ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
魔法使いVS地獄の王子
《笑う棺桶》。半年前、フロアボス戦さながらの討伐隊が結成され、消滅した殺人ギルド。総勢数十余人。活動は主に殺人。次に殺人。最後に殺人。たまに盗みなども行っていたようだが、その活動の全容はいまだに見えないままだった。
結成が全プレイヤーの知るところとなったのは、デスゲーム開始後初めての年明け、2023年1月1日。カテゴリは《犯罪者》をも超える、初の《殺人》……。もちろん、実際にカラーカーソルが赤になるわけではない。しかし、オレンジすら超える犯罪の色、モンスターとなんら遜色のない存在として、《レッド》のカテゴリが与えられたのだ。
『この世界はゲーム。なら、可能なことは何でもやってよい』を掲げ、狂気的な犯罪に手を染めるプレイヤー達。様々な対策方法を考えても、それすら超越する新たな殺人を繰り返す。討伐されるまでの犠牲者は総勢で三ケタにも上る数となったという。
そんな狂人たちを率いていたのが、今、シェリーナの目の前にいる男、《地獄の王子》PoHだ。コミカルな名前ではあるが、彼の強さは攻略組に匹敵するほど。そもそも、当初は攻略組として参加していたこともあったらしいのだ。もちろん、服装や装備は偽装で、アイテムによって名前すら偽装していたらしいが……。
《友切り包丁》という物騒な名前の『本当に短剣なのか』と疑いたくなるほど巨大な包丁を華麗な手さばきで使いこなし、最低でも三ヶ国語を流暢に使いこなすマルチリンガル。DJのようなマシンガン口調で話すPoHに誘惑され、彼の元に集ったオレンジプレイヤー達。そのほぼすべてが、あの討伐戦で捕縛されるか、殺された。しかし、死者にも、捕縛者にも、PoHは含まれておらず、ずっと捜索が続けられていた。
それが、今、目の前に立っている。
「どうして……どうしてお前がこんなところに!!」
「That's foolish question……俺は新人団員のラフコフとしての初仕事を見に来ただけだぜ?」
新人、団員……まさか……!
シェリーナが崖の下を見ると、クラディールがその腕のガントレットを外し、純白のインナーの腕をめくるところだった。そしてそこには――――ニタニタと笑う、棺桶の刺青があった。笑う、棺桶……。
クラディールが大剣を構えなおし、キリトに斬りつける。
「っ!キリトさん!!」
「Girl、感謝しな。てめーの大事な《黒の剣士》が殺されるところ、特等席で見せてやるぜ」
「!!」
またしても、いつの間にか後ろにPoHが立っていた。彼の左手がひらめき、シェリーナの首をつかむ。
「あっ!」
ネックブリーカー、とでもいうのだろうか。つるし上げられたシェリーナのフードが外れ、素顔があらわになる。PoHが口笛を鳴らす。
「Wow……意外に美人じゃねぇか。こりゃぁ後でいろいろ楽しめそうだぜ……と、その前に」
グリン、とシェリーナ頭をキリト達の方向に向けさせるPoH。
「ぐっ!!」
「よーく見ておけよ、《黒の剣士》サマが無残に死に行く様をな」
クラディールが剣を振り下ろすたびに、キリトのHPが少しづつ、少しづつ、減っていく。
「キリトさん……キリトさん……!!」
「クラディール、だったか?なかなかやるな。将来有望ってやつか?」
クラディールの剣をキリトの腕が押さえる。もうキリトのHPは一割ほどしか残っていない。このまま剣が突き立てられれば、キリトは死んでしまう。
「死ね――――死ね――――――ッ!!」
「キリトさん―――――――――!!」
クラディールが狂気の叫びをあげ、剣を握る腕に力を込める。
シェリーナが悲鳴を上げ、目をつむる。
そして、キリトに今まさに剣が突き立てられんとしたその瞬間――――突如、白と真紅の閃光が走った。それは、クラディールを弾き飛ばすと、キリトのそばに跪いた。栗色の髪が見える。
「アスナさん!」
「《閃光》だと!?馬鹿な……」
狼狽するPoH。そして、直後PoHの体に衝撃。
「What!?」
「いっ!?」
PoHに投げ捨てられ、地面にしりもちをつくシェリーナ。尻をさすりながら衝撃の飛んできた方向を見たシェリーナは、そこにいた人物を見て、驚愕に目を見開いた。
銀色に近い灰色の髪。いつも優しげな光を湛えていた赤銅色の瞳は、今は憤怒の一色で染め上げられている。普段の魔導服とはどこか違った雰囲気の漂う魔導服を着、両手で槍のようなものを構えたその男性プレイヤーは……
