チャイナ=タウン
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第一章
第一章
チャイナ=タウン
「寒いな」
横浜の冬は寒い。港町のせいか風が強く感じる。この時もそうだった。
俺はその時暇だった。野球を見ようにもシーズンオフだ。よりによってベイスターズはその年見事なまでに負けまくってくれて俺を春から寒くさせてくれた。横浜スタジアムで連日泣く破目に陥っていた。
「よくもまああれだけ見事に負けてくれたよ」
その日横浜スタジアムの前を通り掛かってそう言った。思えば何年か前の優勝の時以来ここでいい思いをしたことはあまりないような気がする。
金があるのに変な補強ばかりしているようにしか見えない。守備が下手な奴ばかりだ。チャンスには打たず、こっちはいざという時にこれでもかという位派手に打たれてくれる。何時からこんなチームになっちまったのか。
「監督云々の問題じゃねえな」
少なくとも俺はそう考えていた。監督だけであそこまで負けはしない。漫画やネットでネタにされまくった。あそこまでネタにされると不思議なもので笑うしかない。
乾いた、寒い笑いだった。
「あの時はよかった」
かっては無上の喜びを噛み締めてここから出たものだ。だが今は前を通るだけで暗鬱となる。この年俺が観た試合は全て負けた。その度に俺は別の場所に向かうのであった。この時もだった。
「行くか」
俺は右手を見た。そこには金色の門がある。中華街だ。
憂さ晴らしには丁度いい場所だ。嫌なことは食べて飲んで忘れるに限る。俺はその日もそうすることにした。
「来年があるな」
どうせ来年も最下位だろうな、と内心思っていたがそれはもう考えるつもりはなかった。とりあえずはこの憂さを晴らしたかった。それだけだった。
いつも広東料理の店に入る。魚介類が好きだからだ。中華に限らず和食も洋食も魚介類が好きだ。中華だと広東料理にそれが多いし美味い。だから俺はここに来るといつも広東料理の店に入ることにしていた。
「何処に入るか」
俺は街中を見回りながら考えた。どこも一通り入ったことがある。
歩きながら考えた。やがて入ったことのない店に気付いた。
「こんな店があったのか」
見れば看板に広東料理とある。なら文句はない。俺は店の中に入った。
「来来」
中国語で挨拶がかえってきた。ここの中華街では日本語で挨拶がかえってくることが多い。だから中国語を聞いてかえって新鮮な気持ちになった。
「どうも」
俺はそれに応えた。そして顔を上げた。
「おっ」
心の中で声をあげた。黒いさげの髪をした可愛らしい少女だった。小柄で透き通るような肌に大きな黒い瞳、そして小さく紅の唇をしている。それが赤い服によく合っていた。
「席はどちらにしますか」
今度は日本語で尋ねてきた。何処かただたどしい。
「ええと、どちらでも」
一人だし特に気にはしていなかった。店の方に任せることにした。
「わかりました。ではこちらに」
彼女は俺を案内した。そして店の奥の二人用の席に座った。
「ご注文は」
「ええと」
海鮮麺と炒飯、魚介類の飲茶、そして家鴨の料理を頼んだ。そして酒。中国のワインだ。赤を頼んだ。
「畏まりました」
やはりたどたどしい日本語で応えた。暫くしてまず麺が来た。それを食べ終えた頃に炒飯と飲茶、そして酒。実によく考えられた順番だと思った。
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