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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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効率と非効率



「間もなく基地に到着します」
「予定より八時間遅れたな」
 既に闇が広がり、狭隘な山道は装甲車のヘッドライトで照らされる。
 吹雪で視界が遮られる中で、慎重にのぼっていった。

 時計を見るアレスに、バセットが苦笑する。
「急に装甲車が動かなくなったのですから、八時間遅れでも十分でしょう」
「むしろ、なぜ装甲車で戻ってこられたか聞かれると思いますよ」
 その言葉に、アレスは苦い笑みを浮かべるのだった。

 脳波認証システムの異常により、装甲車両が突然の停止。
 この吹雪の中で装甲車が使えなければ、基地への帰還は難しい。
 絶望を浮かべる隊員の中で、アレスと整備を担当しているミラン・ルードは顔を見合わせてため息を吐いた。しかし、その直後、ルードがコンソールを叩きだして、四時間余りで一台の装甲車は手動へと切り替えられた。

 動きだす装甲車に歓声と驚きがルードに向けられる。
「小隊長に言われて、手動に切り替える方法を勉強しましたから」
 照れたように呟く若い男をもみくちゃにしながら、アレスを向けば、当の小隊長は誇るわけでもなく、浮かない表情を浮かべていた。
 手動への切り替え方法は何とか分かった。

 ただ、それの危機感を伝えられなかった。
 なぜか。
 当人たちはそんな事が起こりうるわけがないと考えており、実際アレスにしても脳波認証システムを妨害させる方法など、いまだに分からずじまいだ。

 前もって勉強しようにも装甲車のシステムなど、ただの学生が調べられるわけがない。
 そもそも例え調べられたとしても分からなかっただろう。
分野が違う。
 一つ一つのシステムを理解して、穴を抜け出すことなど本職の仕事だ。

 そして、その本職が言うわけだ。
 そんな事が起こりうるわけがないと。
 そうなれば、下手をすれば相手に奪われるという危険が伴う手動への切り替えなど、見向きもされるわけがない。

 せめて、フォークの半分ほどでも内部にコネを持てれば、違ったのだろうが。
 あるいは未知の分野ですらもあっさりと解決して見せるラインハルトの有能さを恨むべきか。
 その想いは基地が近づいた今でも晴れず、手動への切り替え方法を上へと伝えた現状で、なぜ帰ってこられたのかを聞かれれば、アレスとしては苦笑いをするしかない。

 ヘッドライトの明かりが、鉄条網で塞がれた門を映し出す。
 もはや動かなくなった装甲車をバリケートにして、立つ兵士の顔に驚きが浮かんだ。
 その表情にアレスは、さらに苦さを強くした。

 + + +

 案の定、装甲車の動かし方を聞かれて、アレスはルードを派遣した。
 整備を担当する者に、手動への切り替え方法を教えるように伝えれば、忙しく止まっている装甲車へと駆け付ける。
 そんなアレスはクラナフ司令官に呼ばれて、司令官室に向かう。

 司令官室は、着任当初と何も変わっていない。
 前回はいたメルトラン中佐がおらず、室内にはクラナフ大佐の姿しかなく、より寂しさを浮き立たせていた。
 入室前に身体についた雪を払えば、そのままでとの声がかかった。

 室内に入れば、暖気が身体を包み込む。
 考えていたよりも身体は冷え切っていたようだ。
 寒さを思い出して震えだす身体を押さえながら、アレスは司令官の机の前に立った。

「特務小隊。任務を終了し、ただいま帰還いたしました」
「御苦労。すぐにでも休んでもらいたいところだが、そうもいかなくなった。君が、危惧していたことが現実になった」
 苦々しげに、クラナフが手元に紙を落とす。
 配属されてすぐに上に提出した手動への切り替え――そのマニュアルと伝達の必要性だ。

 それは必要性がないと目の前のクラナフに却下されたが。
「基地内の装甲車を手動に切り替えられるか?」
「既にルードに、他の整備兵に手順を教えるようにしました。ただ慣れたルードでも一台四時間近くの時間がかかります。とても一日で全てをとはいかないでしょう」
「構わない。出来るだけ急いでくれ」

「そのように伝えます。それで、敵基地への攻撃部隊はどうなったのでしょうか」
 問われて、クラナフは眉をひそめた。
 表情に迷いが浮かび、だが、真剣なアレスの視線に口が開かない。
 やがて、諦めたようにため息を吐いて、首を振った。

「攻撃中に、この基地と同様に装甲車が動かなくなった。メルトラン中佐は死亡し――一部を除いて、徒歩でこの基地に撤退しているそうだ」
「装甲車が動く時点で、撤退をと伝えたはずですが。間に合わなかったのですか?」
「あの時に撤退の命令が出せるわけがないだろう。こんな事が起こるなど、誰にも……」
 力強く机を叩こうとした拳は、前に立つアレスの視線によって力を失った。

