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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第二十話『夜風の非常階段にて』

 
前書き
ここから、本格的にIBGMを指定して行きますのでご了承ください
今回の指定は、後半の鈴との会話シーンの出だしで。

・夢の卵の孵るところ
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3137780

・神無月の人魚
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138894

二つありますが、どちらもありです。
因みに、わたしゃは『夢の卵の孵るところ』、相方は『神無月の人魚』をイメージしております。 

 
放課後の訓練から時は過ぎて、午後8時。
俺は、山田先生に聞いた事について考えつつ、自室を目指していた。
(……やっぱ、問題行動起こしてやがったか、あの馬鹿は…)
内心でため息をつきつつ、先ほどの事を思い返す。

朝の鈴との一件が気になった俺は、山田先生に2組の状況について調べて欲しいと伝えていた。
最初は渋っていた山田先生だったが、俺が昨日の出来事を話すと、渋々とだが承諾はしてくれた。
まぁ、一介の生徒である俺が、他クラスの件に首を突っ込むのもどうかとは思うが、あんな状況を見ておきながら、見ぬ振りをする事は俺には出来ない。
特に、あの馬鹿が転入早々にクラス代表になってる時点で、おかしな事この上ない。必ず、何かしらがあるとは踏んでいたんだが……。
「……まさか、力ずくでクラス代表を奪うとはな…」
山田先生からの話を聞いて、漸く昨日の出来事に合点がいった。
要点だけを掻い摘んで話すなら、あの馬鹿は一夏と同じ立場になりたいが為に、既に決まっていた2組のクラス代表に勝負を仕掛け、完膚なきまでに叩きのめしたのだ。
それも、訓練機を使う相手に対して、あいつは自分の専用機を使って……だ。正直な所、無茶苦茶だと思う。
俺らの場合は、セシリアとの対決前から専用機が来る事は分かっていたので、それに合わせる形で対戦する事になったのだから、問題となるのは技量差だけになる。
しかし、この場合はそうじゃない。機体のスペックが違い過ぎる上に、技量差だって歴然だ。
俺や一夏と違って、入学から一月も経っておらず、大した訓練もしていない一般生徒が、代表候補生である鈴に対して互角に勝負できる事自体に無理がある。
使う機体が互いに訓練機であるなら、結果は同じでも相手も納得はするだろう。しかし、専用機を使った上に叩きのめすのは、最早虐めの領域だ。
それだけではなく、あいつは事前に国に連絡を入れて、クラス代表の委任について要請までしていた。用意周到といえば聞こえは良いが、やりすぎである。
「……ったく、引っ越す前はあんなんじゃなかった筈なのに、いったい何がどうしてこんな事になるんだよ…」
俺の知る鈴は、犬猿の仲で一夏バカで、短気で直情傾向の自己中心的な性格で、挙句に暴走機関車ではあるが、少なくとも他者を踏み台にしてまで目的を達成しようとするような馬鹿じゃなかった。
むしろ、鈴自身に苛められていた経験がある為、そういう事をする奴を嫌ってさえいた。
そんなあいつが、どうしてあんな暴挙に出たのか、古い付き合いである俺でも想像はつかない。
考えられるとすれば、あいつが中国に引っ越した後の一年で何かあったと考えるのが妥当だが……。
「流石に、そこまで行くとプライバシーの領域だから、学園側も教えてくれないだろうしなぁ……」
こうなってくると、拓海の手を借りて調べ上げるのが最善なんだろうが、そこまで調べて良いものかどうか……。
とりあえず、後で拓海には相談してみるか。
そんな事を考えながら、自室のある廊下を歩いていると――。
『最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬に噛まれて死ね!』
……と言う叫び声が一夏達の部屋の方から聞こえた、その直後に――
「……っ、待てって言ってるだろ、この……貧乳!!」
馬鹿が火事場にガソリンを撒くのが分かった。
さらに『まな板』『ちんちく鈴』と罵声は続き、ガソリンにでは足りないと火薬とガスボンベも突っ込んでいる。
声のする方を見ると、開いたドアを閉めて出ていこうとした鈴が、体をこわばらせてとまり、そのままきびすを返して部屋に戻っていく。
振り返りざまに、ISを展開する際の独特の音が耳に入ってきた。
「あの……馬鹿二人が……!!」

