Love Song
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1部分:第一章
第一章
Love Song
「奇麗だね」
僕は思わず言ってしまった。
「そんなに奇麗だったんだ」
「そうかしら」
「うん、今気付いたよ」
こう彼女に告げた。
ただお化粧を落としただけの素朴な顔なのに。その奇麗さが最高のものに感じた。
「今ね」
「今気付いたって」
「御免、今まで気付かなかったよ」
こう言って苦笑いと一緒に謝りもした。
「何でかな。本当に気付かなかったよ」
「そうだったの」
「うん。来月だね」
そして僕は彼女にこうも言った。
「いよいよだよね」
「そうよね。来月ね」
彼女も僕に言葉を返してくれた。カーテンも壁もベッドもテーブルも何もかもが白くて柔らかい風と日差しが入って来る中で。僕達は言葉を交えさせていた。
出会ってから随分と経つ。色々なことがあった。そのことも思い出しながら話していた。
「来月。長いかしら」
「いや、短いよ」
今の彼女の問いにはこう返した。
「今までのことに比べればね」
「そう、短いのね」
「だって」
今までをここで振り返ってみて。出て来た言葉は。
「遠くまで来たし」
「遠くに?」
「最初にいたのはここじゃなかったじゃない」
僕達が最初にいたのはこの街じゃなかあった。ずっと西の街だった。音楽と車を修理したりする音が絶え間なく流れている街だった。ポマードとオイルの匂いがいつもしていた。
僕達はその街で出会ってそれからここまで来た。本当に遠くまで来た。
「あの街だったから」
「そうね。本当に遠い場所まで来たわね」
「それに」
僕はさらに言った。
「これからも一緒にいてくれるんだからね」
「ええ、一緒にね」
彼女は僕の今の言葉に応えてくれた。
「いさせて。御願い」
「いいよ、いや」
微笑んで答えたところで僕は言葉を言い換えた。
「僕からも御願いするよ、それは」
「一緒になのね」
「うん」
そうだと。答えた。
そして。また言った。
「色々あったけれどそれは全部」
「思い出ね」
「二人の思い出だよ」
微笑みが消えない。僕も彼女も。
「ずっとね。二人だけのね」
「二人だけの思い出」
「それはずっと僕達の中にあるんだよ」
優しい声になっているのが自分でもわかった。
「僕達の中だけにね」
「私達の中だけに」
「そうだよ。それで」
ここで手元にあった小さなオルゴールを思い出した。それは古い木製のオルゴール、僕が彼女に最初にプレゼントしたものだった。まだそれがあった。
「これ、まだ持ってくれてるんだね」
「ええ」
そうだと。答えてくれた。
「音楽もちゃんと鳴るわよ」
「本当だね」
動かしてみると実際に音楽が流れてきた。懐かしい、心の奥にある何かを思い出してくれるような、そんな曲が聴こえてきた。
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