七色の変化球
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2部分:第二章
第二章
「御前が打つのか?」
「そうだっていうのか?」
「ワカさん打つってのか」
「そうしてくれるのか」
「テツ、どうだよ」
青田はここで川上を見た。打撃の神様と言われているこの男だ。招集された時少しでも階級の上の相手にはへらへらとしていて階級の低い者には辛く当たり後ろから撃てと話が回ったと噂されている。そうした男だ。尚後に巨人の監督になり名将と言われた。実際は参謀の牧野茂が作戦を取り仕切っていた。マスコミにより創られた虚像のサンプルの一つである。
「打てるか?」
「わしはもう二本打ってるぞ」
川上は平然としてこう言うだけだった。
「それで悪いのか?」
「こっち負けてるんだぞ」
「わしは二本打った」
こう言うだけの川上だった。
「それで悪いのか?」
「そう言うんだな」
青田は川上のその自分だけの口調に眉を顰めさせた。しかしだった。
川上がチームは負けていても自分がヒットを打っていればそれでいいという人間なのは知っていたのでだ。もう構うことはしないことにした。それでだ。
彼はあらためてだ。チームの仲間達に話した。
「じゃあわしが打つからな」
「ワカさん打つのか」
「そう言ってくれるんだな」
「そうだな」
「ああ、そうするさ」
また話す青田だった。
「ワカさん打つのはわしだ」
「頼むぜ、本当に」
「今のワカさん打てるの御前しかいないからな」
「とてもな」
「わかってるわ」
青田は一言で答えた。そうしてだ。
彼の打順を待った。試合はやがて九回になった。
若林はまだマウンドにいる。その彼を見てだ。
巨人ファン達もだ。暗い顔で話していく。
「これは負けるな」
「一点が取れないからな」
「今のワカからは無理じゃないのか?」
「その一点取るのもな」
こう言うのだった。マウンドの若林を見てだ。
それを見てだ。さらにだった。彼等は話す。
「ダイナマイト打線を一点に抑えても」
「こっちが取れないんじゃな」
「これじゃあ負けるな」
「この試合駄目か」
「負けるか」
こう話してだった。彼等はどうしようもなかった。
しかしその九回だ。巨人は何とかランナーを二人出せた。
二死一、二塁。一打出れば勝てる状況だった。その時にだ。
打席に青田が向かう。その彼に巨人ナインが声をかける。
「頼むぜ、アオ」
「打ってくれよ」
「ここで打ったら勝てるからな」
「何としても頼むな」
「ああ、わかってる」
青田はその彼等に対して言う。
「それじゃあな」
「任せたぞ」
コーチ達もだ。彼にこう言うのだった。
「御前で駄目だったら終わりだ」
「それで諦める」
「だから思いきりいってこい」
「そうして来い」
「打って帰ります」
これが青田の言葉だった。
「出迎えの用意しておいて下さい」
「ああ、その用意しておくからな」
「だから行って来い」
「それじゃあな」
こんな話をしてだった。青田はバッターボックスに入るのだった。
そのうえで若林と対峙する。その彼は。
まずはだ。こう考えた。
「狙いはストレート」
若林が何を投げた時にどのボールを打つかを考えていたのだ。
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