渦巻く滄海 紅き空 【上】
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一 嵐の前の静けさ
―――深い霧が立ち籠もる湖畔。
不気味でありながら神秘的にも思える場所―――。
己以外で人の気配が感じられないと、白は濃霧の中で白い息を吐き出した。
「寒いか」
唐突に澄んだ声が響き、同時に彼の気配を読みとれた白は心の底から安堵した。
「大丈夫です。それで…今回の仕事はなんでしょうか」
未だ姿をみせない声の持ち主に、白は敬愛の念を抱きながら問いかける。
「再不斬と共にガトーの用心棒として雇われろ」
「それは……ッ、あなたらしくない仕事内容ですね…」
白と再不斬は仕事仲間だ。もっとも彼に最初に出会ったのは、白が先だった。そのため白は再不斬以上に、彼を敬愛し必要としていた。
「ガトーはどうでもいい。問題は対立相手のことだ。ガトーが今居座っている波の国は海運を奴に独占され、非常に貧しい。そのため波の国民たちは、国境を越える橋を完成させることに躍起になっている。一方、ガトーはヤクザや忍びを雇って力尽くで橋の建設を妨害している。…そろそろ、その橋造りに最も力を入れているタズナという男が、橋を完成させるまでの護衛をほかの忍びに依頼するだろう。波の国と同盟を結んでいるのは火の国…。火の国での忍びといえば、木ノ葉の里だ。よってガトーに雇われれば、木ノ葉の忍びと対立するのは必然。……お前たちには相手の力量を見極めるために、木ノ葉の忍びと闘ってもらいたい」
「…………あなたには未来が視えるのですか……?」
一気に言われた内容に、白は目を丸くする。
「違うな」
霧の中で、クスリと笑う気配だけがした。
「世界の先を読んでいるんだよ」
波の国での一件――白と再不斬との対立は第七班の下忍たちに変化を齎していた。
七班担当上忍のカカシは生徒たちの成長に目を細めながらも、白が言っていたあのことばがずっと気にかかっていた。
「僕はあの人の道具です。あの人はお優しい方なので、僕を過小評価するなと仰ってくださるけれど…。僕はあの人のためならなんでもします。あの人の力になることが…僕の生き甲斐なんです……」
白が言った『あの人』。ガトーではないだろうし、傍にいた再不斬のことだろうか?しかし傍にいる者をわざわざあの人などと呼ぶだろうか。白と再不斬が死んだ今、確かめようがないのだが…。
思考の渦に巻き込まれていたカカシは、すぐに現実へと引き戻された。
己を呼ぶ金髪少女の明るい声によって。
「カカシセンセー!」
たんぽぽの綿毛のような金髪と真っ青な空を思わせる碧眼。
両頬にある髭のような三本の痣。
そして、己の師であった四代目火影とそっくりの面影。
波風ナル。七班のドタバタ忍者である。
ぴょんこぴょんこ跳ねる彼女に合わせて、ツインテールで結ばれた見事な金髪がゆらゆら揺れる。
その隣には七班員でありナルの友人でもある、桃色の髪の少女・春野サクラ。
同じく同班の、憮然とした態度を常に崩さない黒髪の少年・うちはサスケ。
カカシは目を細めながら、己の教え子たちのもとへ歩みを進めた。
中忍試験の志願書を手渡すために。
五大国の一国、火の国。
各国にある忍の隠れ里の中でも木ノ葉隠れの里は中心に位置している。
崖に彫られた歴代火影の彫刻が、落陽に赤く染まる街並みを見下ろしていた。
鴉の声が滲み渡るほどの静寂が木ノ葉の里を包み込む。
しかしながらその静寂は、街角の一角で起こった小さなイザコザによって破られた。
イザコザとは、曲がり角から飛び出した小さな男の子が通行人の少女にぶつかったという、ほんの小さなこと。
しかし、男の子も少女も実に大人気なく礼儀知らずだったのが、些細なことを喧嘩に発展させていた。
「痛えだろーが、クソが」
鮮やかな赤い髪の少女がぶつかってきた男の子――木の葉丸を軽々と持ち上げ、鋭い瞳で睨みつける。
彼女の口からは、見た目に反して暴言が吐き出された。
「は、放すんだな、コレ!」
木の葉丸は少女の隣にいた白い髪の少年に助けを求めたが、彼は素知らぬ顔で佇んでいる。どうにか彼女から逃れようともがく彼を見て、桃色の髪の少女―春野サクラが慌ててその場を治めようとした。
「ちょっと!あなた達何やってるの!?」
「うっせーな、なんだこのクソ女」
舌打ちまじりで赤い髪の少女は木の葉丸を投げ捨てる。すると、それまで我関せずと沈黙を貫いていた白髪の少年が彼女に呼びかけた。
「そこまでにしておくんだな、多由也」
