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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第十五話『クラス代表の決定と懐かしき転校生・後編』

……まったく、今日の一夏はどうしたっていうのやら。
アリーナの開放時間の終了が近づく17時30分、修夜はそのアリーナの近くに戻ってきていた。
原因は“一夏の忘れもの”、しかもよりによって財布をロッカーに落としたという、手の込みようである。
またしても箒が、「ズボンのポケットに貴重品を入れっぱなしにするな」と、説教を飛ばしていた。
(普段の一夏らしからぬ、変な凡ミスが続く日だな……)
そう振り返りながらも、箒の一夏に対する説教の長さを予想し、結局いつものお人好しから一夏の財布を取りに戻る次第だった。
「……ったく、仕上げに間に合わなかったら一夏の分だけお預けにしてやる…」
財布自体は、一夏が利用していたロッカーのど真ん中に置き去りにされていた。一夏にケータイで連絡を付け、財布の中身と金額を電話口で確認すると、修夜は足早に寮の食堂へと戻る。
その道中――。
(ん、何だあれ……?)
帰り道にふと、アリーナの受付のベンチで教師に寄り添われる女生徒を見かけた。
泣きながら自分によりかかってくる生徒を、教師は優しく肩を抱いて慰めていた。
人にもいろいろあるよな――、と少し感慨耽りそうになり、慌てて思考を食堂へ戻ることに切り替える。

そもそも、修夜がこれだけ慌ただしい原因はセシリアの件から数日後のことだった。
突如『鍋が食いたい!!!』と叫んだ一夏と、その先日に鍋を振る舞ったことをあっさりとばらした本音により、修夜は“懇親会”と称した鍋パーティーを全面的に世話する羽目になった。
なお、この鍋の件の詳細については、また別の話ということにしておこう。
鍋を仲間に振る舞い、それを喜んでもらえたこと自体は良かった。問題はこのことを一夏と本音が周囲に吹聴し、各所へと伝播していったことであった。結果、1年1組はおろか学年中に修夜の料理の話は伝わり、女子たちのあいだで大きな話題を作ってしまう。
そして本来は、サンドイッチやフライドチキンなどのスナックメニューで盛り上がるはずの就任パーティを、修夜に献立と厨房を任せるという異例の“バイキングディナー”に変更することが決定した。
このことを決めた寮職員の会合で、ひときわ殺気立ちながら修夜にバイキングを作らせようとする教師が、いたとかいなかったとか。
「まぁ、時期が分かってたから仕込みと調理は早めに出来たけどな……はぁ……」
気苦労からか、思わず独り言とため息を漏らしながらも、料理が出来なかった場合の自分の身が、どう考えても危い方にしか転がらないことを考え、ひとまずは帰り道を急ぐことに専念する。
「まぁ、楽しみにしてくれているのは、料理を作る身としては嬉しい限りなんだが……」
そんな事をぼやきつつ、走っていると……。
『あ~、もう! 一年の寮って何処にあるのよぉ!?』
「……ん?」
なにやら苛立ちながら叫ぶ声が耳に届く。
そのキンキンに響くがなり声に、修夜は思わず遠い日の記憶をよみがえらせてしまった。
(まさか、なぁ……)
他人の空似、のはずである。なぜなら修夜が知るその声の主は、一年も前に一身上の都合で国外へ“引っ越したはず”なのだ。
気のせいだとかぶりを振りながらも、修夜は自分の右20mほど先にいるの少女の影を見つめてみた。
「――――マジかよぉ……」
修夜は、驚愕した。
人間、心底驚くと、もはやリアクションすら固まるものである。
しかしこの瞬間の修夜の場合、驚くと同時に遭いたくもない“厄介者”を見つけてしまった気分に襲われた。
赤みがかった黒の長髪をいわゆるツインテールでまとめた、小柄で気の強そうな目つきの少女。
髪を束ねる黄色いリボンが、少女の活発な性格を暗示させる。
その姿は、別れた1年前とほぼ寸分も違わず“同じ”であった。
