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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第二十三話『救出への灯(ともしび)、その光と影』

 
前書き
本日の推奨IBGM

○ピットルームでの出来事
侵入(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3232380

○箒の嘆き
薄霧(VALKYRIE PROFILE-LENNETE-)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm17432479

○ウサメカと箒の会話
Behave Irrationally(VALKYRIE PROFILE-LENNETE-)
ttp://www.youtube.com/watch?v=K6cel6c5ct4


○女武士(もののふ)の決意
闘志、果てなくver.OG(スーパーロボット大戦)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm19494058

○正義の味方
烈風(BLAZBLUE) or Turn Over a New Leaf (Rhythm Version)(VALKYRIE PROFILE-LENNETE-)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16646989 烈風
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm12245793 Turn Over a New Leaf (Rhythm Version)

今回はトライエース系が多いな……(汗 

 
第二アリーナ・通路――

赤い非常灯の照らす薄暗い廊下。
さっきまでいたAピットルームそばにあるモニタールームを出て、私はBピットルームへと続く廊下を走っている。修夜とセシリアはDピットから、私はAピットの線対称の位置にあるBピットから出撃することになった。
Bピットまでの廊下の長さは百メートルちょっと、走れば一分かからず到着できる。
(そもそも専用機がない私では、通信妨害(ジャミング)がなくても個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)は使えない……)
私がBピット側なのは、訓練用の打鉄(うちがね)の収容されているのがBピット側に集中しているためであり、出来るだけ早く打鉄の装着を終えるためにも、Bピット側から出撃するほうが効率はいい。
作戦開始は十分後。手首の腕時計で時間を確認する。
(二人の足を引っ張るわけにはいかない、とにかく早くピットに……!)
そのときだった――

――むにゅん
「えっ……きゃああっ?!」

――どたんっ

「いたたた……」

何かにつまづいて転んでしまった。
それも何やらスポンジのように柔らかく、アイス枕のようにひんやりとした“妙なもの”に。

『PipoPipo, PapoPapo ♪』

振りかえるとそこには、ピンク色のボールのような物体が、変な音を鳴らしながら転がっていた。
ウサギのような長い耳、目と鼻と細い六本のヒゲ。それが“おきあがりこぼし”のように左右にゆらゆら揺れながら、私を見つめていた。
「何だコイツは……。新手のぬいぐるみロボットか?」
それがどうしてこんな場所に……。
『ミツケタ! ミツケタ!』
「え……?!」
機械的な甲高く幼い声で、ぬいぐるみ(?)は私に向かって言葉を発した。
見つけた……なにを……?
いや、そもそも、なんでアリーナにこんな変なものが転がっている?
誰かが持ってきたにしても、持ち物の検閲が厳しいアリーナで、こんなに判りやすいおもちゃを簡単に持ち込めるわけがない。
拓海の話じゃ、Bピットを繋ぐこの廊下以外の通路のシャッターは、すべて閉まっているはず。
それをコイツは、まるで飛び出してきたかのように――
(……っ!?)
思って横を向いてみると、そこには確かに仕舞っているはずのシャッターが、まるで何事もないようかに、普段と変わらず開いていた。
(おかしい、拓海が作戦を説明したときに見せてくれた画面では、こっちの壁の通路は、全部閉まっていたはずだ……?!)
誰かが開けたのか。
拓海だったとして、こんな不要な場所を開ける真似を、アイツはしないはずだ。
なら、誰が開けたのか。
おのずと、答えは絞られた。
「……お前が、開けてきたのか?」
『PipoPapo?』
まるではぐらかすかのように、ぬいぐるみはまた右に左に揺れた。
「お前は、一体このアリーナの中で――!!」
言いかけたときだった。
『PipoPapo, PipoPepo ♪』
「わぁっ?!」
小刻みにはネタかと思うと、ぬいぐるみは私に向かって飛び付き、思いっきり顔を覆ってきた。
不覚にも座り込んだままだった私は、反応が遅れて避け損ね、直撃を受けてしまった。
感覚的には、アイス枕に顔を突っ伏したような、柔らかくひんやりとした感触。それが顔中を覆って、へばり付いてくる。
突然のことに混乱し、私はどうにか顔に覆いかぶさってきたぬいぐるみを剥ごうと、手を出して抵抗を試みる。だが、ただでさえ滑りやすい感触なうえに、まるでスライムのように自在に体を変形させている。掴もうにも掴めない、息も苦しい。
そんなことをしていると、不意に頭が軽くなり、視界も呼吸も楽になった。
だが同時に、背中に髪の毛が広がっている感覚があった。
『PipoPipo, PapoPapo ♪』
「あっ、私の髪留めが……!」
見れば、ぬいぐるみは私の髪留めを器用に耳に巻き付け、跳ねまわっていた。
「こらっ、返せ。その髪留めは、一夏と修夜が私の誕生日プレゼントに――!」
私が着けていた髪留め用のリボン。それは小さい頃に、修夜と一夏が自分の少ない小遣いをはたいてプレゼントしてくれた、大事な思い出の品だった。入学するまでは大事にとっておいたのだが、IS学園で二人に再会できた記念に、最近はよく使うようになっていた。
ただ、二人はまだそのリボンが、自分たちのプレゼントだとは気付いてくれていない。
要するに、ぬいぐるみが盗ったリボンは、私にとって二人との絆の証なのだ。
『PepoPipo, PapePipo ♪』
そんなことなどお構いなしに、ぬいぐるみ改め『ウサギスライム』は通路の奥へと、軽快に走り去っていく。
「ちょっとっ……、待て、そいつを返せっ?!」
大切なものを、取られたままにするわけにはいかない……!
私はとにかく、必死でウサギスライムの後を追いかけた。


