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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第2章 『ネコは三月を』
  第32話 『だからこそ』





 彼女はあの言葉を聞いたその日から、今日までの数日間、今までの教訓を活かし、ある作業に取り組んでいた。必要な情報は集め、必要な品物は揃え、差し迫る時間を除けば必要なものは全て揃っている。


「……よし」


 ここから外は見えず時計だけが頼りで、それを見る限り、残り時間は5時間を切っていた。そこで彼女は残り時間ではないと首を振る。元々制限時間として5時間と決めていたのだ。それに考えるならば、


「あと、5時間もある」


 と、前向きに思考を切り替えることである。
 そうしなければ、これからのおよそ5時間を乗り切れないかもしれない。自分の周りには誰も居らず、自分の影を作り出している頭上の光だけが、孤独という恐怖を和らげている。
 怖いのであれば誰か呼べばいいのではないか? という疑問は、今の彼女にとっては考えてはいけないものの1つ。寧ろ、誰かに見つかることは気まずさを生んでしまい、明日の計画に支障をきたしてしまう。見回りの人には既に見つかってしまったが、理由を話せば快く引き下がってくれた。彼は仕事を全うしているだけなのだ。隠すことはできないし、彼女自身の行動はたとえ執務官であっても裁くことは出来ない。


「大丈夫」


 彼女は自分に言い聞かせ、初めになにをするか、その次は、と順序を確認して、深呼吸をした後、


「よし!」


 敵に立ち向かうかのごとく、それに手を出した。






 コタロウは早朝訓練の付き添いが終わり、フォワード全員揃って食堂へ向かう。朝食を摂るためにヴァイスと一緒に食事を用意し――彼は片腕しかないため、持ち運べる数に限りがある――2人揃って席に着いたとき、向こうから身なりはきちんとしていても、かつてのシャリオのようにふらふらと歩みを進める女性が目に入った。彼女を見かけた人たちは心配して声をかけると「大丈夫、だいじょうぶ」と手を振って気遣いに感謝していた。
 そして、彼女は自分の視界にその対象者が目に入ると、真っ直ぐにそちらに向かって、テーブルの前でぴたりと止まる。


「おはよう、ヴァイス君、コタロウさん」
「お、おはようございます……って、大丈夫ですかい? 眠れなかったんで?」
「おはようございます、シャマル主任医務官」


 シャマルは背筋を伸ばし、ぶつぶつを自分に何か言い聞かせるような言葉を吐き、一度頷いたあと、テーブルの上に布製の生地に包まれた箱をコタロウの前に置く。


「コタロウさん、これを……」
「こちらは?」


 彼は箱を見て、上目で彼女を覗き込むことのないよう、顎を上げて彼女を見る。ヴァイスはその箱の大きさ形状からある種の予想を立て、彼女が彼の質問に答える前にそれが何かを決定付けた。よほど間違った思考の持ち主でない限り、誰が見てもこれはアレであると。


(ここまでは想定内……決めたなら堂々としなくちゃ!)


 彼が上官に対し、目を合わさないことは以前から知っていたため、いくらか彼の顔を真剣に見れた。彼女は微笑むことはせず、意を決したように彼を見返す。


「お昼のお弁当を作りました!」
『……へ?』
「私にですか?」
「はい! 雪辱(リベンジ)です! 感想、お願いします!」
『…………』


 味見もしたので大丈夫です! と胸を張る彼女は、自分の料理が下手なのは、以前、コタロウから、


――『まずいです』


 と言われたときから自覚、あるいは再確認していた。
 そして、数日前に「……まずい」と彼の口から漏れたことで思い出し、『彼にそれだけは払拭させよう』と、もう一度自分の料理を食べてもらうと決意したのだ。
 食べてもらうのだから、六課にいるうちはこっそりはできない。彼女にとってはもう、『誰かに、コタロウのために弁当を作ったことが知れる』という羞恥より『コタロウに自分の料理がまずいと思われたまま』のほうが比重は高いのだ。
 (よこしま)で、下心(したごころ)があるというものではない。ただ、純粋に、感覚で言うなら『はやてや同じ守護騎士たちに食べてもらう』と同じ感覚だ。
「わかりました。では、昼食後に述べさせていただきます」
 だから、彼がそういうと心がすとんと落ちて、それだけで報われた気がした。緊張していたのは恥ずかしさではなく、断られたらどうしようという不安からだ。


