箱庭に流れる旋律
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笛吹き、隷属する
あの後、僕は黒ウサギさんのお説教を延期してもらい、サラマンドラの宮殿の中を歩き回ってサンドラちゃんを探している。
と言うのも、少し頼みたいことがあるからだ。黒ウサギさんも、このことで頼み込んだら延期にしてくれた。中止じゃないのは少し残念だったけど。
「あ、奏、ようやく見つけた・・・」
すると、後ろから息を切らせたサンドラちゃんの声が聞こえてきた。
もしかして、走り回って探してくれたのだろうか?
「えっと・・・ずいぶんと息が切れてるけど、どうしたの?」
「どうした、じゃない・・・ふぅ。“奇跡の歌い手”に依頼があってきました」
「依頼・・・どういった内容でしょうか?」
僕は頼みたかったことを後回しにして、仕事モードになった。
「今回のゲームで散っていった同士に・・・追悼の歌を」
「・・・承りました。それで・・・報酬に頼みたいものがあるんだけど、いいかな?」
「え・・・?」
急に地に戻った僕にサンドラちゃんは戸惑ってたけど、
「 をお願いしたいんだけど・・・」
「確かに、あのギフトを生かせるのは奏だけだから、問題ないけど・・・本当にそれでいいの?」
「うん。個人的には、欲張りすぎかな、って思うくらいなんだけど・・・」
「・・・分かった。なら、それで交渉成立」
「かしこまりました、サンドラさん」
そして、僕はレクイエムを歌うために、サンドラちゃんについていった。
♪♪♪
私、ラッテンは今、“サラマンドラ”の地下牢に入れられている。
まあ、どうせ殺されるでしょうし、特に思うことはない。
全力の演奏をして、ハーメルンの魔書も失われた状態でまだ生きていることがもう奇跡のようなものだし、少し死ぬのが遅くなっただけですもの。
「ふう・・・確か、マスターが入れられていた牢屋も、こんな感じだっていってたわね・・・そんな場所で死ぬのも、案外悪くないかもしれないわ」
「いや、死ぬことが悪くないことはないでしょう・・・」
独り言のつもりだったのに返事があったことに多少驚いたけど、それは表情に出さない。
それに、この声には聞き覚えもあるし・・・
「えっと・・・こんにちは?でいいんですかね・・・ご機嫌は?」
「こんなところに入れられて、いいわけがないでしょう?」
何を当然のことを聞いてるんだか。それも、ここに入れた張本人が。
「ハハハ・・・ですよね。とりあえず、早くそこから出ません?今鍵を開けますから」
「・・・は?貴方、何を言って・・・」
そんなことを行っている間に、歌い手は本当に鍵を開けた。
「扉結構重いな・・・ふう、これで出れます?」
「それは出れるけど・・・貴方、自分が何をしたのか分かってるの?」
「?別に問題になることは何もしてませんよ?」
歌い手は本気で分かっていないようで首をかしげるけど・・・これが問題にならないはずがない。
「貴方、賢いかと思ったけどバカなのね・・・いい?貴方はサラマンドラの所有物を勝手に奪ったのよ?」
「ああ、そのことですか。それなら、本当に何も問題ありません」
そして、歌い手は私に顔を向けて、
「サラマンドラからの依頼を受けて、ラッテンさんは正式に僕の所有物になりました」
まあ、所有物扱いする気は一切ないですけど、と歌い手は言ってくるけど・・・私はその話を飲み込めずにいた。
「・・・なんで、わざわざそんなことを・・・」
「なんでって・・・その、ラッテンさんは僕とはなれたら霊格が磨耗しすぎて消えてしまうみたいですし、だったら一緒に“ノーネーム”にくれば大丈夫かな、と・・・初めて一緒に音楽を奏でた人が死んじゃうのは悲しいですし・・・」
確かに、全力の演奏をして霊格が磨耗している私が消えていないのは、歌い手と私の“共鳴”のギフトが発動しているからだ。
でも、その喋り方からは、それもまた本音だけど全てではない、と言う感じがした。
「・・・本当のところを言いなさい。何が目的?」
「う・・・話さないとダメですか?」
「ええ。何が目的なのか分からないまま、ついて行くことなんてできないもの」
これだけはしっかりと知っておかなければならない。
内容によっては、この話は拒む。“グリムグリモワール・ハーメルン”の生き残りとして、マスターとヴェーザーに顔向けできないようなことは絶対にしない。
「・・・一緒に音楽を楽しめる人が欲しかったんです・・・」
そして、歌い手の口から出てきた言葉は、私の意表をつくには十分だった。
「・・・プッ。アハハハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「な・・・そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!これでもかなり恥ずかしいことを言わされたんですよ!?」