――――

部屋に突入した俺は、一夏をISのマニュピレータで殴ろうとする鈴を目撃する。
背中からは、見て分かるぐらいの怒気が燃え盛っていた。
おまけに糸の切れたような動きを見るに、どうやらあまりの怒りで理性もふっ飛んでいるようだった。
鈴との距離およそ6メートル、振りかざした拳を止めるには少し間に合わない。
とっさに俺は、新品の2リットルのペットボトルのミネラルウォーターを見つけ、そいつを鈴に投げつける。
そしてISを部分展開して実体振動剣《ストライクファング》を呼び出し、四詠桜花の技をもってそいつを切り裂いた。

四詠桜花流、真傳之一(しんでんのいち)飛刃(ひじん)空裂破(くうれつは)――

剣風に闘気をのせ、それを離れた相手にまで飛ばす剣技。
四詠桜花の真髄は『不可不思議』とも言われる、物理法則を超えた妙技の数々にある。
それこそ、かつて魔法や呪いが信じられていた時代の遺物ともいえる、原理不詳の力を数多く扱うのだ。
飛刃・空裂破もその一つにして、最も基礎となる技。早い話が“飛ぶ斬撃”だ。
袈裟切りに割れたペットボトルは見事にはじけ、鈴の頭に文字通り冷や水を浴びせた。
「つめたっ……?!」
突然の冷たさで意識が戻ってきたのか、鈴は反射的にこっちを向いてきた。
「誰よっ、あたしにこんなことして無事で済むと――」
「一夏をタダで済まさないようにしようとしたヤツの言うことか、この大馬鹿鈴……!」
どうやら、一番の火種は事なきを得たようだ。
改めて部屋の中を見ると、メンツは一夏(バカ)と箒とセシリアの三人。
ドアの前の床には、どこかで見憶えのあるボストンバッグ。これはたぶん、鈴のだろうな。
あれほどの騒ぎを起こしながら、変に荒らされた形跡は無い。どうやら箒かセシリアが、上手く鈴を抑え込んだようだ。
改めて鈴の方を見てみる。
大人しく笑っておけば可愛げのある小憎たらしい顔が、怒りともう一つ別の感情で歪んで、ひどい有様だった。
「なんでアンタがここに……!」
話す声と言葉にも、同じことが言えた。
「悪いな、そこの大馬鹿の隣人なんだよ」
変わらず俺を悪鬼の形相で睨む鈴。
1026号室に、沈黙と緊張感が漂い、徐々に室内の空気を張り詰めさせていく。
「そこの馬鹿が、何をやらかしたかは分からないけど、まずはISの部分展開(そいつ)を収めろ。
 下手こいて千冬さんに雷落とされれば、お前もタダじゃ済まないぞ?」
言われて鈴も、現状から千冬さんの雷と自分の“()”を天秤にかけ、渋々とISの展開を解除した。
それを見た俺も、実体振動剣を引っ込めてISを収める。
部屋に張られた緊張の糸は緩み、俺と鈴のやり取りを見ていた三人は、安堵のため息をついて体の力を抜いた。
「さて、こんな馬鹿騒ぎになったのは、一体どうしてだ……?」
大体の原因は見当がつくが、まずアレを聞きださないとな。
「アンタに関係なんて――」
「大アリだ。今そこの一夏(バカ)に手を出されると、間違いなく千冬さんに殺されるからな」
そればかりか、クラス中の女子を敵に回すことになる。
勝てる自信は無いわけではないが、そんな最悪に面倒な事態だけは、死んでもゴメンだ。
「……まぁ、大方“また”力尽くで強引に、ここにいる連中に無理難題を吹っかけたんだろう。……違うか?」
鈴は押し黙ったまま、俺を睨み続ける。
「反論がないってことは、要するにそれで正解――」
「ちょ……ちょっと待て、修夜。“また”……というのは……?」
箒がここで、話の要点に気が付いた。
そして箒の発言から、鈴の方も自分で俺に付け入る隙を与えたことに気が付いた。
