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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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聖者の右腕篇
  03.嘆きの剣巫

 

 今日の教室は少しばかりいつもよりも騒がしかった。

 中等部にすごく可愛い転校生が転入してきたという噂が教室を騒がせた。
 そのことを聞いて薄々、彩斗はそれが誰なのか気付いていた。その転校生の正体はやはり、彩斗の想像通り獅子王機関の剣巫こと姫柊雪菜だった。

 まぁ、ここまではただの可愛い転校生がいるというシュチュエーションなのだがここまでは騒がしい理由は別にある。
 南宮那月が昨日のことを、彩斗が古城の暴走を止める前のことを話したせいだ。

 昨夜、雪菜と古城は、彩斗と出会う前に深夜のゲーセンでデートのようなことをしていたようだ。




 昼休み終了直前。教室に戻ってきた古城が浅葱の席へと駆け寄る。
 彩斗も古城に合わせて浅葱の席に近づく。

「──ロタリンギア国籍の企業? どうしてそんなことが知りたいわけ?」

 古城の説明を聞き終えて、浅葱は怪訝そうに訊き返す。

「いや、どうして……と言われても、そんなたいした用じゃないんだが」

 昨日の事件の犯人を探しているのであろうと彩斗は、勝手に結論づけて口ごもる古城のフォローに回ろうとする。浅葱は古城の態度に睨みつける。

「まさか、あんた……あの姫柊って子に頼まれたんじゃないでしょうね?」

「え? いや、まさかそんなバカな。いやいや」

「……」

「悪りぃな、浅葱。俺のダチに頼まれてんだけど浅葱に頼んだ方が確実かなって思ってな……それで古城からなら浅葱も受けてくれるだろうと思ったんだけどな」

 すこし古城は、不思議そうな顔をするがすぐに話を合わせる。

「別に古城を経由しなくても彩斗の頼みならやってあげるわよ」

 そう言いながら浅葱は、スマートフォンを取り出す。

「ありがとな、浅葱」

「このくらいいいわよ。ロタリンギアの企業ね……ないわよ、そんなの。島内には」

 キーボードを叩きつつ、浅葱はあっさりと機密情報を引き出す。

「ない? 一社もか?」

「ロタリンギアの企業と取引したり、代理店契約を結んでいる会社はいくつかあるけど、働いてるのはみんな日本人。だいたいヨーロッパ系の企業が絃神島に支社を置く理由はないでしょ。魔族特区は欧州にもあるし、最近の円高でほとんど撤退しちゃったんじゃない?」

「「……撤退?」」

 彩斗はこの古城が追っている事件がなんなのか何と無くだがわかり始めていた。

「そうか……浅葱、撤退済みの会社は調べられないか? できれば閉鎖した事務所がそのまま残ってるようなやつがいい」

「うーん、たしか過去五年以内だったら、記録が残ってたような気がしたけど……」

 浅葱がキーボードを操作する。

「あったわ。一件だけど。スヘルデ製薬の研究所。本社はロタリンギア。主な研究内容は人工生命体(ホムンクルス)を利用した新薬実験。二年前に研究所を閉鎖して、今は債権者の差し押さえ物件になってるみたい」