――――

第二アリーナ・???――

Aピットルームと縦の線対称にあるDピットルーム。
俺とセシリアはその中でISスーツに着替え、自分のISを展開してスタンバイしていた。
……まぁ、結構気まずい感じになってしまったが、理由は察して欲しい……。
こんな怪しい暗闇で衣擦れの音がしてくると、セクハラ慣れした俺でも、一瞬やましい考えが浮かんでしまった。俺もまだまだだ……。
拓海の作戦では、ここから点対象のBピットルームからの箒の出撃で、挟み込むように援護に向かうことになっている。
奇襲とは、相手に想定外の損耗を与えるためであると同時に、相手にそれ以上の精神的なダメージを与えることも主眼にしている。つまり、混乱と動揺を煽ることで、相手の実力を鈍らせてしまう効果があるのだ。
僅かな兵力であっても、一撃離脱で奇襲を仕掛けることで、決戦前に相手の戦力と士気を削ぐことができる。上手く相手の動揺を誘えれば、場合によっては大軍であっても総崩れを起こし、敗走させることができる。
今回の場合は、敵の動揺を誘って一夏と鈴に休む暇を与えてやること、この意味が大きい。
特に一夏は、色々と気負って戦っていそうだから、肉体の疲労よりも、緊張感で精神面の方が参っているだろう。
そして拓海からもう一つ、俺のエアリオル=ゼファーの改良領域(カスタマイズ・スロット)に、小型の補給装置【RESD(リーズ)】が支給された。
RESD<Rapid Energy Supply Device(ラピッド・エナジーサプライ・デバイス)>は、ISの後付装備(イコライザ)の一種で、早い話が予備エネルギーの補給タンクである。拓海の話では、大出力のIS用武装などを運用するために作られた第一世代型の装備で、現在では味方へのシールドエネルギー補給用の装備として運用され、名前もこんな感じらしい。もっとも、その補給方法も卓上ガスコンロにガスボンベを付ける要領であり、近年開発が進むコア同士の共鳴作用(シンクロ)を利用したエネルギー転送に比べれば補給量こそ多いが、装備の分だけ拡張領域《バス・スロット》を占拠する上に、補給中は動けなくなるため隙だらけになる。
一夏も鈴も、かれこれ四十分以上ぶっ続けで戦い続けている。シールドエネルギーの残量も、かなり減っているはずだ。
拓海の予想では、一夏が零落白夜(れいらくびゃくや)を使ってかつかつになっていても、これで試合で設定されたシールドエネルギーの半分近くを回復できる計算だ。
《一夏とあの鈴って子、大丈夫かな……》
気がつくと、シルフィーが俺の肩の辺りを飛んでいた。
「大丈夫さ。一夏はこの一週間でずいぶん逞しくなったし、鈴はアレで代表候補生だ。
 下手なことでやられたりはしないさ」
それでも、楽観視するには状況は厳しい。的確に作戦を成功させなければ、それこそ千冬さんと山田先生に多大な迷惑がかかる。
予測したタイミングでバトルフィールドに乱入し、セシリアと箒で所属不明機(アンノウン)を惹きつけ、その隙に一夏と鈴にシールドエネルギーを補給させつつ精神的な余裕を復活させ、最後に全員で所属不明機を戦闘不能に追い込む。正直、やることは多い。
だが、俺たちがやらなければ、この会場に集まっているであろう400人近い生徒たちを助けることも、アリーナを“何者か”からの占領から解放することもできない。
大見得は切った、腹は括った、作戦も固まった……。
あとは振ったサイコロの目がどう出るか、それを見るだけだ。
「セシリア、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)の調子はどうだ?」
このままだんまりもアレだろう、まずは調子を伺ってみるとしよう。
「あっ…、はい、大丈夫…ですわ」
少し考え事をしていたのか、セシリアの反応は半歩遅れた。
《セシリア、調子が悪いなら無理はしないでね……?》
「あら、シルフィーさん、いつの間に……!」
シルフィーの存在に少し驚くセシリア。
「お久しぶりです、ご機嫌の方はいかがです?」
《うん、絶好調。まぁ、みんなとは、ISコアを通じて毎日会っているんだけどね》
「あ…、そういえば、そうでしたね。ふふっ……」
近頃のシルフィーは、普段の学園生活で余計な混乱を招かないように、普段はコアに引っ込んでいる。そのため、最近は寮の自室にいるときぐらいしか、目立ったコミュニケーションはとっていなかった。
