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立派な魔法使い 偉大な悪魔

作者:AL
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第八章 『魔帝』

「ええ、瑣末な文献でも構いません。今すぐに調べさせなさい」

 ゲーデルは魔界の歴史を調べるように、後方の艦隊に待機している部下へ指示していた。というのも、アルはザジから言われたことをゲーデルにも伝えていた。なぜならより多くの情報を手に入れるためである。
 ゲーデルはメガロメセンブリア元老院議員の一人であり、オスティア総督でもある。そのため様々な機密事項についてアクセスする権限を持っている。情報収集を行うのなら、ゲーデルを活用しない手はないだろう。

「何か分かったことがあればすぐに連絡を。では」

 通信を終えたゲーデルは、ふぅと一息ついた。

「ただでさえ記述が少ない魔界史、とりわけ太古代となると満足に無いでしょうね」

 魔界の歴史、それも太古のものとなればまともな文献が残存しているのか分からない。仮に存在していたとしても、それをもとにザジの計画を推察するのは容易ではないだろう。

「アルの方でも調べるだろう。何かしら手がかりは出てくるさ」 

 ゲーデルのぼやきを耳にしたタカミチは、居合い拳を連射しながら言葉をかける。

「お前は何か知らないのか?」

 そのタカミチにゲーデルが問い返す。もっともその声色は「ま、期待していないがな」と聞こえてきそうなものだったが。

「お生憎、太古の魔界についてなんて僕も知らないよ」

 タカミチもそれを読み取ったのか、やれやれと言った感じで返していた。そんな二人に龍宮が声をかけた。

「お二人とも、歓談するのも結構だが――」 

 龍宮は対物狙撃銃であるバレットM82で遠方の悪魔を狙い撃っている。そこへ赤い衣を纏った骸骨のような悪魔『ヘル=ラスト』が、奇声と共に急接近する。その手に握られている鉄の鎌が、龍宮へ向けて振り切られる。
 機敏に反応した龍宮は軽く跳躍し、迫る刃をすれすれで躱す。そして空中で態勢を変え、いつの間にか抜いていたデザートイーグルの照準をヘル=ラストの後頭部へ合わせる。魔力が乗せられた弾丸はより強い反動と共に銃口から発射され、ヘル=ラストの頭部を粉砕した。
 龍宮は華麗に着地すると同時に、長い脚を活かして背後を蹴る。そこには着地を狙おうとしていたアサルトがいた。
 龍宮の脚がアサルトの顎にめり込むが、硬い鱗を持つアサルトは蹴りだけでは仕留めきれなかった。宙を舞ったアサルトは、早急に態勢を立て直そうとするが――目の前に穴が現れた。それが銃口であるとアサルトが理解するよりも早く、龍宮はバレットの引き金を引く。
 魔力と共に撃ち出された弾丸は、アサルトの鱗をやすやすと砕いた。アサルトの頭部には風穴が空き、鮮血と肉片が飛び散る。絶命したアサルトの死体は、排出された薬莢とともに地面へと転がる。

「もう少し手伝って頂きたいものだ」

 一瞬の攻防を終えた龍宮は、口ではそういうものの、まだまだ余裕のようだ。

「ははは、生徒に注意されるとはね。それじゃあ働くとしようか」

 タカミチはそう言うと、ゲーデルのもとを離れて悪魔の群れへと向かっていく。凄まじい威力と範囲の居合い拳が悪魔達を蹴散らしていく。それにゲーデルも続こうとするが、チラッと龍宮へ視線を向ける。龍宮は今も銃と体術を駆使して悪魔を葬っている。ゲーデルは龍宮にも、何か知らないか? と聞こうか少し思索していた。
 だがそれは中断させられることになる。なぜなら龍宮が先に断りを入れてきたからだ。

「すまないが魔界の事なら、私も人並み以上のことは知らない。大した力にはなれないと思うよ」

 龍宮も、ダンテと同じく半人半魔のハーフである。そのため自身の出自に深く関わっている魔界や魔族に対して関心があり、それなりに知識は持っていた。もっとも、魔界の歴史に長けているわけではない。なぜなら龍宮が持つ情報の殆どは、調べれば出てくるものなのだ。