「……それだ、浅葱! どこにある?」

 古城が身を乗り出しスマートフォンを覗き込む。

「えーと、アイランド・ノースの第二層B区画。企業の研究所街ね」

「わかった。サンキュ」

 古城はそう言うと、浅葱と彩斗に急に背を向けて教室を出ようとする。

「ちょ、ちょっと、古城? どこ行く気?」

「急用ができた。出かけてくる!」

「はあ!? あんた、なに言ってんの。午後の授業はどうするのさ!?」

「上手いこと誤魔化しといてくれ。頼む!」

 古城は、そう言い残すと教室を出て行く。そんな古城を廊下で待っていた雪菜に気付いて、浅葱は椅子を蹴散らしながら立ち上がる。

「こ、こら……! なにそれ!? あんた、ホント殺すわよ! 馬鹿──っ!」

 廊下に向かって怒鳴り散らす浅葱の声に隠れるように彩斗も呟く。

「……あの馬鹿どもは」

 そういうや否や、彩斗も教室から飛び出す。

「悪りぃ、浅葱。急に貧血の症状が出たから早退するって那月ちゃんに言っといてくれ!」

 そう言い残し、古城と雪菜を追う。

「あんたもか! 今度、ただじゃおかないからね!」

 後方から聞こえる浅葱の怒鳴り声など気にもせずに彩斗は学校の廊下を駆け抜ける。




 雪菜と古城は、昨日の男ロタリンギアの殲教師がいると仮定した研究所へと足を踏み入れた。
 そこに広がっていたのは、教会の聖堂のような、天井の高い部屋。
 ステンドグラスの代わりに壁際に並んでいる円筒形の水槽。
 それぞれ直径一メートル、高さ二メートル弱のところ。それらが左右に合計二十ほど配置されている。

 水槽の中には、濁った琥珀色の液体。
 そこはただの実験室。廃棄された人工生命体(ホムンクルス)の調整槽。

「これが……人工生命体(ホムンクルス)……だと? こんなものが……か!?」

 水槽を見上げ、古城は怒りをあらわにする。
 琥珀色の液体の中に漂ってるのは、子犬ほどの奇妙な生物。どの姿は、伝説の魔獣やあるいは美しい妖精のようなもの。

「先輩……?」

 激しい怒りの表情に雪菜が驚きの表情を浮かべる。その理由を尋ねようとして、雪菜は何者かの気配に銀色の槍を構える。

 小柄な影。藍色の髪の少女。無表情で雪菜見つめるアスタルテと呼ばれていた、人工生命体(ホムンクルス)の少女だった。

「あいつは……」

 アスタルテの存在に古城も気づく。

「先輩は見てはダメです!」

「え? いや、だけど……」

「見てはダメです。こちらを向かないでください!」

「姫柊? いったいなにを......?」

 アスタルテは、透き通るような肌の白さ。水槽から出てきたばかりなのか透明な液体が滴り落ちている。
 彼女が身につけているのは、手術着のような薄い布きれのみ。その布もぐっしょりと濡れており彼女の肌にぴったりと張り付いている。

「先輩……」

 呆然とアスタルテを凝視し続ける古城。

「いや、違う……そうじゃないんだ、姫柊」

「なにが違うんですか、もう……本当にいやらしい」

 雪菜が怒ったようにそっぽに向く。
 しかし古城は、アスタルテの肌から視線を逸らさずにいた。透けるように白い肌に、虹色の影が揺らぐ。

「……警告します(ウォーニン)、ただちにここから退去してください」

「え?」

 少し予想外だった彼女の言葉に、古城は驚く。
 アスタルテは淡々と繰り返す。

「この島は、間もなく沈みます。その前に逃げてください。なるべく、遠くへ……」

「島が……沈む!? どういう意味だ……!?」

「“この島は、龍脈の交差する南海に浮かぶ儚き仮初めの大地。要を失えば滅びるのみ”……」

「え?」

 アスタルテが淡々と話言葉の意味が飲み込めずにいる二人。
 そしてその背後に、ゆらり、と大柄の影が現れる。
 荘厳な法衣と装甲強化服をまとった巨漢。ロタリンギア殲教師ルードルフ・オイスタッハだ。

「──然様。我らの望みは、要として祀られし不朽の至宝。そして今や、どの宿願を叶える力を得ました。獅子王機関の剣巫よ、貴方のおかげです」

 身構える雪菜に、半月斧(バルディッシュ)の刃を向けながら告げる。
 動揺する雪菜より先に古城が答える。

「力を得た……だと……? それはもしかして、その子の体内に埋めこんだやつのことか?」

「先輩?」

 怒りを圧し殺した古城の声に再び動揺する。
 雪菜の前に出る怒りを現にした古城。

「気付きましたか。さすがは第四真相と言っておきましょう。しかしもはや貴方といえども私たちの敵ではありません。我らの前に障害はなし」

「っざけんなっ──!」

 静寂の研究所に古城の声が空気を震わす。

「オッサン、てめぇ、その子に眷獣を植え付けやがったな──!」

「えっ……!?」

 古城の怒声に雪菜は、アスタルテの左右に置かれた、培養槽内に浮かぶ奇妙な生物に目を向ける。
 それは、人工の生命体に眷獣を寄生させた姿ではないか───

「いかにもそのとおり」

 オイスタッハは当たり前と言うように告げる。

「自らの血の中に、眷属たる獣を従え得るのは吸血鬼のみ。ですが私は、捕獲した孵化前の眷獣を寄生させることによって、眷獣を宿した人工生命体(ホムンクルス)を生み出すことに成功したのです──成功例は、そこにいるアスタルテだけですが」