「ドレイクさん……!?」
《剣の世界の魔法使い》ドレイク。第七十四層の《エネマリア》、ひいては《仄暗き森》から出ないはずの、この世界唯一の魔法使いが、今、ここにいた。
「どうしてここに……」
「嫌な予感がしまして。無理を言ってやってきました。そうしてみれば案の定このような事態に……遅れてしまってすみません、シェリーナ」
「テメェ……」
PoHが右手の《友切り包丁》を構える。
「どこかで見たような顔してやがるな……おいお前、俺と会ったことが有るな?」
「《私》としては初めましてです、《地獄の王子》。しかし、《俺》としてはこれが三度目です」
「何……!?」
「え……?」
ドレイクの言葉が、不自然だった。彼は、今まで一度も『俺』という一人称は使ったことがない。それに、今の口ぶりでは『私』、そして『俺』を何らかの場面で使い分けているという風に聞こえる――――
PoHはドレイクを注意深く観察し、そして、驚愕に目を見ひらく。
「Impossible!!お前は確かにあの日、殺したはず!!」
「殺した……!?」
どういうことだろうか。シェリーナは、驚愕の声を漏らした。
SAOでは、『殺し損じる』、ということは基本的に起こらない。死体が残らないからだ。プレイヤーの消滅現象であるポリゴン片の爆散エフェクトが消えた後は、そのプレイヤーはナーヴギアによって脳を焼切られ、アインクラッドからも、現実世界からも、永遠に姿を消す。だから、「殺したと思ったのに実は生きていた」ということは、基本的にはあり得ないのだ。
そして、PoHの口ぶりからすると、彼はドレイクが死亡し、アバターがポリゴン片と化して爆散するその瞬間を目撃しているようなのだ。つまり、ドレイクはこの世界で一度死んだ、ということになる。そして、この世界で蘇生する方法はたった一つ。死亡から爆散エフェクト消滅までの10秒間に、《還魂の聖晶石》というこの世界唯一の蘇生アイテムを使うこと。
しかし蘇生クリスタルはオンリーワンのユニークアイテム、現在はキリトによってそれを託されたクラインが所持している。恨み妬みで殺人が起きるこの世界で、その情報はかなり危ない。知っているのはシェリーナを始めとする本当にごくわずかな人間だけだ。
そしてそれは、いまだクラインの手元にある。つまり、この世界で死亡した場合、蘇生する方法は、無い。
驚愕さめやらない表情のPoHに、ドレイクは冷静に答える。
「そうですね。確かに一度HPが無くなり、死んだのを覚えています。しかしそれは――――」
そこでドレイクは口をつぐんだ。
「やめましょう。あなたに話しても意味はない、《地獄の王子》。……それより」
ドレイクの眼に宿る光が一層の怒りの色を覚える。表情が厳しく歪む。
「我々の友人を傷つけた罪を償ってもらいましょう」
ドレイクが言う『友人』が、シェリーナであることは明らかだ。PoHはハッと嗤うと、右手の《友切り包丁》をクルクルと指でまわした。
「笑わせるなよBoy。その木の棒だけで何ができるっていうんだ?」
確かに、ドレイクが持っているのは木の棒だ。それも、ところどころが無骨になっていること、先端に金属の矢じりがついてないことなどを除けば、その外見は非常に《スモールスピア》……槍系の装備の初期武装に酷似していた。さすがのPoHもそれには拍子抜けしただろう。
だが――――だが。シェリーナだけが知っている。あれは、槍などではない。ドレイクに武器はいらない。なぜなら、彼はこの世界唯一の《魔法使い》。で、あるならば、あの木の棒は、槍ではなく――――
杖だ。
「《フレイム・ランス》!!」
ドレイクの杖が振るわれる。そこから、三本の炎の槍が飛び出し、PoHを貫いた。
「ごは!?」
「《フレイム・トーレンツ》」
続けて振るわれた杖から、先ほどの倍以上の数の矢が飛び出す。それらは回避動作をとるPoHを追跡し、その体を貫いた。
「Bastard……なんだ、そいつは」
「《魔法》ですよ。あなた達が決して持ちえない」
「Suck……ユニークスキルって奴か?」
「さぁ?どうでしょうね……《ジャッジメントライツ》」
瞬間、ドレイクの足元にこれまではなかった純白の《魔方陣》とでもいうべき存在が浮かび上がる。内側・中央・外側の三つの円で構成された、複雑な模様を描くそれが、ガシャン、と言う音を立てて、まるでパズルのように模様の形をそろえた。
