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二日続けての大舞台

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第四章


第四章

「今思うと運がよかったですよ。あんな信じられないことに立ち会えたんですから」
 二人は言う。次の試合は雨だった。それでもこう言うのだ。
 六月一一日、また藤井寺で試合が行われた。両チームはお互いのベンチについた。
「あの時はそんなことは夢にも思いませんでした」
 二人はこう言う。
「けれど予感はあったかな、今だからそう思えるだけかも知れませんけれど」
 近鉄の先発は鈴木啓示、このシーズンで三百勝を達成した近鉄の誇る大投手だ。対する南海は山内和宏。この時南海はピッチャーには恵まれていた。その中でも山内は若きエースとして知られていた。
「うん」
 練習中香川は山内のボールを受けて満足した笑みを浮かべた。
「これならいけるな」
 やはり試合前の投球練習でかなりのことがわかる。今日の山口は好調だ。勝てると思った。
 それに対して鈴木もいつもの調子だ。有田修三とのバッテリーは相変わらず強気の投球とリードでくるだろう。しかし今日は負けるとは思わなかった。
「ホームランを打たれることの多い人やし」
 香川は鈴木を見ながらそう思った。
「それが出たらうちの勝ちやな。門田さんかナイマンがやってくれるやろな」
 門田博光はこの時の南海の主砲である。ベテランの持ち味を感じさせる見事な打撃で知られていた。彼もまた名球界に入っている。
 ナイマンはこの時南海にいた助っ人である。彼はパワーのあるバッティングで知られていた。
 香川の予想はここでも当たった。四回に鈴木からツーランホームランを放ったのだ。
「やっぱりな」
 香川も岡本もこれを見て言った。鈴木は歴代一位の被本塁打の記録がある。とにかくホームランを打たれることの多い男であった。今日もやはり打たれた。
「これで今日は勝ちかな」
 香川は山内のボールを受けながらそう思った。彼はヒットは打たれながらもそこで踏ん張り得点を許さない。そのまま八回まで完封で進んでいた。
「ナイマンの一発が痛いな」
 岡本はスコアボードを見ながら唇を噛んだ。だが鈴木の浴びたホームランは仕方ないと思っていた。
「スズは他は抑えとるし。これで抑えてくれとるのは感謝せなな」
 彼もまた完投ペースである。そんな鈴木を攻める気にはならなかった。
「打線の調子も悪くはないし。やっぱり今日の山内はええわ」
 山内を見てそう言った。
「今日はあかんかもな」
 岡本もそう思った。流石に今日は負けるだろうと見ていた。
「スズには悪いが」
 鈴木の好投が惜しい。だがこうした試合もある。
 そして九回を迎えた。打席にはあの加藤がいた。
 ここはシェアに打った。レフト前に流した。ここで岡本は代走に慶元秀章を送った。
 次に打席に立つのは助っ人デービスである。パワーには定評がある。
 デービスも続いた。センター前へ弾き返す。だがこれを見てもまさか、と思う者はいなかった。
「山内の球威は落ちとらん。まあゲッツーで終わりやな」
 続く小川亨はピッチャーフライに終わった。やはり山内の調子はいい。羽田もピッチャー前に力なく転がしてしまった。
「これで終わりやな」
 香川はそれを見て思った。だがここで山内の動きが鈍った。何とそれを捕り損ねてしまったのだ。
「えっ!?」
 香川は我が目を疑って。打球はそのままセンター前へ転がっていく。ここで慶元がホームを踏んで一点入った。これで完封はなくなった。
 それだけではない。近鉄ベンチもファンも活気づきだした。これで終わりかと思われたのに思いもよらぬ形で一点入ったからであった。
「これはいけるかも知れませんね」
「ああ」
 岡本は隣にいたコーチに応えた。その顔には笑みがあった。
 
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