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純粋な絆

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第一章


第一章

                      純粋な絆
 二人の絆が最初にできたのは高校時代であった。野球部で出会った。
「あれっ、御前サイドスローか」
「御前がキャッチャーか」
 二人はまずお互いを見て驚いたのだった。
「随分と変わったフォームだな。それにしても」
「そんな小さい身体でキャッチャーか」 
 秋山登と土井亨の出会いであった。岡山東高校において二人は出会ったのだ。
 二人のはじまりはこんな調子だったがその相性はよかった。秋山はかなりの実力者であり速球が滅法凄かった。そして土井は秋山のその速球を受けきった。
「御前凄いな」
「御前こそな」
 今度は賞賛の言葉を言い合う二人だった。
「こんなに速いボール投げるなんてな」
「俺が投げたボールは絶対に受けてくれるんだな」
 こう言い合うのだった。
「御前本当に凄いピッチャーだな」
「御前こそ見事なキャッチャーだよ」
 二人共認め合うようになった。これが二人のバッテリーが誕生したその時だった。二人は高校の三年間バッテリーを組んだ。サイドスローの速球投手の秋山にそのボールを受けきる土井のバッテリーのことは東京にも聞き及び二人は共に明治大学に入った。
「おい秋山」
 明大の監督である島野育郎は秋山が入部するとすぐこう命じたのだった。
「御前はこれから一日千球投げろ」
「千球ですか」
「そうだ。いいな」
 勿論練習はこれだけではない。あまりにも過酷な練習であった。
「それが嫌なら野球を辞めろ。いいな」
「わかりました」
秋山はその言葉を受けた。拒みはしなかった。そうして実際に彼は一日千球投げた。投げるからにはそれを受けるキャッチャーが必要になる。そのキャッチャーは一人だけだった。
「じゃあいいな」
「ああ」
 土井だった。秋山の言葉に頷きそのうえでマスクを被る。そうして彼のボールを受けるのだった。毎日千球、投げて受けた。
 その練習の介あってか秋山は抜群のスタミナと投球術を身に着けた。それは最早大学生の間では他の追随を許さないものでありそしてそれを受ける土井のキャッチング技術もリードもかなりのものになっていった。しかしそれで土井にとってはよくないこともあった。
 打つ方が駄目になったのだ。打撃練習よりもキャッチャーの練習の方がすることがずっと多かったからだ。バッターだというのにこれはまずかった。
 しかし島野は言うのだった。強い声で。
「それでいいんだ」
「いいんですか?それで」
「打たないのにですか」
「野球は打つだけじゃない」
 彼は周りの者に言い切った。
「守備も野球だな」
「ええ、まあ」
「それはそうですけれど」
「ならそれでいい」
 そうしてまた言うのであった。
「あいつはキャッチャーだ」
「はい」
 これはどうしても否定できないことだった。彼のポジションは。やはりキャッチャーである。今や秋山のボールを受けられるのも明大で彼だけになっていた。
「キャッチャーだからそれでいい」
「守りだけでですか」
「秋山のボールを受けられるのはあいつだけだ」
 彼もまたこのことを言うのであった。
「そして。あいつ程のキャッチャーもいない」
「だから打たなくてもいいんですか」
「そうだ。打たなくていい」
 島野の言葉は続く。
「あいつは打つ以上の仕事をしてくれているからな」
「キャッチャーとしてですか」
「秋山のボールを受けてリードをする」
 それが土井の役割だというのだ。
「それでいいんだ」
「わかりました。それじゃあ」
「土井はキャッチャーなんですね」
 そういうことだった。土井はバッターではなくあくまでキャッチャーであった。秋山が投げて土井がリードをする、それにより明大は黄金時代を迎えた。当然ながらこの活躍はそのままプロ野球界の間でも噂になった。すぐにスカウトの話が来たのも当然の流れであった。
 
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