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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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五 砂上の少年

第二試験開始から五十分ほど経った頃。試験会場である森を軽快に駆ける三つの影があった。


木の葉の模様が施された額宛が、密林の枝葉の間から洩れる陽光にてキラリと光る。
「おい!二人とも止まれ」
子犬と共に筆頭を走っていた少年――犬塚キバがくんっと鼻を動かした。突然掛けられたその言葉に従い、後ろを走っていた二人は素直に足を止める。
「ヒナタ!あっちの方角一㎞先、見えるか?」
「う、うん…。見てみる…」
一般人より嗅覚が格段に鋭い彼の言葉に従い、気弱そうな少女――日向ヒナタが瞳を大きく見開いた。
木の葉の名門・日向一族に伝わる血継限界――白眼。その特異な瞳術で遙か先、それこそ一㎞先を見た彼女はおずおずと口を開く。
「あ…あっちで誰かが戦ってる…」
「よっしゃあ!見に行くぜ!」
ヒナタの言葉を聞くなりその戦いを見に行こうとするキバ。勢いに乗って今にも駆け出そうとする彼を、もう一人の無口な少年――油女シノが抑揚の無い声で窘める。
「キバ、何を言ってる?それは駄目だ」
「試験官は『天地』一組の巻物を持ってこいって言っただけだ。それ以上奪うな、とは言ってないぜ。ここで俺達が余分に頂けば、その分他のチームが脱落するわけだろぉ…まずは様子を見るだけだ。ヤバけりゃ無理に闘いはしないって!」

自信ありげに言い切るキバの意見に促され、彼らは一㎞先の場所へ向かった―――――――後に後悔するとも知らず。











宣言通りに血の雨を降らせた赤毛の少年が不満げな顔で周囲を見渡す。彼が背負う大きな瓢箪からはしゅるしゅると大量の砂がまるで生き物のように空を舞っていた。

つい先ほどまでこの場には六人の人間がいた。しかしながら今立っているのは瓢箪を背負うその少年と、彼と姉兄らしき二人だけ。その理由は地面に広がる赤い泉が物語っていた。
先ほどまで生きていた雨隠れの男達は皆跡形も無く、あるのは地に広がる血飛沫のみ。
血の海にぽつんと落ちている巻物を、歌舞伎のような姿の少年が拾う。巻物を手に、その少年――カンクロウは、赤毛の少年――我愛羅に声を掛けた。
「都合よく『天の書』じゃん。よしこのまま塔へ行くぞ」
「……黙れ」
しかし兄である彼の言葉など聞く耳を持たず、我愛羅は表情を険しくさせる。
「まだ…物足りないんだよ…」
そう言い放つと彼は傍の茂みに視線を投げた。



(ヤ…ヤバイ…気づかれたか…?)

視線の先、茂みに隠れているのは三人の木ノ葉の下忍―――犬塚キバ・日向ヒナタ・油女シノ。
一㎞先である目的の場所にて身を顰めた彼らは戦いの様子を戦々恐々と窺っていた。そして目にしてしまったのだ。我愛羅が、たった一人で雨隠れの下忍三人を何の躊躇も無く殺したその様を。

砂の柩で捕らえた雨隠れの下忍を砂の圧力で押し潰す。潰された相手はまるで花火を打ち上げたように真っ赤な花を咲かせた。
今まさに起こった殺戮を見てしまった三人の木ノ葉の忍びは、どくどくと動悸する心臓の音を更に激しくさせる。

ゆっくりとこちらへ歩みを進める我愛羅。
彼から一刻も早く離れなければ、と脳裏では理解しつつも恐怖により硬直してしまった三人。
逃げなければ逃げなければと焦燥感ばかりが募る彼らの耳に、第三者の声が割って入ってきた。


「待て」


我愛羅の背後から涼しげな声が掛けられた。茂みからゆっくりと現れたのは、薄手の白い着物を着こなした白髪の少年。
「お前は……」
訝しげに眉根を寄せる我愛羅に代わり、彼の姉であるテマリが目を丸くする。
音も無く静かに我愛羅達の傍までやって来た白髪の少年は音隠れの忍び――君麻呂だった。


「あまり無闇に殺戮するな。砂隠れ」
血の海と化しているこの場を見ても泰然自若な態度を崩さず、彼は我愛羅に咎めるような言葉を投げる。
「…俺に…指図するな」
君麻呂の態度に気を悪くした我愛羅は目を細めた。静まり掛けていた砂が再びザワザワと宙を舞い始める。
「おいおい、我愛羅。音はまずいって」
「我愛羅!」
ぎょっと身体を強張らせたカンクロウとテマリが慌てて諫めるが、我愛羅は射殺すような視線で彼を睨み続けた。茂みにて身を潜めている木の葉の下忍達は皆、今にも戦闘が始まりそうな成り行きに戦慄する。
そんな中で、君麻呂はやれやれといった風情で肩を竦めた。
「あの方の仰った通り、君は情緒不安定だね。呆れるよ」
「なんだと……」
「あの方…?」
熱り立つ弟に怯えながらも、カンクロウとテマリは君麻呂の言葉に疑問を抱く。彼らの眼には、その言葉を口にした際に君麻呂の表情が若干やわらかくなったかのように映った。けれど直後に彼はまるで能面のような感情の窺えない無表情で話し出す。
「君達には関係ない。巻物が揃ったのなら早く行け」
有無を言わせない君麻呂の言葉に、我愛羅の堪忍袋の緒が切れた。