「ま……待ちなさいよ、さっきの言い方じゃ、まるであたしが前にも問題を起こしたみたいじゃ――」
鈴も急いで弁明に入ってきた。
しかしこれでは、余計に“自分が何かやりました”と暴露しているようなものだ。
「そもそも鈴、俺とお前が最初に再会したとき、アレは『クラス代表の座を期限外でもぎ取ってきた』あと、だよな?」
俺の問いを聞いて、鈴の表情が険しさを増す。
「……何のことかしら?」
鈴はあくまでとぼけて、しらを切るつもりらしい。
一方で、一夏たちの方は驚き、鈴に注視していた。
「期限外って……」
一夏が俺に短く訊いてきた。
「な……なんにもない、なんにもないわっ!!」
鈴も一夏の声に、ここで事態が露見する“本当の危険性”に今更ながらに気付いたのか、事実を隠すために話題を切り上げようとする。
甘いぜ鈴、そいつは俺には、追い打ちのチャンスなんだぜ。
「俺と鈴があった日、つまりお前の就任パーティーの日は、クラス代表の決定期限から一週間近く過ぎていたんだ」
「そ……そう言われれば、わたくしと修夜さんが試合をした数日後には締切りだという、事務局からの勧告が……」
そう、セシリアと俺とがぶつかったあの日、実は事務局からは割とキツめにクラス代表者の決定を催促いたことを、山田先生に聞くことができた。その辺りは試合前に千冬さんが愚痴っていたから、正確な期限まで分かればこっちのものだ。
「アンタ、それどこから……!?」
「山田先生に、“俺の手作りプリン三つ”で手を打ってもらって、色々と……な」
まさかそれで張りきってもらえるとも、思ってみなかったが……。
「どうもおしゃべりな事務員がお前のことをしゃべったらしくてな、それを聞いた鈴が、お前とできるだけ接点を――」
「黙れ、飛行バカ!!」
俺の言葉をさえぎろうと、鈴が横から口をはさんでくる。さっきとは違う、焦りの声だ。
どうやら自分のやったことのヤバさと、それをここでばらされる不味さは承知しているらしい。
だが俺は、それを無視して話を続けていく。
「とにかく、鈴は2組の代表になればお前ともっといられると考えたみたいで――」
「黙れって言ってるでしょ、馬鹿修夜!!」
怒鳴る鈴、でも無視だ。
人を糾弾できる立場じゃないが、明かすのは一夏のいる“今ここ”だ。
そうじゃなけりゃ、“鈴にも一夏にも”意味がない。
「そのために、コイツは――」
「黙れ、黙れだまれ、だまれぇ!!」
とうとう懇願にも似た鈴の叫びが、部屋にこだまする。
でもコイツのやったことを、決して俺には無視できない。
憎まれようが軽蔑されようが、これだけははっきりとさせておかなきゃならない。
「国に一報を入れて掛け合って、2組の代表と臨時の決定戦を仕掛けて、その子を代表から【引きずりおろした】んだよ!!」
もう最後は俺も、鈴の妨害に負けないように大声になっていた。
俺の発言が終わった瞬間、部屋の中は再び静寂に包まれた。
鈴の顔は、さっきと打って変わって泣きそうなほどの悲壮なものになっていた。
一夏も箒もセシリアも、ただただ驚いてばかりだった。
「鈴……」
一夏の呼び掛けに、鈴は怯えたように体をはねさせた。
「お前、なんで……」
一夏がそう発した瞬間だった。
鈴は顔を俯かせたまま、何も言わずに部屋を駆けだして行ってしまった。
「おい待て、鈴!!」
呼び止めようと前に出たが、鈴は俺と肩がぶつかったのも気にせず、そのまま廊下を疾走して消えてしまった。
残ったのは、濡れた床とボストンバッグ、そして俺の手の甲にかかったアイツからの水滴だけだった。