『…………』


 だから、シャマルは彼のテーブルから離れるために後ろを向いたとき、皆がぽかんとしていることに狼狽したり、顔を上気させることはなかった。


「えーー!?」


 リインあたりが声を上げるのも想定内だ。
 最近はコタロウの性格に対して耐性が出てきたのか、声を上げて驚く人は少ない。


(……ん?)


 だが、はやてとフェイトからなにか妙な視線を送られたことに対しては、シャマルは首を傾げるしかなかった。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第32話 『だからこそ』






「それは何なんですか!」
「……ハムです」


 リインは今、コタロウが用意したハンカチの上に正座して、たしたしとそのハンカチを手でたたいている。一方、コタロウは彼女がこちらへ飛んできてぐいぐいと頬を押すので、ハンカチをテーブルに敷き、座ることを勧めたあと、彼女が声を上げたので自分がいま食べようとしたものを答えた。


「違います! これです、これ!」
「お弁当ですね」
「……ごちそうさまぁ」


 ヴァイスはひっそりと席をはずし、スバルたちの席へと移動するとコタロウたちには聴こえないよう声を小さくして話しかける。


「なぁ、コタロウさん、シャマルさんといつからあんな関係になったんだ?」
「関係がどうかと言われれば、多分何も変わってないかと……」


 スバルはサラダを食べ、ティアナたちに目線へ動かすと、周りはこくりと頷く。さらに、何故そのような理由に至ったかを話すと、ヴァイスは彼の性格はそこまでなのかと頭を悩ませた。


「するってェと、あれは本当にリベンジなのか」
「多分、お弁当自体が親しみのあらわれで、あれから何かっていうものはないと思います」
「というより、僕らも――」
「何かしたいと思います」


 おそらく、この課が少数精鋭だからだろうとヴァイスは思う。少数なりに親近感を持ちやすく、話をかけることが多い機動六課はコタロウを見過ごすことがないのだ。片腕がなく無口でとっつきにくい彼は別の課や部隊が見れば、無視されることが多かったのかもしれないが、ここでは以前ジャニカが言ったように、外見で人を見ず、偏見が少ない。
 それがコタロウを少しずつ変えているのだろう。いや、どちらかというと彼が六課の面々を変えているのかもしれない。
 自分も自覚はあるが、スバルたちからみても、彼とは家族のように親しくなりたいようである。


「どうしてお弁当なんですか?」
「それは私も分かりません。詳しい話はシャマル主任医務官にお伺いしたほうがよろしいのではないですか?」


 コタロウがシャマルに視線を移し、彼女は目が合うと会釈をするが、リインはそちらのほうは向かず、ただじっと無言でお弁当を見ていた。


「お伺いしなくてよろしいのですか?」
「いいんです!」


 他の人から見れば彼女が子どもっぽさ故からでた心情であることを理解できたが、コタロウにはそれは分からず、


「わかりました」
「……え、あの……ちょっ――」


 彼女の言葉を全てとし、それ以上何も聞かなかった。
 彼は食事を再開しようとする。


「……リインフォース・ツヴァイ空曹長?」
「や、やっぱり、いくないです」


 リインは彼があまりにも自分の言葉を素直に受け取りすぎてしまい、逆に動揺して、思わず口に運ぼうとしている彼の右腕に掴まってしまった。ぶらりと両手を上げた状態で吊り下げられた状態になる。コタロウの手は止まり、元に戻す。


「それではお伺いするのですか?」
「お伺いはしないです!」
「……ん」


 ふよふよと自分の目線に合わせるように飛び、眉を吊り上げ、頬を膨らませた彼女にコタロウは顔を近づけ目を細める。


「な、なんですか?」
「……ふむ」


 彼女が何故、このような――今は彼が顔を近づけたことにより動揺しているが――表情をしているか分からないのだ。
 だが、この六課に来てから、表情変化を見る機会が今までにないほど増えたコタロウは、今まで把握できていた『泣き』『笑い』『怒り』など、特徴ある感情からくる表情以外にも自分に向けられるものがあるのではないかと疑問を持ち始めたのである。


