ゴッホ
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第一章
ゴッホ
ヴィンセントという、この言葉は勝利者という意味だ。
しかし彼はお世辞にも勝利者とは言えなかった、一心不乱に絵を描き続けているのだが。
どの絵も全く売れない、誰もがその絵を見て顔を顰めさせて言う。
「絵の具を使い過ぎだ」
「絵の具が絵から盛り上がっている」
「筆の形まで出ている位だ」
「しかも色使いが派手過ぎる」
「もう適当に塗りたくっているだけじゃないのか」
「よくこんな絵が描けるものだ」
「訳がわからない」
こう言うのだった。
「どうしてこんな絵を描くんだ」
「こんな絵は買えない」
「ただでもな」
「飾っても」
どうしようもないとだ、誰もが彼の絵を観て首を傾げさせる。
それは彼の弟も一緒だった、弟はただひたすらキャンバスと闘っている、文字通りそうしている兄にこう言うのだった。
「兄さん、今日もね」
「売れなかったか」
「兄さんの絵はね」
そうなったというのだ。
「売れなかったよ」
「そうか」
「悪いね、僕の力が及ばなくて」
「テオのせいじゃない」
彼は絵を描きながら優しそうな外見の男、彼の傍に立っている者に話した。
「そのことは」
「そう言ってくれるんだね」
「テオがいるからこそ」
ここで彼は男の顔を見た、見れば彼の顔は細長く髪はかなり癖のあるもじゃもじゃとした赤いものだ、髭もそうした感じであり目は厳しい。随分と気難しそうな顔で耳がない。
彼の名をヴィンセント=ヴァン=ゴッホという。画家だが絵は全く売れない。弟であるテオドルス=ヴァン=ゴッホ、彼の傍に立っている優しい顔の男の助けを借りて生きている。
その彼がだ、こう弟であるテオに言うのだ。
「周りがわからないだけだ」
「兄さんの絵をだね」
「そうだ、僕の絵は特別なんだ」
血走った目で描きながら語る。
「この絵は誰にも描けない、特別な絵だから」
「周りが理解しないんだね」
「けれどテオはわかってくれるな」
一転して穏やかな目になってだ、ゴッホは弟に問うた。
「僕の絵のことは」
「わかるよ、ずっと一緒にいたからね」
兄である彼とだ、それでだというのだ。
「兄さんのことはわかっているつもりだよ」
「僕は誰にも理解してもらえなかった」
ゴッホはここで己の半生も振り返った、それは彼にとって決していいものではな目は一転して苦々しいものになった。
「父さんにも誰にも」
「そうだったね」
「しかしテオは違った」
彼だけはというのだ。
「テオはいつも僕の味方だった」
「弟じゃないか、当然だよ」
これがテオの兄への返答だった。
「それに兄さんはいつも僕に優しいじゃないか」
「テオがいつも僕をわかってくれているからだよ」
それでだというのだ。
「だから僕はテオを大事に思っているんだ」
「そうなんだね」
「そして他の。絵に描かせてもらった人達も」
その彼等もだというのだ。
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