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緩急

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第四章


第四章

「こんなの打ってもな」
 相手はわかっていた。その高速シュートは。
「ファールか。下手したらゴロだ」
 それで終わるとわかっていたからだ。打たなかったのだ。
 次は高速スライダーだった。ボールになる。
 だがこれも見送る。今度もあえてだった。
 五球目も高速スライダー、六球目は高速シュート。この二球はカットした。
 そのうえでだ。土門に次のボールを投げさせるのだった。
 七球目だ。ツーストライクスリーボールだ。この状況ではだ。
「勝負に出るしかないな」
 ボールになれば四球で満塁になる。状況はさらに悪くなる。
 ストライクを投げるしかない、だが既に高速スライダーも高速シュートも相手にしないところを見せている。そうなってはだった。
「ストレートだ」
 土門の決め球であるストレートしかない、相手はそれを確信していた。
 そしてそのストレートをだ。打つつもりだったのだ。
 そのうえで待っていた。七球目を。
 彼はストレートが来ると確信していた。間違いなくだ。
 そしてそれを打ち勝負を決めるつもりだった。心の中でそれを狙い身構える。
「来い」
 心の中でこう言ってだった。その七球目を待った。
 土門の右腕が動いた。オーバースローから投げられる。
 来るのはストライクになるストレート、そう確信してだ。
 打とうとした。しかしだった。
 来たボールは。何と。
「なっ!?」
 それは緩やかにだ。相手から見て右斜め下に落ちる、そんなボールだった。
 ゆっくりとしている。大きく曲がるそのボールは。
 スローカーブだった。そのボールを前にしてだ。
 彼は身体を泳がせてしまい体勢を崩して。そうしてだった。
 大きく空振りしてしまった。そのままホームベースの上に倒れる。三振だった。
「嘘だろ、あいつがか」
 何とか起き上がりながらだ。彼はマウンドの土門を見て言った。
「スローカーブなんて投げられたのか」
 呆然としながら言うのだった。勝負ありだった。
 この回のピンチを乗り切ってだ。土門は勝負を決めた。そうして見事勝利を勝ち取ったのだ。
 この試合だけでなくだ。彼はそのスローカーブも投げるようになりだ。昨年以上に勝利、そして三振を築いていった。そうしたのだ。
 その彼に対してだ。池端は言った。
「どうだ、いい感じだろ」
「はい。何かこれまで以上に」
「好調だな。つまりはな」
「緩いボールもいいんですね」
「ああ。速いボールに緩いボール」
 その二つがあると、とだ。池端は明るい笑顔で話す。
「凄い威力になるんだよ」
「ですね。それが」
「わかったな」
「はい。実際に投げてみて」
 試合でだ。まさにそれで、だった。
「よくわかりました」
「ああ。じゃあこれからもな」
「投げます。緩いボールも」
 具体的にはだ。スローカーブをだ。池端が教えてくれた。
「それで勝っていきますね」
「そうしろ。これからもな」
 笑顔で応える池端だった。そうしてだった。
 彼はあらたに緩いボールも覚え復活してだ。さらに勝っていった。そうして遂には二百勝まで挙げた。二百勝した時にだった。
 彼はだ。インタビューの時にこう記者達に話した。何故二百勝できたのか。
「池端さんに緩いボールを教えてもらったからです」
 それによってそこまでいけたと話したのだ。満面の笑みと共に。


緩急   完


                2011・7・26
 
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