「テメエもうっせーぞ、君麻呂!」
薄手の白い着物を着こなした白髪の少年―君麻呂は、多由也と呼んだ少女の暴言に眉をひそめ、溜息をついた。
「――なんだよ」
「いや。君のような品のない奴と組むなんて、ナルト様のご命令でなければ願い下げだと思ってね」
「喧嘩売ってんのか、コラァ!ウチだってナルトの頼みじゃなかったらテメェなんかとチームにならねえよ!!」
「……君程度の実力で軽々しくナルト様を呼び捨てにするな」
「テメェこそ、自分だけがナルトを理解していると思ってたら大間違いだぞ、クソホモヤローが!!」
なんだか怪しくなる雲行きに、木の葉丸とサクラは呆気にとられている。その時、場違いとしか言いようのない明るい声がその場に響いた。
「木の葉丸、大丈夫だってば?」
「ナ、ナル姉ちゃん…」
たんぽぽの綿毛のような金髪をツインテールに結った少女がその場にいた。
内輪揉めをしていた多由也と君麻呂は、その声の主を目に映すと驚愕の表情を浮かべる。
その少女の容姿は、彼らが慕っている少年とあまりにも似通っていたのだ。
「ナ、ナルト様……?」
「ナ、……んなわけねーだろ。あいつは男だ。それにこんなバカ面じゃねぇ―」
「バ、バカ面ってなんだってばよ!」
木の葉丸を助け起こした金髪少女―波風ナルは、初対面に失礼なことをいう二人につっかかろうとした。
その時、ヒュッと飛来してきた小石が、ナルと多由也達の間にカツンと音をたてて跳ね返った。
「よそんちの里で何やってるんだ、てめーは」
傍の木の上から聞こえてきた声に、その場の者が一斉に見上げる。
木の枝には、小石を弄ぶように手の中で転がしている黒髪の少年の姿があった。
「失せろ」
「きゃー、さすがサスケ君かっこいい~!」
高圧的な態度をとる黒髪の少年―うちはサスケに、春野サクラは歓声を上げる。
(サスケ…こいつが?)
(大蛇丸様の器候補…)
器と必要以上に接触するのは現段階では早すぎる。
そう判断した二人は、「中忍試験会場に来れば、嫌でも顔を合わすことになる」といった言葉を残して、その場から消えた。
尤も、多由也と君麻呂がその場をすぐに離れた理由の大半は、傍の木の上で隠れている忍びの視線が煩わしかったからである。
「どう思う?」
着衣に『死』という不吉な文字を縫い付けてある男が、顔面を包帯で覆っている男に尋ねた。
「まあ…大した事無いけどさ…木ノ葉の忍びは…。それより多由也と君麻呂がいたことに驚きだよ…」
「あの人達が来るなんて聞いてないわよ」
長い黒髪の少女が眉を顰めながらそれに答える。
三人の額には、多由也と君麻呂と同じく『♪』の印が刻まれた額あてが締められていた。
「なんにせよ、中忍試験。楽しみだよ」
「――――――過小評価するな、と言った筈だ」
「すみません……」
鬱蒼とした森の中で、人の声が響く。
巨木に囲まれた大木の幹の上には、木陰と共に三つの人影が映っていた。
「大体、再不斬も再不斬だ。死ぬ一歩手前になるくらいなら命を優先しろって、前に俺言ったよな」
「…悪かった」
少年の批判の声に反論することもなく、大柄な男の影が身を縮ませる。
「で、でも、よくあの状況で僕たちを助けられましたね」
大柄な男―再不斬を見るに見かねて、一瞬女性かと見間違う端整な顔立ちの少年―白が間を取り持つ。
「ああ、簡単なことだよ。白が腹に穴空けられる寸前に、俺の影分身に変化させただけ。再不斬も同様。二人の死体も影分身だよ。ま、あんまりチャクラ練り込まなかったから、地中に埋められて二週間くらいしか保たないと思うけど」
(十分凄い(ですよ))
白と再不斬は心中同じことを思ったが、口には出さなかった。
彼の力は未知数だ。
「で、だ。もう二度と今回のような失態はするな。俺は簡単に命を犠牲にする奴は好きじゃないよ」
その言葉に、二人はビクリと身を震わせた。
空気を変えるため再不斬が慌てて口をはさんだ。
「そ、それで、今度はどういった内容だ?」
「……二人には中忍試験が始まるまで、この場で待機してもらおう」
「待機って、この『死の森』で、ですか?」
「ああ。事前に情報操作と細工を施しておいた。必ずこの森が第二試験会場となる。試験が始まったら動いてくれ」
「どのように?」
「その時になれば俺が指示する。それまではここで身をひそめておけ」
「はい」「わかった」
三つの人影は一瞬にして消え、後には静寂だけが残された。
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