「そうですか。わざわざお教え下さってありがとうございます」

 感謝の意をゲーデルは伝える。もっともそれは、礼儀としての形式的なものだ。ゲーデルはさっさと刀を翻し、悪魔を斬り伏せていく。
 遠ざかるゲーデルの背を、龍宮はじっと見つめていた。何を考えているのか、何を訴えているのかは分からない。龍宮の瞳に感情らしい感情を見ることは出来なかった。

「如何なさいましたか? 怖い顔になっていますよ?」

 龍宮の背後から声がかけられた。振り返ると、そこにはザジが微笑みを浮かべて立っていた。取り繕うように、すぐに龍宮は表情を戻す。クラスメイトに向けているいつもの顔に。

「表情豊かな方ではないだけで、怖い顔をしているつもりはないぞ? 誰かさんと一緒でな」

 その誰かさんへ冷やかすような目線を送るが、当の本人は相変わらず微笑を浮かべたままだ。

「もっとも、表情とは裏腹に戦闘は激烈そのものだな。姉妹揃って」

 ザジの姉との戦い。そしてリヴァイアサンと戦っていたザジを思い返して、龍宮は言葉を続けた。また、スライドが後退したままのデザートイーグルから空のマガジンを排出し、転移魔法によって取りだした新しいマガジンを挿入する。

「貴女こそ、まさかお姉様と対等に渡り合えるとは。流石です」
「フフ、私も久しぶりに全力で戦ったよ」

 ザジの姉との戦いは、龍宮にとって余程良いものだったのだろう。思い返すだけでも闘争心が高揚し、享楽が入り交じったような笑みが自然と込み上げていた。決してクラスメイトには見せないであろう顔だ。
 軽く引かれたスライドはもとの位置へ戻り、沸き上がる闘争心を表すように、弾丸がチェンバーへ装填された。

「それはそうと、アレはどうするつもりだ?」

 思い出したように話を変えた龍宮は、上空へ目線を移した。空にはリヴァイアサンが未だ悠々と遊泳している。

「一人で無理というのなら手伝ってやろう。もちろん報酬は別途頂くがね」
「それなら、もうそろそろだと思います」

 龍宮が冷ややかな目線とともに、いまいち答えになっていないぞ、とザジへ言おうとした時だった。
 瘴気の混じった空気が震え、墓守り人の宮殿が共振する。
 龍宮だけでなく、ゲーデルや近右衛門達も何事かと動きを止めた。そして悪魔達もだ。その場にいる全ての者が動きを止め、空を見上げていた。
 そこには変わらず、巨大なリヴァイアサンの姿がある。だが様子がおかしい。先程まで遊泳していたリヴァイアサンは、まさに巨魔の名に恥じぬ雄大な姿だった。ところが今は、のた打ち回るかのようにもがき苦しんでいる。先の宮殿を共振させる音も、リヴァイアサンの咆哮だ。

「なにをした?」

 ザジがリヴァイアサンへ攻撃していたところを、龍宮は何度か目視していた。しかしとてもではないが有効打になるものではなかった。そのため突然苦しみだしたリヴァイアサンに、龍宮は困惑していた。

「鴻大なリヴァイアサンを外から倒すのは困難を極めます。ならば中から壊せばよいのです」

 表情を変えずに、ザジは龍宮へ答えた。

「だが魔族には毒物への耐性がある。個体差はあるがあの大きさの魔族ならもっと時間がかかる筈だ」

 なにか毒性のものを打ち込んだのかと、龍宮も考えてはいた。しかしリヴァイアサンの巨体を蝕むとなると、とんでもない量と時間がかかるだろう。

「リヴァイアサンの体内へ入ったのは毒ではなく、私のトモダチです」

 ザジは龍宮の間違いを、一言指摘した。それを聞いた龍宮はトモダチ? と疑問符を浮かべた。そして学園祭のまっただ中や、超 鈴音の送別会に見たモノたちを思い出した。、全身が黒く、顔に奇っ怪な仮面をつけたどう見ても人外のモノたちだ。ザジのトモダチというのなら、恐らくそれらも魔族なのだろう。