「私がお弁当を頂いたことについて、何かご不満な点が?」
「――え? べ、別に、そういうわけじゃ……」
「……そうですか」


 彼にとって彼女の表情は『怒り』には見えなかったらしく素直に聞いてみるが、リインは首を横に振る。
 しかし、彼女はそこで目を見開き、ぽんと手を叩いた。


「そうです! リインは不満なのです! なので、私の不満を解消してください!」
「……? わかりました」
『…………』


 胸を張って『不満』を自慢する彼女に、彼は頷く。
 自ら自分の引け目を自信満々に語り、且つそれを公私関係なく真摯に受け取るのことができる人間は、ここでは彼ぐらいのものである。
 リインは相手――特にコタロウ――に自分の考えが伝わったのか、胸を撫で下ろし、またちょこんとハンカチの上に座り込んだ。


(……不満。この場合、原因が問題じゃなくて、解消する策を考えればいいのか……)


 コタロウは彼女とお弁当を見比べながら考え込む。不満を抱えている人間に質問することは、時々さらなる不満を与えかねないので、リインへの質問はできない。
 助けとなる情報はシャマルと自分の遣り取りだ。
 顎に手を当てたり、テーブルをコツコツ指で叩きながら、先ほどの遣り取りを振り返り、飲み物で喉を潤したあと、


「……む、う。それなら……」


 悩みながらぼそりと独り言を吐く。


「私が、リインフォース・ツヴァイ空曹長に『お弁当』を作るのは……いや、それはダメか。それだと――」
「ん! それにしましょう!」


 リインは彼の独り言に賛成と言わんばかりに飛び上がり、彼のまわりをくるくると舞う。
 彼は首を傾げた。


「私がお弁当を作ることでよろしいのですか? 時間がないのでパンで挟むといった『サンドイッチ』になってしまいますが……」
「はい!」
「最悪、私がその場で作るということになってしまいます」
「『一緒に食べる』ということですよね? なおのこと良しです!」
「……よろしいのですか?」
「よろしいのです!」


 片手で作るため時間がかかることも告げたが、彼女はより一層目を輝かせた。今度は星の自転のようにくるくる回る。


「わ、かりました。それでは、今日の昼食は私がリインフォース・ツ――」
「よろしくないです!」


 言葉を遮られ、視界に影が入ったので見上げると、そこには先ほどのリインと同じように不満をあらわにしたシャマルがいた。


「シャマル主任医務官?」
「私も不満になりました! なんとかしてください!」
「あの――」
「なんとかしてください!」


 コタロウは、何故リインが食堂(ここ)の料理より劣る自分の料理を食べたいのか、そして何故シャマルが不満になったのか分からなかった。






△▽△▽△▽△▽△▽






 結局、コタロウが悩みから解放されないのでヴァイスが脇から助け舟を出し、お昼は時間の合う人たち皆で、外のちょっとした芝生のある広場で昼食をとる案をだした。そうすると次に動いたのはスバルで、食堂のスタッフにかけあい、パンとその間に挟む具をお願いし、用意してもらった。つまるところコタロウはリインにサンドイッチを作り、渡すだけになってしまったが、それでも彼女にとっては渋々ながら満足の域らしい。シャマルもそれに納得した。
 そして、少なからず新人たちにはそのお昼のイベントが楽しみになる要素になり、訓練に良い意味で影響が出た。本当なら、感情の左右によって訓練に影響が出るのは喜ばしくないことであるが、隊長たちもどこかしら心動くところがあり、仕方なく注意をすることはしなかった。
 訓練が終わった後、新人たちはへとへとになりながらもクールダウンをしっかり行い、早々に昼食の準備をしにいく。


