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セファーラジエル―機巧少女は傷つかない

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『"Cannibal Candy"』
  #4

 翌朝。クロスは食事をとるために学食にやってきていた。機巧学院に限らず、ロイヤルアカデミーの学食は絶品と聞く。料理をのせるプレートを持って、注文のために学生の列に近づく。すると、最後尾に立っていた金髪の少女がおもむろにふりかえって、こちらに気が付いた。言うまでもない。シャルである。

「クロス・スズガモリ……」
「クロスでいいよ。ブリュー嬢」
「……じゃぁ私のこともシャルでいいわよ。私の愛称を呼べるなんて光栄なことだと思いなさい」
「へいへい」

 シャルに続いて列に並ぶ。すると、行儀よくプレートを持って、シャルの肩の上に乗る小竜の姿に気が付いた。シグムントだ。昨日より調子がよさそうである。

「シグムント。昨日は災難だったな。……調子はどうだ?」
「うむ。問題はない」

 シャルが何か言おうと口を開きかけたその時。

「財布がない!!」

 日本語が聞こえた。この王立機巧学院で、現在日本語をしゃべるのはクロスと、あと二人だけ。声は男の物だったので、それは間違いなく……。

「何をやっているんだライシン……」
「財布を忘れた……」
「……仕方ない。貸してやるから後で返せ」
「すまん……」
 
 クロスは腰のポケットから財布を取り出し、その中から硬貨を何枚か取り出してライシンに渡した。

「……以外とたくさん持ってるのね。それにそのお財布、高級品でしょ?」
「ん?ああ、まぁな……俺を推薦してくれた人が渡してくれたんだ」
「ふぅん……」

 シャルはスコーンとホットケーキ、紅茶を注文した。シグムントはナッツの炒め物。クロスは「日替わりセット」と書かれたものを注文する。するとバケット一杯のパンとスコーン、グリーンサラダとコーンスープ、さらには紅茶まで出てきた。朝御飯の量が多い日本人にはぴったりのメニューであった。クロスは今後学食ではこのシリーズを注文しようと決める。

「ねぇ、あなたを推薦した《カリューサイ》っていう人は、すごい人なの?」
「ぶっ!?」

 シャルに聞かれて、思わず口には何も含んではいないのに吹いてしまう。

「何で知ってるんだ……?」
「シャルは先日会った後から、君のことを大分調べていたのだ」
「な!?だ、黙りなさいシグムント!お昼のチキンをミルクに格下げするわよ!」

 叫ぶ。シグムントは澄ました(?)表情でそれを受け流し、バターナッツを口に頬る。向こうのテーブルではライシンと夜々が席を巡って争っていた。こほん、と可愛らしく咳払いをして、シャルは言い訳がましく続けた。

「あ、あなたが《魔剣》について知ってるみたいだったから、何で知ってるのかしらと思って……」
「なんだ、そんなことか。……言っただろう?俺の自動人形は、情報収集に長けた能力があるんだよ」
「……そういえば、あなたの自動人形(オートマトン)、積んでる魔術回路は何なの?《魔剣(グラム)》は十三機しかない特別な魔術回路……今残ってるのはシグムントのとあと一つだけよ。《魔活性不協和の法則》は知ってるでしょう?《イヴの心臓》以外の魔術回路は、お互いに効果を打ち消し合ってしまうから、一体の自動人形には一つの魔術回路しか積めない……」
「ああ、そうだな。……実際の所、俺の自動人形……《ラジエル》って言うんだが、そいつに積んである魔術回路は、行ってみれば魔術回路を《コピーする》魔術回路だよ」

 ふぅん、とシャルは呟いて、直後顔を真っ赤にして叫んだ。

「って何であなたこのテーブルで食べてるのよ!」
「そうだな……君に惚れたから、なんて理由はどうだ?」
「……は?」

 シャルが呆気にとられた表情で固まる。

「俺は君に惚れた。だから少しでもお近づきになるためにこうして一緒に食事をとっている……そんなところでどうだ?」
「ば、バッカじゃないの!?」

 シャルが先刻よりもさらに頬を真っ赤に染めてガタリと立ち上がったその時。シャルの後ろで、隣のテーブルに座っていたライシンが立ち上がった。ライシンは呆然と窓の外の一点を見つめている。その拳がわなわなとふるえていた。