――――

……んで、こっちはこっちで状況を聞いたわけですが…。
「……阿呆か、お前は…」
あまりの内容に、俺は思わず頭を抱えてしまう。
因みに箒はといえば、先ほどの一件のせいか、釈然としない表情で一夏を見ている。まぁ、気持ちは分かる…。
「少し頭をひねれば分かる話を、なんでそこまで拡大解釈できたんだ……」
「い、いや、そういう意味じゃなかったのか……?」
「ノーコメントだ、自分で考えろ……」
若干戸惑いながら言う一夏に対して、俺はそう答える。
鈴が極限までブチ切れしていた原因――それは小学生の頃に、あいつが一夏に取り付けたある【約束】だった。
こいつが言うには、どうやら鈴は『自分の料理の腕が上がったら、毎日酢豚をご馳走する』とか何とか約束していたらしい。
しかし、それは若干の語弊がある。
正しくは【自分の料理の腕が上がったら、毎日“自分の”酢豚を食べて欲しい】だ。
いわゆる、『俺のために毎日味噌汁を作ってくれ』――と言う、日本独特の“プロポーズ”をアレンジしたものなんだろうが……。
よりにもよってそのプロポーズを、この朴念仁は間違った方に解釈していた。……そりゃ確かに、鈴も怒鳴るわけだわ。
まぁ、朴念仁かつ当時小学生だったこいつが、誤解していたとはいえ、そんな約束を覚えている事自体が、ある意味で奇跡的にといえばそうなんだが……。
そもそも鈴も鈴で、みんなで騒ぐのが一番という“お祭り脳の唐変木”に、なんでそんな変化球を投げたんだか。
アイツもイベントごとに女子に誘われる一夏と、その一夏が盛大な勘違いをやらかしている現場は見ているはずなのだろうに……。
「しかしまぁ、部屋の強制移動まで迫るとはなぁ、あの馬鹿は……」
二人が言うには、食事から帰ってきてひと段落ついていたところにセシリアが登場し、さらのそこへ突然に鈴が訪問。
俺がいることを想定して、ISを使って俺を部屋から追い出そうという魂胆のはずが、いたのは“自分のコンプレックス”を刺激する箒で、しかも変な言いがかりをつけて、生身の箒をISの格闘用武器で攻撃しようとする暴挙に出ていた。
それをセシリアが上手く収めてくれたは良いものの、今度は一夏と鈴のあいだでケンカがはじまり、約束のくだりで一夏がいつもにも増してひどい勘違い爆弾を炸裂させた上に、逆ギレして鈴の逆鱗に触れて、さっきのすったもんだに行き着いたというワケらしい。
「……どっちにしても、明日謝っておけよ、一夏。こればっかりは、鈴に非が無いとは言わないが、お前も悪い」
「そうなのかな、やっぱ……」
俺の言葉に、自信なさげに答える一夏。
怒らせた原因を分かってはいないみたいだが、それでも自分にも非がある事は薄々分かっているらしい。
まぁ、そこがこいつの良いところなんだけどな。
対する鈴は、その謝罪で自分の非に気付くかどうかなんだが……。
(ありえねぇな、絶対……)
今までのあいつの行動と性格を鑑みても、現状でその可能性は限りなく低いだろうなと思う俺がいたのだった……。
ただし、部屋を飛び出ていったあの態度と、それを一夏に聞かれることを拒絶したあの言動から、自分の行動の意味をまったく理解していないわけではない……はずだ。
「しかし、セシリアも大胆なことをしてくれたもんだな……」
部屋の被害が最小限で済んだのは、セシリアが鈴の暴挙を止めた上で、賭け勝負という術中にはめてくれたおかげだった。
だがその代償は大きい。
何せ、これで一夏は否応なしに負けることができなくなったからだ。
今の鈴の状態を見ると、こっちが負ければ何を吹っかけてくるかは見当も付かない。
「大丈夫ですわよ、修夜さんが付いていますもの」
何故かセシリアに、自信満々でこう言われてしまった。
「それに一夏さんは、どちらかといえば本番に向けて追い詰めた方が、物覚えは良いようですし……」
セシリアに言われて、俺も思わず納得してしまった。
クラス代表決定戦での一週間の訓練期間中、一夏の学習能力はとても柔軟で良好だった。
粗削りとはいえ、数日前に大失敗していた急停止と急発進もこなせていたし、俺とも剣を交えながら割と良い感じに動いていた。
剣道でも、普段の稽古ではヘボかったのが、他の道場との交流戦では抜群の勝負強さを見せていた。
常人とは真逆、訓練に弱くても本番では学んだものを活かせる、奇妙な勝負強さが一夏には備わっている。
「……一気に責任重大になったな、俺」
そう、その資質をどこまで生かして本番で爆発させるか、すべては俺の指導にかかっているのだ。
「とにかく一夏、明日から本格的に修練に入るぞ。今日のことは一旦、頭の隅に置いておけ」
「置いておけって……」
釈然としない顔の一夏だが、引きずられて修練が先にいかないようだと、コイツ自身のためにならない。
「もちろん、言い過ぎたことはちゃんと謝っておけよ。でも“強くなる”って言ったのはお前の意思だ、それは忘れるな」
強くなるためには、体や技術を鍛えるだけじゃ駄目だ。
一夏だけじゃなく、俺も“精神的な修練”はまだまだ発展途上だし、なによりコイツの“甘さ”は少し『致命的』なところがある。
酷かもしれないけど、このぐらいは少し堪えられないと、この先になんていうのは到底無理な話だ。
「……さて、俺はあっちのフォローに向かいますか」
置き去りにされたボストンバッグを手に取り、俺は1026号室を後にすることにした。
「修夜さん、どちらに?」
背中越しにセシリアの声が聞こえ、それに振り返らずに返答する。
「荷物も持たずに帰った、もう一人の大馬鹿の様子を見にな……」
まったく、暴走し過ぎもほどがあるっていうんだよ……。