「あれぐらい元気なら、まだ絞れるなぁ」
「……まぁまぁ、ヴィータちゃん」


 彼らの後ろ姿を見送りながらヴィータは含み笑うと、なのはは(なだ)めるように苦笑い、後を追うように歩き出す。
 フェイトとコタロウは彼女たちの後ろに少し距離を置いて――実際にはフェイトがコタロウの歩調に合わせて――歩いている。
 彼はスバルたちと一緒に向かおうとしたが、彼女たちに止められ、なのはたちと一緒に移動することになったのだ。


「コタロウさん」
「はい」


 フェイトは少し声量を下げて話しかけると、コタロウも合わせて声量を下げる。彼にとって声量を合わせることは、聞かれてはいけない話をするという機密性からではなく、上官に呼応するのが礼儀であると考えているからだ。


「き、今日はコタロウさん、お弁当なんですよね?」
「はい」
「……」


 前で何気ない会話をしているなのはとヴィータたちとは違い、会話が続かない。しかし、その原因となっているのが、両手の指を交互に組んでは離す彼女のせいなのか、普段と変わらず歩く彼のせいなのかは言及できない。


「お弁当って、貰うと……う、嬉しいものですか?」
「嬉しい、ですか……?」


 そのまま十数歩の無言が続くと、また彼女が独り言にとれなくもない消え入りそうな声で問いかけると、彼は目を細めて僅かに顎を上げた。


(え、あれ? わ、私、変なこと聞いたのかな?)


 心が不安定な時、自分の口に出した言葉が相手に思考を与えてしまうと、心を覗かれたような気持ちになり、フェイトは思わず顔をコタロウのほうへ向けてしまった。
 彼は彼女がこちらを向いたのに合わせて、彼もそちらを向き、彼女に不快感を合わせないよう、目線だけをやや下に向ける。


「そのような感情は必要ありません」
「……え、どういうことですか?」


 先ほどと同様の声量で答えたコタロウに対して、フェイトは今の彼の答え方が、声量は別として、あの模擬戦を思い出させる抑揚のないものだったので、緊張と不安で高まった熱は一気に引き、なのはたちにも届くやや低い声で訊ねてしまう。


「ん?」
「どうしたんだ?」


 彼女たちが振り向くと、コタロウは彼女たちのほうを向き、口を開く。


「テスタロッサ・ハラオウン執務官が『お弁当を貰うことは嬉しいか?』とご質問をされたので『そのような感情は必要ありません』と申し上げました」


 それは淡々と録音された音声を再生しているかのように淀みがない。


『……何でですか (何でだ) ?』


 なのはは驚いたが、ヴィータはまだ彼に対する情報が足りないというように落ち着いていた。






「あ、なのはさーん!」


 スバルは彼女たちがこちらへ歩いてくるのに気付くと大きく手を振って呼び掛けた。エリオやキャロもそれに合わせて、少し背伸びをして手を振っている。
 そして、なのはたちが自分たちのところまで来た時、コタロウが弁当箱を持ちながら額を抑えていることに首を傾げた。


「あの、ネコさんどうしたんですか?」
「ん、あぁ、あたしが愛機(アイゼン)で軽く引っ叩いた」
『…………』


 原因が分からず、スバルたちはなのはへ視線を向ける。


「……えっと、ね……」


――『そのような感情が働いてしまうと、お弁当の味を正しく評価できません』
――『よし、とりあえずその弁当をフェイトに渡して(デコ)を出せ……』


「……あの、つまり……味をきちんと評価することが本来の目的なので、お弁当を貰うということについては特に何も思ってなかったと?」
「はい」
『……はぁ』


 全員がため息をつくと、スバルは頬を掻きながらコタロウの方を向き、


「じゃ、じゃあネコさんは、その、味の評価なしでただ単純にお弁当を貰うことに対しては、嬉しいんですか?」
「はい。大変嬉しいです」


 彼はこくりと頷く。
 味を評価することを第一に考えていたので、貰うことに対しての感情を一切持っていなかったらしい。貰うことを第一に考えていれば、嬉しいことは彼にとって当然のようだ。


