ネギまとガンツと俺
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第20話「試練―其の①」
学生達に告白の名所として知られる世界樹広場の大階段で、2人の男女が向かい合っていた。男は普段から愛用している詰襟型の学ランを着用。対する女は中学生の制服で見に包んでいる。
夕日が差し込み、彼等の赤い顔をさらに赤く塗りあげる。
小さな風が吹く。
背後にそびえる大きな樹が立派に茂らせた葉をさざめかせ、気持ちのよい自然の音色が彼らの緊張を高めていく。
180cm以上の身長を誇るその女性徒は、階段を数段下がることによって自身よりも10cm以上低い少年の頭の位置を平等に保たせていた。
「「……」」
台詞もなしに徐々に近づくお互いの顔。彼と彼女に言葉は必要なく、ただ唇を求めようとしていた。
少年が少女の肩に手をかけた。
まるでそれを合図にしたかのように、少女は両手を自分の胸の前で組み合わせ、乙女らしく目を閉じる。
「……楓」
呟いた名が風に乗り、空に舞う。大きく木々が揺らぎ、お互いの唇が触れ合おうとして――
「っ!?」
――飛び上がるように布団から跳ね起きた。
小動物のようにキョロキョロと周囲を見渡し、まだ窓から差し込む光が弱いことを確認。ベッドの上で、制服ではなくジャージを着ている自分。
先ほどのシチュエーションとは全く違う状況にある。
「……」
数秒ほど考え込み、そしてやっと気付いた。
「夢かい!!」
タケルの一人突っ込みが虚しく部屋に響いた。
時刻はまだ朝の4時半くらいだろうか。タケルはガンツスーツの上からスポーツウェアを着用して散歩していた。
最近ではミッションがなかなかのペースで起こっているため、ガンツスーツは出来るだけ身から放さないようにしているのだ。
「……はぁ~」
重いため息が出るのは当然、今朝の夢の内容のせい。
3日前の惚れ薬の事件から、どうにも楓のことが頭から離れない。フと息をつくたびに、彼女の笑顔が思い出されて、なにやら味わったことのない感覚に胸を締め付けられる。
「……駄目だな」
振り払おうと自然に目を配る。
無趣味なタケルにとって唯一の趣味と言っても、過言ではないかもしれない。適当な場所でそこにある自然を見つめては、何かを思うわけでもなく一人のほほんと佇む。
ミッションのような殺し合いばかりをしてきた彼にとって、和むこともいつの間にか好きなことになっていたのだ。
――久しぶりだな。
気持ちよくなり、目を閉じる。
視覚が閉ざされたことにより、その他の感覚が研ぎ澄まされるのがわかる。朝の匂い、虫や鳥達の鳴き声、少し湿気っているが、それが逆に気持ちのいい空気……様々な心地よい自然が流れている。
この世界に来てからこの行動は、初めてだった。
――今まで楽しかったから……か?
フッと微笑む。
以前の世界にいた時と比べて親切すぎる周囲が主にその原因だろう。一人で目を閉じたまま、思いを馳せていると後ろから声をかけられた。
「タケルか、こんなところで何をしている?」
「……エヴァ?」
目を開け、振り返ると、そこには確かに彼女がそこで立っていた。隣では茶々丸が、ぺこりと頭を下げている。その頭には乗っているのは人形……だろうか。
小さな蝙蝠のような翼を生やし、可愛らしくもどこか毒々しい姿が妙にタケルのツボを掴んだ。ジッと見つめてしまいそうになる自分を誤魔化すように挨拶を交わす。
「お、おはよう。こんな早くから仕事か?」
「まぁな……お前は?」
当然のように頷く彼女の問いに「散歩だ」と簡単に答える。
「ケケケ、マルデオッサンミタイナ趣味ダナ」
「……え?」
――エヴァでも、絡操さんでもなかった?