「貴ッ様ァ!!」
砂が君麻呂の足に絡みつく。それを見たカンクロウとテマリから血の気が引いた。
「やめろ、我愛羅!!」
姉兄の制止の声を振り切り、我愛羅は先ほど雨隠れの下忍三人を殺したものと同じ忍術を発動させる。


「【砂縛柩】……―――――【砂瀑送葬】!!」





しかしながら真っ赤な花火や血の雨を降らせた雨隠れの時とは反して、今度は何も起こらなかった。砂の柩には誰も入っていなかったのだ。
「なに!?」
テマリとカンクロウ、そして術を発動させた本人までも驚くなか、涼しげな声が辺りに響く。

「僕には勝てないよ、砂瀑の我愛羅」

何時の間にか我愛羅の後ろに立っていた君麻呂が見下したように笑っていた。


「砂隠れ。さっさと行け。二度は言わない」
「我愛羅……行こう」
姉と兄に促され、我愛羅はしぶしぶ砂を瓢箪の中に戻す。憎々しげに君麻呂を睨みつけたまま、彼は塔に向かって歩き出した。





我愛羅達の後ろ姿を見送った君麻呂は傍の茂みに目を向ける。今までじっと息を潜めてきたキバ達は彼の気配に神経を尖らせた。
人をあっさり殺した我愛羅の術を、これまたあっさりかわし平然とする君麻呂の存在に緊張する。

(砂隠れも…音隠れも…ヤバイ…)
つうっとキバの顎を汗がつたっていく。手にじわりと嫌な汗が滲んだ。
(どうするどうするどうする……っ)
もしここで襲われたら殺されるかもしれない。そもそも戦いを見に行こうと言い出したのは自分である。自分が囮になって二人を逃がすか?けれど三人とも全滅する可能性もある…と恐怖に駆られるキバの葛藤は無駄に終わった。

なぜなら君麻呂は何をするでもなく、キバ達がいる茂みから離れて行ったからだ。完全に気配が消えた事に安堵した彼らはほっと息をつく。
「音隠れの奴に…助けられたな…」
ぼそりとシノが呟いた。同じ心境なのか、キバとヒナタもその言葉に頷く。

「とにかく…何モンかは知らねえが、砂隠れと音隠れ……コイツらはヤバイな…」
キバの切実な言葉が木立の中で空しく響いた。














試験開始から二日目の早朝。

大蛇丸と別れたナルトは生い茂る木々の中を上忍ましてや下忍には到底視界に捉えることの出来ない速度で走っていた。
(大蛇丸は確か……イタチの弟に呪印をつけたと言っていたな)
先ほどのアンコと大蛇丸の会話から大蛇丸の意図を読んだナルトは、イタチの弟―うちはサスケがいる木ノ葉の第七班を探していた。

ナルトは今回大蛇丸が企てている計画の内容を聞いていない。
当の大蛇丸もナルトがまさかこの計画に参加するとは思っていなかったらしい。
大蛇丸にとってナルトは、味方につけばかなりの戦力になるが同時に最も敵に回したくない人物である。そのためあちらこちらに飛び回る彼とつかず離れずの態度をとっているのだ。計画もナルトが加われば楽に事が進むのだが、計画の進み具合でいつ彼が敵に回るか読めないと判断した大蛇丸は計画の一切をナルトに知らせなかった。
しかし計画の事を耳にしたナルトは大蛇丸に無断で君麻呂と多由也を携えて中忍試験に赴いた。

草忍に扮している大蛇丸が驚愕の表情を一瞬浮かべていたのを思い出して、ナルトはくくっと喉の奥で笑う。思い出し笑いをしながらも走る速度が一向に衰えないのは流石といえるだろう。


「ん?」

ふと緑豊かな森には似つかわしくない赤が視界に入り、ナルトは速度を落とした。前方の幹を蹴って空中で後転し、巨木の枝に危うげなく着地する。
前方の木の枝上に誰かが倒れている。その人物の赤髪を見てナルトは思わず呟いた。
「多由也…?…―いや違う」
下忍の少女が気絶している。なんとも曖昧な体勢で彼女は枝の端に倒れていた。少女の全体重を支えるには細い枝では難しいらしく、今にも折れそうである。

その時突風が吹いて少女の身体がグラリと傾いた。

「チッ」
ナルトは舌打ちすると少女の身体を抱き止めた。
(木ノ葉の忍びでも音忍でもないな…砂忍にも女がいたがあれよりは幼いか…)
考え事をしながら後ろ手にクナイを投げる。ザクリと何かが貫通する音が響いた。
(とりあえずコイツを下に降ろすか)
そう結論付けてナルトは少女を横抱きにしながら跳び降りる。


彼の立ち去った木の幹には、大きなムカデが一匹縫い付けられていた。







赤髪の少女――香燐は誰かに抱き止められた衝撃により意識を取り戻した。自身を抱える相手の存在を確認しようと薄く目を開ける。


そして彼女は恋に落ちた。


端整な顔立ちに、突き抜ける空に似た蒼い瞳。そしてまるでどこかの王子のように風に靡く美しい金髪。
自身を助けた男の、全てが眩しく感じられる。更に、背後から襲い掛かろうとしていた大ムカデを見向きもせずにクナイ一本で仕留めた彼の手際に益々惚れた。


男の事を知りたいと、気絶しているふりをしてこの状況に甘んじる香燐。彼女はある意味、うちはサスケに盲目的な春野サクラと似通っていた。
 
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