――――

あの馬鹿は一体どこに行ったんだ……!!
管理室に鈴の部屋の位置を訊き、中身の詰まったボストンバッグを片手に、アイツの部屋に向かったまではよかった。
鈴の部屋は、同居人が決まるまでの仮住まいとして、簡易の一人部屋を与えられていた。
しかも不用心にも、扉は開けっぱなしで、中はほぼもぬけの殻だった。
さらに、部屋の隣人はまだヤツが帰って来た気配がないと言い、行方も分からないと首を横に振った。
つまりあの馬鹿は、現在進行形でこの寮内のどこかでいじけているらしい。
一応、バッグは部屋に放り込んでおき、カードキーを隣人に預けてヤツの部屋の鍵を閉め、こうして俺は現在もあの馬鹿を捜索中だ。
時刻は、午後9時半前。
完全消灯時間まで、あと30分と迫っている。
コイツを過ぎて動いていると、もれなく寮長からの説教と原稿用紙4枚分の反省文が待っている。
「こうなりゃ見つけ次第に、一夏と一緒に千冬さんの前に引きずり出して、互いに謝らせてやる……!」
……と愚痴るものの、さっきから一夏と俺の部屋のある階周辺を中心に探すも、一向に見つかる気配なし。
定番でトイレ……というのも考え、恐るおそる様子を伺って入ってみるも、人の気配は無かった。
水を浴びせたのもあるから、タオルを借りに大浴場や大型シャワールームに行った可能性も当たってみた。
しかし、コレもはずれ。
アイツが落ち込んだときに行きそうな場所の定番……。そう考えながら、気がつけば自分の部屋の前に戻っていた。
そのときだった、中学時代にアイツがひどくからかわれときに、よく半ベソをかいていた場所を思い出したのは。
何かきっかけがあった訳じゃない。
でもなぜか、このときになって突然頭に思い浮かんだ場所があった。
……行ってみる価値はあるか。
とりあえず、水をかぶったまま出て行ったことが気になり、俺は一旦自分の部屋にものを取りに戻った。