「……あいつは……」

 シャルとクロスもつられて窓の外を見る。窓の向こう、複数体の乙女型自動人形を率いて歩いていたのは、仮面で顔を隠した男だった。年はクロス達より二歳か三歳ほど上か。銀色の仮面(マスク)で素顔は見えない。スリットから見える目は赤色。《魔力焼け》と呼ばれる、膨大な魔力を有する者に発症する症状だ。

「ああ、マグナスよ。何?今度は彼を狙おうってわけ?やめた方がいいわよ。あなた程度じゃ、ひねりつぶされて終わり……ってちょっと!?」

 シャルの語尾が狼狽したものになったのは、ライシンが夜々と共にガラス窓を割って外に飛び出していったからだ。

「やめなさい!彼には勝てない!!」
「おい!やめろライシン!!」

 シャルとクロスの制止も聞かずに、ライシンはマグナスと呼ばれた男に向かっていく。そこでクロスは気が付いた。ライシンを冷たい目で見るその男が、ライシンその人とどことなく似ていることに。

「……まさか!?」
「何?」
「……アイツ、マグナスと言ったか……出身国はどこだ?」

 クロスの問いに、シャルはかぶりを振る。

「分からないわ。マグナスは国籍不明。実力は未知数。学院序列は第一位。今《魔王(ワイズマン)》に最も近い男と言われている人よ。間違いなく、この学院で一番強い。もちろん、あなたよりも」

 へぇ、と呟いてみるが、クロスは全く別のことを考えていた。

 クロスはラジエルと《契約》をした際に、《天使》からいくつか特殊な能力を授けられている。その中の一つが、相手の自動人形や魔術師の実力を大まかに知ることができる、という物だ。ラジエルの能力を開放すれば、さらに多くのことが『見える』のだが、今はその魔力の流れや、性能が『情報圧』となってぼんやりと見えるだけだ。

 そして――――マグナスの連れた二体の自動人形は、その中でもはっきりと見える圧倒的な威圧感を発揮していた。間違いなく、今まで出会ってきた中で『最強』といえよう。

 シャルと共に割れた窓ガラスから外に飛び出す。ライシンはすでにマグナスと真正面から対峙していた。二体の自動人形が、マグナスを守るように前に出る。

「……」

 ライシンが動かないのを見ると、マグナスは二人を下がらせて先に進もうとした。

「待てよ、お面野郎……それとも、《マグナス》って呼んだ方がいいか?」

 ライシンは、マグナスに()()()()話しかけた。そして驚くべきことに、マグナスもまた日本語でこたえる。

「……お前は、誰だ?」
「悲しいこと言うなよ。遠路はるばる、世界の反対まで会いに来てやったのに」
「……悪いが、誰か人違いをしているようだ」
「それでもかまわない。俺はあんたに、こいつを……!!」

 ライシンがポケットから瓶を一つ取り出す。それを敵対行動と見たか、《鎌》と書かれたフードの、青い髪の乙女型人形から、膨大な魔力がほとばしる。それに反応して、クロスの両目も虹色に光る。視界に上書きされるように、自動人形の情報が記録されていく。

 そこに書かれた魔術回路の効力に、クロスが目を見張ったのと同時に、どこからともなく合計四体の乙女型自動人形が姿を現す。彼女たちは瞬時にライシンを取り囲み、各々の武器を首筋に突き立てる。

 青髪の自動人形の魔術回路は、空間転移を行うもののようだ。

「雷真!!」

 夜々が叫ぶ。

「六体も自動人形を操れるのか……」
「ええ。まさにワンマンアーミー……彼女たちが《戦隊(スコードロン)》と呼ばれることから、ついた登録コードは《元帥(Marshall)》」
「なるほどね」

