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緩急

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第一章


第一章

                        緩急
 彼、土門清和の武器は何かというと。剛速球だった。
 それこそ百五十キロを超える剛速球は。そうそう打てるものではなかった。
 入団して早々二桁勝利を収め二年目以降も活躍を続けてきている。若くして球界を代表するエースと謳われる様になっていた。
 その剛速球の前に敵はないと思われていた。しかしだ。
 七年目になった辺りでだ。次第にだ。
 時々打たれるようになっていた。奪三振の数も減ってきた。
 そのことに自分で気付いてだ。妙だと思いはじめていた。
 練習でも試合でも投げていてもだ。しかしだった。
 剛速球は衰えていない。球速も球威もだ。
 受けるキャッチャーにだ。こう尋ねた。
「どうだ?俺のストレート」
「いつも通りですよ」
 そのキャッチャーはこう答えた。キャッチャーは彼より若い。
 その彼がだ。こう言うのである。
「スピードがンもですね」
「何キロだった?」
「百五十三キロです」
 見事な速さだ。文句のないまでに。
「それに凄いノビでボールも重くて」
「特に悪くないな」
「はい、全然です」
 いいというのだ。彼のボールはだ。
「それでもですね」
「ああ、どうもな」
「昨年辺りから勝利数とか三振の数とかが」
「減ってるからな」
「ストレートが衰えた訳じゃないですね」
「変化球もな」
 彼とてストレートだけではないのだ。
「スライダーもシュートもな」
「いい感じですよ」
「コントロールはどうだ?」
「はい、それも」
 問題ないとだ。キャッチャーは答える。
「全然大丈夫ですよ」
「じゃあどうしてなんだ?」
「わからないですね」
「ストレートもよくて」
 彼の最大の武器はだ。とにかく問題なかった。
 だがそれでもなのだった。今の彼は。
「思うように勝てなくなったのは」
「どうしてでしょうか」
 彼のボールを受けるキャッチャーにもわからないことだった。だがわからないでは済ませられないことでありだ。彼は悩むのだった。
「どうすればいいんだ」
 土門にとってはだ。より勝ちたく三振を取りたかった。これはピッチャーの本能だ。しかしそれが思うようにならなくなった原因すらわからずだった。
 彼はこのシーズンも思うように勝てなかった。かろうじて二桁勝ったがそれだけだった。防御率も悪くなっており困っていた。
 その彼の前にだ。シーズンが終わった直後にだ。
 ある人物がその前に現れた。彼は。
「池端十四郎っていうと」
「ええ、あの人です」
 相方のキャッチャーが彼に話す。
「名ストッパーだった」
「そうだったよな。あの人が投手コーチになったんだな」
「現役時代は多彩な変化球を武器にした技巧派でしたけど」
「俺とは正反対だな」
 ストレートを武器にするだ。彼とはまさにそうだった。
 それが自分でもわかっていた。それでだった。
 彼はだ。こうも言った。
「あまりいいアドバイスは得られそうもないな」
「池端さんからはですか」
「結局今年もな」
 調子は悪くないのにだ。それでもだ。
「思うように勝ててないしな」
「三振も防御率も」
「困ったことだよ」
「それでその困ったことを解決するような」
「ことが起こればいいんだけれどな」
 その池端には期待せずにだ。こうぼやくのだった。しかしだった。
 秋のキャンプでいきなりだ。彼は。
 ブルペンで投球練習をしていると。その池端にだ。
 声をかけられてだ。こう言われたのである。
「調子はいいな」
「ええ、ですが」
「思うように勝ててないな」
 池端もだ。こう言うのだった。
 
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