトブルーに身を包んだ観客達も流石に諦めた。
しかし諦めていない者達がいた。他ならぬ西武ナインである。彼等は王者の意地をここで見せた。
高野の四球に乗じ一気に攻勢に出る。そして高野を打ち崩し一点差に詰め寄った。そして七回だった。
デストラーデがこのシリーズ三本目となるソロアーチを放った。これで遂に同点となった。
最早勝負の行方は誰にもわからなかった。選手達も、監督も、ファンも皆必死だった。
試合は延長戦となった。十回表、バッターボックスには池山隆寛が入った。
池山はこのシリーズ打率一割台、打点は零だった。シリーズ前バッティングが荒く大振りの多い彼は西武投手陣のきめ細かな攻めに手も足も出ないと言われていた。事実そうであった。
マウンドに立つのは潮崎。これまで見事な投球でヤクルト打線を手玉にとっている。シンカーの切れが凄かった。
だがこの時池山もまた覚悟を決めた。彼にも意地があった。
一球目、それは空振りだった。しかし竜巻の如きスイングだった。彼は明らかにホームランを狙っていた。潮崎の手から二球目が放たれた。
彼はその球を無心で振り抜いた。迷いは無かった。
『行けっ!』
彼は心の中で叫んだ。ボールは彼の渾身の力で大空に舞い上がった。そして彼の願いを乗せて飛んでいった。
打球はレフトスタンドに突き刺さった。ヤクルトファンの緑の傘が乱舞した。
池山は叫んだ。そして泣いた。そしてゆっくりとダイアモンドを回り喜びに沸き返るナインの元へ戻った。
その裏は伊東が抑えた。ヤクルトは血戦を制し神宮へ帰る事が出来た。
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