「ええ、それは分かってる。分かってるけど、そんなことで敵対してたコミュニティのメンバーを誘うなんて・・・連れて行けるように交渉するなんて・・・ああダメ、耐えられない!腹筋が痛い!」
私は恥ずかしげもなく、おなかを抱えて転げまわりながら笑った。
着ていた服は同じものだったからかなりきわどくなっていた気はするけど、そんなこと気にも留めないくらいに笑っていた。
「うう・・・やっぱり話すんじゃなかった・・・」
「ごめんなさい。でも、今のは笑って当然だと思うわ」
ああ・・・よく笑った。
にしても・・・これは信用してもよさそうな気がしてくるから不思議なものね。
一緒に音楽を楽しめる人、か・・・確か、私も最初はそんな人が欲しかったのよね。すっかり忘れてたわ。
根っからの善人みたいだし、弄ったら楽しそうだし・・・
「分かった。いいわ、あなたについていきましょう」
「今の話の流れでどうやってそうなったのかは全くもって分からないんですけど・・・はい、これからよろしくお願いします」
私は立ち上がって、歌い手の前に立つ。
「私、“ハーメルンの笛吹き”ラッテンは“奇跡の歌い手”天歌奏に隷属します。受けていただけますか?」
「いや、わざわざ隷属してもらわなくてもいいんですけど・・・」
「あら、知らないの?私達の持ってるギフト“共鳴”はただ近くにいるより、契約と言う回路で繫がっていたほうが効果が大きいのよ。距離もとれるようになるし。それとも、四六時中私のそばにいる?」
「だったら、別に隷属の契約でなくても・・・」
「一番効果が大きい契約が隷属なの。それに、隷属なら貴方を介して他の隷属してる人とも“共鳴”できるし」
実際、一番都合がいいのが隷属の契約。決して弄るためではないわ。
「はあ、分かりました・・・“奇跡の歌い手”天歌奏は、“ハーメルンの笛吹き”ラッテンの隷属を受けます」
歌い手が了承した瞬間、私と歌い手の霊格が一気に上がった。
「わ・・・ここまで一気に・・・」
「私も驚いてるわ・・・でも、ちゃんと契約は交わせたみたいね」
私は乱れていた服装を正して、歌い手に一礼する。
「では、これからよろしくお願いします、ご主人様♪」
「・・・はい?いや別に敬語じゃなくても今までどおりでいいんですけど・・・呼び方も、奏の呼び捨てでいいですし・・・」
「そうですねえ・・・では、ご主人様が敬語をやめて、呼び方を呼び捨てにしたら、にしましょう」
「えー・・・」
やっぱり、弄ったら楽しそうだわ♪
♫♫♫
「ふう・・・皆―!怪我をしないよう、無理せず気をつけて運ぶんだぞー!」
「「「「「「はーい!!!」」」」」」
僕はラッテンさんと一緒に剣の舞を奏で、木を運びやすいサイズにしてから子供達にそう言っていた。
何でも、土地の肥やしにするものがあれば“ノーネーム”の土地を復活できるかもしれないと飛鳥さんがつれてきた地精の少女、メルンが言っていたそうで、まずは周りの林を肥やしにしよう、ということになったのだ。
「お疲れ様でした、ご主人様。どうぞ、のど飴です」
「あ、はい。ありがとうございます」
ラッテンさんからのど飴を差し出されたので、僕はありがたく受け取った。
まあ、ここまではまだいいんだけど・・・
「・・・なんでそんな格好なんですか?」
「これくらいしたほうが目に見えて隷属した、と分かるかと思いまして♪魔笛を飛鳥に渡したとはいえ、まだ信用されていないみたいですし」
まあ、確かに最初のころはそんな感じもあったけど、飛鳥さんに魔笛を渡してからはそんなことはなくなったと思う。
だから、もうそんなことを気にする必要はないように思うんだけど・・・
「あ、それとも、ご主人様はこちらのほうがよかったですか?でしたら、今すぐにでも着替えますが」
そう言ってラッテンさんがギフトカードから取り出したのは、今着ているものと同種なんだけど、露出の量が多い・・・メイド服だった。はっきり言うと、ラッテンさんがゲームの際に来ていたものと露出の量は変わらないのにより扇情的に感じる。メイド服であるということが分かるのが奇跡な代物だ。
「いえ、その二択なら今着ているものでお願いします。本当に、お願いですから」
「そうですか。私は別にどちらでも構わないので、気分が変わったらいつでも言ってくださいね♪」
明らかにからかわれたな・・・
ちなみに、ラッテンさんが今着ているものはレティシアさんが着ているものと同じデザインだ。
そして、二種類のメイド服はどちらも、ラッテンさんが頼んで白夜叉さんが準備したものという、あれ?つい最近まで険悪じゃなかった?と思った代物であることを、ここに記しておきます。
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