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Cherie

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第二章


第二章

「じゃあ僕は」
 そしてバーテンに注文する。
「パラダイス=カクテルね」
「わかったわ」
 同じジンをベースにしたカクテルだ。ただクローバーがライムジュースなのに対してパラダイスはオレンジとアプリコット=ブランデーが入っている。同じジンをベースにしていても味が結構違っているのだ。
「お待ちどう様」
 暫くして二つのカクテルがそっと差し出された。僕達はワイングラスを手に取ってそれを打ち合わせた。それからカクテルに口をつけた。
「どう?」
「何か」
 君は不思議なものを味わう顔をして答えてきたのを覚えている。
「飲みやすい。不思議に」
「そうだろ?カクテルってそうなんだよ」
 僕はにこやかに笑ってそれに答えた。
「飲みやすいんだ」
「そうなの」
「そうだよ。じゃあまだ飲むよね」
「ええ。じゃあ次は」
 それに応えて言ってきた。
 それから僕達は朝まで飲んだ。夜明けまでその店だけじゃなく他の店にも入った。気がつくともう夜明け前だった。
「飲んだわね」
「そうだね」
 僕はそう言葉を返した。
「いや、今日は楽しかったよ」
 久し振りだった。だから本当に楽しんだ。
「ねえ」
 その時君は僕に声をかけてきた。
「一つ聞きたいことがあるのだけれど」
「何?」
「恋人・・・・・・いるの?」
 じっと僕の目を見詰めて声をかけてきた。その目があまりにも綺麗だった。それで僕はつい言ってはならないことを言ってしまった。それが全ての間違いだった。
「どうなの?」
「いや」
 ここで間に合った筈だった。しかし僕はそれを振り払った。そして言ってしまった。
「いや、いないよ」
「そうなの」
「うん」
 こくりと頷いた。けれどそれはそれは偽りの頷きだった。
 僕は結婚している。今もだ。そしてこの時僕は一人目の子供がもうすぐ産まれようとしていた。それで妻は実家に帰っていたのだ。そんな時だった。一人で羽を伸ばして楽しんでいたのだ。その中での嘘だった。
「それじゃあ」
「どうするの?」
「朝まで飲んだし」
 俯いて言ってきた。
「よかったら」
 そして。
「付き合わないかしら」
「そうだね」
 嘘を隠して頷いた。僕は卑怯だった。
「よかったら」
「ええ」
 そのまま抱き合い短いキスをした。それがはじまりだった。
 淡い恋がはじまった。彼女にとっては何も隠すことのない、僕にとっては偽りの。けれどそれは本当の恋だった。
 付き合いだしてからすぐだった。君は僕に声をかけてくれた。
「いい場所見つけたわよ」
「どんな場所?」
「あのね」
 僕達はこの時晴れた公園にいた。そこで楽しい憩いの時を過ごしていたのだ。眩しい日差しと緑の草原が実に気持ちよかった。
「ここからすぐに行ったところだけれど」
「うん」
「噴水があるのよ」
「噴水?」
「そうよ。けれど只の噴水じゃないのよ」
 君は笑顔で述べてきた。明るい笑顔を今でも覚えている。
「そこから街中が見えて。凄い見晴らしがいいのよ」
「よさそうだね、それって」
「そうでしょ?だから」
 彼女は僕に言ってきたのだ。
「今から一緒にね。どう?」
「うん、いいね」
 まるで学生時代の恋のようにその言葉に頷いた。
「それじゃあ今からね」
「ええ、こっちよ」
 すぐ後ろを指差した。そこには山があった。
「あそこを登って頂上なの」
「そこか」
「そうよ。山って言ってもそんなに高くないし」
「いいね、それって」
「だからよ」
 僕を誘ってきたのだ。
「行きましょう」
「うん」
 それを受けて僕は立ち上がった。そして彼女も。
「それじゃあ」
「ええ」
 そのまま噴水のところに向かう。丘の上にそれはあった。
 白いコンクリートで舗装された足元に周りは緑で覆われていた。そこに噴水がある。
「どう、ここ」
 彼女は僕に顔を向けて問うてきた。
「綺麗でしょ」
「うん、凄くいいよ」
 僕はその言葉に頷く。まるで別世界のように感じられた。
 ふと噴水に目をやる、するとそこには虹が浮かび出ていた。小さいけれどそれは立派な虹だった。それが僕の目に入ってきた。
「ねえ、これ」
「ええ」
 君は僕の言葉に顔を向けてくれた。そして虹を一緒に見る。
「綺麗ね」
「そうよね。この景色もいいでしょ」
「うん、凄くね」
 彼女の言葉に頷く。街が全部見える。こんなに綺麗な街だとは思わなかった。
「また来ない?」
 彼女は僕に声をかけてきた。街を見ながら。
「また」
「そうだな。また」
 僕もそれに頷く。それもいいかも知れないと感じた。
「一緒にね」
「そう、また一緒に」
 彼女はにこりと微笑んでくれた。すぐにまたここに二人で仲良く、そして楽しい気持ちで来るつもりだった。けれどそれは適わなかった。
 
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