もう少し自由にさせてやれたらいいのだが、いかんせん、どこぞで変な目が光っているとも限らない。万が一にもシルフィーの存在がバレれば、学園どころか、世界中から調査の手が押し寄せてくる。それだけは、是が非でも避けたい。
「その様子なら、なんとか大丈夫そうだな」
「はい、いつでもいけますわ」
俺の声に対して、強気な笑みを返すセシリア。
セシリアもまた、一夏に負けずこの一週間で一段と成長した。
今回は特に、箒に剣術や接近戦の稽古を付けてもらっていたらしく、以前にも増して剣の冴えが鋭くなっていた。
あの正確で五月雨のような高速突きに、篠ノ之流の“流れの太刀筋”が加わったのだと思うと、正直ぞっとしない感じだ。
コイツの成長の底無しさには恐れ入る。
《そうだ、マスター。拓海の方からプレゼントがあるよ!》
「プレゼント?」
シルフィーが嬉しそうに、俺に声をかける。
《まずは、「ソニック」の全部の兵装が使用できるようになったよ!》
「おぉ、マジか……!」
エアリオル=ソニックにはリニアレールガンの『イーグルハンター』、格闘戦用のビームブレード『スラッシュネイル』、肩のミサイルランチャー以外に、近距離でのメイン武装であるアサルトライフル【ハウリング=ラプター】、至近距離で相手を釘づけにする短銃身マシンガン【ピアスクロー】、そして相手を撹乱するための「戦略用スモークランチャー」が存在する。
自律型補助ユニットも、防御用の『メインシェル』から、援護射撃で補佐する『メインシューター』へと変更される。
これでようやく、【音速飛翔の“疾風”】が完全な姿を手に入れたことになった。
《本当は、マスターがパーティーの準備でてんてこ舞いだったの時期には、とっくに間に合ってたんだけどね》
「あの頃か……」
聞いて少しげんなりしてしまった。
あの地獄の忙しさだけは、二度と御免被りたい……。
《そしてもう一つ……。なな、なんとっ、【烈風】が解禁ですよ、マスター!!》
シルフィーが興奮気味に声を張り上げた。
「烈風……って、まさか【アレ】かっ!?」
《そうっ、まさかのアレなんだよっ!!
 しかも今回は、全装備を余裕のコンプリートぉ!!》
俺もその言葉を聞いて、思わず血が騒いだ。
マジか、マジでか、あの【斬奸突撃(ざんかんとつげき)の“烈風”】が完成したってのかっ?!
ヤバい……、これはちょっと興奮が抑えられん……!!
《マスター、ちょっと目が怖い……》
「あ……、スマン」
シルフィーの忠告で、はたと我に返った。
「あの……、そんなにすごいんですか、その……?」
イマイチ話に乗りきれないセシリアが、俺とシルフィーに問いかけてくる。
「あぁ、一言でいえば、“格闘特化の重装型”かな。とにかく、近距離での差し合いなら無敵の強さだって、拓海が言っていたからな」
「あの音速装備に加えて、ですのっ……!?」
一応、セシリアにもエアリオルのABSLシステムについては、クラス代表戦の後の交流で説明はしてある。だから、今のこの会話が単純な“換装”ではなく、【新装備の追加】の話題だということに気付いて驚いたのだ。
ましてセシリアは、ソニックの音速戦闘を真っ向から体感した数少ない一人で、エアリオルの力を知った最初の一人ともいえる人間だ。このエアリオルにまったく新しい力が加わることの意味を、怖いぐらい理解できるのだろう。
「ともかく、“烈風”があれば百人力だ。思った以上に、コイツは上手くいくかもな……!」
《ボクも全力でサポートするよ、頼りにしてね!》
「もちろんだ、よろしく頼んだぜ」
シルフィーの意気込みに、俺はコイツのマスターとして笑顔で答える。
「わたくしも、全力でサポートさせていただきますわ」
「援護の方は任せたぞ、セシリア」
「お任せ下さいまし……!」
セシリアも、シルフィーに負けじと気合いを入れる。
「さて……、浮かれるのもここまでだな」
《うん、マスター、そろそろ作戦開始の時間だよ……!》
Dピットルームのハッチ開閉用のモーター音が、部屋の中に響きはじめる。
拓海が無事にハッキングを払いのけて、突撃のための道を切り開いてくれたようだ。
「行きましょう、修夜さん……!」
「あぁ、一夏と鈴が待っているからな……!」
セシリアはさっきまでのにこやかな笑顔から、真剣な面持ちへと顔を変える。
《マスター、いつでも行けるよ!》
シルフィーは姿を消してエアリオルのシステムに同化し、戦闘態勢に入った。
(あとは、箒が上手くやっていてくれることを願うだけだ……)
ハッチが開き、ピット内に光が差し込んでいく。