「つまり始めに仕掛けていた攻撃は、アレの中にトモダチとやらを入り込ませる為のものだったと。そしてそのトモダチが中から倒した、という訳か」

 得心いったという表情で、龍宮はザジへ自身が理解したことを告げた。

「はい。いわば昔話の桃太郎です」

 あまりに真顔で間違ったザジへ、それを言うなら桃太郎じゃなく一寸法師だ、と言うべきか龍宮は迷っていた。
 その時、龍宮の背筋が冷たくなった。それが悪寒だと、はじめは分からなかった。生物としての本能が発する、自身からの警告だと分からなかった。

「なにか来たようだね」

 タカミチのその一言から遅れて、龍宮はその原因へ目を向ける。その先には、今まさに命が絶えたリヴァイアサンの姿がある。

「!」

 リヴァイアサンの胴体に僅かな光の筋が走った。すると次の瞬間、胴体が真っ二つに裂かれた。二つに別れた巨体はおびただしい量の血をまき散らしながら地面へ落下していく。滝のように降り注ぐ血は地表に張った氷を赤く染め、二つに別れた亡骸は落下点にいた悪魔を下敷きにする。まるで地震かと思うような揺れと地響きだ。

「むぅ……あれは」

 そんな中、近右衛門が声を上げた。その目線の先は、先程までリヴァイアサンがいたところだ。
 そこに何かがいた。状況から察するに、恐らくそれがリヴァイアサンを両断したのだろう。

「まさか、君のいうトモダチとはアレのことじゃないだろうな?」

 その者が放つ雰囲気は、龍宮が今まで対峙してきた悪魔の中でも抜きん出て強大だった。そのことに恐怖はない。だが冗談の一つでも言わないと、気圧されてしまうと思った。
 そのため、おおよその答えが分かっていたとしても龍宮はザジに問いかけたのだが、ザジは龍宮の問いには答えなかった。ただじっと、それを見つめていた。隻眼の戦士を。





「Be gone!」

 足で踏みつけられ、鉛玉をしこたま撃ち込まれたヘル=スロースがダンテに蹴りとばされた。無残にも体中に銃創が刻まれたヘル=スロースは、丁度地中から飛び出したアビスへ叩き付けられる。

「――虚空の雷、薙ぎ払え!」

 そこへ斧を振り降ろしたかのような雷が叩き付けられた。ネギが唱えた魔法『雷の斧』は二体へ直撃し、ヘル=スロースを灰塵へと変える。アビスはそれだけでは仕留めきれなかったようだ。しかし雷を叩き付けられたことで痺れたのか、俊敏なアビスに一瞬の隙ができていた。
 すかさずネギは『断罪の剣』を発動し、瞬動の勢いのままアビスの胴体を真っ二つに切り裂いた。強制的に気体へ相転移させられたアビスの亡骸には目もくれず、ネギは『魔法の射手』を放つ。
 アビスは絶命する間際、その手に持つ鎌の刃を刹那へ向けて振り放っていたのだ。魔力によって作られたその鎌は、刹那の背後へ迫っている。背後から近付いてくる凶刃に、当然のように刹那は反応していた。刹那はそれを打ち落とそうと太刀を振る。
 しかし刹那の太刀は、アビスの鎌を捉えることはなかった。なぜなら収束された魔法の矢が、刹那へ迫っていたアビスの鎌を先に撃ち落としたからだ。