――――

夜風の吹く寮の片隅。
生徒たちのいる寮棟の端には、金属製のドアの向こうに非常階段が設置されている。
申し訳程度の屋根が付いた、吹きさらしの鉄の階段。
そこからは微かにだが、海の向こうの都市の煌びやかな明かりが見えている。
その階段に、生乾きの髪を夜風に弄られながら、階段に腰を掛けてうずくまる少女の姿があった。
「やっぱり、ここか」
少女の背後から、耳慣れた力のある声が聞こえてきた。
「風邪ひいて寝込むつもりか、馬鹿が……」
振り返るとそこには、さっきまで罵り合っていた幼馴染の姿があった。
「何を、捨てられたペットみたいに縮こまってんだよ、鈴」
そう言った修夜は、小脇に何かを抱えて自分を見下ろしている。
見られた。
見られたくないところを、よりにもよって一番いやな奴に見られた――。
鈴はそんな思いに駆られ、慌てて逃げ出そうと立ち上がる。
「待てって……!」
修夜は鈴を制止しながら、小脇にかかえていたバスタオルを鈴の背中に投げつけた。
何かをぶつけられたと気付いた鈴は、ついいつもの調子で鶏冠に来て振り向き、声を出す。
「いきなり何するのよ、馬鹿!!」
それを聞いた修夜は、呆れながらもどこかほっとした気持ちになっていた。
「まだ服も乾かしてないんだろ、とりあえずそれ羽織っておけよ」
その水をかぶせたのはアンタよと、そう反論しようとした鈴だったが、修夜の顔を見ていて、何故かそれを口に出せずに黙ってしまった。