「何で鈴の奴がここにいるんだよ……?」
凰鈴音(ファン・リンイン)――。修夜と一夏にとっての、二人目の幼馴染みだった。
本来ならば、再会のこの瞬間を手を取り合って喜ぶべきものだろう。“本来なら”ば――。
ところが修夜にとって、凰鈴音という少女は“別の意味で特別”な存在であった。
おもに、【マイナス】の意味で……。
見れば、鈴は自分の探しものが見つからないことに苛立っているらしく、腕を組み、爪先の上げ下げでしきりに足を踏み鳴らしていた。
――今見つかるのはヤバい。
直感的にそう考え、修夜は鈴の動きを観察しながら、抜き足差し足でルートを迂回しに入る。
だが、これがまずかった。
あと数メートルほどで建物の陰というところで、修夜の武人としての直感が緊急信号を発し、修夜はそれに従ってとっさに身を屈めた。
すると一拍もしない間に、子供の握りこぶしほどもあるような石が、凄まじい速度で修の頭上をかすめて行ったのだ。
ごつんっ、という石とアスファルトのぶつかる音を聞きと同時に、またしても同じ気配が近づいてくる。
すかさず鈴を見た修夜は、彼女が自分に対して第二射を放った瞬間を目撃する。
慌てて今度は身体を左に転がし、鈴の動向を確認しながら態勢を立て直す。
「テメェっ、鈴っ!!!
 いくらなんでも、人を殺す気かあぁっ!?」
普段は冷静な修夜に珍しく、思わず声を荒げる。まぁ、こればかりは誰しも、抗議の声を上げたくもなるだろう。
「そこのアンタこそ、ナニ人のことジロジロと見てんのよ!」
鈴も自分の投石を避けた修夜(ふしんしゃ)に向かって、ヅカヅカと足を鳴らしながら歩み寄っていく。
「っていうか、私の名前知ってるとか、誰なのよアンタ!?
 だいだい、何で男なんかがこの学校で制服着てうろつい……て…って……」
憎々しげに自分を睨む男の姿に、鈴はかつて日本で自分と同じ時間を過ごした“馬鹿”の姿を、思わず照らし合わせた。
「え……、修…夜……?」
眼を丸くしながら、鈴にとって本来ここに入るはずのない修夜の姿を、まじまじと見て確認する。
「ホン…トに……、修夜…なの……?」
まるで幽霊でも見てしまったかのような態度で、鈴は修夜らしき人物に確認を取った。
「……あぁ、そうだよ……」
石を投げられたことに腹を立てながら、やっと自分の存在を確認した鈴に、呆れつつも“然り”と返す修夜。
「……アンタ、ここで何してんのよ……。……下着ドロなの……?」
「す る か っ !!!!」
鎮静化しはじめた修夜の怒りに、再び鈴が発破をかける。
「どこをどう間違えりゃ、俺が人様の下着なんざ盗まにゃいかんっ!?」
「だって、おかしいでしょ?!
 IS学園に男が制服来て往来してるなんて、普通だったらあり得ないじゃない!!」
闇夜の中で、かつての日常がよみがえる。
「なら、何でお前はIS学園(ここ)にいるんだよ!?
 どう見ても制服が学園のとは違うだろ!!」
「今日転校してきたのよ、そんなことも分からないの、このニブチン!!」
「分かるかっ、なんでそう毎度毎度説明もなしに話を進めんだよ、このスカタン!!」
「誰がスカタンよ、このうすらトンカチぃっ!!」
「誰がトンカチだ、このまな板ぁっ!!」
「なんですってぇ?!」
「やんのか、ぁあっ?!」
今にも顔同士が付きそうなほど、超至近距離で思い切りメンチを切りあう二人。
かつて、こんなやり取りが二人のあいだでは、日常茶飯事でおこなわれていた。
会えばケンカ、口を開けばケンカ、眼が合うだけでケンカ、コミュニケーションはケンカ、駆けつけ一発ケンカ、ケンカ、ケンカ……。
とにもかくにも、真行寺修夜という少年と凰鈴音という少女は、性格的な相性が“凄まじく悪い”かった。
悪いだけならまだしも、何かしらの精神的な波長が合ってしまうのか、お互いがそれを受信し、それを火種にケンカが出来るほど、精神的構造も似通っているらしい。
(ホントにコイツぁ……)
(マジでコイツ……)
((昔っからムカつく……!!!))