――待っていろよ、一夏、鈴。今すぐ助けにいくからな……!!


――――

第二アリーナ・通路――

廊下の薄暗さと、思った以上の足の速さで逃げられ、私はついにウサギスライムを見失った。
そして辺りを見回すと、ある部屋の表札と大きな両開きのドアに、思わず目を留めた。
(B……ピット……)
そう、気がつけば私は、本来辿り着く予定のBピットルームの前にいたのだ。
ここに来て、私は我に返って本来の目的を思い出す。
(そうだ、今は髪留めよりも一夏を助けないと……)
でも大事な髪留めを奪われて、心の方は穏やかではいられなかった。
大切な思い出のリボン。私と一夏と修夜の、絆の証……。
思わず、ウサギスライムを捜すか、諦めて目的を優先するか、私の中で迷いが生じた。迷うはずもないことなのに……。
「……っ、えぇいっ!!」

――べしんっ

私は自分で自分の頬を両手で叩き、気合いを入れ直した。
(私の馬鹿っ、髪留めぐらいで動揺するな……!
失くしたことなら、あとで一夏と修夜に謝ればいい。
今、最優先なのは、その一夏の身の安全なんだっ……!!)
私の身勝手で、これ以上一夏や修夜に、迷惑だけはかけられない。
必死で謎の敵と戦う一夏と凰を助けられるかは、私のタイミング次第でもある。
たとえ量産型の訓練機で、力不足であったとしても、それ以上の負担をみんなにかけるなんて、その方がどうかしている……!
髪ぐらい、仮止め用の髪ゴムで止めておけばどうにかなる!!
気持ちを改め終え、私はピットルームのドアを開いた。


