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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  三十一話 七枷の郷

 神々の大戦『諏訪大戦』から数えて百の年月が経ち人は世代を重ね、町は少し風貌を変えたが自然の植物はさほど変わる事は無かった。しかし山々の間には人が生活の為に街道を整備し多くの人々が日々行き来している。
 この日も一人の旅装束の男が目的地を目指し歩みを進めていたが些か疲れを感じていた時、一軒の茶店を見つけ休む事にした。
 
「すまない店主、茶を一つと団子を三本くれ」

 店の前に置かれた長椅子に腰を下ろしながら店主と思われる中年の男性にそう声をかけると、店主は「へい!」と一言言い残し注文の品を用意する為店の置くへと入っていった。
 男は肩に担いでいた荷物を降ろしながら街道の方へと視線を向ける。視線の先には高さ四十センチ程の石碑がある、道祖神(どうそしん)と呼ばれる物で人々の生活でもっとも恩恵を受けている神の一つだ。
 街道などに等間隔で置かれており、その加護で道を行き来する人々を妖怪などから守ってくれている。もっとも絶対的な加護では無い為、力の強い妖怪等に襲われる事はあるがそれでも在ると無いとでは雲泥の差があり今や生活に無くてはならないものとなっている。
 少しして店の奥から店主が注文の品を持って現れ男の元へと運んできた。

「御待ち遠様、旅の様ですが此れからどちらに?」

 興味半分、世間話半分で店主は男に問いかけた。男の方も隠すつもりなど無いので茶を啜りながら店主へと返答する。

「諏訪にな。俺は物書きで神々の歴史を題材に書いていて西の方での情報収集が終わったので今度は諏訪大戦の舞台となった諏訪を目指す事にしたんだ」

 男はそう言うと荷物の中から一冊の本を取り出し店主へと渡した。店主は受け取った本をパラパラとめくり流し読みしてみる。そこには自分が知っている事から知らない事まで男自身の考察も合わせて書き留めてあった。おそらく完成すれば伝記の様になるのだろう。
 一通り本に目を通した店主は団子を頬張っている男に本を返すと、

「中々に興味深い、完成が楽しみですよ」

 と、本心から賞賛した。その言葉に男は礼を言い残りの団子を頬張ると荷物を纏め出発の準備を始める。店主は男から代金を受け取りながら、

「最初は諏訪の何処をお目指しになるのですかな?」

 と問いかけると男は、

「腰を落ち着けたいのでな、先ずは諏訪の都だな。それに都には祭神に八坂様や洩矢様もいらっしゃると聞くしな、上手くすれば御本人達からお話を聞く事が出来るかもしれん」

「そうですか、では残りの道中お気を付けて。都に着かれたら驚かれるでしょう、あそこは人や妖怪、神が生活を共にするまるで幻想の様な所ですから。私も驚きましたよ」

 店主が笑いながら話す内容に男は興味心身の様子で、

「ほう!それは楽しみだ」

 そう言う男に店主は最後にこう付け足した。

「そうそう諏訪の都は今は親しみを込めてこう呼ばれていますよ、“七枷の郷”と」




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 七枷神社の社務所の廊下を一人の巫女が走っていた。一般の巫女と違い青い袴が特徴的な郷の皆からは“風祝(かぜはふり)”と呼ばれる七枷の巫女である。名の由来は祭神である虚空が自由奔放で掴み所が無い、風や雲みたいな人物だった為それに使える巫女を“風を纏める者”と虚空自身が皮肉ったのが始まりらしい。
 しかし年月を重ね、今では神奈子の風の祝福を受ける者として認知されている。理由は簡単、虚空が祭事の殆どを神奈子達に任せているからだ。今巫女が廊下を走っているのも、その怠け者である虚空を探している為である。