激しくメンチを切りあっていたが、しばらくするとどちらともなく引きさがり、互いにため息をつく。
修夜は屈んだままだった身体を立たせ、転んだ際について砂を払って鈴に向き直った。
「……で、なんでこんなトコいるワケぇ?」
さっきまで罵り合っていたとは思えない切り替えの早さで、鈴が話題の軸を元に戻す。ただしその語気から、不機嫌さは抜けていない。
「転校生のクセに、聞いてないのか……。俺、ISの適性が見つかって、今はここに突っ込まれて暮らしてるんだよ……」
修夜はすこし呆れ気味に、鈴への回答を発した。
「……………………………」
鈴が眼を見開き、修夜を見ながら完全に硬直した。
「……てか、それくらいニュースで大々的に報じられてただろーが」
呆れた顔で言う修夜。それもその筈、彼と織班一夏はほぼ同時期にISを動かした事で、世界中に報道されている。
むしろ、それを知らない人間は居ないと言ってもいい程だ。
「え……、ナニ、じゃあ……二人目って……アンタだったわけ?!」
正直に驚く鈴。
鈴の反応に対し、黙りながらも思いっきり冷ややかな視線を送る修夜。
「名前、思いっきりニュースで出てた気がしたんだけどな。『一夏と同じく』」
事実、二人の名やプロフィール等は当初隠されていたが、人の口の戸は立てられぬもの。
何の因果か、二人の名前はばれてしまい、IS委員会が報道規制を行うよりも早く、芋づる方式で曝け出されてしまい、現在に至っている。
要するに、修夜は鈴の反応に対し、『知らない事のほうがおかしい』と暗に牽制しているのだ。
「ふんっ、アンタの名前なんて、誰が好き好んでいちいちチェックするのよ!」
あくまで“アンタなんて興味ない”と言いたげに、鈴は頑なな態度を崩さず、そのまま身体を修夜に向かって斜に構える。
内心で呆れつつ、修夜は鈴の動向を訝しげに睨みつけるのだった。
「……そんなことより、どうなのよ?」
「……ぁあ?」
ぶっきらぼうに、しかも唐突に話題を変えた鈴に、少し苛立ちを覚える修夜。
「……っ、あの“お人好し”は……、元気にしてるのって、き……聞いているのよぉ!?」
何故か修夜から顔を逸らし、捲し立てるように鈴は質問を続ける。
「……はぁ」
その様子に修夜は再び、そしてあからさまな感じで溜め息を吐く。
――相変わらず、それかよ。
ただでさえ相手をするのが疲れるというのに、掘り出す話題はいつも一辺倒。それが修夜にとっては、余計な疲労感となった。
「安心しろ、あのお人好しはお前が向こうに行った後も、『ぜんっぜん』変わってねぇよ」
やや呆れた口調で、質問に答える修夜。
教えたくもないが、教えなければあとがもっと面倒くさいことを、修夜は“嫌というほど”身に染みていた。
「そ、そうなんだ……」
修夜の答えを聞き、鈴は顔を背けたままその声を受け取る。
当人は隠しているつもりなのだが、表情にはどこかしら、まんざらでもなさそうな気分が見え隠れしていた。
そして何やら小声でブツブツと、何かを言いながら勝手に得心しはじめる。
「気になるなら直接会いに行けよ、この馬鹿鈴」
やぶからぼうに、修夜は鈴に向かって言葉を投げかけた。
「ばっ……馬鹿……!?」
見え見えに癪を言った修夜に、脊髄反射で怒りを覚える鈴。
「てぇか、なんでそもそもにお前が学園(ここ)にいる。国に帰ってから連絡の“れ”の字もよこしてなかったクセしてよ」
何か怒鳴り散らしてやろうと口を開いた鈴だが、修夜の言葉に思わずくぐもってしまう。
鈴は日本を離れて以降、修夜たちには一切の連絡を寄越していなかった。
電話や電子メールはおろか、手紙やハガキの一通すら寄越さず、今日のこの日までまるで鈴からの便りは修夜たちには届いていない。