「オイ、コッチダ。テメェノ目ハ節穴カ」
――……となると。
ギギギと視線を動かし、その唯一の可能性の存在に目を凝らす。
「ヤット気付イタカ。御主人ノ評価ガ高スギルンジャネェカ?」
「茶々ゼロ……お前」
茶々ゼロという名の人形に呆れたように首を振るエヴァの姿が印象的だ。
「茶々ゼロって……いうのか?」
これに答えたのは、じっと黙っていた茶々丸だった。
「はい、猛先生……私の姉がご無礼を」
無機質に、そして申し訳なさそうにお辞儀をする彼女の言葉を、だがタケルは全く聞いていなかった。
ブルブルと体を震わせ、ジッと茶々ゼロを見つめている。
「……お、おいタケル?」
「……猛先生?」
「ナンダヨ、ソンナコトデ怒ッタノカ」
――気ノ小セェヤロウだ。
吐き捨てた人形のような彼女に、ついにタケルの我慢が限界に達した。
正に神速。恐らく、タケル史上、最速を突破したことだろう。
大地を踏みしめた音が響いたことをエヴァたちが知覚した時には既に茶々ゼロをその腕に抱えられていた。
「な」
――茶々ゼロが潰される。
反射的にエヴァと茶々丸が戦闘態勢に入ろうとして、
「可愛いっ!!」
タケルのとろけた声が聞こえた。
「「……は?」」
「ちゃ、茶々ゼロっていうのか……可愛すぎるだろ。え、なんだろ……コレが世に言う至高の存在っていうんじゃないのか? うわ、本気かよ、何って可愛さだよ、おい。反則だろこれ。レッドカードものじゃね、退場処分じゃね? っていうかむしろ殿堂入りだよな、コレ。いや、可愛いってマジで可愛い、っていうか可愛すぎだろ……いや、っていうか――」
「オイ、暑苦シイゾ」
「くぅうぅぅううううう!! 駄目だ、可愛いぞぉぉ、こんちんくしょ~~~!」
「オイテメェ、恥ズカシイジャネェカ、ヤ……ヤメロヤ」
「て……て、てて、照れてるぞーーーーーー! ツツツツツンデレかいぃぃぃ~!! 可愛すぎるぞおぉおおおぉぉぉぉ!!」
「「……」」」
ジッと戦闘態勢に入ろうとして固まったエヴァと茶々丸が恥ずかしそうに体を元の体勢に戻し、ついでに呆れたような目で変態を見つめる。
「……はっ!?」
彼女達の視線に気付いたのか、今まで完全に壊れていた変態がタケルに戻り、ピタリとその動きを止めた。
錆び付いた動きで「は……ハハハ」と乾いた笑みを浮かべる。
「お……お返しします」
とりあえず、落ち着いた彼だった。
「……いや、俺のところには来てない」
普通に戻ったタケルがエヴァの言葉にしっかりと答える。
その頭には茶々ゼロがしっかりと乗せられており、つまりは茶々ゼロ自身もタケルのことを少なからずは気に入ったということなのだろう。
「そうか」
タケルの返事にエヴァはクッと小さく微笑んだ。
今、彼等はネギの話をしていた。
どうやら3日前の午前中、花粉で苦しんでいるエヴァの下にネギが弟子入りを志願しに来たらしい。
そのことでエヴァに「お前のところには弟子入りに来ていないのか?」と尋ねられたのだ。当然、そんな話はタケルに来ていないので、「来ていない」と答えた、というわけだ。
「……随分嬉しそうだな」
タケルの指摘に、彼女は慌てて首を振る。
「な、馬鹿なことを言うな。私はそんな面倒なことは嫌いだ」
「そうか」
「……だが、そうだな。誰よりも私の下へと弟子入りに来たことに関しては、認めてやってもいいな」
――……どんな条件で弟子にしてやるかな。
ぶちぶちと呟く素直じゃない真祖さまにタケルは隣の茶々丸と顔を合わせて軽く頷く。よく耳を凝らせば「ケッ、御主人ハ素直ジャネケカラナ」とどこか機嫌の良い声で茶々ゼロも呟いている。
なんだかんだ『悪』だといわれていた彼女だったが、その心根はお人よしな部分が流れているようだ。
ほぼ孤独に生きてきたらしい彼女―もちろん、学園長情報―にとって、スプリングフィールド父子には良くも悪くも手を焼かされていて、それでも確かな居心地をそこに感じられているのかもしれない。
――やはり、この世界は気持ちがいい。
反吐が出るような腐った人間には今のところだが、会ったことがない。気持ちの良い、清清しい世界だ。
そんなことを考えたタケルが、朝の道を歩く彼女達とがそれぞれの寮へと別れようとしたときだった。
小気味良く地を蹴る音が響いていることに気がついた。
「ん?」
一斉に目を向けた先にあったのは中国拳法の自主練習にいそしむネギの姿。
「……あれは」
タケルにも見覚えがあった。クーの呼吸に通じるものがある。つまりは彼女に師事したということだろうか。
――……いや、だが?
