ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
異世界の民
「ようこそ、シェリーナさん。私たちの世界へ」
ドレイクがにっこりと笑みを浮かべる。シェリーナは、呆然とするしかなった。
そこでは、モンスターが生活していた。いや、モンスターも生活するし、町のようなものを作るモンスターも存在する。しかし、ここにいるのはそんなものとは無縁であるはずの者たちだった。骸骨系、竜人系、獣形、人型……多種多様なモンスターたちが、まるで人の様に生活していた。
「ど、ドレイクさん……これは……」
「私たちの町です。各層を転々としています。名前は《エネマリア》。恥ずかしながら、私がつけさせていただいた名前です」
ドレイクが照れ笑いを浮かべる。至らないものを見られた、年相応の子供のような表情だった。
「シェリーナさんはモンスターが生活するのを見たことがありませんか?初めて見るでしょうか」
「シェリーナでいいですよ……いえ、そういうモンスターがいるというのは聞いたことがありますし、実際ゴブリンの集落を訪れたこともあります……ただ、システムに保護されている《背景》に、こんな光景が広がっているなど、全く想像していませんでしたから……」
ドレイクはくすくす、と静かに笑った。
「失礼。たしかに、そうでしょうね。私もはじめて彼らに出会った時、驚愕しましたよ」
『ドレイク』
突然、空気が重くなった気がした。
ドレイクが跪き、首を垂れる。
「《王》よ。《来客》をおつれ致しました」
『そうか。その御仁だな?』
「ええ。そうです」
ずずず、と闇が噴き出てきた気がした。次第に形を成したそれは、黒い龍だった。大きさは二メートル近く。ボスモンスターにしてはサイズが小さいが、間違いなく気配はボスのそれだった。《王》。まさしくそんな呼称が似合うモンスターである。
「紹介します。私たちのリーダー、《ザ・ドラゴンロード・オブ・ミッドナイト》……通称《黒龍王》です」
『そんな大層な名で我を呼ぶな、友よ。……そしてそちらの人間。出会えたことを光栄に思う。我の事は好きなように呼んでくれ』
「あ、はい……黒龍王さん」
シェリーナは呆気にとられて、無意識のうちにそう答えてしまった。直後、しまった、と思う。いくらなんでも《さん》は失礼だったかもしれない……。
しかし、そんな不安は黒龍王のハッハッハッハッハ、という豪快な笑い声で吹き飛ばされた。意外に人間味あふれる仕草で、黒龍王は
『かしこまるな。この地を踏んだからには、汝も我が友。我は友との会話こそを愉悦とする。汝の方も、我を友として認めてくれればうれしい限りだ』
本当に、この世界……《ソードアート・オンライン》の管理システム、《カーディナル》が動かしているNPCなのだろうか。それほどまでに、黒龍王は人間味が強かった。自然と、シェリーナの頬も緩む。
『……不思議か?我らがなぜこのように知性を持つのか。本来の役割とは別に我々がこのように生活している理由が知りたいか』
「……失礼でなければ、お聞きしたいです」
「では、私が説明させていただきましょう」
長い話になるのでお座りください、と言って、ドレイクがにっこりと笑う。
シェリーナが座ったのを見ると、ドレイクも腰をおろし、話し始めた。
「シェリーナは《キャンペーンクエスト》に挑戦したことがあるでしょうか」
「《キャンペーンクエスト》……《シリーズクエスト》との違いがよくわからないままですが、その類のものを受けたことは有ります」
私にもよくわかりませんが、とドレイクは言い、話を続ける。
「《キャンペーンクエスト》は複数層にまたがって物語が進むクエストで、《シリーズクエスト》と異なり、受注する度に異なる結末を迎える……まぁ、Aという人とBという人では物語……世界とでもいえばよいのでしょうか……が異なるクエストだと私は考えています。実際、Aさんの物語とBさんの物語は一切干渉しませんから。……例外を除いて」
例外……それが何なのか、少し引っかかったが、質問は後にすることにして、シェリーナは先を促す。
「そんなキャンペーンクエストの一つに、エルフの勢力争いに関係する物があります。アインクラッド第三層から第九層に至るまでのクエストです。そのクエストでは、《ダークエルフ》と《フォレストエルフ》の剣士のデュエルを助太刀し、助けた方の種族について勢力争いをするものです。先ほども言った通り、展開は微妙に異なりますし、それに別の勢力に付いたプレイヤーと争うこともありません。……話を戻しますね。そのクエストの、《干渉しないはずの物語》に例外があります。エルフの剣士は、相手を倒すために自滅し、相打ちになるのです。その剣士の最期の頼みを聞き届けるところから、このキャンペーンクエストは始まります」
しかし。ドレイクはつなぐ。