鈴のIS学園入学の話も、修夜はこの日この時に聞くのが初めてなのだ。
「いいじゃない、そんなこと、アンタに何の関係があるっていうのよ!?」
「確かに、何も関係ねぇな。だがまぁ、不本意だが、曲がりなりにも『幼馴染み』が帰ってきた理由を聞いてもおかしくはねぇだろ?」
がなる鈴に、一歩も引かない修夜。
確かに、お互いに長い付き合いである以上、そう聞くのは普通の事である。
何よりここは、IS学園と言う世界の法例さえ易々と手が出せない、“明け透けな秘境”という特殊環境である。
ISが操縦できることは予測できても、こんな中途半端な時期に転入と言うのもおかしな話である。
熱くなることはあっても、捻くれ者ゆえに相手の直情人間のいなし方には一日の長があった。
しばらく唸ったあと、鈴が憎々しげに口を開いた。
「……アレよ、私も……モ……世界大会(モント・グロッソ)に出てみたくなったのよっ!!!」
「……はぁ?」
正直に、修夜はこの返答をおかしいと察知した。
【モント・グロッソ】とは、IS操縦者の世界一を決める3年に一度の世界大会である。
分かりやすく言いかえれば、ISによるオリンピックだ。
既に3回目の開催を終えており、修夜も一夏も、ある経緯から実際にその眼で直に大会を見たことがあった。
大会に出場し、優勝すること。それはISによる競争経済が確立された現代において、各国の威信をかけた“代理戦争”ともなっていた。
優勝者には絶大な栄光と名誉が約束され、活躍の仕方次第では、何不自由ない将来さえ手に入る。
IS操縦者であれば、一度は誰も場夢見るあこがれの場所。それがモント・グロッソなのだ。
「お前、アタマ大丈夫か……?」
「い、いきなり何失礼なこと言ってんのよ!?」
「いや、お前を知る人間だったら素直にそう質問する。つか、普通に考えて、そんな理由でお前がここに来るわけねぇだろ」
修夜は曲がりなりにも、目の前の少女の『幼馴染み』であり、普通の友人と比べて彼女の性格は熟知している。
思いこめば一直線、他者の流言どこ吹く風、将を欲すれば将を射ろうとする気の強さと短さ。
修夜が知っている彼女は、自分の行為について考える頃には行動をすでに終了させている、そういう性格なのだ。
猪武者(いのししむしゃ)という言葉があるが、小柄な少女の鈴を体現するに、これ以上にない表現である。
この少女が本気なら、学園の入学式に間に合わなかったことに、今この場で腹を立てていてもおかしくないぐらいなのだ。
そしてなにより、『出てみたくなった』などという言葉は使わない。『出る』、場合よっては【優勝する】と断言するぐらいは平気でやる。
ゆえに各国の代表候補生たちのように、『世界を狙うため』『国家の威信を背負って』というのであれば、鈴がこの春めく風も碧風(あおかぜ)という4月の終わりに転入というのは、些かどころでなく遅い話である。
「大体、お前のような暴走機関車が、そんな『ご高尚な夢』を持って学園に来る事自体が考えられんわ」
「なっ……?!」
えらく失礼な言い方だが、修夜の言わんとすることは間違っていない。
くどいようだが、鈴という少女は短気で直情径行の性格であり、それゆえに自分の興味の外のことは、まったく眼中になくなる。前に向かって突っ走るクセゆえなのだが、他人からすれば“自己中心的”以外の何物でもない。そして事実、鈴のこの性質は巡り巡って、彼女に自己中心的な思考回路をもたらしている。
修夜が知る鈴にとって、『国の威信』など興味の対象にはなり得ず、それどころか路傍の石に等しいものだ。
