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俺達のロカビリーナイト

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第一章


第一章

                          俺達のロカビリーナイト
 この街に戻ってきたのは何年ぶりなんだろうか。俺は道を歩きながらふと思った。
「あの時はあいつ等がいたな」
 もう気の遠くなるような昔だ。といってもこの街を出てからまだ数年しか経っちゃいない。それでも俺にとっては気の遠くなる程の昔だった。
 俺がこの街を出たのは大きくなる為だった。夢があった。けれどまだその夢を掴めちゃいなかった。
 半端なままだった。生きていけることは生きていけるがそれだけだった。俺はそんなの望んじゃいなかった。大きくなれるか、野垂れ死にするか。二つに一つしかなかった。けれどどちらにもなれなくて今こうして飛び出た筈の街に戻ってきた。何処までも半端なままだった。
 数年の間に街は変わった様に見えた。やけに寂れている。風が吹いているがそれがやけに寒い。それだけはあの頃と変わりはしなかった。
「あいつ等がいないだけか」 
 俺は呟いた。あの時一緒だった仲間達はもうこの街には一人もいない。俺が戻ってきたことですら知っている奴はいないだろう。この街で生まれ育ったってのに今の俺にとってこの街は何もない街だった。
 黒い革ジャンから煙草を取り出す。そしてそれを口に咥えて火を点ける。煙をふかしてもあるのは只空しさだけだった。本当に何もなかった。
「あそこに行くか」
 俺はふとこう思った。昔の馴染みの店だ。あそこに行けば気分も変わるかも知れないと思った。
 冷たいアスファルトにコンクリートの橋。その上には電車が通っている。トンネルの壁には俺と仲間達がスプレーで書いた落書きがまだ残っていた。
「あの落書きもまだあるかな」
 俺はその懐かしい落書きを見てふと思った。すると耳に何かが聞こえてきたように思えてきた。誰かが指を鳴らす音だった。それはやけに俺の耳に訴えてきた。不思議なものだった。

 パチン、パチン、パチン

 その指を鳴らす音を聞きながら俺はその店に向かった。一瞬まだ開いているかと思ったが大丈夫だった。かなり寂れてはいるがまだやっていた。
 中に入る。誰もいなかった。俺が通っていた時よりもまだ寂れていた。やっているのが不思議な位だった。
「いらっしゃい」
 バイトだろうか。高校生位の赤い髪のガキがカウンターにいた。店の人間もどうやらその娘だけのようだった。
「マスターは?」
 俺はそのバイトに尋ねた。
「今病気で。入院してるんです」
「病気か」
「ええ。ちょっと」
 どうもあまりよくない病気らしい。それはこの娘の様子でわかった。
「もう少ししたら退院すると思いますけど」
「そうか、ならいいんだけれどな」
 俺はその言葉を信じるふりをした。あくまでふりだ。実際にマスターがどういった状況か、今のこの娘の様子でわかった。俺はそれに応えながらカウンターの席に座った。
「コーヒーくれないか。ブラックでな」
「わかりました」
 赤い髪の娘はそれに頷くと暗い店の中でコーヒーを入れはじめた。そして俺の前にブラックを出してくれた。
 飲んでみる。意外と美味かった。あのマスターの味そのままだった。
「美味いね、これ」
「有り難うございます」
 俺に褒められたのが嬉しかったらしい。女の子はにこやかに笑って応えてきた。
「マスターに教えてもらったんですよ、色々」
「へえ」
「コーヒーの入れ方もお菓子の作り方も。それでお店を任されてるんですけれど」
「どうだい、調子は」
「よくないです。何かマスター自身に人気があったお店らしくて」
「だろうね」
 俺はその言葉に頷いた。ここのマスターはいい人だった。俺みたいな札付きの不良が店に来ても温かい顔で迎えてくれた程だった。ここに来たのはそのマスターに会いにきたのもその理由の一つだった。
 だがそのマスターはいなかった。それだけでこの店に来た理由が半分意味がなくなったがそれでもそのマスターのコーヒーは飲めた。それだけでも満足することにした。
「ここのマスターのコーヒーはいいでしょ」
「ええ。私もここで飲んでバイトはじめたんです」
 女の子はまた応えた。
「あんまり美味しかったから。それで今は留守まで預かって。けれど」
「大丈夫だよ」
 これは本音だった。
「これだけのコーヒーが出せるんだから。店は潰れないよ」
「そうでしょうか」
「安心していいよ。この店の売りはマスターだけじゃないから」
 俺は言った。
「このコーヒーだってそうなんだ。それが出せたら心配はいらないさ」
「わかりました。それじゃ」
「もう一杯おかわり」
「はい」
 俺はもう一杯注文した。女の子がそれを受けてコーヒーを作っている間に店の中を見回した。寂れてはいるがあの時のままだった。そしてカウンターの奥を見た。俺はその店の中であるものを探していた。
 それはあった。一枚の写真だった。マスターはまだとって置いてくれていた。
「お待たせしました」
 女の子はお代わりのコーヒーを出してくれた。俺はその娘にコーヒーの他にもう一つ注文することにした。
「あの」
「はい」
「そこにある写真とってくれないかな」
「写真?」
「ほら、そこにあるよね」
 俺は写真の方を指差して言った。
「えっと」
「そこにある写真。悪いけどこっちに持ってきて」
「わかりました。それじゃ」
 女の子は素直にその写真を持って来てくれた。見ればうっすらと埃がかかっていた。それを見て本当にもう昔のことなんだと思わずにいられなかった。
 指でその埃を拭う。するとそこにはあの時の俺がいた。何かやけに上機嫌に笑っていた。
 俺だけじゃなかった。仲間達もいた。皆笑っている。そしてあいつも。そこには俺の青春があった。
 コーヒーを一口飲んだ後煙草の火を点ける。不意に俺の世界があの中に戻っていった。
 あの時俺はしがない不良だった。いつもつっぱっていて何も面白いことはなかった。
 日がな一日学校でも街でもブラブラしていた。先公も俺を見放していたし誰も何も言わなかった。俺は自分が何をしたいのかもわからねえで一日荒れて暮らしていた。そんな時だった。

 
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