派遣社員ハイパーれいじ
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前書き
テスト投稿を兼ねて。
最初に言っておくと、この物語は魔法の使えないデスクワーカー秋谷 玲二が派遣先で紡ぐ、正直どうでも良い物語である。
「あきたにぃ~」
「はいはいはいはい、次は何ですかね。肩もみですか? お茶ですか? んなもんさっさと秘書に押し付けろ」
「違う違う。これ」
「はぁ……辞令?」
「そそ、辞令。ちょっち派遣ってことで」
「こんな微妙な時期に、ですか?」
「そうなんだよぉ。あきちゃんに抜けられると困るから抗議したんだけど門前払いでさぁ」
「勝手に変なあだ名付けないでくれ。で、派遣先は……、」
「見ての通り」
「……何で?」
「デスクワーカー不足だってさぁ。最近は現場に駆り出される人が多すぎるから内側が不安定で困ってるって。酷いよねぇ、こっちだって人手不足なのにさっ。あっきーいない職場でどう仕事すれば良いのぉ~」
「確かに、俺がいない職場は不安でなりませんね、主にアンタが」
「えへへぇ、そんなぁ~」
「褒めてない、貶してる。と言うか、一週間後とか急にも程があるでしょう」
「ああ、何でも食住は向こうが手配してくれるんだって。マンションか宿舎かは知らないけど。まぁ食事も出してくれるんだろうから寮みたいなところかもねぇ。取り敢えず必要最低限な物持って行けばどうにかなるからなんじゃない?」
「勘弁願いたいけど、辞令じゃ仕方ないですね」
「えー、そこは思い切ってストライキしちゃってこのままここで働いててよぉ。私のお仕事増えちゃう」
「アンタは普段からただでさえ仕事しないんだからしっかりしろ。俺が戻るまでに会社潰れましたじゃ洒落にならないんだから」
「はたらきたくないでござる」
「ネタはいらない。取り敢えず辞令は受理したんで来週から向こう勤務になります。ざまぁ見ろ」
「あれ、なんでこう行ってきますみたいな温かい言葉じゃないの」
「アンタに敬意を払う人がいたら見てみたいね」
「つまり?」
「誰もアンタを慕っていないんだよ」
* * * * *
リニアに乗り込み早二時間弱、時刻は八時前。リニアは徐々に速度を落とし、ついに終点クラナガン中央駅へと到着した。
(流石に人が多いな)
彼はトロリーケースとビジネスバッグを持ちながら視線だけで駅の構内を見回した。ミッドチルダの首都と言うだけあって人口密度は非常に高い。今ほど彼が乗ってきたリニアから降りてくる乗客はその殆どがビジネスマンだ。寧ろそれ以外が目立つほどである。
(タクシー拾って行くか)
この大荷物ではバスにも乗りづらいし、何より混雑したあの狭い空間に持ち込むわけにも行かない。田舎者だと睨まれるのも少々癪に触るのだ。交通費が少し手痛いが必要経費とする。仕方ないのだ、元々は辞令を出してきたのが悪い。
脳内でだらだらと悪態を垂れつつ駅前へ。その前に軽く売店によりサンドイッチとコーヒーを購入。朝食が朝早くで多く取れなかったため少々小腹が空いていた。ツナサンドとミックスサンドをコーヒーで一気に流し込み二度目の朝食終了。タクシーを拾っていざ新天地へ。黒塗りのいかにもなタクシーに荷物を詰め込む。
「お客様はどちらまで?」
「管理局の地上本部まで、お願いします」
「地上本部ね」
そう言ってゆっくりタクシーが発進。エンジンとラジオの音を聞きながら、そう言えば最近は車も運転していないなと実家のマイカーに思いを馳せる。仕事詰めでロクに帰省も出来ず今頃埃を被っているかもしれない。妹が手入れでもしてくれてれば良いのだが。
「お客さん地上本部言いましたけど、あの大荷物だと異動ですか?」
「ええ、まぁそんなところです」
「大変ですねぇ。最近はどこもかしこも人手不足。よく愚痴るお客がいるんですわ」
からからと乾いた笑いをする運転手に、彼は「はぁ」と曖昧な返事を返した。確かに人手不足なのはどこも同じだ。それを笑うのはどうかと思うが。
なんだかんだで二〇分が過ぎようとした頃、ようやく地上本部前までやってきた。都会だけあって通勤ラッシュの時間帯はやはり相当混むらしい。
「頑張ってくださいねぇ。地上本部はブラック企業だーなんて噂も流れてるもんですから」
「物騒ですね。そうでないことを願うしかなさそうですけど」