「あ、ありがとうございます。ネギ先生」

 ネギへ礼を述べながら、刹那は愛刀を鞘へ戻す。辺りには悪魔の気配は既になかった。


 ネギ達とダンテは、延々と続いているように思える真っ赤な大地を、あるものを探して彷徨っていた。そのあるものとは『魔鏡』と呼ばれるものだ。
 そもそも魔界は、様々な領域が階層の様に積み重なった世界であり、基本的にその階層同士は隔たれている。だが、階層を繋ぐ道を通ることで別の階層へ行くことができる。それが『魔鏡』という道だ。
 しかし彼らが今いる『静謐なる鎮魂の冥府』という階層は、魔界の中でも格別に広大である。事実、遙か上空からここへ落ちてくる時に、ネギ達は地平線まで続く血の池を見ている。そんな中から『魔鏡』を探さなければならないわけだ。
しかしダンテはかつてこの地に訪れた事があるという。渡りに船とはこのことか、とネギ達は喜んだ。もっとも「適当に悪魔の相手をして、適当に歩いてたら魔鏡へ行き当たった」というダンテの言葉を聞いて、それは儚くもぬか喜びに終わった。それはこの広い空間から魔鏡を地道に探すと言っているようなものだ。
 しかし他に良い手もないのが事実だ。そのためネギ達は広大な『静謐なる鎮魂の冥府』を歩き回り、湧いて出る悪魔達を相手にしていたというわけだ。

「さっきの叩き付けたアレはなんていうやつなんだ?」
「あれは『雷の斧』という上位古代語魔法(ハイ・エイシエント)で――」

 ダンテとネギは悪魔と戦う合間に、魔法や悪魔についてなどよく話していた。ダンテにとって人間が体系的に習得し行使する魔法は見慣れないものであり、ネギも悪魔について知らないことが殆どだ。補完し合うには丁度良い様だ。
 話し合うダンテとネギの背後を、刹那は難しい顔を浮かべて見ていた。

「楓、可笑しいとは思わないか?」

 隣にいた楓へ、刹那は声をひそめて話しかけた。話し掛けられた楓は、すでに気付いていた事について答えた。

「こちらへ来てからネギ坊主、術式兵装を使っておらぬな」

 楓の言うとおり、ネギは魔界へ来てから一度も術式兵装を使用していない。刹那もそれには気が付いていた。だが刹那が言いたいのは別の事のようだ。

「それもそうなんだが、なにか……先生の気が変わった気がしないか?」

 刹那のその指摘に、直ぐには応えなかった。ネギの後ろ姿を何かを探るように見ている。そして少し間を置き、刹那へ目線を向けた。

「ほんの微かに……でござるな。何かと言われたら分からないが、違和感はあるでござる」

 結論は出なかった。しかし、言い表せないが確かに二人はネギに違和感を覚えていた。
 そんな二人の会話をつゆとも知らず、ネギはダンテへと問いかけていた。

「そういえば、ダンテさんはどうして便利屋を?」

 どうやら悪魔を狩る事が生業のダンテが、なぜ便利屋をしているのか、と話が流れていったようだ。
 ダンテは少し話そうかどうか迷っていた。というのもダンテが便利屋を営んでいる理由は、彼の生い立ちや幼少期の事件、家庭問題が深く関わっているからだ。それをほぼ初対面のネギ達へ話すことは、ダンテといえど気が引けたからだ。それに話したとしても、そう面白い話でもないだろうと考えていた。
 そのためダンテは、そのことに関しては話さずに「食い扶持稼ぐ為に始めただけさ」とだけ返した。


「ほう、我を倒すためではなかったのか?」


 突然、『静謐なる鎮魂の冥府』を声が包み込んだ。うるさく耳障りではない。あまねく物に降り注ぐような、人によっては『神の声』と思ってしまう程に厳かな声だ。
 ネギ達の目線は声の主を探そうと空虚な空を泳いでいた。敵が現れたのかと警戒している。だが、声の主は見つからない。ただただ暗く重い空が広がっているだけだ。
 そんな中、ダンテだけが空のある一点を見つめていた。射抜くようなその目は、迷うことなく向けられている。
 ネギ達もそこへ目を向けるが、何もない。一体何の声かと、木乃香がダンテへ話しかけようとした時だった。ダンテの声が天へ駆け抜けた。