そして……魔方陣が弾け、純白の光が視界を塗りつぶす。
「ぬあぁああああ!?」
PoHが悲鳴を上げる。
「こいつ、は……」
「《神聖属性ダメージ》です。教会で掛けてもらえるおまじないや、《神聖剣》の《聖なる一撃》などに代表される。本来はゴースト系モンスターに有効なダメージを与えるための属性ですが……隠し要素として、犯罪者プレイヤーへ大ダメージを与える、という物があるんです」
ドレイクの言葉どおり、PoHのHPは信じられないほど減って、今やレッドゾーンぎりぎりのところでイエローを保っている。
「Shit……覚えていやがれ。いつかてめーら全員、ぶっ殺してやる」
瞬間、PoHの姿が消える。隠蔽スキルを使ったのだ、ということに気が付いたのは、簡易マップの端にオレンジ色の光点が消えた瞬間だった。
「やれやれ、逃げられてしまいましたか」
はっとしてシェリーナは、ドレイクの方を見た。ドレイクは強大な力を発揮した魔法の杖を地面に突き立て、嘆息していた。
――――強い。
シェリーナの胸中には、そればかりが渦巻いていた。
強い。圧倒的だ。あのキリトですら、かつて戦った時には苦戦したPoHを、初撃も合わせてたった四発の魔法だけで退けたのだ。何という強さだろうか……。
「ふぅ。……大丈夫でしたか、シェリーナ。遅くなって本当に申し訳ありませんでした」
「いえ……!あの、ありがとうございました」
「いえいえ。……今頃王がひどくお怒りになっているでしょう」
ドレイクは、自分を助けるために、ほとんど勝手に《エネマリア》を抜け出してきたに違いない。ドレイクが来てくれなければ、シェリーナは死んでいたかもしれない。キリトを見せしめに殺されて……。
そういえば、キリトはどうなったのだろうか。アスナが助けに来たようだったが……。
シェリーナは、崖から身を乗り出し、眼下のキリト達を探し――――
「あ……」
そこでは、キリトとアスナが唇を重ねあわせて抱き合っていた。
キリトは、アスナを選んだのだ。
「……当然、ですよね……」
「?……どうかしましたか」
「いえ」
しかしシェリーナは、自分の眼から何か熱いものがこぼれていくのを止めることができなかった。
わかっていた。シェリーナはあの日、キリトの事をあきらめたのだ。自分が到底追いつける存在ではない。自分では、彼の足手まといになってしまう。そう、自分を戒めて、彼の元から去ったはずだ。キリトの隣には、自分のような脆弱な女ではなく、アスナのような強い人がいるべきなのだ。そう、自分で見切りをつけたはずだった。
けれども、涙はいつまでもいつまでも流れ出てくる。止まらない。SAOのオーバーな感情表現機能が恨めしい。ドレイクに、心配をかけてしまったではないか。
「ど、どうしたんですか!?何か、怪我でも……」
「いえ……いえ……なんでも、なんでもないんです……」
それでも、涙は止まらなかった。心の中に、ぽっかりと穴が開いたような気分だった。
「うっ……うっ……ふぅ……うぅ……ぁぁ……」
嗚咽を漏らすシェリーナの背中に、ふと、意外とがっしりした掌が当てられる。掌は、シェリーナが落ち着くまで背中をさすってくれていた。ドレイクだった。
「……落ち着きましたか」
「はい……」
ドレイクは、苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。ハラスメントフラグをたててしまったようです」
「いえ。大丈夫です」
視界に表示された【対象を黒鉄宮に送りますか?】の表示の、【No】を選択する。紫色の警告ウィンドウは、しゅわっ、という音と共に消滅した。
「……何かが失われたときに、それと対価に何かが手に入る。この世界は……いえ、この世はそんな法則の元に動いてます」
ドレイクが、ポツリとつぶやいた。
「それは、魔法のようなものです。私の《魔法》も、決して無対価で力を発揮できるものではない……シェリーナ。何かを失ったのであれば、それによって得られたモノを探してください。それが、もう二度と《失わない》ことへのヒントになります」
「……はい」
何を、得たのか……。シェリーナは、それを探しながら、立ち上がった。
後書き
次回、超絶ネタバレ回!
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