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ミセスマーメイド

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第一章


第一章

                    ミセスマーメイド
 あの夏、去年の夏。あの時はまだ彼女は一人だった。
 一人だったから遊ぶことができた。一人だったから。けれど今は違う。
「来たのね」
「ああ」
 彼女と会ったのは砂浜。夏の砂浜。今ここにいるのは僕達だけ。
 白い砂に青い海。空にはそのままの白と青が広がっている。
 彼女は白いワンピースを着ていて麦わら帽子をその手に持っている。小麦色に焼けた肌が奇麗だ。
 顔も小麦色ではっきりとした目鼻立ちが余計に目立つ。紅の唇も黒く波がかった長い髪も。何もかもがその小麦色の肌のおかげで余計に映えている。
 去年の夏は二人で遊んだ。この砂浜で。けれど今はもう。
「もう。一人じゃないんだね」
「ええ」
 僕の問いに申し訳なさそうに答えた。
「そうよ。春にね」
「そうだったんだ」
「急に決まったの」
 その申し訳なさそうな顔を俯けさせてまた言ってきた。
「本当に急にね」
「そうだったんだ」
「貴方はまだ一人なのかしら」
 今度は僕に尋ねてきた。
「貴方は。どうなの」
「一応ね」
 隠しても仕方なかった。ここは真面目に答えた。
「いるよ。けれど」
「そうなの。いるの」
「それでも来たんだけれどね」
 君を忘れられなくて、言葉にはこの言葉も隠していた。けれど隠していてもすぐにわかる、それはわかっているけれどどうしても言いたかった。
「御免ね」
「・・・・・・雨が降ったけれど」
 彼女は僕の謝る言葉には応えずに天気のことを言ってきた。
「それに逢ったのね」
「ちょっとね」
 照れ臭そうに笑って答えた。これは本当のことで実際に僕のティーシャツはずぶ濡れだった。ここに来る途中の急な雨でそうなってしまった。
「災難だったかな」
「けれど。来てくれたのね」
 彼女はまたこう僕に言ってきた。
「私に会いに」
「うん。けれど」
 ここで彼女の左手の薬指を見た。そこには銀色の輝くものがある。小麦色の指に対称的なまでにその輝きを見せていた。まるでそこだけが別の世界みたいに。
「無駄だったかな」
「ええ。もう一緒にはね」
 また申し訳なさそうな顔で俯く彼女だった。
「もうね」
「そうだよね。君はもう」
「一人じゃないわ」
 またこう言ってきた。
「そしてもう一人ね」
「そうなんだ」
「去年は楽しかったわ」
 話が去年のことに移った。
「ここでずっと遊んだわね」
「そうだったね。二人で」
「ええ。二人でね」
 このことは忘れていない。忘れられないからここまで来た。ここで彼女と出会って夏の間ずっと二人だった。僕達は昼も夜も一緒だった。このことが忘れられなくてここに来てそして。彼女と今ここで会っている。
 携帯の向こうの彼女は何処かぎこちなかった。それがどうしてかわからなかったけれど出会ってそれでわかった。こういうことだった。
「けれどそれはもう」
「今幸せ?」
 僕は今度はこう彼女に尋ねた。
「今は。幸せかな」
「ええ」
 また僕の言葉に答えてくれた。
 
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