ありがとうございました、と運転手に告げて下車。荷物を両手に空高くそびえる地上本部ビルを見上げて彼は目を細めた。何となくそれが究極の壁に見えたように思えて、
「……ブラックじゃありませんように」
思わず呟いた彼は、悪くない。
受付で派遣された旨を伝えてしばらく。フロアの端の端にあるソファに座ってボーッとしていた。何でも担当者が後に到着するまで待っていてほしいそうだ。その担当者が急な都合で到着が遅れているとのこと。幸先が不安で仕方なかった。
「スンマセン、グランセニックです」
「あ、お待ちの方ならあちらで……」
まだ残っていたコーヒーを飲み干していると、受付の方から一人若い青年が歩いてきた。自分と同い年かそれより上くらいか。軍服にジャケットとなると正規隊員の人なのかもしれない。
「えーっと、アキタニ レイジさんで間違いないですか?」
「はい。貴方は担当の方で?」
「ヴァイス・グランセニック陸曹です。よろしくお願いします」
浅く頭を下げるヴァイスに彼――秋谷 玲二はも軽く会釈をした。
「ちょっとバタバタしてて申し訳ないっす。すぐに案内します。詳しい話はヘリの中で」
「あぁ、はい……」
え、ヘリ? と強く疑問に思ったがヴァイスがすぐに「じゃあこちらへ」と歩き出した為何も言えずその後に続く。ヘリと言えば、あのヘリコプターだ。そう、空を飛ぶ鉄の塊。
歩いて三分、地上五階。すぐに特設のヘリポートに到着し、そのヘリに乗り込んだ。何故か異様にゴツい。普通のではなく軍用の輸送ヘリだ、コレは。資料やテレビでしか見たことがなかったが、まさかこんな物に乗るハメになるとは。
一瞬の浮遊感の後、ヘリは地上本部を出発。しばらくして運転席側からヴァイスが歩いてきた。君が運転してるんじゃないのかと困惑し、その表情を読み取ったのかヴァイスは「運転は代わりがやってくれてる」と言った。おかしい、このヘリにそんなに人員がいただろうか。まぁ彼がここにいるということは大丈夫なんだろうと無理矢理納得(自身への説得とも言う)しておく。
「改めて、ヴァイス・グランセニック陸曹です。所属は時空管理局本局古代遺物管理部機動六課ロングアーチ、ヘリパイロットです」
「あぁ、自分は秋谷玲二です。本日付でその、機動六課、ですか。ロングアーチに着任すると辞令が下りました」
実際ロングアーチが何を意味しているのか全くわかっていないのだが。
「秋谷さんは明日から六課の事務に入ってもらいたいと思います。と言っても最初一週間くらいは殆ど内容説明みたいなモンです」
そう言ってヴァイスが慣れた手つきで空中ディスプレイを操作して玲二の目の前にも同じ画面を出現させた。最近の若者はこんなのもそつなくこなすのか、恐れ入った。
「六課には同敷地内に専用の寮があるんで荷物はそこの部屋にお願いします。食堂とかもあるんで、食事は全部そこで賄えます。詳しくは寮母さんが話しますが」
「なるほど。その機動六課は区分としてはどちらになるんですか?」
「ミッドチルダ南駐屯地です。海沿いんとこですね」
ヘリとか出入りしやすいんで良い所っすよ、とヴァイスが笑みを浮かべた。なるほど、この人物は中々にフレンドリーな人らしい。脳内名簿にメモを付け足しつつ、玲二は慣れない手つきでディスプレイを操作しながら内容を調べ時に質問を重ねた。時間にして一〇分強、延々と質問攻めにしてしまったが謝る気は毛頭ない。やるならば徹底的にやり尽くす。仕事に大して大真面目な玲二は飽きることなくメモに書き取り満足げに息を吐くのだった。
丁度質問も終わった時、ヘリもゆっくりと高度を落とし始めていた。目的地到着である。
荷物を纏めているとハッチが開き、既に外にはヴァイスがさきに降りて待っていたその隣にはもう一人、これまた二〇歳にも満たない少女が立っていた。
「お疲れ様でした。あ、こっちは同じロングアーチの者です」
「アルト・クラエッタ二等陸士でありますっ。以後よろしくお願いしますっ」
「秋谷 玲二です。こちらこそ、よろしくお願いします」
第一印象。とにかく、若い。こんな子供まで現場にいるのかと思うと不安にしか思えず、しかしそれは表情に出さないように小さく笑みを作ることにした。
「クラエッタさんもヘリの操縦を?」
「い、いえ、今はヘリ操縦のライセンスを取得を目指して勉強しております」