それはおかしい。
ネギはエヴァンジェリンへの弟子入りを志願していたのではなかったのか?
全員が同じように考えているのだろう、食い入るようにネギを見つめている。
「ん?」
誰かがネギの元へと駆けて行く。
佐々木 まき絵。
タケルが私的に関わった中では、バレーボール事件の子供っぽい少女、という印象が強い3-Aの生徒だ。
「ネーギ君!」
彼女が夢中になって体を動かしているネギの背をバンと叩いた。
「あ、あれれ? まき絵さん……朝のジョギングですか!?」
「何やってるのーー? それってこないだ言ってた中国拳法?」
実は少し遠い位置にいたため、距離的に声が聞こえないと思っていたのだが、そんな心配は必要なかった。
――なんで、あんなに声が大きいんだ?
つい首を傾げてしまうタケルを他所に、まき絵の質問に対してネギが決定的な言葉を吐いた。
「ハ、ハイ。一昨日から古菲さんに教えてもらって」
――エヴァに志願した翌日……? エヴァの指示か?
訳がわからず、エヴァを見る。が彼女の師事ではなかったらしい。というかむしろネギの独断だったようだ。
「……ほう?」
彼女の軽く苛立たしげな声がタケルには聞こえた。
「フン……カンフーか」
ズイと前に出た。慌ててその後ろを茶々丸と共についていく。
「随分と熱心じゃないか、ボーヤ」
軽くお辞儀だけで挨拶をするタケルと茶々丸。タケルにしては珍しく声に出さないのはエヴァの空気を読んだというところだろう。
「あれー。タケル先生、エヴァさま、茶々丸さんも。おはよー」
「あ、おはようございます」
まき絵とネギの挨拶にも耳を貸さず、エヴァはむすっとして告げる。
「そっちの修業をすることにしたのか? じゃあ私への弟子入りの件は白紙ということでいいんだな」
「……え゛う゛?」
ビクリと体を震わせたネギと憮然とした表情のエヴァを交互に見つめる。
――つまり、3日前にエヴァに弟子入りを志願して、とりあえず保留されている間にそのままクーさんに弟子入りを果たした、ということか。
それはあまりにも誠意に欠けた行為。もちろん、ネギにはそんな自覚はないのだろうが。
彼はただ、強くなりたいという思いだけで、魔法と武術の両方を師事している。純粋に、そしてひたむきに強くなろうとしているのだろう。
ネギの気持ちも分からないわけではない。
――だが。
少しだけ呆れるようにネギを見つめる。
先ほどエヴァが見せたむず痒そうな、それでいて微かに照れた顔がタケルの脳裏をよぎった。エヴァが実際に裏切られたような感覚を覚えているだろうことは、容易に想像できる。まるで自分が裏切られたような気がして、ジクリと胸が痛んだ。
タケルが考え事をしている間にも、彼等の会話は進む。
「――じゃあな、子供にはカンフーゴッコがお似合いだ」
「あ……待ってくださーいっ」
ネギの言葉にも耳を貸さず、そのままエヴァンジェリンは背を向けて歩き出した。
「……やきもちですか、マスター?」
「な……? ち、違うわ!」
きっとそれは当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。エヴァ自身にも良くわからないささくれ立った気分を感じているはずだ。
「ちょっとー、エヴァちゃん。なんでネギ君に意地悪するのー? 弟子にくらいしてあげればいーのに」
なぜかムッとしているまき絵の文句に真っ先に答えたのはエヴァではなく茶々丸。
「ヤキモチだそうです」
「ちがうっつーのコラ! ……フン――」
何やら言い争いを始めようとしている彼女達に「ふぅ」と、小さくタケルが息を吐いた。別にどうでも良くなったわけではない。良くなったわけではないのだが、そもそもタケルには全く関係のないこと。
こういった問題は当事者達で解決するに限るのだ。部外者が口を挟んでも碌なことにはならない。当の佐々木まき絵は口を挟みまくっているが、それは彼女のスタイルなのだろう。
――いい気分転換にもなったし……帰るか。
頭に乗っていた茶々ゼロを物凄く名残惜しそうに茶々丸に引き渡す。いきなり手渡された茶々丸は当然のように首をかしげた。
「……猛先生?」
「授業で、また」
そっと歩き出す。
