ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
妖精のロンド
「本当にあったんだねぇ」
「ホントにねぇ」
車椅子を押す木綿季も、のんびりとした声を上げる。
蓮と木綿季がいるのは、練馬区石神井町の商店街のど真ん中に居座るアンティークショップの前だった。
築何年か怪しい、古風な木造建築の平屋。その屋根には錆び付いた看板が掛けられており、そこには《兎轉舎》と、黒々とした墨文字で書かれている。達筆である。
懐かしいな、と蓮はぼんやりと思う。
SAOにいた頃、あの城の内部で開店されえていた《兎轉舎》は、その店主ともども結構有名だったのだ。常連も多く、蓮もその一人だった。店主の性格はアレだが。
今思えば、SAO時代の《レンホウ》の装備。マフラーとコート、ワイヤー以外の装備はほとんどこの店製だったような気がする。パジャマですら、この店の店主に押し付けられた物だったし。
そう考えれば、この店はある意味で蓮の命の恩人という事になるかもしれない。
熊の置物や西洋の甲冑、フランス人形など、何とまあ多国籍で古臭い色々な物品が乱雑に置かれている店先に埋もれそうになっている無愛想な黒いドアには木札が掛けられており、そこに看板と同じ字で【本日貸切】と記されていた。
それに向かって、木綿季は蓮の乗っている車椅子を押す。
運良く外出許可が下りたのが幸いだったが、真冬の空気は冷たい北風を運んできて身体に悪そうだった。風邪でも引いたりしたら、一週間は病室に磔にされるだろう。
「おばさん元気かなぁ」
「あはは。蓮、本人の前でそれ言ったらだめだよ~」
けらけら笑う木綿季の顔を見、元気なのだと分かる。
思わずほころぶ蓮の目と鼻の先で────
ガスゥッッ!!
木製の黒いドアが中央から弾け、そこから刃の切っ先が飛び出した。
飛び出した刃の刃先は蓮の鼻先数センチのところでぴたりと止まり、ぬらりとした《本物》の気配を周囲に撒き散らす。
「「──────────ッッッ!!?」」
息を詰める二人の前で、刃の勢いに押されたようにドアがゆっくりと開き始めた。ギイイィィー、とホラー映画めいた効果音がうららかな商店街の中に響き渡る。
開け放たれたドア。
その奥の薄闇からぬるりと現れたのは、一言でいえばカラスのような妙齢の女性だった。
腰ほどまである長髪。少しだけサイズの合っていないセーターとロングスカート。呆れたことに眼鏡の縁までツヤのないマットブラックで塗装されている。周りが薄暗いことも相まって、そこだけ白い顔だけ宙に浮かんでいるように錯覚してしまう。
《兎轉舎》女主人であり唯一の従業員、高原イヨ。
さすがにSAO時代と比較したら幾らかこけている頬は現在進行形で引き攣り、そんじょそこらのマフィアだったら裸足で逃げ出すほどの三白眼でこちらを睨み付けていた。
そしてその肩には────青龍刀が。
「っておい!何で青龍刀を普通に持っちゃってんの!?ここジャパンだよ!?」
「ふっふっふ、ノープロブレムよ」
焦った蓮の突っ込みに、しかしアンティークショップの主人は不気味な────もとい不敵な笑いで返す。
おぉ、なるほど。という事は模擬刀かな?だったら大丈夫……………なのかな?