「もったいぶらずに顔でも見せたらどうだ? ムンドゥス!」

 どこから出したのかと思うような声量でダンテが告げたのは、魔帝の名。それを聞いたネギ達に緊張が走った。こんなにも早く魔帝と対峙するとは思ってもいなかったからだ。
 そんなネギ達をあざ笑うかのように、高笑いが響き出した。先ほどの厳かな声とはうって変わって、品を感じることができない、ただ尊大なだけにしか聞こえない笑いだった。
 ムンドゥスの高笑いが大きくなるにつれ、雷鳴が轟き始める。赤い雷光が空にいくつも走り、大気を引き裂く。次第に空間が歪み始め、それは顔を覗かせた。
 真紅よりも赤く、魅入ってしまう妖しい三つの光。遙か上空にいるというのに、眼前にいると錯覚してしまいそうな程の存在感。有無をいわさず恐怖心を植え付ける魔性。
 全てにおいて”圧倒的“という言葉が、何よりも相応しい。

「あれが、魔帝ムンドゥス」

 ネギは思わず呟いていた。それが畏怖からなのか敵対心からなのかすら分からないが、自然とその名を口にしていた。

「ダンテ」

 その声は間違いなく先ほどの『静謐なる鎮魂の冥府』を包み込んだ声と同じものだ。

「貴様と相見える時をどれほど待ちわびたか」

 空に浮かぶ赤い妖光以外は何も見えず、ムンドゥスの姿や顔色は判別できなかった。だがネギ達はその声に、万感の思いとでも言えるような何かを感じ取っていた。それは間違ってはいない。
 というのも、ムンドゥスは二度封印された。一度目は腹心であった魔剣士スパーダの裏切りによって。二度目はそのスパーダの息子によってだ。さらにそのスパーダの息子は、人間とのハーフという半端者にも関わらずにだ。
 魔界を統べる者としてこれ以上の屈辱はあろうか? 恨み辛み怒りといった様々な激情は、一片たりとも、一方たりともムンドゥスの中から消えることはなく、ダンテへの復讐がその身に焼き付いていた。
 もっとも、そんなことはダンテにとってどうでも良かった。むしろ癪に障ると言ってもいい。

「悪いが俺は会いたくもなかったし、会うつもりもなかったんだがな。あの時言っただろ? 俺の息子によろしくってな。なのにたった四年で出てきちまうとは思ってなかったぜ」
「貴様にとってはたった四年であろうが、我には悠久の時に感じられたぞ」 

ムンドゥスが封印されていたのは魔界と人間界の狭間だ。そこには時の流れが存在していない、いわば世界から隔絶した空白地帯である。そのため四年という歳月は、あくまでも人間界での時間の経過に過ぎず、ムンドゥスは、本当に永遠と思えるほどの間、世界の狭間という監獄に閉じ込められているような感覚だった。 

「それにこうして貴様を前に出来たことを祝い、ささやかながら贈り物をくれてやったというのに」

 その声は得意気で、ダンテを嘲笑する様に軽々しい。

「なんのことだ? ここに出迎えに来てくれたヤツ等のことだとしたら、期待はずれだったぜ。もっとイきのいいのを、あと百ダースは持ってくるんだな」

 ダンテは余裕を見せびらかし、ひけらかし、煽る様にムンドゥスへ言葉を返す。もっとも、本当に百ダースが着たところで嬉々として戦うだろうが。
 その挑発に乗る、などということをムンドゥスはしなかった。それどころかムンドゥスからはまだ笑いが漏れ出している。

「貴様を迎えた者共もそうだが……人間界だ」

 ムンドゥスからもたらされた言葉を、ネギ達は始めは理解できなかった。だが一同は、それの意味をすぐに解する。既にムンドゥスの魔手が、人間界へ伸びているということに。

「人間界へも我が兵を送ったのだ。我の悲願、人間界を統べる為にな」

 ネギ達は未だ知らなかったのだ。魔法世界にいたエヴァンジェリン達は、ザジによって知ることとなったが、人間界へも悪魔が進出してきたのである。

「人間界ってうちらの世界のことやんな? それって大変な事になってるとちゃうん!?」

 木乃香の言うとおりだ。公には認められていない悪魔達が、二千年以上の沈黙を破り再び侵攻してくるのである。パニック、混乱などという言葉ではすまないだろう。
 ネギは「人間界には数多くの魔法使いがいるから大丈夫」と言い聞かせたものの、自身でも納得はしていなかった。むしろ、ネギの方が事の深刻さを顕著に感じ取っている。各国の正規軍も、悪魔に対抗する為の訓練は受けてはいないし、想定もしていない。悪魔に対抗できる人間は、圧倒的に少数なのだ。
 ネギ達の様子をムンドゥスは愉快に眺めていた。それこそ、蟻の列に水滴を垂らして、あわめふためく様子を楽しむかのように。