「シャマル先生の言葉が悪かったのかなぁ」
「ネコさんの融通の無さね」


 スバルとティアナの会話を聞き、なのはは以前コタロウが「いつもトラガホルン夫妻を困らせる」といった類の言葉を思い出し、間違いないと納得して頷いた。
 彼は妙な部分で、人と思うところがずれるようである。


「おー、準備できとるなぁ」


 振り返るとはやてとヴァイス、そしてヴォルケンリッターがこちらに向かって歩いてきていた。


「コタロウさん、どうしたんですかい? そのおでこ……」
「ヴィータ三等空尉に叩かれました」
「……察しろ」


 ヴィータはヴァイスが不思議がって自分の方を向くまえに答えると、芝生の上に敷かれている、赤、黄、白が格子状に描かれたシートの上に靴を脱いで腰を下ろし、無言で全員をせかす。
 シートは1枚で5人はゆうに座れる広さで、それを3枚使って場所を確保していた。そして、その各シートにはバンとその具であるレタス等の野菜類、ハム等の肉類の他に、ポテトがメインのサラダや、ジャム等、手の込んでいない簡単なものが揃えられている。これらを自分で『料理』して食べるのだ。


「ネコさん、こっちです! こっち!」


 リインはすでにシートのやや中心に近い位置に座っており、招き猫のようにコタロウを招いていた。彼が彼女の招くままに移動すると、周りもそれに合わせて座ろうとする。
 ヴァイスは靴を脱ぎながら、


「しっかし、良い天気なのはいいけど、ちっと眩しいな」
「ちょうど、太陽も真上ですしね」


 スバルもつられて空を見る。
 雲も今日は少なく、太陽がすこし強めに照らしていた。
 すると、


「傘、日傘形式(パラソルスタイル)


 コタロウはリインの正面に座る前に傘を抜き取り、近くの繋ぎ目に突き刺し、


大きく(ラージ)光透過(トランスルーセント)


 野点(のだて)傘に変化させ、言葉通りにシート全てを収まるほどに大きくさせたあと、木洩れ日程度の光を入れるように半透明化させた。


『…………』
「グランセニック陸曹、この程度で宜しいでしょうか?」
「……あ、はい」


 彼が頷くのを確認して、コタロウは座ろうとすると正面にいるリインが口を開いた。


「ネコさんのデバイスは何ができないんですか?」
「不可能の方が多いので、可能なリストを後でお渡しいたします」
「い、いいです。少し、興味があっただけなので……」
「そうですか……わかりました」


 少し首を傾げながらも、彼はシャマルから貰ったお弁当を脇へ置くと、近くにある取り皿の上にサンドイッチの材料を盛る。


「それでは、お昼に致しましょう」
「は、はいです!」


 近くにいる人にしか分からないくらいの微弱な魔力反応をリインは感じ取ると、コタロウは料理の作業に取り掛かった。
 まず、リインが目を見張ったのはその指先だ。コタロウの指先は硬化させたエアロゲルを纏い、それをナイフのように使って、バンをリインの持てるサイズに切る。次は具をそのバンに挟めるように薄切りにしていく。切るとき、具がぶれないようにこれもまた指先と同じものを形状変化させ押さえつけていた。
 彼女は、地球へ出張任務に訪れたとき、彼が「料理が実験のようになる」といった理由がよくわかった。その過程が正確で、精密過ぎるのだ。彼にとっては仕事の延長線上に『食べるものを作る』という点があるだけなのだと思わせる。元々表情に出ない彼であるためか、楽しそうでもない。


「出来上がりました」
「あ、ありがとうございます」


 ただ、出来上がったものは寸分たがわず、大きさ、見た目は紛れもなく彼女にとってぴったりな料理であった。


「いただきます」


 リインがサンドイッチを手に取り、口に運ぶまでをコタロウはじっと目で追う。
 彼女はその見下ろされている視線が気になり、少し身体を移動させ視線を逸らした。このサイズで自分の手に収まる料理は食べる機会が大変少なく、違和感がないことに逆に違和感を(いだ)きながら彼女はそれを食べた。
 味は普段食堂で食べているものと変わらない。