そんな蓮の思惑も一瞬。
「三国志に出てきた人が使ってた本物よ!」
「ダメじゃん!!つーか歴史的価値のある物をなんていう使い方してるんだ!」
蓮の心からの叫びに、しかしイヨはさらりとスルーした。
「ってそんなことより遅かったわね二人とも。もう全員集まっちゃってるのに」
「え?蓮もいるから少し早めに出てきたくらいだったのに」
木綿季は首を傾げた。
その疑問に、イヨは怪しく笑うだけで答えなかった。代わりに身を引いて、店の中を指し示す。
顔を見合わせた二人は頷きあい、木綿季は車椅子を押した。
光の違いで店内が見えなかったのは、一瞬だった。
わぁっ!という歓声。拍手、口笛が盛大に巻き起こった。
「わぁ………!」
「へぇ……!」
店の中は、アンティークショップにあるべき商品類は全て片されていた。
あるのはバーのようになっているカウンター、そして商品達をどかす事で生じた空間にドカンと置かれた巨大な円卓。
卓上には様々な料理が並べられており、軽い立食パーティー然としてあるその部屋の中には数十人の人間が押し込められていた。
スピーカーがずんずんと大音量でBGMを響かせている。
───あれ?この音楽どっかで………。
人ゴミの中から大柄な男がこちらに振り向き、手に持っている大きなグラスを掲げた。
「おぉ、卿よ!遅かったではないか!」
「ヴォ、ヴォルティス卿!?どうしてここに!?イギリスに帰ったんじゃ…………」
「はっはっは、こんな面白そうなことに我が参加しないことなどありえないだろう。ちょうど伯母上から休暇せよと申しつかったところであったからな」
呵呵大笑する筋肉漢を数秒棒立ちして眺めた後、蓮と木綿季はヴォルティスの言葉の意味を今更ながらに理解して驚愕した。
「伯母上ってまさか………じょおうへいか……のこと?」
「無論だとも。ここのところ働き過ぎなので休みなさいと言われたぞ」
「「はぁ~っ」」
と、感心しているのか理解しているのかよく分からないリアクションの二人。
何と言うか、一国の主のプライベート発言はそういうものなのか、と内容よりもそっちに思いを馳せてしまう庶民な二人なのだった。
そんな蓮の肩をドン!と乱暴に叩く手が一つ。
「んだよぉ蓮!木綿季!勿体つけやがって!主役サマは遅れて登場ってかァ?」
背中の痛みを我慢しながら振り向くと、そこには褐色の肌を持つ女性がいた。
SAO事件からまだ三ヶ月弱ほどしか経っていないのに、その身体には現役にいた時と遜色ない筋肉が戻りつつある。
───卿といいコノ人といい、何で僕の周りにはこういうのしか集まらないんだ。
そんな愚痴を胸中で吐き出しつつ、蓮はため息交じりに口を開いた。
「テオドラねーちゃん。もう酔ってんの?」
「なっはっは。にゃに言ってんだよぉ~。酔ってるわきゃねぇだろぉ~がよぉ~」
「今のねーちゃんを見て、酔ってないってゆー人は少ないと思うよー」
のほほんとした声と同時、テオドラは笑いながらジョッキを煽る。
朱に染まる頬を見ていると、どう考えても酔っている。
「そーいやねーちゃんもアメリカに帰ったんじゃなかったの?海軍復帰するぞーとか言ってたのに」
「それがよぉ、レン。復帰自体はしたんだけどさぁ、二年も現場を離れてた奴がいまさら戻って来んなーとか言われてよー。沖縄に飛ばされたんじゃよ~」
うわこの人酒癖悪い。
「それじゃあALOにもログインできるね」
「おうっ。毎日でもインするぜ~」
一方的にそんな宣言をし、へらへらとバカ笑いしながらテオドラは人の中に消えた。
ふと後ろを見ると、車椅子を押してくれるはずの木綿季はすでにどこかへ連れ去られていた。いつの間に。
見回すと、遥か遠くで人ゴミの中から伸ばされる華奢な手が辛うじて見ることができた。
蓮~~、たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~、などという声が聞こえたが心の中で合掌。
仕方なく自力で車輪を掴み、グッと押す。
さすがに最新式の運動理論を組み込んだ車椅子だ。まだ力が戻っていない蓮の手でも、車輪は滑らかに動き出してくれた。
どうにかこうにかカウンターに辿り着くと、グラスを磨いていたイヨが声を掛けてくる。
「ふふふ、大人気ね。《英雄》クン?」
「勘弁してよ……」
「何か入れるわよー。何がいい?」
「………………何があるの?」
頬杖をついて適当に言うと、イヨはメニューを滑らせて寄越した。
「……ヴォッカ」
試しにそう言うと、驚いたことに琥珀色の液体が入ったグラスが滑り出てくる。恐る恐る飲んでみると、何のことではない。ただの烏龍茶だ。
店主を横目でねめつけると
「お子様にヴォッカは十年早いわ」
と返された。
ド正論だった。
口をひん曲げていると、隣のスツールに座るしなやかな女性の姿があった。
長い黒髪を後頭部で縛り、顔は日本人離れした美貌。着ているのは薄い藍色のカーディガンに紺色のシャツ、カットジーンズというラフな出で立ちだ。
「ツバキねーちゃん」
「久しぶりね、蓮君。リアルじゃ初めまして、村雨椿って言います」