 続く言葉は、アレスには届かない。
 ただ一人、目の前にいる人間がそれに気づいていたことは手元の資料から明白だった。
「可能性があると申し上げたはずですが」
「そう、可能性だ。だが、可能性で全ての装甲車を変更する権限など私にはない。ことはこの基地だけではなく、同盟軍全体に及ぶのだからな」

「ええ、知っています」
 呟いたアレスの言葉には、批判的な感情は一切なかった。
 ただ見つめる視線に、クラナフは視線とともに話題をそらした。
「おそらく敵はこの基地を攻めてくるだろう」
「装甲車が動かなくなったと敵は思っているでしょうね」

「それは防がなければならない」
 言葉に、アレスが片眉をあげた。
「ここは一時的に撤退するべきかと思いますが」
「なぜだ」
「装甲車が動いたとしても、敵が攻めるまでに全てを動かすことはできないでしょう。何より攻撃隊により過半数が壊滅した現状では、基地に残っている人数ではとても対応できません。これ以上の被害を出すよりも、すぐに撤退すべきだと思います」

「むざむざと基地を明け渡すというのか」
「現在の戦力では、敵の攻撃に対して満足な基地機能を保つのは難しいでしょう。むろんただでとはいいません。基地に爆薬を仕掛けて、敵の攻撃部隊も巻き込みます」
 淡々とした言葉に、クラナフは瞳を開ける。
 冗談で言っているわけではない。

 ただ、それこそが効率的だと、そのために感情すらも切り捨てる。
 自分のためならばと、他者を切り捨てる人間をクラナフは見てきた。
 しかし、そこにはあくまでも感情があった。
 だが、目の前の人間は。
 遥かに下の階級の人間に、クラナフは背筋を寒くする。

 この部屋は酷く寒い。
「……徒歩でこの基地に向かっている兵を見捨てるというのか」
「見捨てはしません。一時的に別の場所に姿を隠してもらい、動く装甲車で食料を運びます。そこで避難しつつ、戦闘が落ち着けば回収部隊を送ります。装甲車を基地の防衛に使えば、それも出来ません」

「その方が効率的だと、そういうのか」
「こちらに被害はなく、敵に損害を与えられ……」
「君らはいつもそうだな」
 アレスの言葉は強い言葉に遮られた。
「効率だ、非効率だと現場の人間の事を分かってはいない。現に寒さに凍え、基地へと向かう兵士の気持ちなど想像もしていない。無線で別の場所に避難をすればよいと、ならば無線を持っていない兵士はどうなる。見殺しか!」

「……」
「多くを救うためには見捨てる事が正しいのだろう。だが、見捨てられた兵士の気持ちも理解してほしい」
 一息に呟いて、クラナフは深い息を吐いた。
「避難はしない。この基地を救いと信じる兵士達を見捨てる事はできない――俺にはな。特務小隊にも防衛の任務についてもらう。各小隊長と話を詰めて、防衛計画を提出するように」

「……」
「命令だ。マクワイルド少尉」
「了解いたしました」
 言葉に、アレスは小さく頷いて、踵を返す。
 扉の前で振り返れば、厳しい表情でこちらを見るクラナフの姿があった。
 ゆっくりと唇をあげる笑みの動作。

 その表情に、クラナフは言葉を失った。

 + + + 

「敵は撤退したか」
 敵からの砲撃がなくなり、呟いたラインハルトの声に歓声があがった。
 ラインハルトをたたえる声が大きくなり、彼の名前が呼ばれた。
 それに対しても、ラインハルトは浮かない表情を見せる。

 形ばかりに声援に答えながら、ラインハルトは脇を歩く、キルヒアイスに口を近づけた。
「窮鼠猫を噛むとは良く言ったものだな。最後の抵抗は見事だった」
「立派な最期でしたが。生きていれば挽回の機会もあったでしょうに」
「どうかな。敵の情報を得るために拷問されていたかもしれない。死ねて良かったかもしれないな」
「まさか。捕虜の虐待は――」

「そんなもの戦死したとすればどうにでもなる」
 答えたラインハルトに、キルヒアイスは眉をひそめた。
 だが、否定の言葉は浮かばず、隣の金髪の少年に目を向ける。
 ラインハルトは心配するなと言わんげに、笑った。
「俺はそのようなことはしない。だが、残念なことに、ここの司令官は俺ではない」
 どんな人物かわかるだろうとの視線に、キルヒアイスは真剣な表情で小さく頷いた。

 無駄な斥候に、細工された水素電池。
 おまけに死体確認で部下まで送り込む周到ぶりだ。
 とても清廉とは言えない渦巻く欲望を肌で感じている。
 しかし、言外に油断をするなとの意味であろうが、仮にも命をかける軍がそこまで腐っていて欲しくないと思うのは、自分が甘いのだろうかとキルヒアイスは息を吐く。