「虚空様!!何処ですか!!大人しく出てきなさい!!今なら拳骨で許してあげますよ!!」

 仕える者にしては少々過激な発言をしながら巫女は廊下をひた走る。緑色のセミロングの髪をポニーテールにして、髪と同じ色の瞳にはやる気が満ちていた。身長は百五十位で歳は三ヶ月前に十七になったばかり。その時に母から巫女を受け継いだのだ。
 母親は少々おっとりしていた為、祭事をサボる虚空にあまり強く言ったりはしなかったが自分は違う。必ずあのサボり魔を更正し真っ当な?祭神にするという目標を立てている。

(しおり)虚空は居たかい?」

 巫女・東風谷栞にそう声をかけた人物はこの七枷神社の神の一柱、八坂神奈子。普段から愛用している白い長袖の上に赤い半袖の服と臙脂色のロングスカートに身を包み、胸元に直径十五センチ程の鏡を付け、その背には円状に編まれた注連縄(しめなわ)を背負っている、祭事の際の正装の様なものだ。
 胸元の鏡は『真澄(ますみ)の鏡』と言いこの神社が諏訪大社と呼ばれていた頃に納められた宝物で背中の注連縄は蛇を模した物であるらしく本人曰く、「宝物の鏡を抱き蛇を従えている様に見せる事で大和が諏訪を下した様を表している」との事。
 余談だがこの格好を始めた時に諏訪子は「変な格好!」と大笑いしたが、説明を聞いた瞬間怒り出し神奈子と大喧嘩をした。理由は簡単で諏訪大戦の折、諏訪子と神奈子は殆ど刃を交えておらず正確に事実を言えば二人とも虚空に負けた事になる。諏訪子としては神奈子に負けたみたいな扱いをされるのが我慢出来なかったようだ。
 
「申し訳ございません神奈子様!逃げられたみたいです」

 栞は本当に悔しそうに神奈子に頭を下げ謝罪するが、当の神奈子は「まぁ気にする事じゃないよ」と栞の頭を撫でながら笑っていた。そんな神奈子の態度に栞の怒りの矛先は虚空から神奈子へと変わる。

「神奈子様達は虚空様に御甘いです!甘すぎます!甘甘です!紫様はしょうがないとしても御三方がその様な態度ですから虚空様がだらけて祭事をサボるんですよ!」

 栞の言う通り、紫は父親である虚空に甘いので何を言った所で聞いてもらえない。しかし虚空の次に自由奔放な諏訪子はともかく神奈子やルーミアが虚空の怠惰に寛容的事が栞には納得いかないのである。
 神奈子は怒った顔をする栞に曖昧な笑いで答えながら何とか宥め、祭事を行う為に栞と共に本殿へと足を向けた。実際只のサボりなら虚空には神奈子及びルーミアの雷が落ちるが理由を理解している為、余程の事が無い限りそんな事にはならない。
 虚空が神社の祭事に参加したのは百年の内僅か数回だけ。理由は形だけの祭神を演じているからだ。信仰が自分に集まるのを意図的に避け神奈子と諏訪子に集まる様に振舞っており、周囲には祭神として認知されてはいるが向けられるものは信仰ではなく信頼だった。
 信仰を受けて神に昇華するのが嫌なのか、それとも諏訪子に対する贖罪なのかは本人が何も言わないので分からない。それ故に諏訪子達は虚空が祭事に出なくても文句を言わない様になっていた。
 この虚空の事情は神奈子達しか知らず歴代の巫女の中にも栞の様に虚空に祭神として振舞わせようと努力した者はいたが、結局は徒労に終わっていた。
 栞は物心付く前から虚空に懐いていたので特にその気持ちが強く神奈子達も無下に出来ず困っている。まぁ結局は虚空が真面目に祭神として振舞えば済む話なのだが。
 そしてその困った祭神様はというと、




