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ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~

作者:神話巡り
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
  シェリーナ

 ソードアート・オンライン。鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》を舞台とした、ゲームオーバーが現実の《死》となるデスゲーム。それが始まってから、もうすぐ二年の月日が流れようとしていた。現在の最前線は七十四層。生き残っているプレイヤーは六千四百人余り。

 はるかかなた、この城の頂に辿り着くには、まだ早かった。


 ***


 アインクラッド第五十層、《アルゲード》は猥雑の一言に尽きる街である。かつてはにぎわっていたであろう電気街が、再びごった返したかのような街だ。裏路地は非常に曲がりくねっているため、住み慣れていない者が地図もなしに踏み込むと、出られなくなってしまう。一応、NPCに少額のこの世界の通貨(コル)を渡せば《転移門》のある広場まで案内をしてくれるのだが、最下層に住むプレイヤーが遊びで来て迷い、その少額すらなく、いまだに裏路地をさまよっているという噂もある。

 そんな街を、ゆっくりと歩く影が一つ。深紅色のフードつきローブ(フーデッドローブ)を羽織ったそのプレイヤーは、暗い電気街の裏路地の中で、比較的人通りの多い通路を歩いていた。その先には一軒の雑貨店が存在する。

「いよっしゃ!《ダスクリザードの皮》、500コルだ!!」

 そこでは、いかつい風貌の店主が、気弱そうな槍使いの青年の背中をたたいているところだった。ダスクリザードの皮は比較的強力な鎧の材料になる。さすがに500コルは無いだろうと思いつつも、ここは黙っておこう。

「また来てくれよ、兄ちゃん!」

 槍使いの青年はどこかショックを浮かべた顔で店を出て行った。彼とすれ違いで店内に入る。店主の眼が新たな来客に向けられる。

 チョコレート色の肌の巨体。ぎょろりとした目つき。睨めば鬼でも逃げていきそうな風貌。SAOでカスタマイズできる数少ないカテゴリである髪型をスキンヘッドにした、一流の斧使い兼この店の店主、エギルは、来店者が誰なのかを理解した瞬間、なかなか愛嬌のある笑いを浮かべた。

「おう、シェリーナじゃねぇか。どうしたんだ、こんなところに顔出すなんてよ」
「お久しぶりです、エギルさん」

 フードつきローブ(フーデッドローブ)の中から聞こえたのは、高めの女性の声。プレイヤーは周りを確認し、店内にも路地にも、エギルと自分以外にプレイヤーがいないことを確認すると、そのローブのフードを取り払う。すると、中から町中を歩けば注目の的になるであろう、十人中十人がそうと認めるほどの美少女が現れた。それも金髪碧眼の。しかもアホ毛。

 アインクラッドでは、髪の毛の色、髪型、目の色をカスタマイズすることができる。そのため、金髪碧眼そのものは不可能ではないのだが、何せ素材が素材、日本人である。あまりぱっとしないことが多いのだが、彼女はそんなことはない。完璧と言っていいほどその外見がマッチしている。

「相変わらずのぼったくり商売ですね。よくお客がいなくなりませんね……」
「ひでぇ言いようだな。これでも結構儲かってるんだ」

 この店にやってきた顔見知りのプレイヤーたちにとってもはや一種の儀式と化している会話の後、エギルが商人の顔になって聞いてくる。

「今日はどうした。買い取りか?」
「はい。え~っと……ちょっと待ってくださいね」

 シェリーナと呼ばれたプレイヤーは、腰から下げたポーチをごそごそと漁る。ウィンドウからいちいちアイテムを出す作業を省略するための、簡易ポーチだ。シェリーナはその中から真っ赤な半透明の鉱石(インゴット)二つを取り出す。

「これ、買い取って下さい」
「ふぅん?どれどれ?ちょっと見せてくれよな……」

 エギルはシェリーナから鉱石(インゴット)を受け取ると、商人クラスに必須のスキル、《鑑定》を起動させた。このスキルは、タップしたときに出現するアイテム情報を、名前、クラス、製作者名をはじめとする、より詳しい情報に拡張するモノだ。
 