「黙れっ!」

 古城が、言葉を遮り怒鳴る。

「どうして吸血鬼以外に眷獣を使役できる魔族がいないのか、あんたも知らないわけじゃないんだろうが!? わかっててそんなことをやったのか──!?」

「もちろんですとも。眷獣は実体化する際に、凄まじい勢いで宿主の生命を喰らう。それを飼い慣らせるのは、無限の”負”の生命力を持つ吸血鬼だけだと言いたいのでしょう?」

「だったら、その子は──」

「ロドダクテュロスを宿している限り、残りの寿命はそう長くはないでしょう。持ってせいぜい二週間といったところでしょうか。これでも倒した魔族を喰らって、ずいぶん引き延ばしたのですがね……しかし私たちが目的を果たすためには十分です」

 オイスタッハの罪悪感もない口調に古城は、言葉をなくす。
 代わりに雪菜が口を開く。

「魔族を……喰ったって……まさか、この島で魔族を襲っていたのは……」

「そう。ひとつは、彼らの魔力を眷獣の生き餌にするためでした。そしてもうひとつの理由は、アスタルテに刻印した術式を完成させるために……獅子王機関の剣巫よ、その槍を持つ貴方との戦いは、素晴らしく貴重なサンプルになりました」

「そんなことの……そんなことのためだけに、その子を育てていたんですか、あなたは──!? まるで彼女を道具みたいに!」

 怒りをあらわにした雪菜をオイスタッハは愉快に眺める。

「なぜ憤るのですか、剣巫よ? 貴方もまた獅子王機関によって育てられた道具ではありませんか?」

「……それはっ……!」

「不要な赤子を金で買取って、ただひたすらに魔族に対抗すりための技術を仕込む。そして戦場に送り出す。まるで使い捨ての道具のように──それが獅子王機関のやり口なのでしょう? 剣巫よ、その歳で、それほどの攻魔の術を手に入れるために、貴方はなにを犠牲に捧げたのです?」

 オイスタッハの言葉に雪菜が凍りつく。

「黙れよ、オッサン……」

 古城が雪菜を庇うように呟いた。

「道具として作り出したものを道具として使う私と、神の祝福を受けて生まれた人を道具に貶める貴方たち。いずれが罪深き存在でしょうか?」

「黙れといってんだろうが、腐れ僧侶が──!」

 咆哮する古城の全身を、青白い稲妻が包み込む。握りしめた右の拳が、雷光を放っている。それは魔力の塊にして、眷獣の魔力の一部を実体化させたものだ。

「先輩……!?」

 戦斧を構えたオイスタッハが、少し顔を歪める。

「ほう。眷獣の魔力が、宿主の怒りに呼応しているのですか……これが第四真祖の力。いいでしょう──アスタルテ! 彼らに慈悲を」

「──命令受諾(アクセプト)

 殲教師の命令に従って、人工生命体(ホムンクルス)の少女が立ちはだかる。
 小さな身体から。虹色に輝く半透明の巨大な眷獣が揺らめく。今はもはや腕だけでなく、ほぼ全身が出現している。それは体長四、五メートルほどの巨人。
 宿主である少女を身体の中に取り込んで、人型の眷獣が咆哮する。

