誰が為に球は飛ぶ
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焦がれる夏
拾玖 互いにしぶとく
第十九話
参ったねぇ。
インコース低めのスライダー、左打者の泣き所だよ。それをどうやってフェアゾーンに入れると言うんだい?捕手の位置から見ていても、一体どこに飛んだのか、分からなかったよ。
気がついたら大歓声さ。いやぁ、参ったねぇ。
でも、マウンドを見てみたら、真司君は肩を落とす事もない。笑ってるんだ。
まだ大丈夫。同点になっただけさ。
何より、僕たちの心の柱、
真司君の気持ちがまだ、折れてないからね。
ーーーーーーーーーーーーー
変態打法。そう呼ぶに相応しいバッティングだった。
7回表、この回先頭の八潮第一の核弾頭・吾妻裕樹が膝下のスライダーを右手一本ですくい上げた。左打者の体に食い込んでくる球の内側を叩き、ライト線へまっすぐ伸びて行った打球はライトポールを直撃。吾妻自身、高校通算44本目となる同点弾である。
「よっしゃキタァーー!」
左手の人差し指を高く掲げ、吾妻はベースを一周する。これで真司の完全試合も途切れ、スコアも1-1の振り出しに戻る。
「「「ナイスバッチー!ナイスバッチー!
ナイスバッチー!
ワッショイ ワッショイ!!」」」
これまで抑え込まれてきた溜飲を下げるかのように八潮第一の応援席にはヒットマーチ「タイガーラグ」が流れ、ベンチ外部員が大騒ぎで踊り回る。初回からネルフ学園が守り抜いてきた虎の子の一点を、たった一振りで取り返してみせる。
これが、最強世代の八潮第一。
埼玉ナンバーワン打者、吾妻の打撃。
「こんなにあっさりと同点に…」
ネルフ学園サイドは唖然とする。
何とかこの一点のリードを保ちたかった所を、この終盤にきて追いつかれてしまった。
八潮第一のエース・御園を攻略する糸口は掴めていない。同点だが、層の厚さからいっても、一気にネルフ学園が窮地に追い込まれたように感じられた。
「さぁ!もらった一点は返したよ!」
しかし、打たれた本人の真司はこう叫んで、マウンド上で笑顔を見せている。重い雰囲気になりかかったネルフ守備陣も、この笑顔で気が楽になった。
「「「引っ張る事が男の〜
たった一つの勲章だって
この胸に信じて生きてきた〜」」」
畳みかけたい八潮第一は、応援席が「男の勲章」の替え歌の大合唱を始める。八潮第一のチャンスマーチだ。100人以上の控え部員による野太い歌声が、球場を満たしていく。
しかし、ここで傾きかけた流れを真司が食い止める。右打者には外中心の出し入れでこれまで抑えてきたのが一変、インコースを攻撃的に突いて、目つきを変えてフルスイングする二番の白柏、三番の辻先をどん詰まりのピッチャーゴロに討ち取った。
<四番ピッチャー御園君>
そしてここでまた要注意の打者を打席に迎える。この日の御園は、真司の投球に狙いが絞れず全くタイミングが合っていない。しかし、この打席に入る表情には一段と気合が入っていた。
「「「ガキの頃 テレビで見た
特大ホームラン 甲子園の舞台へ
誓った思いは忘れちゃいないぜ」」」
応援席も声が一際大きくなる。
(……大丈夫。この人を抑えれば、また流れはこちらに来る!)
真司は振りかぶって、果敢に投げ込む。
(何度も何度も公立のエースに良いようにされてたまるかァ!)