ピット内も、やはり非常灯の赤く薄暗い光に包まれていた。
機械部品と整備用具、作業用のウィンチやリフトなどが、不気味さをより醸し出していた。
いっそ肝試しでもできそうな雰囲気だ。
足元に注意しつつ、私は打鉄を倉庫から搬入するため、作業用のコンソールを探す。
(……あった、これだ)
部屋の入って右奥、ピット内のコンソールを見つけ、まずは電源が入るかどうかを確かめる。
タッチパネルに触れると電源が入り、画面が青い光を放って起動する。
残り六分、ウサギスライムに時間を取られた分、一刻も早く準備をしなければ……!
(まずは……打鉄を一機、このピットに搬入……と……)
いつもの手順通り、打鉄をピット内に入れるよう、指示を出す。
ところが――
≪【ERROR!!】搬入リフトに異常があります!≫
≪リフトを整備してから、操作を再実行してください。≫
画面が赤く点滅し、警告音とともにメッセージが表示された。
「そんな馬鹿な……!?」
どこかで間違えたのだと考え、もう一度ゆっくりと手順通りに操作する。
≪【ERROR!!】搬入リフトに異常があります!≫
≪リフトを整備してから、操作を再実行してください。≫
だが結果は同じ。
諦めきれずに何度も試すも、警告音とメッセージは変わらなかった。
ただ虚しく、画面が赤く染まるばかり。
「うそでしょ……、これじゃあ……」
ただ拳を握りしめ、私はコンソールの前でひざまずき、そのままへたり込んでしまった。
ここまで来て、ここまで肚を括って、この結末……。
完全な手詰まり。
「やっぱり、ただの一般生徒の私じゃ……、みんなの役になんて……」
目頭が熱くなって、視界が滲んだ。
喉の奥から、言いようのない何かが這い上がって、口から出ようとする。
必死に抑え込もうとすると、喉が苦しくなって、胸が締め付けられる……。
一夏と凰が頑張っていて、修夜と拓海とセシリアに信じてもらって、千冬さんに大見得を切って、山田先生に心配までかけて……。その結果が、この有り様……。
もう嗚咽を抑える気力さえも、私からは失せていった。
結局、私は何も出来ずに、ここで泣くことしかできない……。
「どうして……」


どうして私は、専用機持ちじゃないんだろう――


『PipoPipo, PapoPapo ♪』

不意に、さっき聞いた電子音が耳に入ってくる。
音の聞こえた方を振り返ると、そこには案の定、あのウサギスライムがいた。
「……ふふっ、そんなに無様に見えるか?」
ウサギスライムに笑われた気がして、ヤケになって自嘲気味に笑い返して見せた。
「好きなだけ笑えばいいさ……。私みたいな役立たずなんて、修夜たちのそばにいても……」
もう、諦めることに抵抗は無かった。
いっそ、みんなに嫌われてしまえば、どれほど楽になれるだろう……。
『タタカエ! タタカエ!』
再びあの甲高い声で、ウサギスライムが口を開いた。
「無理だ……、戦いたくても、戦う方法がない……」
専用機どころか、打鉄にすら乗れない私には、なんの価値もない。
『アキラメタラ シアイ シュウリョウ!』
無茶な言いがかりだ。
「どうしろっていうんだ、こんなの……諦めるしかないじゃないか……!」
なんて無様なんだろう、みんなに合わせる顔がない……。
『ニゲタラ オワリ! ニゲタラ マケ!』
…………っ。
「じゃあ、どうしろっていうんだ?!
 こんな役立たずで駄目な私に、なんの意味があるって――!?」

『N3u£*heΩh#wЁ5&@∴2q$%t†5!=|】!!!』
「……っっ!?」

いきなりウサギスライムは、今までにない大きな雑音で反応を示した。
あまりの音量に、耳鳴りが残る。
『デキル! オマエハ ヤレバ デキルコ!』
突拍子も根拠なく、ピンクのボールは私に向かって励ましの言葉を投げかけた。
まるで、私を叱咤するように……。
少し呆気にとられていると、ウサギスライムはコンソールに近付き、端末の挿し込み口に向かってヒゲを伸ばした。
何かの触手のようにヒゲが入っていくと、今度は目をチカチカと点滅させる。
すると、凄まじい勢いでデータが解析されていき、コンソールの画面が文字列で埋め尽くされていく。
そして数秒もしないうちに――

≪システム承認、リフトが起動します。≫
≪搬入口周辺から速やかに退避してください。≫

コンソールの画面に、見慣れた警告文が表示され、リフトが打鉄を搬入するためのモーター音が、ピット内に響きはじめる。
そして床の一部が開き、打鉄が一機、ピットに姿を現した。