「本来最前線プレイヤーでも倒すことの難しいエルフの剣士を、まれに何らかのアクシデントで倒してしまい、一方が生き残る、といったことが起こります。その場合、味方側のエルフからいろいろな情報を聞けるのです。……シェリーナ。現実世界で、《アインクラッド》に関する詳しい設定を聞いたことがありますか?」
言われてみれば、現実世界では《ソードアート・オンライン》というゲームに関する設定は溢れるほどあったにもかかわらず、《浮遊城アインクラッド》についての詳しい設定を聞いたことはなかった。特に設定はないのだろうと思っていたのだが……。
「いいえ……もしかして、何か関係が?」
「ええ」
ドレイクは一つ頷く。
「かつて……この浮遊城は、地上とつながっていました。そこは《剣技》と《魔法》が織りなす世界。様々な種族であふれた世界」
「それが、SAOの舞台なんですね」
はい、とドレイクは頷く。
「しかし、ある日、その世界は神の怒りに触れます。神は大地を破壊し、消滅させました。異世界の民は散り散りになり、消えゆく世界と共に死んでいく者も少なからずいたと言います。そんな中、一部の種族は唯一残った大地を、最後に残った大魔法によって浮かべ、そこを浮遊城《アインクラッド》としました。異世界の大地が消えたことにより世界からマナは消え去り、《魔法》は《まじない》、それも限定的な物に限られてしまいました。それがいわゆる《マジックアイテム》……ここまでは、よろしいでしょうか?」
あっけにとられたシェリーナは瞬きをすると、
「話がすごすぎて上手くついて行けませんが……なんとか、大丈夫です」
とうなずいた。
『はっはっは。これからが本番だぞ』
「脅かさないでください、王よ。……それでは、私のスキル《魔法》についてご説明しましょう」
ついに来たか――――。シェリーナは、一層息をつめた。
「私は見ての通り人間です。現実世界にきちんと本当の体がある、ね。そんな私が、経緯はまた長くなるのでまたの機会としますが、この《エネマリア》の皆さんと出会った少し後、異世界との絆を取り戻す足がかりの役目を与えられたのです。スキルウィンドウに、見覚えのないスキルの名が。名前は《魔法》。そのままですが、失われたはずの《魔法》を行使するスキルでした」
見てください、とドレイクが言う。彼は小さく何かをつぶやくと、指を立てた。そこに、ぽっ、と音を立てて真っ赤な火がともる。
「すごい……」
『これだけではないぞ。ドレイクよ、見せてやれ』
「やれやれ、周りに被害が及ぶので本当は使いたくないんですがね、あれ……最小限にさせていただきますよ」
ドレイクは小さな火種をともした指を誰もいない木々の隙間に向けた。そして、呟くようにひとこと。
「《フレイム・ダンス》」
ブワッ!!と火焔が燃え上がる。ちりちりと木々が焦げ、火が消えた後には真っ黒な炭だけが残った。
「今のは《魔法》のソードスキルに当たる《術式》の一つ、下級術式《フレイム・ダンス》です」
「フレイム・ダンス……」
はい、と言ってドレイクはのばしたままの手を戻す。
「これが私に託されたその日から、私はこの《エネマリア》の住人として過ごしています。プレイヤーとは違う異質な力を持った存在。《異形種》と同質の存在として。《エネマリア》のモンスター達には、普通のモンスターとは違うアルゴリズムが与えられています。この空間は、SAOのシステム《カーディナル》から切り離された、数少ないエリアなんですよ」
そろそろ帰った方がよいかもしれませんね、とドレイクが空を見上げて言う。空は太陽が沈み始め、少し暗くなってきていた。ウィンドウ上の時計は五時三十分を指していた。
「大変、そろそろ戻らなくちゃ……」
「シェリーナ」
立ち上がったシェリーナを、ドレイクが呼び止める。振り返ったシェリーナに、ドレイクは黒い石の嵌ったネックレスを渡した。
「それがあれば、この《エネマリア》に立ち入ることができます。それと、今日ここであったこと全ては、あなただけの秘密にしてください。一切他人には教えてはいけません」
「わ、分かりました……」
ドレイクの真剣な表情に押される形ではあったが、シェリーナはうなずいた。満足したようにドレイクも笑顔になり、頷く。
『シェリーナよ。また来てほしい。我らは汝の訪問を心待ちにしているぞ』
「また来てくださいね、シェリーナ」
シェリーナははい、と言うと、手を振って《エネマリア》の《不可侵エリア》をでて、《仄暗き森》へと出た。
これが、シェリーナとドレイク達《エネマリア》の出会いの物語。
主街区に帰還したシェリーナは、アインクラッド第七十四層が攻略されたこと、そして、キリトの《二刀流》がついに明るみに出たことを知った。
後書き
《魔法》スキルを始めとする、ドレイク君にかかわる様々な矛盾点の多くはGGO編で明らかになります。
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