「それともう一つの贈り物は喜んでもらえたか? 兄との再会は感動的であっただろう?」
「アイツを作りやがったのは、やっぱりテメェだったか」

 握られたダンテの拳は、憤りを噛み殺すように小刻みに震えていた。兄であるバージルとは殺し合いをする仲だった。それでも、実の兄だ。死してなお弄ばれることを良しと出来るはずかない。

「そうだ。次は母を作ってやろうか? いくらでも作ってやろう」

 それを聞いたダンテは、声色が変わっていた。小さく吐き捨てただけだが、噛み殺していた情感は曝け出され、自然と溢れていた。

「つくづく反吐の出る野朗だ」

 その目に宿った感情にネギは気付いた。怒り、殺意、後悔。負の感情がめまぐるしくダンテを染め上げていくようにネギには見えた。しかしネギは、負の感情の中であっても、揺らぐことのない存在に気が付かなかった。
 それは偉大な父から受け継いだ『誇り高き魂』だ。その魂が、正義を叫ぶ。もはや仇をとるためだけではない。世界をムンドゥスの好きにさせてはいけない。
 赤い三つの妖光を指さしダンテは布告する。

「今度こそケリをつけてやるよ! ムンドゥス!」

 魔帝と悪魔狩人との戦いが、再び幕を開ける。
その宣戦布告に、ムンドゥスはただ不敵な笑いを残し消えていった。

 ムンドゥスが去ったあと、はじめは誰も口を開かなかった。だが誰もともなく近くの岩場ヘ集まり、ダンテの話を聞くこととなった。
 魔帝ムンドゥスとの因縁の始まりである魔剣士スパーダの伝説。母を殺されたこと。マレット島での死闘。ダンテは知り得る範囲のことを、あらかたネギ達へ話した。朝倉はアーティファクトを広げて遠方を偵察しつつ、取材ノートへペンを走らせていた。

「それと便利屋を始めた理由が食い扶持を稼ぐためだってのは本当だ。ただ便利屋って商売は悪魔どもの食い付きが良くてな。来る奴を片っ端から潰していけば、いつか仇に“大当たり(JACKPOT)” ってな」

 右手で銃の形を作り、ダンテはそれを撃つポーズをした。
 悪魔に襲撃された話と“仇”という言葉に、ネギの頭に過去の記憶がフラッシュバックする。焼け落ちたウェールズの村と、未だ石化から元に戻らない村の人々の姿。ゲーデルが言った、ネギの心の原風景だ。
 時折、ネギの表情に影がさす瞬間があることにダンテは気が付いていた。とは言っても、それを図々しく聞く趣味もなければ、するつもりもないダンテは何も聞かなかった。

「その仇はとったハズなんだが……どうやらまだ終わってなかったみたいだな」

 少し大げさに肩をすくめ、ダンテはため息をつく。仇はとったはずだが、先ほど見たとおりムンドゥスは復活していた。そしてまた人間界を侵略し、我がものとしようとしているのだ。

「ムンドゥスについてもうちょっと詳しく教えてくれない?」

 アーティファクトを広げて偵察していた朝倉が、ダンテへ質問する。これは朝倉以外の者も興味があった。間違いなく強大な力を持つであろう相手と相対するのに、少しでも知っていることは多い方がいいからだ。

「そうだな、この上ないクソッタレのスライム野朗ってところだ」

 だがダンテから出てきたのは、有用な情報というよりも個人的な罵倒だった。ネギ達としては、もう少し違ったことを期待していたわけだが。ダンテもそれは分かっているのだろう。一度間をおくと、再び口をひらいた。

