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ローリング=マイストーン

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第三章


第三章

「そうしようと思ったけれどいいや」
「いいのか?」
 そういやあの時もこれと同じやり取りだった。
「何か他の遊びにするよ」
「他のか」
「石ころで遊んでいたけど。それにも飽きたし」
「何をするんだ?」
「サッカーでもするよ」
 俺は笑って俺自身にこう言った。
「いま流行ってるし」
「キャプテン翼か?」
「うん、あれ面白いね」
 丁度ジャンプであの漫画がやっていた頃だ。本当に懐かしい。あの漫画家が今でもサッカー漫画を描いていると言ってもファンの球団が北海道のドーム球場に移ったと言ってもこの時の俺には夢みたいな話だろう。
「何時か僕もサッカー選手になりたいな」
「野球選手じゃ駄目か?」
「野球選手になるんなら巨人以外のチームだったらいいよ」
「おう、そうか」
 その言葉を聞いて思わず顔を綻ばせた。
「そういや御前巨人嫌いだったな」
「うん」
 俺は頷いた。俺は今でも巨人は大嫌いだがそれはこの時からだった。それが今わかった。これも何か嬉しかった。巨人が嫌いなのは昔からだとわかったからだ。
「江川って腹立つよね」
「ああ」
 今の俺が頷いた。俺は親父から江川について悪し様に言われてそれから巨人が嫌いになったクチだ。それも思い出した。何か昔のことをどんどん思い出していく。
「あんな大人にはなりたくないよ」
「人間真面目に働くのが一番だからな」
 それでこんなヘトヘトになっちまっているがそれは言わなかった。
「どんな仕事でも真っ当だったらな」
「プロ野球選手は真っ当じゃないの?」
「巨人は真っ当じゃないんだよ」
 ナベツネやらそんなのを見ての言葉だ。けれど子供の俺はそんなのはわかりはしない。
「巨人って悪いんだね」
「ああ」
 俺は言った。そういや公園でこんな話をされたことがある。結局それも俺だったのだ。
「真っ当な仕事で真面目にやればいいさ。それだけでいいんだ」
「じゃあお兄さんはいい人なんだね」
「俺が!?」
 こんなこと言われた記憶はなかった。思わずキョトンとした。
「だって。真面目に働いてるから」
「そうかな」
 自分から偉そうにそうだとは言えなかった。
「うん、そうだよ」
 けれど俺はこう言ってきた。
「凄く頑張ってるのわかるよ」
「給料は少ないけれどな」
 そう返して苦笑いを浮かべた。
「それでも真面目にやってるんでしょ」
「一応はな」
「だったらそれでいいじゃない。それで充分だよ」
「充分か」
「僕はそう思うよ」
 何か奇麗な目で俺を見ていた。ずっと見ていなかった目だ。そもそも人の目を見ることなんて最近ずっとなかった。机の前の書類やパソコンの画面ばかり見ていた。
「だから。頑張ってね」
「あ、ああ」
 俺はそれに頷いた。
「それじゃあ。ちょっとサッカーしてくるよ」
「じゃあな」
 それで俺達は別れた。子供の俺はそのまま去っていく。今の俺はそれを見送っている。距離が少しずつ離れていく。同じ人間なのにその間にある距離は果てしなく広いのがわかった。
「行っちまったか」
 遂に子供の俺は今の俺の目の前から姿を消した。後には俺一人が残った。
 酔いは醒めちまっていた。周りは普通の公園になっていた。本当にあの公園だった。特に何の変わりもない、あの公園だった。俺はそこのベンチに座っていた。
「ずっとここにいたみたいだな」  
 周りを見回して呟く。時計を見れば殆ど時間が変わっていない。
「頑張れ、か」
 子供の俺の言葉を思い出していた。目の前にはあのダイスが転がっている。渡した筈のダイスがそこに転がっていた。
「じゃあそうさせてもらうかな」
 俺はそのダイスを拾って呟いた。何となくそうしたくなった。
「真面目にな」
 そして立ち上がった。ダイスはポケットの中に入れた。
 そのままアパートに帰る。帰って身体を休めて仕事だ。
「とりあえず何でも真面目にやらないとな」
 それが子供の俺との約束なのだから。そうすることにした。呆れる程仕事が多くても。今は真面目にやろう、そう決心した休日の朝のことだった。


ローリング=マイストーン   完


               2006・6・19
 
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