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




「ああ~いい天気、ああ~お茶がうまい、ああ~本日も平穏なり~」

 郷の行き付けの茶店で店の前に置かれた長椅子に座りながら僕はまったりとしていた。天気も良く微風が心地良い、平穏を象徴している様なそんな時間だ。
 
「そうねお父様、こう心地良いと眠くなりそう」

 そう言って左隣りに座っていた紫が僕の左肩にもたれかかる姿が成長した容姿と相まって艶めかしく道行く男衆の視線を集めている。因みに僕には殺意の篭った視線が注がれているけど。
 紫の容姿は随分と大人びて今では神奈子と身長もスタイルも殆ど変わらない。服は大人っぽい紫色のパフスリーブパーティードレスを身に纏っているが、頭には昔から変わらず赤い細紐でリボンをした白色のナイトキャップを付けている。
 神や妖怪の容姿は本人が納得するものになるらしいく、紫は今の姿を望んだという事になる。そんな事を思いながら僕は視線を右隣に向けると、そこには全く姿形が変わっていない諏訪子が幸せそうに団子を口に運んでいた。つまり諏訪子にとって今の姿が一番落ち着く姿という事だろう。
 僕の視線に気付いたのか諏訪子が此方を向き問いかけてきた。

「ん?何?何か付いてる?」

「いや何も付いてないよ、諏訪子は今日も可愛いなーと思って」

 僕がそう言うと諏訪子はケラケラ笑いながら、

「ん~ありがと♪じゃぁさ可愛いあたしにお団子の御代わり頂戴」

 と言って空になった皿を差し出してくる。というか僕はまだ一個も食べていないんだけど。

「しょうがないな、秀介(しゅうすけ)!団子五本追加で!」

 僕がそう声をかけると店の奥の方から団子を載せた皿を持った青年が現れる。名は秀介と言いこの茶店 畳屋(たたみや)の店主の息子で歳は確か十八。刈上げの黒髪、黒い瞳で眼鏡をかけており知的な感じがするがそんな事は全く無い。
 因みに茶店なのに店名が畳屋なのは先代の店主、秀介のじいちゃんが四十年位前に店を建て直す際「店名を意外性の在るものに変えてみたい」と言い出し僕に相談してきたのだ。だから意外性を重視し『畳屋』と僕達で決めた。本人は満足したまま四年程前に他界したが僕は少々後悔しているのは内緒だ。

「…虚空様…ウチの店でイチャつかないでもらえませんかね!え?何?嫌がらせか何かですか!ああん!」

 敵意剥き出しの言葉と視線を僕にぶつけてくる秀介から団子の皿を受け取った諏訪子が、

「どったの秀介?何か機嫌悪いね?」

 と問いかけたが俊介は何も答えず踵を返し店の奥に戻ろうとするその背中に紫が声をかけた。

「栞に相手にしてもらえなくて八つ当たりしてるのよね♪昨日は花なんて贈って健気だったわ♪」

「どうして知ってるんですか!見てたんですか!」

 物凄い勢いで振り返りそんな叫びを上げる秀介を紫と諏訪子はニヤニヤしながらからかい始めた。

「なーんだそんな理由だったの♪いやー青春だね~♪」

「お菓子の差し入れしたり、あんなに貢いでいるのに邪険にされて可哀想な秀介♪」

「み、貢いでいる訳じゃありませんよ!」

「頑張れ青少年!応援してあげるよ♪」

 紫と諏訪子にいじられている俊介を眺めながらそれを肴に団子を口に運ぶ。二人に散々にからかわれ遂には顔を真っ赤にして頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。純情だね~。
 そんな風に秀介で遊んでいると不意に表の方が騒がしくなったので視線を向けてみると、通りの向こうから十歳位の男の子三人が必死の形相で何かから逃げており、その後ろの方を確認すると二メートル以上はある黒い熊が四足で地面を蹴りながら駆けて来る。
 その三人は僕達に気付くと縋る様な表情を浮かべて此方に駆け寄り僕の後ろに隠れながら声を荒げ救いを求め始めた。

「七枷様助けて!」

 と言うのが黒目で黒髪のおかっぱ頭をした秀介の弟の俊平(しゅんぺい)

「食べられちゃうよー!」

 と情けない事を言っているのが茶色い瞳をした坊主頭に丸眼鏡をかけた隆太郎(りゅうたろう)