「おいしいです~」


 だが、リインはこのような場所で、且つ親しい人が作った料理が普段以上のものになることはよく知っていた。


「……ふむ」


 リインは正直に答え、それが相手に不快感を与えない答えであるはずなのに、彼は首を傾げたことを不思議に思う。


「あの、どうかしました?」
「……はい。自分の作った料理を召し上がっていただき、そしてそのように言われると嬉しいものだと思いました」
「え? そ、そうですか?」
「はい。幾つか私の作成したものをリイン・フォースツヴァイ空曹長がご利用されていますが、それとはまた違います……どうかしましたか?」
ひぃえ(いいえ)、なんでもないです」


 少し頬を染めたのは彼女だけではなく、彼もだ。もちろん、彼の場合は分からないくらいの小さな変化であったが、リインはそれを見逃さなかった。単純に、自分が彼をそのようにさせたことは嬉しいことだと思う。


「む~~」


 シャマルもそれを見ていなければ、より一層嬉しかったことだろう。


「シャマル主任医務官?」
「さぁ早く、私のも食べてください!」
「わかりました」


 シャマルは不機嫌そうに彼に顔を近づける。目の下のクマのせいか少し威圧感があるが、彼は動じることなくお弁当に手をかけた。



「シャマル、ちょう顔近いで」
「……え、あ、すいません」


 はやてに柔らかく注意を受け、コタロウに頭を下げて座りなおす。
 そして、彼が包みを解くのを見守った。
 彼は蓋を開けようとする。


「あっ」
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……なんでもないです」


 シャマルは自分の作ったものが唐突に心配になり、思わず声をあげてしまったが、コタロウが自分の方を向くと引きさがる。
 また彼は蓋に手をかける。


「あうっ」
「どうかなさいましたか?」
「……な、なんでもないです」


 また同じ行動が繰り返された。
 再び蓋に手をかける。


「あぁっ」
「どうかなさいましたか?」
「……なんでもないです」


 またまた同じ行動が繰り返された。コタロウは3回も同じことが起こるとさすがに不思議に思うところがあり、口を開こうとするが、


「ムゥ! なら、リインが開けるです~!」
『……あ』


 2人に隙を与えず、リインが蓋を開いた。その瞬間、シャマルは顔を覆う。


「……ちゃんとしたもの、です」


 その顔を覆っている間、それを気になる人たち――シャマルの料理を見たことある人全員――が身を乗り出してそのお弁当の中身を見る。どうやら、開ける前から気になっていたらしい。


『……普通だ』


 シャマル自身、事前に味見をしていたと言っていたが、それでも心配だった彼らはそのお弁当を見て、外見が変哲ないことに驚いた。
 中身は地球では、ほぼ一般の家庭で食べることのできるものが入っていた。
 主食はご飯で、おかずである副食、菜食は少しバランスは悪いが、唐揚げ、卵焼きと備え付けのようなサラダと品数は十分である。シャマルは『普通』という言葉で多少安心して顔を出した。


「あとは味、だな」
『うむ』


 シグナムとザフィーラはヴィータに頷く。
 何対もの目がコタロウの右手を注視し、


「いただきます」


 口に入れ――この時点で表情に変化はない――飲み込むのを見守った。
 シャマルの顔はそれでも歪む。コタロウは飲み込んだあと、彼女のほうを向き、


「おいしいです。前回の料理と比べ、ずっと」
『……お、お~~』


 数人が声を漏らしたが、シャマルにはすでに聞こえていなかった。


「ほ、本当ですか!?」
「はい」
「本当に、本当ですか?」
「はい」
「本当に、本当に本当?」


 最後にもう一度彼が頷くと、曇天(どんてん)が突然快晴になったかのようにシャマルの瞳が光り、


『(……い、良い笑顔すぎる)』


 と、周りに思わせるような表情をした。
 そんな表情に感心することもなく、コタロウは次のおかずに箸をのばした。
 彼女の料理の味をよく知る人たちは、試しに食べてみたい衝動に駆られるも、彼が箸を休めなかったこともあり、食べることはできなかった。
 仕方なく、各自食事をとることにする。
 そして、コタロウは残さず食べ終わり、弁当箱を包んだあと、