なぜなら、彼女には“世界と天秤にかけても『それが重い』と言わしめる存在”がいることを、修夜は知っている。
「お前のことだ、大方のところ【一夏】がIS学園に入学したのを知って、慌てて飛び込んできたんじゃないのか?」
言った途端――
「だ……だ……誰がっ、あ…あんなっ、極楽とんぼで朴念仁で間抜けで素っ頓狂で顔だけ良くてへらへらしてて“人の気も知らない”腹ペコ馬鹿のことで、国を飛びださなきゃいけないのよぉっ!!!」
この言い草である。
(ホント、【一夏バカ】だよなぁ……)
修夜も詳しいところは知らないが、どうやら鈴は一夏に対して、世間でいうところの【恋】をしているらしい。
その発端を知らないし、鈴が一夏のどこに惚れたのかも、修夜は分かっていない。
ただ、彼女が転校してきてしばらくして以降、彼女は“色恋沙汰に至極疎い修夜にさえ分かるほど”に、明確に一夏に対しての態度と周囲への対応とを変えていたのだった。
余談だが、このことを修夜が白夜に尋ねた際、白夜に思わず「お前に色恋を理解する心があったのか」と、真面目に驚かれたという。もっとも、修夜も最初はクラスメイトが冗談交じりに言ったのを聞いて、合点がいったのだが。
「そそそ……、そういうアンタはどうなのよっ、ホントにISの適性出たんでしょうね!?」
「じゃなきゃ、ここにいることも、ニュースにされることもないだろ」
お返しとばかりに、反撃に出ようとする鈴だが、初撃はものの見事に肩透かしになった。
眉間を寄せて修夜を睨む鈴を、しれっとした顔で受け流す修夜。
余裕綽々な修夜に歯がみしていた鈴だが、不意に“嫌味の神”が彼女に“降りて”きた。
「……へぇ~~、そう。そうよね、昔から将来の夢とか言って、『ISで空を飛びたい』とかうるさかったものね~。
 も・し・か・し・て、思い切って“ニューハーフ”にでもなっちゃったワケ~~?」
どこかで、手榴弾の安全ピンが抜ける音がした。
「…… ぁ ん …… だ と お お ぉ ぉ っ ? !」
そして、それは一秒を待たずに、この場で大爆発を起こした。
「きゃ~~っ、それじゃあ今は“シュウヤくん”じゃなくって~、“シュウヨちゃん”なんだ~~。かっわいい~~!」
「テッメェっ、鈴んんっ、マジでこの場で三枚に下ろしてやんぞっ、ぁあっ?!」
「いや~ん、シュウヨちゃん、こっわ~い!」
修夜にとってISで蒼穹(そら)を舞うことは、長年の夢だった。
だが同時に、これを衆目で発した日にはそこで大爆笑が巻き起こる。
【ISは女性のもの】というのは、世間の常識。
だがその世間の常識に屈せず、多くの男性科学者がISの“性の壁”を超えんと今も奮闘しているものの、その成果が虚しい状態なのは、女尊男卑という社会形態を見ればよく分かる話である。
そんな中で、いわゆる“ニューハーフ”と呼ばれる人々、とりわけ男性から女性へと目覚めた人の多くが、万一にでもISを起動できるのではと挑戦したのだが、現状の戦績は全戦全敗である。
中には、IS起動の夢を実現するためだけに、その道に飛び込んだ科学者が実在したとかしなかったとか。
修夜にとって、自分の夢は生涯をかけて貫く“目標”である。
ゆえに、昔から声高く目標を口にしてきたが、そのたびに笑い物にされ、最悪の場合には今の鈴のような冷やかしが飛んできた。
笑われるのはどうとでも耐えれたが、“男の身で飛ぶ”ことを誓った修夜にとって、この手の侮辱は筆舌に尽くしがたい自分の夢に対する冒涜行為なのだ。
小学生の時分には、これが元で近所のクソガキ数人を病院送りにしたことさえある。
「そういうテメェはどうなんだ、どっからどう見たって洗濯板のまんまじゃねえかっ!!