 クロスの呟きにシャルが答える。戦隊だから元帥。なかなかしゃれた登録コードだと思う。

「ふっ……せっかちなお嬢さん方達だな。俺はただ、お近づきの印にこいつを進呈しようと思っただけさ」

 ライシンが、《火》と書かれた菫色の髪の少女に、持っていた瓶を手渡す。彼女から瓶を受け取ったマグナスは、その瓶の匂いを嗅いでピクリと目を動かしたように見えた。

「……ありがたくもらっておこう」

 マグナスは瓶をポケットにしまうと、六人を連れてその場を立ち去ってしまった。

「……何なの?あの瓶」
「……ナデシコ……」

 ライシンが手渡した瓶の中には彼の最愛の妹である赤羽撫子の遺灰が入っていたことを知っているのは、当事者たちと夜々以外には、恐らくクロスだけだろう。

 ライシンは確信していたのだ。マグナスが、ライシンが『あの日』から今日まで生きてきた理由であると。復讐すべき因縁の相手だと――――


 ***


『זה לראות את "כל" של העולם. כי זה מה שאתה』

 クロスがあの日であった《天使》から告げられた言葉だった。

「『世界の全てを見ろ。それがお前の役目』、か……」

 世界中で、天使から聖なる『天啓』を受けた人間の例は数多く存在する。しかしクロスが受けたのは、そんな輝かしいものではない。完膚なきまでに全てを破壊され、強制的に実行された『神の祝福』。神の祝福を「死」ととらえる聖職者は多いと聞くが、まさにそれを体現したような『天啓』だった。

 結果、クロスは自動人形の能力を『見る』力を始めとした、いくつかの能力と、特殊な自動人形(オートマトン)《ラジエル》を入手するに至った。

「何をやらせたかったのかな、あいつは……」

 《天使》が自分に何をさせたかったのか、よくわかっていない。「世界を見ろ」と言われただけでは当然だ。だから、それを突き止める。《魔王》となって、世界を隅々まで調べつくす。《天使》の目的を探す為に――――

「……《(セファー)》」

 まだほとんど物がない工房と、壁一つ隔てた寝室で、クロスはラジエルの能力の一つを使う。空間がわれて、分厚い本が出現した。ページをめくると、その半分ほどは埋まっているが、もう半分は白紙のままだ。

 これは、クロスの『見た』魔術回路を記してある本。そして、ラジエルの持つ魔術回路の『比喩的表現』とでも言うべき存在だった。

「このページがすべて埋まったら、何が起こるんだろうな……」

 クロスはページをめくっていく。ふと、一つのページで指が止まる。そこに記されていたのは、《魔剣(グラム)》系統の魔術回路の記述。脳裏に呼び起されるのは、銀色の龍を連れた、金色の髪の少女。

「シャルロット・ブリュー、か……自分で言っておいて何だが、案外本気なのかもしれないな、俺は」

 朝、シャルに「どうして同じテーブルで食事をしているのか」という突込みに対して、冗談のつもりで言った「お前に惚れたから」。だがクロスは、あながち自分でそれを本気にしているのではないかと思ってしまった。

「まぁ、《夜会》は長いわけだしな……とにかく、今日はもう寝るか……今頃ライシンは何してるんだろうな」

 クロスは《本》を元の《場所》に戻すと、布団をかぶって目を閉じた。

 ライシンが夜々に夜這いされているなどつゆほどにも思わずに。


 ***


「なんなのアイツ!」

 一方そのころ、シャルも女子寮にてもやもやしていた。

 幼いころのシャルは、いわゆる「箱入り娘」という奴であった。好意を寄せられることはあっても、それは人形に対する愛情の様なもの。装飾品として扱われているようなものだ。寄せられる言葉は飾りきったもので、嫌悪感すら抱く。

 だが――――クロス・スズガモリの言葉は、ストレートすぎた。一切の飾り気のない、純粋な愛情表現。もっとも、シャルもあれが本気だとは思ってはいない。冗談の一つだったのだろうが、それでも免疫がないシャルを狼狽させるには十分だった。

「何なのよ、本当……」 
 

 
後書き
 今回は前回よりも短めでした。

 ちなみにクロスの性格はライシンとロキを足して二で割ったのにチートを加えた感じです。無邪気クール(?) 
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