最高のタイガース=プレイヤー
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第四章
第四章
「ずっとね」
「アメリカ行った時は牧場でやな」
バースがアメリカに牧場を持っているのは有名な話であった。彼はそこでも有名でよく阪神ファンの間では愛されて言われてきたことである。
「飲もうで」
「川藤と二人でね。その時はステーキでね」
「楽しみにしてるで。ほな今は」
「焼肉でね」
「がんがんいくで」
こんな話をするのがいつもであった。彼は完全に阪神の中に入っていた。その彼が三年目に奇跡を起こすのであった。
三番ファーストに入る。彼はこのシーズン素晴らしい活躍をした。
「打った!」
「また打った!」
阪神ファンだけでなく日本中が彼に注目した。
「またバースが打って勝った!」
「今日もか!」
巨人ファンも驚くしかなかった。甲子園では連日連夜お祭り騒ぎで阪神ファンの歓声が止むことはなかった。
「また打った」
「しかもや」
誰もが言う。この時の阪神に。
「あいつに続いて皆打ちよるわ」
「掛布や岡田だけやないな」
「ああ、皆や」
伝説のクリーンアップだけではなかった。真弓明信も打てば平田満も打つ。それでいて阪神は隠れて守備も小技も長けていた。しかし何と言っても主役は彼だったのだ。
「バースや」
「右に左に打つわ」
掛布に伝授されたその流し打ちと広角打法を上手く使っていた。そうして甲子園の風に合わせてホームランを打っていく。まさに彼は無敵であった。
そんな彼を見て。ファン達は言うのであった。
「神様や」
「仏様や」
と。何時しか彼は崇拝さえされていた。これも阪神ファンの熱狂故であった。
「神様仏様」
「バース様やな」
「ええ呼び方やないか」
ファン達はその呼び方に満足した。かつて西鉄で大エースであった鉄腕稲尾和久がそう呼ばれていた。バースはその域にまで達していたのである。
「それにこのままいったら」
「ああ、ひょっとしたら」
彼等は上機嫌で言い合う。
「優勝できるで」
「それもぶっちぎりでや」
今まで二十一年間なかったことが。達成されようとしている。優勝は阪神にはないと思われていた。それなのにその果てしない夢が彼によって果たされようとしているのだ。ファン達はその夢を与えてくれようとしているバースを愛さずにはいられなかった。
「バースかっとばせバース」
そのバースの歌だ。
「ライトへレフトへホームラン」
その言葉通りバースはライトにレフトにホームランを打ちまくる。バースが打ち阪神に勝利をもたらす。それがこのシーズンであった。夏もそのまま独走し遂に秋には。バースが、掛布が、岡田がバックスクリーンに巨人戦で放った三連発のアーチで巨人に引導を渡したのが阪神のこのシーズンを決定付けていた。阪神はこのまま独走していたのだった。
「もうすぐや」
「もうすぐやで」
彼等は口々に言い合う。
「優勝や」
「そして相手は」
パリーグの覇者は。もう見えていた。
「西武や」
「あそこしかないで」
当時の西武ライオンズは黄金時代の中にあった。西武の黄金時代は非常に長いものであったがこのシーズンはその中でも特別なものであった。それにはやはり阪神が関係していた。
「このままだと間違いない」
西武の監督である広岡達郎は言うのだった。
「セリーグは阪神だ」
「阪神ですか」
「勢いが違う」
そう選手やスタッフ達にも言うのである。冷静な、いつもの澄ました顔で。
「ならば今回注意しなければならないことがある」
「打線ですか?」
「いや、それは大したことはない」
看板であるダイナマイト打線に対して広岡は特に思うことはなかったのだ。
「打線は水物だからな」
「まあそうですね」
「打線は確かに」
これは野球においてはよく言われることである。打線が常に好調とは限らない。むしろ大事なのは守備でありピッチャーなのだと。阪神は守備はともかくピッチャーに関しては不安があった。これに関しては西武の方が勝っていたのである。
「ただ、バースは別だ」
「バースですか」
「彼だけは特別だ」
こう評するのであった。
「彼の封じ方はない」
「ないですか」
「あそこまでのバッターは。そうだな」
ここで広岡は自分の記憶を辿る。そうして出るバッターは。
「長嶋君か王君だけだな」
彼は現役時代は巨人のショートであった。華麗な守備で知られていた。なおこの時の阪神のショートは当時阪神の監督だった吉田義男である。牛若丸と呼ばれ完璧なまでの守備を誇っていた。つまり広岡とはライバルだったのである。その広岡がかつての同僚であり後輩でもあるこの二人を名前に出してきたのだ。
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