「シャマル主任医務官」
「は、はい!」
「ごちそうさまでした」
「お、粗末さまでした」


 軽く会釈をすると、シャマルもそれに応じて頭を下げた。


「最後にもう一度聞きたいんですけど……本ッ当~においしかったですか?」
「はい。本当においしかったです」


 彼女にとって、その結果は大成功と言ってもいいほどのものだ。『前回と比べ』というものが含まれていても、『まずい』という言葉が彼の口から出なかっただけで手を振って喜んでもいいくらいである。
 そして、実際に手を振って喜ぼうとしたとき、


「や、やっら~ぁぁ……ゃふぅ」


 緊張が解けたのが、シャマルは疲れと眠気が一気に押し寄せて、ぱたりと倒れた。


『……へ?』


 丁度コタロウの膝を枕にするように。


「あいらろうおらいまふぅ」
「…………」


 すぐに元の表情に戻ったコタロウだが、さすがに彼もこれには僅かに目を開いて驚いた。彼は自分の膝――実際は(もも)――を枕にしているシャマルを見下ろしながら、数回瞬きして、


「……寝てますね」


 と、結論付けた。


「なるべくお静かに願います」
『…………』


 この沈黙が別に自分の言葉で静かになったわけではないことが分からないのは、彼だけだ。
 コタロウは自分を枕にしている彼女の顔を覗き込もうとはせず、ただ正面の風景をじっと眺めていた。


「ネ、ネコさ――」
「お静かに願います」


 一番初めに口を開いたのはそれを真正面で見ていたリインだ。声が大きかったのか、コタロウに諌められる。
 すぐに念話に切り替え、


[ネコさん、何なんですか!? それは!]
[……膝枕ですね]
[そうじゃ……いえ、そうなんですけど……]


 彼女は口をぱくぱくさせて、何かを訴えようとしたが、言葉が上手く出てこない。
 一方、スバルたちは、


[……あれさ、もう、上官と部下の関係じゃないよね]
[言っておくけど、私たちもご飯を『あーん』して食べさせたんだから、変わらないわよ]
[それは、そうなんだけど……]
[なんか、最近ますますこの六課が『家族』って思うようになってきましたね]
[うん。どんどん大きく……ううん、強くなっている気がする」


 その光景を見ながら、訓練以外にも強くなっていると実感する出来事に、内心大きく頷いた。訓練が激しく厳しいものだからだろうか、時々彼を原因とする出来事がより一層(おだ)やかで(なご)むのだ。それが六課という集団を堅固にしているように彼らは感じた。
 そんなことを思いながら再びコタロウの方を向くと、また少し変化を見せていた。


「お、こうすると楽だな」


 ヴィータがコタロウの背中を支えに自分の背中を預けているのだ。彼を背(もた)れのようにしている。


「……ヴィータ、それじゃコタロウさんに迷惑が――」
「別にいいだろ。なぁ、ネコ?」
「はい。私は構いません」


 コタロウの膝枕で片眉を吊り上げても声を出さなかったフェイトは、なるべく落ち着いて彼女を注意するが、彼は特に嫌がってはいないようだ。


「……ム」
「なんだ、フェイトも寄り掛かりたいのか?」
「そ、そんなこと、ないよ!」
「ふ~ん」


 語尾を強めてしまった彼女の言葉を、ヴィータは意識することなく聞き流した。ヴィータはフェイトとは直接向き合っているわけではないため、フェイトが若干赤くなっていることには気付かなかった。
 だが、ヴァイスの次の言葉が彼女たちを突き動かした。


「でも、コタロウさんはネコって言われている割に、立場が逆ッすねぇ」
「逆、ですか?」
「ええ。普通ならネコが膝の上に乗るものでしょう? こう、頭や背を『撫でながら』」
『――ッ!!』