「ヤツはそこらの悪魔とは文字通り次元が違う。命どころか宇宙すら創り出せる。無から有を創り出す、まさに神サマ創造主サマってヤツだ」

 ダンテの説明に、ネギは合点がいった。
 ムンドゥスという言葉は、ラテン語では世界や宇宙を意味しているが、なぜそのような大業な名を冠しているのか。なんのことはない。神の所業に類する、『創造』という力所以なのだ。

「文字通り存在が世界そのものって訳ですね」
「ふーむ、聞けば聞くほど出鱈目な相手でござるなぁ」

 楓はもはや感嘆の言葉を漏らした。それもそのはずだ。これから相手取ろうとしているのは、創造という規格外力を持った化物であり、造物主もまた、創造主としての力をもっている。
 つまり、二柱の創造神を相手にしようとしているというわけだ。正気とは思えない、というのが普通だろう。それは他の者たちも少なからず感じていた。話を聞けば聞くほど、彼我の戦力差を感じずにはいられない。
 勝算はあるのか? そもそも勝負になるのか? そんな考えが浮かばずにはいられなかった。ネギさえも、ダンテへそれを聞こうかどうか迷いが生まれていた。だがそれはしてはならない。なぜならネギは彼女らのリーダーであり、その問いかけは士気を下げるだけだからだ。

「大丈夫です!」

 そのためネギは不安を隠し、皆を安心させようと気丈に振る舞う。

「マスターやコタローくんだって動いてくれていますし、ダンテさんだっています! 皆の力を合わせれば必ず勝てますよ!」

 とは言ってもネギはまだ十歳なのだ。仮面を被り、役を演じることは出来ても、気持ちは殺しきれていないようだ。もっとも、とても十歳らしからぬ大人顔負けのものだが。

「そうだな。ムンドゥス共々、さっさと終わらせてやろうぜ。頼りにしてるぜ?」

 ほんの僅かな人の機微に反応しなければならない稼業に身を置くダンテは、ネギのそれが虚勢であることに気が付いていた。だが、ここはその虚勢に乗ることにした。それはダンテにも分かっていたからだ。これは厳しい戦いになる、と。

「それじゃあ早速頼ってもらおうかなー?」

 取材ノートを仕舞った朝倉が、ニヤリとしながらそう言った。朝倉の手元には、アーティファクトのスパイゴーレムがある。

「ダンテさんが言ってた『魔鏡』ってのはこれのことじゃない?」

 そのスパイゴーレムには、他のスパイゴーレムが見ている映像が映し出されている。それをみたダンテは、同じ様にニヤリとした。

「ビンゴだぜ、譲ちゃん」

 朧げな陽炎をあげてぽつんと浮かんでいる、大きな鏡のようなもの。間違いなく『魔鏡』である。

「それでは皆さん、行きましょう!」

 ようやく行き先が決まり、ネギが陣頭をきって歩を進めた。そんなネギの背を刹那はもの憂いげに見つめていた。





 深く沈んでいた意識がゆっくりと戻ってきた。肌を締め付けるような寒気が、一層意識を覚醒させる。
 意識の輪郭がハッキリとしていく中で、フェイトは自身が気絶していた事を悟った。ネギとの全力の戦いで、さしものフェイトも魔力を相当消耗したようで、常に張り巡らせていた障壁が消えていた。
 
「無様だな……」

 自虐するようにフェイトは呟いた。あちこちに痛みがはしる体に、まだ朧気な意識。今の自分の姿を形容するに相応しい言葉だ。
 倦怠感の残る体をなんとか奮起させて立ち上がるが、なかば無理やり立ち上がったためかふらつき、倒れそうになる。フェイトはフラフラとそばに生えていた氷柱にもたれかかった。
 辺りを見回すと、一面、氷の世界と言うのが相応しい光景だ。地面は凍りつき、氷があらゆる方向を氷が埋め尽くしている。
 ただ一箇所だけ、フェイトが倒れていた所だけが土色の地面が露わとなっていた。

「これは確か、『闇の福音」の魔法か」

 迷宮のように入り組んだ氷の世界の中、フェイトはゆっくりと歩を進めていく。意識を失う前に自身がみた光景は、ネギ達へ加勢に来た者達の中にいた吸血鬼が、聞いたこともない大型の魔法を放ったところだ。