御園も渾身のフルスイングでそれを迎え撃った。
ーーーーーーーーーーーーーー
「カァーーン!」
今度の打球音には、真司はマウンドで大きく目を見開いた。振り返って打球の行方を見ると、白球は大きな放物線を描いてバックスクリーンへと飛翔する。
深く守っていたセンターの剣崎はフェンスに背をつけ、体を伸ばすが、打球を見上げる事しかできない。バックスクリーンに当たった音が、その背後で響いた。
「うぉらぁあーー!!」
一塁ベースを回ったところで御園は飛び跳ね、拳を握りしめて吠えた。勝ち越しソロホームランは、バックスクリーンに飛び込む特大弾。
1-2。ついにネルフ学園が、真司が逆転を許した。
(……スイングに迷いが無かった。やめたんだね、配球を読む事を。素直に来た球を打ったんだ。)
薫は唇を噛む。今度の被弾は堪えたらしく、真司はガクッと肩を落とした。
守備陣にも、絶望感が漂う。ここにきてリードまで許してしまえば、鬼神のような投球を続ける御園を打たない限り敗北が確定する。
結局負けるのか……ここまで健闘したのに。
「カーン!」
気落ちしたネルフに、更に八潮第一打線が襲いかかる。5番の須田がレフト線に二塁打を放ち、三点目のチャンスを作る。
「タイムお願いします。」
薫がたまらずタイムをとり、マウンドにネルフナインが集まった。
ーーーーーーーーーー
「あちゃー、こりゃまずいわね……」
ネルフ学園の応援席では、美里が唇を噛んでいた。ここまで善戦しただけでも良い方だろう。しかし、ここまで健闘したのだから、勝って欲しい。勝たせてあげたい。
「シンジーーッ!!しっかりしろォー!」
応援席の隅で、立ち上がって叫んだ男が居た。
それまでずっと座っていた、黒ずくめの服に、顎髭が豊かな男。碇玄道。真司の義理の父親だ。
一緒に住んでもいない義理の息子の為に、玄道は叫ぶ。力一杯。
「「「頑張れ頑張れネルフ!!
頑張れ頑張れネルフ!!」」」
応援団が総立ちで、マウンド上に集まったナインに声援を送る。
「碇君……」
玲は両手を握りしめて、祈った。
ーーーーーーーーーーーー
その声援は、ネルフナインにまで届いていた。
マウンドに集まった内野陣全員が、そちらを向く。見知った顔のクラスメートや、そうでない中等部の生徒も、皆声を張り上げていた。
「…どうやら、まだ皆さん期待してくれてるみたいだな」
内野陣唯一の三年生、多摩がこそばゆそうにはにかむ。
「これは、勝つしかないですね」
メガネの位置を直す健介の、レンズの奥の目が光る。
「ランナー二塁、前に打球しっかり止めましょう」
サードの敬太が、ジャガイモみたいな顔に笑みを浮かべた。
「よっしゃ皆さん、ここ抑えましょう!」
青葉の一言に全員が頷き、マウンド上の輪が解かれる。真司は空を見上げて、大きく深呼吸した。
ーーーーーーーーーーーー
「「「(さぁーいきましょー!)
さぁーいきましょーー!!
(さぁーいきましょー!)
さぁーいきましょーー!!
(最強一高!)
最強一高!!
(常勝一高!)
常勝一高!!」」」
八潮第一の応援席が「さぁいきましょう」の掛け声に揺れる。打席には6番の奥山。
2年生の、三拍子揃った好選手だ。
間が空いてからの初球を狙い、フルスイングするも、外低めにギリギリ決まるスライダーに空振りした。
(ちぇっ、ここに来てもコントロールは乱れやがらねぇ)
マウンド上でセットポジションで構える真司は、相変わらず穏やかな菩薩顏を保っている。
それが奥山にはかなり気に食わない。
力みなく、流れるようなフォームから二球目が放たれる。さっきとは真逆の、インコースの真っ直ぐ。これにも奥山は手を出すが、手元でスッと食い込む。バットの根っこに当たったファウルとなる。
(追い込まれちまった)
痺れる右手を振りながら、奥山は舌打ちした。
この癖球に中々対応できない。少し怠い体では、この微妙な変化が気になってしまう。
(この程度、疲れてようが打てなくちゃ話にならねえ。俺たちは全国制覇が目標なんだ)
三球目は、何と真ん中に入ってきた。
絶好球。このコントロールミスを待っていたとばかりに、猛然とフルスイングする。
フルスイングしてしまった時点で、勝負は決まった。そのボールはストン、と手元で落下し、奥山のバットはその軌道を捉える事なく回った。
「ストライク!」
審判の手が上がり、少し遅れてバッターアウトの声が響く。ショートバウンドした真ん中低めのスプリッターを薫がキッチリ腰を落として捕球し、奥山にタッチした。
「薫君!ナイスキャッチ!」
グラブを右手でパン、と叩き、真司はベンチへと帰る。薫は真司に、親指を立てて微笑んだ。
「…攻め切れなかったな」
唇を噛み、御園はマウンドへと駆けていく。
自分のホームランで一気にいけるかと思ったが、なかなかにしぶとい。
この試合、もう一山あるな。
内心そう思いながら、ハイタッチを交わすネルフ学園ナインを睨んだ。
後書き
ネルフ学園のユニホームのイメージは、愛知の豊川です。
胸のマークを、NERVの葉っぱのロゴにする感じ。
八潮第一のユニホームのイメージは、聖光学院。
男の声の応援なんかに、聖光のイメージを使ってます。
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