「いいだろう、たった今貴様の弟子入りテストの内容を決めたぞ」
――どうやら話はついたらしい。
一人で頷きながらも、もちろん歩みのペースを緩めることはない。例えそれがどれほど難しい内容のテストであろうと、関係のない彼が歩みを止めることはなかっただろう。
それは心のどこかでネギが責任を取るべきだ、という思いがタケルの中にはあったからだが、やはり最大の要因はそれではなく、当事者ではないということだからだ。
「そのカンフーもどきで茶々丸に一撃でも入れてみるがいい。それで合格にしてやろう……ただし1対1でだ」
やはり、ありえないほどに難しいテストだった。
……だが。
内心ではやれやれ、などと思いつつもゆっくりと歩き去っていくタケルに、次の瞬間にありえない言葉が届いた。
急にエヴァンジェリンがニヤリと笑みを浮かべた。それはもちろん、背を向けて歩いているタケルには見えなかっただろうが、ゾクリと嫌な予感を覚えさせた。
「いや、茶々丸ではなく……そうだな。タケルにしよう」
「「「……え?」」」
驚きに身を硬直させたタケルとネギ、それに茶々丸の声が同時に呆然と漏れた。
「いーよ、わかった。そんなの頑張ってるネギ君なら楽勝だよ!」
「ま、まま、まき絵さん!?」
アタフタと焦るネギを尻目に、最も驚いていたのはやはり『彼』だろう。
「ま……待て」
――なぜ俺が?
そう言おうとした彼に、エヴァンジェリンが「京都での貸しをこれでチャラにしたくないか?」
「う、ぐ」
京都で、エヴェンジェリンとフェイトに命を助けられた一件のこと。
「貸しのつもりはない」と答えた彼女に首を振って「ちゃんと返す」と言い張ったのは、他の誰でもないタケル自身だ。
声を詰まらせ、僅かに逡巡してみせ――そして。
「わかった」
頷いた。
「ええ、た……タケルさん!?」
ネギが半分泣きそうな声で抗議するが「す、スマン」とタケルに謝られてグゥの音も出なくなった。
それらを見届けていたエヴァンジェリンが「とりあえずもんでやれ」と一言。
「……行くぞ、ネギ」
反射的に身構えたネギに一足飛びで近寄る。一気に距離を潰したタケルは、まだその動きの速さに反応できていない少年を無造作に、片手で突き飛ばした。
「はぐっ!」
すっ飛ばされてそのまま壁に激突。やっと目が追いついたまき絵はその痛そうなネギの様子に慌てて駆け寄る。
「タケルに一発でも入れられたら貴様には芽があると思ってやる。場所はここ、時刻は午前0時にまけてやる。ま、精々頑張ることだな」
ハハハと笑いながら遠ざかっていくエヴァたち一行の姿を、タケルは暗澹たる思いで視界の隅に見届ける。
「ネギ?」
「ネギ坊主!?」
「ネギ先生?」
階段からアスナ、クー、刹那が順にタケルに「大丈夫!?」と駆け寄っていく。タケルはそっと静かに帰ろうとして、佐々木まき絵が酷く後悔した顔で呆然としているのを見つけてしまった。おそらく自分のせいでネギが大変な目にあうであろうことを察知したのだろう。
「……はぁ」
面倒そうに息を吐き、彼女に声をかけた。
「……え?」
「佐々木さんのせいじゃない」
「で……でもでもネギ君が」
「佐々木さんがエヴァを挑発してなくても、多分こうなっていた」
「……」
タケルの言葉に納得がいかないのか、沈黙で答える彼女に、タケルは言う。
「もしそれでも納得がいかないなら、あと2日という限られた時間をキミが出来るだけサポートしてあげればいい」
――後悔するよりもそっちのほうがネギにとっても助かるだろう。
「……あ」
ハッとして先生の顔を見つめる。微かにその顔が優しく微笑んでいるように見えて、まき絵は「はい!」と元気よく頷き、ネギのもとへと駆けていったのだった。
――彼女もまた純粋……か。
フワリと顔を見せ始めている太陽が暖かくタケルを照らす。
「……」
僅かの沈黙の後、その表情に映っているのは先ほどまでとは一切違う色。
「テストか……面倒くさいな」
最近、自分の変化を感じている彼だったが、こういう性格はあまり変わっていないらしい。黙々と一人で寮へと戻る道すがら、嫌そうにボソリと呟いたのだった。
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