「流石は吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)と言ったところか」

 それは純粋な感想だ。創造神である造物主によって造られた使徒を、いとも簡単に氷漬けにしたのだ。それも一人や二人ではない。あの場にいた使徒全てだ。
氷漬けされた使徒達とすれ違う度、そう思わざるを得ない。
 そして同時に、なぜ自分は氷漬けにされていないのか? という疑問も浮かんでくる。気絶していた為だろうか、とも考えたが、あの吸血鬼の真祖がそんなお粗末な魔法を構成しないだろう、と否定する。なにか理由があるのか、思考を巡らせるが答えは出てこない。
 考えながらも歩を進めていたフェイトの足が止まった。

「セクンドゥム……」

 フェイトの視界に入ってきたのは、他の使徒と同じく氷漬けにされた、セクンドゥムの姿だ。氷の蔦に絡め取られ、苦悶と恐怖の表情を浮かべながら凍りついている。
 それを見たフェイトは、溜飲が下がる思いだった。そして同時に戸惑った。今フェイトの中に浮かんだのは紛れもない”感情”で、造物主の使徒としてはあるまじきモノだ。
 フェイトは造物主から、プリームムやセクンドゥムと異なり、自身には忠誠心や目的意識が設定されていないと聞いている。そのためなのか、昔から造物主の使徒としては相応しくない思考や言動があった。
 その最たるものは、セクンドゥムの首を跳ね飛ばした時だろう。その行動は主への反逆と捉えられかねないものだったが、あの時フェイトは一切迷わなかった。なぜならその原因は――

「――馬鹿馬鹿しい」

 今もなお残る記憶と、浮かんでくる情景を無理矢理掻き消し、思い出さないようにする。もう何度繰り返したかは定かではない。ただ、あの時のコーヒーの味わいは消すことができなかった。
 そんなフェイトの思考を遮るように空気が震え、地面が振動した。一体何があったのか。フェイトは少し回復した魔力を使い、氷の上を跳躍していく。
 辺りを見回せる所まで登ってきたフェイトは、すぐにその音の発生源を見つけた。
 フェイトの視界へ入ってきたのは、魔力が大量に流れ込んでいる、裂け目を入れたような空間の穴だった。そして瘴気の混じる空の中、一際強い存在感を放つ骸骨の戦士の姿に気付く。
 それは遠く離れたフェイトにも迫りくるような威圧感があった。またその戦士だけでなく、地上と空中に蠢く魔族を見てフェイトは呟いた。

「魔族か」

 フェイトは状況を理解しようとしていた。流れ込んでいる魔力と魔族達からして、あの穴は魔界に通じているのだろうということは分かった。それを開いたのは、恐らく造物主なのだろうという事もだ。
 だが、なぜこのような事になっているのかが分からない。
 当初のフェイト達の計画では、フェイト達が儀式を発動させて魔法世界を”救済“する筈だった。また、計画の尖兵として魔族の影を利用した召喚魔は使用したが、あそこにいるモノたちは本物の魔族だ。本物の魔族を使うことは計画にはなかった。
 それだけでなく、造物主は使徒であるフェイトを不意打ちし、フェイト以外の使徒たちを従えて蘇った。そして魔界への道を開いたのだ。全てフェイトには聞かされていない。なぜなら、聞く必要がないからだった。造物主にとって、フェイトの役目はここで終わりだからだ。

(人形は人形師が描いた通りに動くしかない、という事か)

 ネギに腹を貫かれた時に感じた、何かがネギへと移った感覚。その何かをネギへと渡すことが、造物主から与えられたフェイトの役目だ。それが一体何かは分からないが、自身が造物主への忠誠心や目的意識が設定されていない、未調整の個体だったことも無関係ではないだろう。
 何はともあれ、フェイトは魔界へ向かわなければならない。造物主へ会うため。そしてなにより、ネギとの決着をつけるためだ。
 フェイトは突き動かされるように、再び歩を進め始めた。
 
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