ギザギザハートの子守唄
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第五章
第五章
それで授業には出ることにした。こっからはごく普通の不良としての学園生活だった。カルコークには寄らなくなっただけで。けれどそれが急に終わっちまった。
真夜中だった。家に急に電話がかかってきた。電話に出たら仲間の一人だった。こいつがリーダー格、簡単に言うと番長だった。そいつから声がかかってきた。
「何だよ、御前から」
「大変なことになった」
そいつは震える声で俺に言ってきた。
「そこにあいつもいるな」
「あいつ?ああ」
弟のことだ。双子で俺と一緒に仲間達とつるんでる。それで七人ってわけだった。
「いるぜ。何か用か?」
「二人で来てくれ、すぐにな」
「すぐにって喧嘩か?」
最初はこう思った。こいつも随分喧嘩が好きだからだ。
「御前一人じゃ無理なのかよ。相手何人だ?」
「悪いが喧嘩じゃねえんだ」
声が震えたままだった。俺はそれを聞いていい加減おかしいと思った。それで尋ねた。
「何かあったな」
「死んだ」
急にこう言ってきた。
「死んだ?」
「ああ、バイクでな。死んだんだよ」
「死んだって誰がだよ」
嫌な予感がした。けれど誰が死んだのか全然わからない。だからまた聞いた。すると仲間の一人のことだった。バンドでドラムをやってるあいつが。死んだ。
「今さっき俺も話を聞いたんだ」
「マジか」
「こんな嘘言うと思うか?」
「いや」
否定した。こいつの性格はよくわかってる。だからすぐに否定した。
「ないな。じゃあマジか」
「駅前の病院だ」
今度は場所を言ってきた。
「他の奴にはもう声をかけてある。すぐに来てくれ」
「駅前のか」
「わかったな。今すぐだ」
「ああ、わかった」
答えるのと一緒に電話を切って服を着替えた。黒い皮ジャンだ。ついでに弟に声をかけて二人でバイクで病院に向かった。病院にはもう仲間が集まっていた。真夜中でしかも土砂降りだったからどいつもこいつも派手に濡れていた。けれどそんなことはもうどうでもよかった。
「来たな」
「やっぱり事実なんだな」
「ああ」
「マジだ」
仲間達は俺に言ってきた。集まってる廊下の一番奥に扉がある。一人がそこを指差して俺に言ってきた。
「あそこにいるぜ。寝てるよ」
「寝てるか」
「ああ、寝てる」
寝てるってのが何の意味か。もう言うまでもなかった。
「奇麗なものだぜ。案外な」
「そうかよ」
「まだ信じられねえよ」
別の奴が廊下の待合用の椅子に座って頭を抱えて言ってきた。
「あいつが死んだなんて。嘘だろ」
「いや、嘘じゃねえ」
「見ただろうが」
「ああ」
そいつは他の奴に言われてそれを認めるしかなかった。その通りだった。
「そうだよな。やっぱり」
「死んだのかよ、マジで」
俺は目の前に見えるその扉を見て呟いた。正直言ってまだ信じられねえ。
「バイクで。何てこった」
「お通夜は明日らしいな」
俺を呼んだリーダーが言ってきた。
「出るよな」
「当たり前だろ」
俺はすぐにその言葉に答えた。
「仲間じゃねえか。葬式にも出るぜ」
「俺も」
「俺もだ」
ここにいる奴はどいつもこいつも同じだった。だから仲間をやっている。そうじゃなきゃ仲間なんかやってる筈もない。俺達はそんな仲だった。
「じゃあ決まりだな。行くぜ」
「ああ」
こうして俺達は死んだあいつの葬式に出た。それが終わってから残った奴等で向かったのは。病院で聞いたあいつが死んだ場所だ。線路の下のガレージ。見ればガードレールが激しくへこんでいた。
「ここにぶつかったんだな」
「そうみたいだな」
一人が俺の言葉に応えてきた。
「血とかはなかったのかよ」
「打ち所が悪くてな。それで駄目だったらしい」
「ちっ」
俺はその説明を聞いて。思わず舌打ちした。
「そんな簡単にくたばりやがってよ。何なんだよ」
「けれど死んだのは確かだ」
「あいつはもう」
「わかってるさ。っていうか」
お通夜と葬式のことを思い出して。俺はまた言った。
「あいつは死んだんだ。それはわかるさ」
「そうだな」
「ガードレールがもう」
「馬鹿野郎が」
俺は今度はこう言った。
「さよならも言わないでよ。何なんだよ」
「いや、言おうぜ」
一人がここで言ってきた。
「ここで死んだんだからな。だから」
「ここでか」
「ほら」
誰かがスプレーを出してきた。いつもこうした場所で落書きに使っていたスプレーだ。それを俺に手渡してきた。
「最初は御前が書け」
「俺か」
「皆で書くからな。最後の言葉だ」
「あいつのだな」
「ああ、そうだ」
また俺に答えてくれた。
「皆で書こうぜ。最後にな」
「わかった。じゃあまずは俺がな」
「ああ、書け」
「書こうぜ」
こう言い合ってからまずは俺が書いた。赤いスプレーだった。俺は一言あばよって書いてやった。書いていて何も言えなくなった。最後の奴が書き終えると。
泣いた。俺だけじゃない。今ここにいる奴皆が。自然に涙が出て。それで泣いちまった。
「馬鹿野郎が」
最初に言ったのは俺だった。
「死にやがってよ」
「全くだ」
一人が俺の今の言葉に頷いた。こいつもやっぱり泣いていた。声まで泣いていた。
「七人でずっと一緒だって言ったじゃねえかよ」
「何で死んだんだよ」
「御前一人だけ」
皆言い出した。涙に濡れた言葉で。六人の言葉が一つになっていた。
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