夜風が吹く。
非常階段には影が二つ。
一人の少女は、バスタオルを肩から羽織って階段に座り、もう一人の少年は、少女の目の前で踊り場の手すりにもたれて立っていた。
「ほらよ」
不意に修夜が、鈴に向けて小さな器を差し出してきた。
水筒のフタ。中身は薄暗くて分からないが、その液体は香ばしい香りとともに湯気を立てていた。
鈴は何も言わず、そっとそれを口に含んでみる。
(ミルクティーだ……)
コップ代わりのフタの中身が分かり、鈴はつられて二くち目を流し込む。
少し、熱い。でも一くち含むたびに、体が温まっていくのが分かった。
――悔しいけど、美味しい。
少しだけ、鈴の心から刺々しさが消えていた。
「落ち着いたか……?」
修夜はそっと、鈴の様子を伺ってみる。
「うん……」
鈴も修夜に小さく返事を返し、コップの中身を飲み切る。
「ほら、貸せ」
それを見た修夜は、鈴からコップを取り上げて二杯目を注ぎ、また彼女に渡す。
「……ありが…と……」
欲しいとは言っていない。
でも、物足りない感じはあった。
修夜も鈴も、お互いにケンカばかりする仲だが、それゆえに自然と相手の調子を見たり、習慣を先読みするクセが付いていた。
だから修夜は、鈴が一杯だけでは足りていないだろうと感じ取り、鈴も修夜が二杯目を注いだことに、変な遠慮はしなかった。
いがみ合うから分かり合える。
強く思いを寄せるから分からない、そんな鈴と一夏の関係とは、まったくの真逆だ。
「荷物は部屋まで届けておいたぞ。鍵は右隣の部屋のヤツに預けて、閉めておいたからな」
また修夜が素っ気なく言い放つ。
「あ……」
言われて鈴は、ボストンバッグをあの場に置いたまま、ここまで飛び出したことを思い出した。
鈴の反応を見て、修夜はため息をまたこぼす。
それを見て鈴は、悔しそうな、また泣きそうな、そんな顔をした。
「またいじめにでも来たワケ……?」
精一杯の嫌味と反発の意を込めて、鈴は修夜に棘のある言葉で牽制する。
もともと自分がこうしてしょげているのは、あの場で一夏には聞かれたくないことを、目の前の馬鹿にばらされたことが原因だ。決して自分は、あそこでこの馬鹿に負けた訳じゃない……。
鈴の頭の中で、そんな考えがグルグルと回りはじめる。
「あのなぁ、いじめるも何も、お前の身から出た錆だろ。一夏に聞かれて嫌だったら、最初からやるなってぇの……」
本日いったい何度目か、もう数えようのないため息を、修夜はまたつく。
「第一、アレが“不味い”っている罪悪感があったんなら、何で人の恨み買うような真似したんだ?」
語調は落ち着いているが、修夜の意思は揺らいでいない。
あくまで鈴の意図の所在確認と、それに対する反省を促すための姿勢を貫いている。
しかし鈴は、それを感じながらもふてくされた態度を崩さず、だんまりを決め込んでいる。
「【好き】なら好きって、さっさと言っちまえば――」
呆れ気味修夜が言った途端、
「だ……誰があんな……人の約束もろくに覚えない最低馬鹿のことなんか……!!」
やはりこの言い草である。
また一つ、修夜のため息カウンターが加算された。
「そんな顔赤くしながら否定されても、それじゃ“大好きです”って自白してるようなもんだろう、まったく……」
「ああああ……、赤くなんてっ!!!」
必死に弁解すればするほど、鈴の顔はますます紅潮していく。
(‘忍ぶれど 色に出にけり わが恋は’……ってか。まぁ、コイツは色に出好きだな……)
ため息カウンター、さらに追加。平兼盛(たいらのかねもり)も苦笑いである。
「そ……そう言うアンタは、どうなのよ!?」
自分ばかり責められるのは癪だと、鈴も反撃に打って出ようする。
「人に好きだ嫌いだ、ごちゃごちゃ言うんだったら、アンタは――」