 ……あぁ、悪ぃ悪ぃ、そういえばいつもそこら中走り回ってるから、胸に栄養は届く前に全部使い切っちまうんだったなぁ~?」
地中に埋まったダイナマイトに、遠隔操作でスイッチが入る。
「…… な ん で す っ て え ぇ ぇ っ ? !」
そしてそれ“も”、すぐ近くで盛大に爆発を起こした。
「あ~、スマンスマン。でもお前が引っ越していく前に、『グラビアモデルみたいに色っぽくなってやる』って意気込んでたから、その目標はどうしたのかな~っと……」
「こっ……、これでも |《1cmぐらい》 は育ってるのよ!!」
「なぁに~っ、聞こえんなぁ~?」
鈴は小柄だ。およそ150cmと、日本人の小学生並みの身長しかない。
くわえて、二次性徴による女性的な肉体の成長も、見て分かるほどに著しく遅い。
周囲の女の子が次々と女性らしい身体へと育っていく中で、鈴にとってそれは多大なコンプレックスとなってのしかかった。
一夏のそばにいた“見ず知らず”の箒に対し、異常な敵愾心を働かせたのもこれゆえである。
日本にいた頃、彼女のあだ名が“りんりん”だったが、それを周囲にパンダのようだとからかわれた。
これだけならまだしも、彼女への冷やかしは中学生に上がるともっぱらその体つきに集中し、『お子ちゃま』『まな板』『ぬりかべ』『幼稚園児』『妖怪改札騙し』、酷いものだと『鶏ガラ』『手羽先』『ちんちくりん』『ロリコンホイホイ』など、彼女へのネーミングは罵詈雑言の見本市の様相を呈していった。
なにより、成長していく周りの女子の【胸】に対して、視線がそぞろになる一夏に一番腹が立った。
「アンタぁっ……、絶っっっ対にっ、ワザと言ってるでしょっ!?」
「あぁワザとだともっ、何か文句あっか、このクソチビ!!」
「ナニよっ、二言目には『空飛ぶ』『空飛ぶ』ってうっさいのよ、飛行オタク!!」
蒼穹(そら)を飛びたいって言って何か悪いか、この洗濯板ぁっ!!」
「誰が洗濯板よ、胸の話ばっかするんじゃないわよっ、ドスケベ変態!!」
「誰がドスケベ変態だ、この恋愛バカがっ!!」
「誰が恋愛バカよっ、シュークリーム!!」
「テメェこそ、パンダだろうがっ!?」
「それじゃアンタは鶏よ!!」
「鶏はそれこそテメェだろっ、少しは色っぽくなりやがれっ!!」
「ナニよっ、セクハラで訴えてやるわよっ!?」
ガキの罵りあいである……。
「上等だっ、何ならここで決着付けるかっ?!」
「望むところよっ!!」
互いの意見が一致したところで、両者とも反射的にISに手を伸ばそうとした。
そのとき――
「コラっ、貴方たちっ!!」
ふと、アリーナ側から聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。
二人ともがその声の方へ顔を向けると、そこには先ほど修夜が見かけた女性教師の姿があった。
黒のタイトスカートのスーツに身を包んだ、赤い(ふち)の眼鏡をかけた彼女の背後には、未だ何かしらのショックに打ちひしがれて、教師のスーツの上着の端を握って掴む女子生徒がいた。暗闇でも、悲しみで表情がぼろぼろになっているのがよく分かった。
「もうとっくに、寮の門限は過ぎてますよ。今何時だと思っているんですかっ!?」
修夜が腕時計を確認すると、時計の針は18時10分を過ぎようとしていた。
「げぇ……、マジかよ……」
仕込みの遅延が決定的となり、修夜は小さくうなだれた。