 コタロウが「なるほど」と頷き、自分の1つしかない手とシャマルの頭を見比べ、彼女の頭に手を持っていこうとしたとき、


『それはダメ (アカン) !』


 フェイトは彼の腕を、はやては彼の肩を掴んで、動きを止めた。
 背中に寄りかかっているヴィータが驚くほどの速さだ。


「え? はやて、フェイト?」
『……ハッ』


 我を取り戻したかのように2人は目を見開くと、ぱっと彼から手を離した。


『いや、これは……そのぅ……』


 手が所在を定めることができずにわたわた動き、最後に後ろに回して、はやてとフェイトは乾いた笑いをする。
 互いの行動より、自分の行動を問い詰められるほうが気になり、笑うあいだくるくると頭を回転させ、


「ア、アカンよ、コタロウさん、簡単に女の子の頭を撫でるやなんて」
「う、うん! よくないと思う」
「……申し訳ありません。至りませんでした」


 シャマルを膝枕し、ヴィータの背凭れと化しているコタロウは身体を動かせず、軽く頭を下げると、2人はぎこちなく頷き、くるりと背を向けた。


[はやてちゃん、フェイトちゃん?]
[どうかしたのか?]
[なんでもあらへん]
[うん。なんでもないよ]


 ヴィータは見ることができないが、なのはには彼女たちの表情がよく見えた。恥ずかしいとは少し違う表情だ。それに、お互いがお互いの行動に気付いていない。完全に自分についてしか考えることができていない、思考が内面に向かっている様子である。


(……ん~~?)


 一口、パンを口にしながらなのはは首を傾げる。以前から――地球に行ったときから――はやてや自分たちが彼への対応が変わったことには自覚していたし、気付いていた。それは自分が思う限り、親しさのあらわれであると思っている。コタロウ自身は気づいていないのであろうが、そうでなければ、あんな状態にはなりえない。
 なのはは彼の膝で静かな寝息を立てているシャマルと彼の背に寄りかかっているヴィータ、それにいつのまにか彼の頭の上に乗って、やや不機嫌ながら食事をしているリインを見る。


(あれでコタロウさん、普通……なんだよね)


 それを、違和感なく見れている時点で、自分やスバルたちはかなり感化されているといってもいい。シグナムやザフィーラはまだ抵抗がありそうだが、それも時間が解決するだろうと、なのはは自分の考えを疑わなかった。
 考えを戻す。
 小動物のようにサンドイッチを食んでいるはやてとフェイトへ視線を移す。


(んと、何かあったと考えるのが普通、だよね。なにかあったのかな?)


 時間が経つにつれ、平常に戻っていく2人を見て考えを巡らせる限り、もし何かあったとすれば、コタロウの無自覚な行動くらいだとなのはは考える。彼女たちをぎこちなくさせる行動をコタロウが取ったと考えるのが妥当だからだ。以前、彼がはやての行動にあわせて『オウム返し』をしたときのようなことが起こったのだろう。


(む~~)


 そう、なのははそれ以上の、特に彼女たちの気持ちまでは掴むことができなかった。はやてたち自身、自分の真意に気付いていないため、分からないのだ。なのはが掴むことができないのも当然である。
 なのははとりあえず、機会があったら聞いてみようくらいに思考を完結させて、2人に飲み物を注いであげた。


『あ、ありがとう』
「うん! どういたしまして」


 いや、なのはだからこそ、気付かないのかもしれない。
 そしてその後、シャマルはリインに鼻をつままれて起き上がり、現状を把握してコタロウと目を合わせた時、一拍おいて真っ赤に顔を染め上げ、再び倒れるくらい狼狽したのは余談である。






△▽△▽△▽△▽△▽






「ティア? 何か調べるの?」
「うん。ちょっとね」


 その夜、寮に戻る前、ネットワークが使える部屋へ向かおうとするティアナにスバルは首を傾げた。


「何を?」
「……アドヴァンスドグレイザーについて」
「それって……」


 コタロウが模擬戦で見せた超接近戦術だ。
 ティアナは軽く首を横に振り、


「大丈夫よ、そのときはちゃんとなのはさんに話すつもりだし、独りじゃ絶対動かないわよ……アンタにもちゃんと言う」
「なら、いいけど……」
「今はただ、資料を集めるだけ」


 そう言ってティアナはスバルと別れた。




 
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