マジか、と脳内で絶句した。ヘリを運転しようとしているのかこの子は。いや、確かにヘリポートにいる時点でそれとなく予測はしていたのだが。しかもジャケットである。気合入ってんな。
「おいアルト、あんま失礼かけるんじゃねぇぞ。明日からお前らの上司なんだからな」
「りょ、了解」
聞いてないよそんなの、と言いかけて玲二は咳払いをする。まさか来たばかりの派遣社員が先輩の上司など驚く他無い。
「アキタニさん。まずは寮の方に。荷物いつまでも抱えてる訳にもいかないっすよね」
「あ、ああ、そうですね。そうしましょうか」
何故だろう、同じミッドチルダなのに常識が違う気がする。この先本当に大丈夫なのかと玲二の心中が荒々しい波音を立てていた。
寮の部屋(二人部屋だったが一人で使うらしい)に荷物を適当に突っ込み、一日をかけて六課内を案内してもらった。異様に広かった印象がよく残っている。
昼食は食堂で。メニューに地球で使われている物が多くあった。これは何でも隊長陣(言われて意味がわからなかったが一応頷いておいた)が地球出身ということでわざわざメニューが出来たんだと言う。スゴイな隊長陣。父の実家が地球にあるので懐かしいような複雑な心境に陥ったのは仕方のないことだと思っている。まさか派遣先で地球のメニューを見るなんて思うはずがないんだから。
午後も六課の案内。ロングアーチという分隊の方達とは一通り挨拶をしてきた。振り返って真っ先に思ったのは、年齢層が若すぎる。それに加えて何となく“仕事先”と言う印象をあまり感じられなかった。いや、和気あいあいと仕事をするのが悪いとは言わないが、もう少し秩序は必要なんじゃないかと思ったのだ。
現在は部屋にて荷ほどきの真っ最中である。ヴァイスに「アキタニさん以外使う人いないんで好きに使ってくれて良いっすよ」と言われたが机も二段ベッドも固定されているここで模様替えでもしろというのか。別にしたくはないのでどうでも良かったが。
ベッドは下の段を使うとして、服などをクローゼットに入れて空になったバッグは上の段に置いておく。行儀悪いかもしれないが好きに使って良いと言われたのだから好きなだけ使ってやるという魂胆だ。
「……さて」
やることがない。思った以上に早く準備が終わってしまった。夕飯もヴァイスから誘われており、その時間までもまだ余裕がある。
取り敢えず、寮内散策でもしようか。寮母曰く休憩室に飲み物とかが置いてあるとのことだったのでそこで喉を潤すことにした。
まだスーツ姿だが着替えなくても良いだろう。流石に仕事ではないのでネクタイは緩めさせてもらった。
部屋を出てしばらく行くと、敷地を一望できる休憩室があった。丁寧に自動販売機まで設置されており、無料でコーヒーや紅茶が飲める仕様になっていた。これは嬉しい待遇だ。早速アイスコーヒーを貰うことにする。
「……ハァ。これは、前途多難だ」
コーヒーを半分程飲んだところで溜息が出た。と言うのも、たった一日で自分の中に蓄積された驚きと疲れとが気が緩んで一気に吐き出されたからだ。
正直、ここまで凄まじい印象を受けるとは思っていなかった。確かに今まで体験した派遣先では嫌な場所もあったが充分に対処できる想定内のものだったが、今回ばかりは自分の認識が甘すぎた。書類で管理局と聞いてまさかここまで、ぶっちゃけた事を言うと練度が無いと思わなかったのだ。もしかしたら機動六課だけに言えることなのかもしれないが、第一印象が予想以上に低くなってしまったことは事実。ちぐはぐ過ぎて少々困っている。
「情報伝達に難、と」
主に派遣先で上司になるなんて聞かされなかったからである。
「……やるしかないな」
本当にやれるのかと落ち込みそうになったが、辞令である以上はもう文句を言っても意味を成さない。後はひたすら働くだけだ。
「……今度アイツに文句でも言っておこうか」
取り敢えず、八つ当たりの相手は辞令を出したあの仕事をしない上司にしておこう。玲二はそう心に決めた。
後書き
ここまでご覧いただきまして誠にありがとうございます。
久々に丁寧なあいさつしました。とても新鮮な気分です(小並感)
感想とか、要望とか、あればどうぞ。続きは書くかどうかわかりません。
では。
ハーメルンと小説家になろうでも同名で活動してるんで見てくださいな、ぜひ。
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