 称賛の言葉を送られながら、歩く道は――来た時とは対照的だ。
 ラインハルトに向けられる視線の多くが、尊敬に満ちている。
 人間など現金なものだ。本人にとっては理解していないかもしれないが、当初の嫌悪をラインハルトは忘れていない。
 歓声の中をラインハルトは横目にして、歩き続けた。
 浮かぶのは嫌悪でもなく、喜びでもない。
 観察だ。
 凡人とはそのようなものだと思いながら、その凡人を使いこなさなければならないと思う。まだ自分は弱く、ならば、例え凡人であろうと関心をかっておいて損はない。

 後はどう使うかだが。
 視界に入った司令官室の文字に、ラインハルトは考えを切り替えた。

 + + +

 ラインハルトのみに入室が許された司令官室。
 キルヒアイスを入口において、足を踏み入れれば、暑いほどの暖気がラインハルトを包んだ。他の部屋で口うるさく言われる節電という言葉は、この部屋には関係がないようだ。
 一人小さく笑いながらラインハルトが足を進めれば、苦虫を噛み潰したヘルダーの姿が見える。防衛に際してのラインハルトの活躍は既に聞いているようだ。

 それを真っ向から否定も出来ず、ただ苦虫を噛み締めた表情ながら、
「ご苦労だった」
 と、ラインハルトの苦労をねぎらった。
「ありがとうございます」

 それに対してラインハルトも形ばかりの礼を口にする。
 だが、司令官室に入ったのは褒められるためではない。
 すぐに顔をあげればヘルダーを真正面から見た。
「大佐。偵察時に反乱軍の基地のデータを手に入れました」
「ああ。それも聞いている。その件についてもご苦労だった。さすがだな」

 さすがとの言葉に、ラインハルトは小さく目を開く。
 それが形になる前に、再び礼の言葉を口にして頭を下げた。
「私は役を果たしただけに過ぎません」
「それが出来ない奴が多いから困っている」
 呟いて、ヘルダーは息を吐いた。

 それは誰に対してであるのか。
 ラインハルトは頭を下げながら、苦笑する。
 しかし、すぐに笑いを消して顔をあげれば、ヘルダーを真っ直ぐに見た。

「おそれながら、申し上げます。反乱軍の基地データが手に入った現状では、敵が混乱から回復する前に攻撃するべきです」
「敵の攻撃によって、こちらも大きな被害を出したが」
「ですが」
 拳を握って、ラインハルトは身を乗り出す。

「敵が被った被害はこちら以上です。敵の装甲車が動かぬ今攻撃せずに、いつ攻撃できるのでしょうか」
 白い頬が紅潮し、興奮を浮かべる様子にも、ヘルダーは心が動かされた様子はなかった。
 表情に考えを巡らせて、しばし逡巡。
 言葉を待つラインハルトに視線を向ければ、ゆっくりと首を振った。
「ふむ。少尉の進言は的を得ている――わかった、すぐに攻撃隊を編成しよう。ミューゼル少尉、疲れているだろうが、君も隊に加わるように」

「はっ!」
 頷いて、ラインハルトは敬礼を行う。
 ヘルダーが答礼を返せば、一礼をして、踵を返した。
 その背に、ヘルダーが声をかける。
「ミューゼル少尉。帰りに誰かと会わなかったか」
「いいえ。我々の他に誰か偵察隊を出したのですか」

 ヘルダーの問いに即答したラインハルトに、ヘルダーは首を振った。
「いや。会わなかったらよい。出発は三時間後だ――急がせろ」

 + + +

「死んだか、フーゲンベルヒ」
 彼の問いに対して、ラインハルトは偵察隊を出したかと問うた。
 ヘルダーは誰かとは聞いたが、味方とは言っていない。
 たったいま攻撃があったばかりであるのだから、そう聞かれれば通常であれば反乱軍を想像するだろう。

 だが、何の疑いもなくラインハルトは偵察隊と断言した。
 確証はない。しかし、ラインハルトはどこかでフーゲンベルヒと出会っている。
 おそらくは生きてはいまい。
 そこにわずかな感傷すらも存在しなかった。
 小僧を二人殺す程度の仕事が出来ない人間など、生きていても価値がない。

 少なくとも今後いても役には立たないだろう。
 やはり、俺がやらなければならないか。
 と、ヘルダーは机からブラスターを取り出した。
 敵に相対しての戦いはどれほどぶりであろうか。
 最盛期に比べれば腹周りも大きくなった今では腕も落ちているだろう。

 だが、負けない。
 何度も死地をくぐり抜けた。
 ブラスターの弾がなくなって、反乱軍の首をナイフでかき切ったこともある。
 多少若く、腕に自信があったところで負けない自信がヘルダーにはあった。
 ブラスターの脇に置かれた紙を、ヘルダーは手にする。

 ラインハルトの暗殺。
 失敗は許されない。
 小さく息を吐いて、ヘルダーは手紙を胸に入れた。

「血気盛んなのは良いことだ。だが、高すぎる自信は自らを滅ぼすことになるぞ、小僧」


 
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