【風魔忍軍】副長、ツバキはそう言って微笑んだ。
彼女はSAO時代から、《六王》の頭脳と言われていた《老僧の千手》シゲクニの第一補佐官である。一級ギルド内でも、特に有能な補佐官として有名だった。
「あれ?そういやシゲさんさっきから見ないけど、どしたの?」
そう問うと、村雨と名乗った女性は少し困ったように手をおとがいに添えた。
「それが、リアルで連絡が取れないんです。仮想課の方々に聞いても、プライバシーに関する事なのでって言われるだけで………」
「ふぅーん、そういったことってSAO帰還者には公開されるはずんんだけどなぁ。どーしたんだろ」
そんな会話をしていると、蓮の肩が叩かれた。
振り向くと、そこにいたのは痛んだ金髪の長身の男。
「やっ、れ~んくん」
「ウィルにーちゃんか」
ずずっ、と烏龍茶の入ったグラスを傾ける。
「主役がこんなトコで燻ってたらダメッスよ~。みぃんな乾杯の音頭待ってたんスから」
「へ?そーなの」
「そーッスそーッス。ささ、こっちこっち」
言われるがままに車椅子を押され、ちょっとしたステージのような所に連れて行かれる。
「ほらほら、なんか喋って」
「はぁ!?そ、そんなこと急に言われても………」
どもるが、周囲のプレッシャーとは末恐ろしい。
何か喋ろという無言の圧力が、物理的な力となって降りかかってくる。
───うぅ、帰りたい………。
そう胸中で思うが、無論それで帰られるはずもない。
代わりに蓮は、静かに部屋に集まる人々の顔を見渡した。
この二年間。あのデスゲームの中で、小日向蓮という一個人に関わった人々の顔を。
《鬼才》小日向相馬ではなく、小日向蓮と関わった人達の顔を。
イヨが気を利かせたのか、BGMはいつの間にか穏やかなバラードに変わっていた。人々は皆、湖の水面のように静まり返っている。
そこに蓮は───小日向蓮は、波紋を生み出すように語り始めた。
「…………あの世界に閉じ込められた時、僕は皆みたいに、絶対にこの世界に戻りたいとは思えなかった」
────それは────
「だって僕は、ずっと嫌ってた。小日向蓮じゃなくて、小日向相馬の弟っていうレッテルを押し付けてくるこの世界を」
────あの世界を《殺した》────
「だけど、こうして戻ってみて分かったんだ。僕にも、待ってくれてた人がいるって。僕を、小日向蓮のことを信じてくれている人がいるって」
視界の端で、木綿季がそっと手の甲を目尻に当てるのが見えた。
それに向かって微笑みながらも、蓮はこの場に────この世界にいない二人の顔を思い浮かべた。
巫女と、真っ白な少女の顔を。
────透明な少年の────
「こんな僕を信じてくれてありがとう。こんな僕について来てくれてありがとう」
────真っ白で真っ黒で真っ透明な────
「本当に…………ありがとうございました」
そう言いきって、少年は頭を下げた。
その際、流星のような輝きを宿す欠片が零れ落ちたように見えたが、誰もそれを茶化したりはしなかった。できるはずも、なかった。
誰も、何も言わなかった。
それでも皆は、黙って持っているグラスやジョッキ、タンブラーを掲げた。
あの城を、あの世界を、その神を《殺した》少年を祝福するかのように。
たっぷり数十秒間を経た後、顔を上げた蓮の表情は春の風のような温かな笑みに満たされていた。
照れくさげに頬を掻きつつ、自身のグラスを掲げる。
「乾杯」
気恥ずかしげに放たれたその言葉は、どこまでも優しく響いた。
応えた唱和の声も、全てをビリビリと震わせながら優しく響いた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「ALO終わった~!」
なべさん「そーだねぇ。終わっちったねぇ」
レン「色々と激動の編だったな。…………………ん?あれ?SAO編でもこんなことを言ったような気が……」
なべさん「気のせいだ。さて、それはさておきALO編が完全に終了したことをここで宣言しておきましょうかね。この回は正直あってもなくても変わらない蛇足的なものなのですが、やっぱり怪しげな中年刑事目線の話エンドじゃなくて、こういうハッピーエンドってやっぱ大事だよね、うん」
レン「僕はまだ車イスに乗ってるのか」
なべさん「それについてはおいおいGGOで語ることにしましょ。理由はありますよ、ちゃんと」
レン「GGOじゃ、原作崩壊はないんだろうね。首都が破壊されても、僕は知らないよ」
なべさん「GGOの三分の二ぐらいがBoBのバトルフィールドでの行動なのに、どこにぶっ込めっていうんじゃい」
レン「それもそうか。じゃあ原作と同じ感じになるんだね」
なべさん「あ…………う、うぅん」
レン「………………………………」
なべさん「…………………………………………はい、次回からはGGOに先駆けて、いよいよコラボ編がスタートします!こうご期待!」
──To be continued──
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