「それと凰さん」
教師に声をかけられ、鈴は顔を彼女に向ける。
「今回は、あなたの国からの要請もあったので、“特例”として許可しました。
 ですが、今後はこういう無茶苦茶なことは、クラスの和にヒビを入れることになりますから、『絶対に』控えてくださいね……!!」
言葉は丁寧だが語気は強く、それは鈴への明らかな“厳重注意”だった。
対する鈴はというと、まるで意に介していないかのように冷ややかな態度で、間延びした生返事を返していた。
「それじゃあ、二人とも早く寮に戻りなさい……」
そういうと、教師は女子生徒を連れて職員寮の方へと消えていった。
消えていく間際、修夜は少女が鈴を、凄まじい形相で睨んでいくのをはっきりと確認した。
その顔は、まるで絶望の果てに自殺した怨霊のような、背筋も凍る怒りの顔だった。
修夜は思わず絶句し、自分の血の気と怒りが急速に冷えて行くのを知覚した。
鈴はというのと、さもつまらなそうなという態度を、決して崩そうとしなかった。
「……な~にが、クラスの和よ……。蹴落として、のし上がっていくのが、普通なんじゃない。
 ここの連中って、なんだかなまっちろそうね……」
小さく囁いたその言葉には、熱も情もない。冷めた現実だけを見る、死んだ価値観だけが存在した。
「おい、鈴……」
「ナニよ、まだやる気……?」
修夜に向き直った鈴が見たのは、彼の明らかに不機嫌な表情だった。
「お前、何を“やらかした”んだ?」
「……はぁ、ナニソレ…?」
修夜の問いに帰ってきたのは、生返事の続きだった。
その態度に“怒り”ではなく”憤り”を覚え、修夜は鈴に詰め寄る。
「『ナニソレ』じゃないだろ……!
 さっきの子の表情、明らかにお前に“憎しみ”をぶつけていたぞ…!?」
「たかが一回“蹴落とされた”だけじゃない、根性なさ過ぎよ……?」
きっちりと問いただそうとするも、どこまでも熱をもたない鈴に、修夜は次第に苛立ちを募らせる。
互いに罵りあう刺々しい仲だが、修夜の知るかぎり、鈴は今までにこんな“擦り切れた”態度を取ったことなどなかった。
「……はぁ、まぁいいわ。どーせ、明日になったら分かることだし……」
「明日……だと……?」
しらを切るのも馬鹿らしくなってきたのか、鈴は話を切り上げにかかった。
「ねぇ、1年の学生寮ってどっち……?」
「おい待てよ、鈴……!」
不遜な態度の意味を追求しようとする修夜だが、鈴は一向に意に介していない。
「……で、どっちよ……?」
「……っ、俺の見ている方から正面に進んで、二つ目の角だ……」
ここで追及しても、のらりくらりと躱されるだけと修夜は感じ、素直に鈴の欲しがってるものを教えた。
「ありがと……。じゃ…!」
そういうと、ボストンバッグを肩に掛け直し、鈴はその場を立ち去った。
何も変わっていないような幼なじみに起きた、奇怪な異変――。
それに憤りを感じつつも、ふと時計を確認して見ると……。
「げ ぇ ? !」
現在の時刻、18時17分。
「くっそ、こうなりゃ迂回ルートで全速力だっ!!」
鈴との靄の掛かったやり取りは、頭の片隅に一時追いやり、修夜は暴動が起きるのを防ぐべく、寮の厨房までかけて行くのであった。
「ったく、絶対一夏の分は作ってやるもんかあぁっ!!」
そんな罵声が、夜の学園の片隅で響くのだった。
 
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