『PipoPipo, PapoPapo ♪』

あまりの展開の早さに、思わず涙も止まってしまった。
得意気に私に顔を向けてくるウサギスライム。
「お前……。あっ……ちょっと――!?」
だがそれも、私が泣き止んだのを確認してか、すぐさま後ろを向いてドアに向かい、ピット内から走り去っていった。
また座り込んだままで、私はヤツを逃がしてしまった。
ふとアイツのいた場所を見ると、さっき盗られたリボンが、無造作に置かれていた。

――ヴゥン、ガタン

ほどなくして、ピットのハッチに電源が入る音がした。
時計を見れば、間もなく作戦開始時間だ。
「…………」

何であのウサギスライムがあの廊下にいて、私に向かって「見つけた」と言ったのか。
何故リボンを奪って、このBピットルームに潜んでいたのか。
あのときのあの雑音は、本当に私を叱るためのものだったのか。
なんで私を励ましたのか。
どうしてエラーを吐き続けていたコンソールを操作し、打鉄を搬入してくれたのか。
そもそも、あれは何なのか。
疑問は尽きない……。
でも今は、それを気にしている場合じゃない……!
制服を脱いで簡単にたたみ、リフトのコンソールの座席に置いておき、私自身は下に着ているISスーツだけの状態になる。
リボンで髪を束ねて、手櫛で整えながらいつもの髪型に戻す。
そして打鉄のセットされたリフトに乗り、リフト上のコンソールを操作する。
≪IS・打鉄――装着を開始します≫
その合図とともに、私は所定の位置に手足を構える。すると私の体に、次々と金属のパーツが装着されていく。
≪プログラム起動、同化調整(フィッティング)開始――≫
≪システムチェック終了――、同化誤差・想定範囲をクリア――≫
≪全武装、安全を確認――、動力機構オールクリア――≫
そうしているうちに、ピット内に大きなモーター音が鳴り響き、目の前のハッチが徐々に開き、外の光をピットに呼び込んでいく。

私でいいのか――
私なんか行ったところで、ホントに役に立つのか――?
剣以外に取り柄のない、ISについては凡人でしかない私に、みんなといる資格は……

また心に、大きな不安と弱気が襲いかかってくる。
体を縮んで、心が折れそうになる――。

「箒、頼んだぞ……!」
「箒さん、どうかお気をつけて……!」
「大丈夫だよ、箒ならやれるさ」

それでも、Aモニタールームを出る前にかけられた言葉が、私を奮い立たせる。
あのときみんなは、私を何の疑いもなく信じてくれた。
なら私は、みんなに応える義理も意地もあるべきだ……!

「箒、俺は強くなるぜ」
修練中での一夏の一言がよみがえる。
「俺は強くなる。千冬姉の真似でも篠ノ之流剣術でもない、俺だけの強さで……!!」

一夏も、みんなや私を待って、必死で戦っている。
凰だって、一夏とケンカ中なのを承知で、一夏の作戦に加担してくれている。

解放されたハッチから、アリーナ中の悲鳴が、少しずつ耳に届いてくる。
専用機じゃなくてもいい、今はアリーナ中のみんなを、少しでも早く助けるんだ――!!

「待っていてくれ、一夏、修夜、みんなっ!!」


≪*【Infinite Stratos】* 第二世代型・量産機「打鉄-Uchigane-」 ――発進準備完了≫


「1年1組、篠ノ之箒、いざ尋常に……推して参るっ!!」


――――

第二アリーナ・Cカタパルト側観客席――

謎のISによる襲撃に混迷を極める中、少女――布仏本音は、狂乱する群衆が押し寄せる出入口から、少し離れた位置のスタンドの中ほどで、自分とともに1組対2組の試合を観戦していた友人に寄り添い、声をかけて勇気づけていた。
「大丈夫、――ちゃん……?」
「……ご…ごめん、大…丈夫……だから……」
精一杯気丈に振る舞って見せているようだが、友人は顔が青ざめ、呼吸も心拍も乱れ、全身を丸めるようにして地べたに座り込んでいる。手は祈るようにして固く組んでおり、その手も混乱と恐怖で震えている。目尻からは、涙が頬から顎まで伝って滴っている。友人は完全に怯えきっていた。
無理もない。
前代未聞の恐怖を前に、恐れを覚えない人間はいないものだ。
遮断シールドを撃ち抜くほどの凶悪な力を持つ不気味な侵入者、その力によっていつ破られるかもわからない遮断シールド、シールドやフィールドに炸裂して爆炎と轟音を立てるビーム攻撃……。