「あるさ」

その回答に、鈴は思わず口をつぐんだ。
「ガキの頃の、青臭い片想いだけどな……」
そう答える修夜を見て、鈴は思わず戸惑った。
そこいるのは、自分と意地の張り合いをする皮肉屋でいけすかない馬鹿とは違う、どこか哀愁を漂わせる妙に大人びた別人だった。
同時に、その哀しげな雰囲気の別人に、思わず引き込まれるような感覚が生じた。
(何で……、何でそんなに寂しそうにするのよ……)
これまで鈴は修夜と、数え切れないほどのケンカをやってきた。相手に少しでも勝つために、下らないことでも観察してつついてきた。まったく気にくわない話だが、人より目の前の馬鹿についてはよく知っているつもりだった。
でも、この目の前にいる、独特の憂いを帯びた人間は、本当に“あの”修夜なのか。
見たことのない不思議な人間が、自分の前にいた。
「それより、お前向こうで何があったんだ?」
修夜が再び、自分のことを追求しようとしているのに気がつき、鈴は我に返った。
「な……何よ、いきなり……!」
平静を装いながらも、一瞬でもいつもの馬鹿に“カッコいい”という感覚を覚えた自分を、どうにか忘れようと試みる。
「俺と再会したあの夜、お前は『蹴落としてのし上がっていくのが普通』っていったよな……?
 少なくとも、俺が知っている中学までのお前は、そんな身勝手なヤツじゃなかった。
 むしろ、そういう連中に突っかかっていくぐらいのことをしていたはずだ」
鈴の顔が、再びしかめ面に戻る。
「あたしだって、いつまでも子供じゃないのよ。自分でやれることをやっただけ……!」
鈴は修夜の追跡を突っぱねるように、憮然として言い放つ。
「やれることが“足の引っ張り合い”かよ、褒められたものじゃないな」
修夜も負けじと食らいつく。
「アンタに褒められたって、ちっとも嬉しくないわよ、この優等生モドキ!!」
鈴はいつもの調子で、ケンカ腰に構えはじめる。
「優等生モドキで結構、俺はお前が何でそんなに“ヤサグレている”か知りたいだけだ」
だが修夜はそれに乗ることなく、追及の手をゆるめようとしない。
「ヤサグレてなんかないわよ、目がおかしいじゃないの?!」
「おかしいもんか、他人に恨まれるようなこと、今までのお前なら絶対しなかった!」
とにかく逃げる鈴と、どこまでも追いかける修夜。
「アンタが、あたしの何を知ってるっていうのよ、馬鹿修夜!!」
「知りたくなくても、色々知ってるから言うんだよ、大馬鹿鈴!!」
勢いがついてきたせいか、鈴は階段から腰を上げて立ち上がり、修夜に詰め寄る。
「知らないくせに……、あたしが向こうでどんな気持ちで過ごしていたか、知っているワケないクセにっ!!」
「分かるかよ、お前が話してくれなきゃ、こっちだって分かりようもないだろっ!?」
修夜も鈴の頑なな態度に、徐々に業を煮やしはじめる。
「誰がアンタなんかに話すか、バーカ、馬鹿、ばぁかっ!!」
「てめぇ……、人が心配しているってのに、いい加減にしろよっ?!」
どこまでも逃げる鈴の態度に、とうとう修夜も怒りはじめる。
「アンタに心配されたって、ちっとも嬉しくなんかないわよっ!!」
そういうと、鈴は肩に掛けていたタオルを丸めて修夜の顔に思い切りぶつけた。
いきなりの攻撃に、珍しく修夜がこれをまともに受けてしまった。
その隙に、鈴はさっさと非常階段の入り口まで階段を上り、退散しようとする。
「おい待てよ、鈴っ!!」
顔からタオルをはがした修夜の呼び掛けに、鈴は少しだけ足を止め、振り返る。
「絶対に、あのスイカ女から一夏を離してやるんだから……。
 それが済んだら、今度はアンタの番なんだからね、修夜!!」
睨みながら、鈴は修夜に対して宣戦布告する。
「あたしに一夏の前で恥かかせた責任、嫌っていうほど思い知らせてやるんだからっ!!」
「おい待てって、鈴!!」
勢いよく啖呵を切ると、鈴は修夜の制止を振り切りながら寮内に戻り、叩きつけるようにして扉を閉めていった。
「あの馬鹿が……!!」

非常階段に夜風が吹く。
残ったのは、戦いの約束と、煮え切らない気持ちだけ……。

――――

<余談>

翌朝。
「…………一夏?」
一夏のヤツは、昨日鈴からビンタをもらった方とは“逆”の頬が腫れていた。
「箒にさ……、鈴が『スイカスイカ』って呼んでいた意味を尋ねてさ……。
 俺も途中でそれがあいつの――」
「もう良い分かった、さっさと登校するぞ……」
青菜のおひたし状態の一夏の馬鹿さ加減に呆れつつ、俺は頭を抱えながら部屋を出発するのだった。
「おりむーって、ときどきひどくデリカシーないよねぇ……」
珍しく本音まで、一夏の無神経ぶりに呆れかえっていた。
そして一夏の頬を張った張本人はというと、大変に不機嫌な顔で、ズカズカと大股で寮の廊下を進んで行くのだった。
箒、おつかれさん……。
 
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