 鉱石の鑑定を始めたエギルの眼が、驚愕に見開かれる。

「おいおい!こりゃぁ……《アシュレィの秘石》じゃねぇか。どこで手に入れたんだ、こんな代物」

 《アシュレィの秘石》は、アインクラッドの設定とも深く関与するS級インゴットと呼ばれるアイテムだ。

 アインクラッドに存在するアイテムは、基本Z~Xまでのランクに分けられており、X級アイテムは現在ほぼ入手不可能と言われている超貴重なアイテムだ。Sランクのアイテムですら手に入れるのはかなり難しいので、SS、SSS、Xとなればその入手難度が相当なものであることはうかがい知れるだろう。

 《アシュレィの秘石》。この石を素材として作り上げた武器は異常な強さを誇ることで有名である。今までその出所は不明であり、たった一人、クエスト報酬で手に入れたと言うプレイヤーがいるのみである。

 もっともその情報は今から大分前のものだ。シェリーナがそれを手に入れてきたということは、入手経路がほかにもあるということだろう。エギルは商人としても、プレイヤーとしても興味をそそられ、つい聞いてしまったのだ。

 が。

「……企業秘密、です」
「そうだよなぁ~」

 エギルが苦笑いする。

 シェリーナは自分の行動をほとんど秘密にしている。エギルとはだいぶ親しい間柄で、付き合いも長いが彼もシェリーナについてよく知らない部分が多い。

「今日は何つー日だよ。さっきもキリトの野郎が……」
「……っ!キリトさんが来てたんですか!?」
「orz……」

 エギルはシェリーナの極度の変貌に気圧されたように口を閉じた。

「あっ……ご、ごめんなさい……あの、続けてください」

 シェリーナは顔を真っ赤にしてエギルに話の先を促す。

「お、おう。さっきもキリトの奴が《ラグー・ラビットの肉》持ってきてよ」
「それで!?売ったんですか!?」
「いや。そこにタイミング良くというか悪くというかアスナが来て、半分食わせてくれたら料理してやるって言ってよ。ちょっと向こうの護衛と一悶着あったんだが、キリトはアスナに《ラグー・ラビットの肉》を料理してもらうためにアスナの家に行った」

 その瞬間。

 シェリーナに一瞬謎のオーラが立ち上ったような気がしたが、瞬きする間もなくその気配は消え、いつものシェリーナに戻った。

「そうですか……」

 残念そうに言うシェリーナ。

「なんだ?どうかしたのか?」
「いえ。《ラグー・ラビットの肉》はS級食材と言いますから、料理して食してみたいと思っただけです。キリトさんたちが食べてしまったのであれば仕方ありませんね……」

 すでにそこには、先ほどまでの興奮した少女の面影はなく、普段の冷静沈着なシェリーナの姿があった。

「……シェリーナ?お前、キリトに懸想してやがるな?」

 邪推を口にしてみる。すると、シェリーナはぐるりと勢いよくエギルに向き直り、キッと彼を睨み付けると烈火のごとく顔を上気させて怒り出した。

「ち、違いますッ!!断ッじて違います!!なんでそうなるんですか!!」

 ふん!とほほを膨らませ、シェリーナは不機嫌そうな声を出す。

「もういいです。インゴットはほかの質屋さんに買い取ってもらいます」

 シェリーナは机の上の《アシュレィの秘石》をつかむと、すたすたと店を出て行ってしまった。

「あ!!お、おい!!待てよ!!」

 店の外に駆けだしたエギルは、フードをかぶりなおして足早に遠ざかるシェリーナを見て、今更ながらに己の大失態に気が付いた。

「くそぅ……いい交渉のチャンスだったってのに……」

 《アシュレィの秘石》は超貴重なアイテムである。ここであのアイテムを買いとっての出費を補って有り余るほどのリターンがあったはずなのだが。

 悔やんでも遅い。エギルはとぼとぼと店内に戻り、《closed(閉店)》の看板を掛けた。 
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