――死にたくない

誰もが皆、生存本能からこの状況に震え上がり、ある者は竦んで動けなくなり、ある者は悲鳴を上げて狂乱し、あるものは必死になって逃げようと出入り口のシャッターを叩き続ける。
その恐慌は、ついには避難者同士を争わせ、醜悪な生存競争を焚き付けるまでになっていた。
“恐怖心”という火種は、一度燃え広がると、多量の冷や水を用意しなければ消えはしない。
ましてや、アリーナ中に燃え広がった“恐怖の火”を鎮火させるには、この絶望的な状況を覆し、救い出す以外に方法などない。
そのために、フィールド上では1組代表の織斑一夏と2組代表の凰鈴音が、侵入者を相手に必死に抵抗し、状況の打開を図ろうとしている。
しかし哀しいかな、彼らは侵入者の侵攻の直前まで、クラス対抗戦でしのぎを削り合い、お互いにシールドエネルギーと精神力を消費した状態だった。一夏に至っては、無策で前に出た鈴を助けるためにシールドエネルギーを浪費している。
そして現在、一夏は囮となって必死に飛び続け、鈴は衝撃砲「龍砲」の連射モードと、青龍刀「双天牙月」のツインブレード投擲で攻めてはいるものの、まるで予測がついているかのように、ことごとく避けていく。
有効打は入らず、時間と体力と精神力だけが、無為に消えていく。
この光景により“恐怖の火”は、【絶望という死神】へと進化しはじめていた。
観客の中には、既に死神の鎌に首を差し出し、斬首の瞬間を待つものさえ出始めている。

そんな中、本音だけはいつもの“のほほんオーラ”のまま、恐怖に動けくなった友人に寄り添う。
焦るでもなく、喚くでもなく、諦めるでもなく、ただ穏やかに友人や周囲の女子たちを宥め、落ち着かせようと気遣い、声をかけ続ける。
まるでそこに、確かな【確信】が見えているかのように……。
「ねぇ……本音は…、恐く……ないの……?」
俯いたまま、友人は震える声で本音に尋ねた。
「ううん、恐いよ、私も……。でもね、信じてるの……」
怯える友人の問いに、本音は優しく返答する。
「信じてるって……、あの織斑って人のこと……?」
俯いていた少女は顔を上げ、本音の顔を覗いてみた。
そこには、“確かな何か”を信じて気丈に微笑む、彼女の見たことのない“布仏本音”がいた。
「たしかにね、おりむーはまだまだ諦めてないし、りんりんも強いみたいだから心強いよ?」
本音が一夏と鈴のことを信じているのは確かだった。
だがそれ以上に、“もっと強い確信”が彼女を気丈に振る舞わせていた。
「でもね、多分おりむーも私も、きっと“一緒のこと”を信じていると思うの……!」
「……いっ…しょ……?」
不思議なものを見るかのように、少女は自分の友人の笑顔を見る。

――ヴゥン
――ガタン

その瞬間、それまで何の反応もなかった第二アリーナが、BピットのハッチとDピットのハッチを同時に展開させ、カタパルトを延長させていく。
アリーナ中に響く、引く唸るような機械音。
その様子と音に、会場中の人間が動きを止め、声を上げることをやめ、一斉に注目しはじめる。
「それはね、――ちゃん……」


――りいぃんっ、いちかあああぁぁぁあっっ!!


友を呼ぶ雄叫びとともに、二つのカタパルトから三機の機影が飛び出してきた。
一つは、鋼鉄の甲冑に身を包んだ、凛々しく勇ましい女武者。
一つは、海のような深い蒼をまとい、空を切り裂く金髪の妖精。
そして――

「困ったみんなを助けようって戦ってくれる、正義の味方(スーパーヒーロー)だよ~~っ!!」

白亜のタテガミと金色の爪、光り輝く剣を携えた“荒ぶる獅子”。

「ヒー…ロー……」


少女はただそう口ずさみ、獅子の雄姿に心を奪われていた。
 
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