「さぁいけ!やっつけろ!」

 と何故か命令を飛ばしている黒い瞳で赤毛の長髪を後頭部で結んでいる和真(かずま)が口々にそんな事を言ってくる。実はこの三人、郷では有名な悪戯小僧三人組なのだ。僕を挟んで近くまで迫ってきている熊と睨みあう三人組、因みにこの三人を追って来た熊はルーミアが能力で造った物である。

「…今日は何をしたんだい?」

 後ろに隠れている三人にそう聞いてみると、

「ぼ、冒険?いやえーと、そう!真理の探究だよ!」
「浪漫!男の浪漫なんだよ!」
「秘密の花園に踏み込んだだけ!」

 三人の言い分に僕達は疑問符を浮かべるが、その疑問を払拭する人物が現れた。

「女子の着替えを覗くのが真理?浪漫?和真の言った事が一番近いわね、褒めないけど」

 何時の間にか其処に居たルーミアがそう言って三人を冷たい視線で射抜いている。当の三人は「ひぃぃぃぃぃ!!!」と情けない悲鳴を上げながら僕を盾にしてルーミアの視線から隠れようと必死だ。

「の、覗きだと!なんてうらや…ゴホン!何て事をしてるんだ!俊平!ルーミア先生申し訳ありません!」

 秀介がそう言いながらルーミアに頭を下げるが、ルーミアは俊介に頭を上げる様に言い改めて三人組に視線を向ける。視線を向けられた俊平達は何とか危機を脱しようと、

「七枷様なら俺達の気持ち分かるよね?」
「男の浪漫だから仕方がないってルーミア先生に言ってやってよ!」
「僕が許す!ルーミア先生を倒すのだ!」

 僕に同意を求めてくるが、というか和真は調子に乗りすぎだよ。まぁそこは置いといて、

「ごめんね僕は覗きなんてしないよ。覗く位なら更衣室に堂々と入るね!」

 僕がそう言い放った瞬間、僕の脳天目掛けて振り下ろされた黒い兇刃を咄嗟に両掌で挟み込み斬り裂かれるのを防いだ。言わずもがなルーミアの大剣である、半分は冗談なのに。

「あんたの存在が子供に悪影響を与えているんじゃない?ねぇ祭神さん?」

 力を緩める事無く僕にそんな事を言ってくるルーミアに、隣りで優雅にお茶を飲んでいる紫が声をかける。

「お父様の事は一先ず置いといてアレ、追わなくていいの?」

 紫が指差す方に視線を向ければ、まさに脱兎の如く走り去っていく三人組の姿が見えた。それを見たルーミアは溜息を一つ吐くと大剣を消し三人が走り去った方に視線を向けながら一言呟いた。

「うふふ、まだ逃げるなんて本当にあいつ等はどうしてやろうかしら」

 怒っていると言うよりはどこか楽しそうだ、そぉまるで獲物を(もてあそ)ぶ肉食獣みたい。そんな暗い笑みを浮かべながらルーミアは僕達に短く声をかけ三人を追って通りの向こうに消えて行き、僕達はその後姿を見ながらあの三馬鹿の冥福を祈った。
 騒動も去った事だし残りの団子を食べようと手を伸ばした時、通りに栞の叫びが木霊す。

「よーやく見つけましたよ!虚空様!」

 私怒ってます!と声に出さなくても伝わってくる気配を纏いながら我が神社の巫女が此方に駆け寄ってくる。

「散々探し回ったんですからね!もう祭事始まっちゃったじゃないですか!ほら神奈子様がお一人で頑張っていらしゃるんですから!」

 そう言って僕と諏訪子の手を取ると引きずる様に歩き出した。諏訪子は「えっ!あたしも!」と声を上げるが栞はそれを無視して神社へと足早に僕達を連行して行く。
 僕は祭事が終わった後は説教だろうな、何て事を暢気に考えながら後ろを振り返ると紫がお茶を飲みながら「頑張って」と言う様に小さく手を振っていた。
 そんな風にこの郷の一日は過ぎて行く。
 
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