「てめえも大人しく従ってんじゃねえェ──ッ!」

 雷撃をまとった拳が、ゴーレムへと殴りかかる。

「ダメです、先輩!」

 その光景を目にした瞬間、雪菜は思わず叫んだ。
 次の瞬間、古城が閃光に包まれ吹き飛ぶ。

「ぐ……あっ!」

 古城がアスタルテの眷獣を殴りつけた。それなのに飛ばされたのは、逆に古城。

 倒れた古城の全身が、白い蒸気と、肉の焼けるような臭い。
 まるで雷に打たれたような──古城自身の魔力が逆流したかのように。

「先輩っ!」

 倒れた古城を庇うように、雪菜が槍を構えてアスタルテへと突撃。
 銀色の穂先が青白い閃光に包まれる。
 真相の眷獣をも滅ぼし得る、降魔の聖光。いかなる魔族の権能をもってしても、この槍の一撃は防げない。防げない──はずだった。

「雪霞狼が……止められた!?」

 槍から伝わる異様な手応え。
 雪霞狼の刃がアスタルテを包み込む人型の眷獣にわずかに触れたところで止まっていた。あらゆる魔族の結界を貫くはずの槍が、完全に動きを止められている。
 前回の戦闘でも似たような手応えを感じた。
 アスタルテの眷獣“薔薇の指先(ロドダクテュロス)”の表面が、雪霞狼と同じ光に包まれている。

「共鳴……!? この能力は……!」

「そうです、剣巫よ。魔力を無効化し、あらゆる結界を切り裂く“神格振動波駆動術式(D O E)”──世界で唯一、獅子王機関が実用化に成功していた、対魔族戦闘の切り札です。貴方の戦闘データを参考にして、ようやく完成させることができました」

 雪菜は激しい動揺しながら、アスタルテの反撃をかろうじて凌ぎ続ける。

「そんな……わたしのせいで……」

 戦意を失った雪菜は、完全にアスタルテに圧倒される。
 未完成とはいえ、第四真祖、暁古城の魔力を弾き返せるほど。

 虚ろな表情を浮かべる雪菜の前で、オイスタッハが戦斧を掲げる。

「さらばだ、娘。獅子王機関の憐れな傀儡よ──せめて魔族ではなく、人である我が手にかかって死になさい」

「……っ!」

 殲教師の攻撃に気づくのが遅れた雪菜。反応したときには、分厚い戦斧の刃がすでに眼の前に。
 攻撃を交わすことも受け止めることも不可能だと悟り、雪菜は覚悟を決める。衝撃が雪菜の身体を襲い、生温かい血が雪菜の全身を紅く染める。
 だが、予想していた苦痛が襲ってこない。
 代わりに雪菜が感じたのは、全身を包み込むような温もりと、柔らかな重さだった。

「かはっ……!」

 雪菜の耳元で、古城が小さく咳き込んだ。その口から大量の鮮血。
 アスタルテとの戦闘で重傷を負っていた古城が、雪菜を庇って彼女を突き飛ばし、代わりに戦斧を受けた。

「せ……先輩……!?」

 倒れこむ古城を支えて、雪菜が声を震わせる。
 古城の身体が異様に軽い。必死に抱きとめようとする雪菜の腕から、ちぎれた胴体が滑り落ちていく。分厚い戦斧の一撃は、古城の背骨と肋骨を砕き、胴体を細かく肉片に変える。

 吸血鬼は不老不死。だが、殱教師の一撃によって、その能力の根源である心臓は潰され、魔力の拠り所たる血は虚しく流れ落ちる。

「先輩……どうして……そんな……いや……ああああああああっ……!」

 雪菜の手の中から、槍が落ちた。首だけとなった古城を、両手で必死で抱きしめる。しかし古城の返事はない。
 オイスタッハは、その光景を無表情に眺めて、戦斧を下ろした。と、思ったが再び、殱教師は斧を構える。

 何も考えられない状況の雪菜の肩に手を置き、オイスタッハを睨みつける少年。

「大丈夫だ、姫柊。……その古城(バカ)はその程度じゃ死なねぇよ」

 雪菜は、古城の血で汚れ、涙を浮かべる顔を肩に手を置く少年に向ける。
 その少年は、古城と一緒にいたクラスメイト、緒河彩斗がオイスタッハを怒りに満ちたというよりは、殺意に満ちた視線で睨みつけている。 
 

 
後書き
次かその次で聖者の右腕篇は終わらせる気でいます。 
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