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夜行列車

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第三章

「うちもですかね」
「ああ、こうして電車から見るとですね」
「光に見えるでしょうか」
「そうでしょうね」
 桑原もこう川田に答えた。
「やっぱり」
「そうですか」
「だって、家に誰かいれば」
 それだけでだというのだ。
「灯りが点いてますから」
「それで、ですね」
「はい、それが家から出て」
「光に見えますか」
「今みたいに」
 彼等の家もだというのだ。
「それでその家の中では」
「誰かが絶対にいますね」
「ええ、生活がありますね」
「そうですよね」
 こう二人で話すのだった、そしてだった。
 桑原はその光達を見ながらだ、川田にこんな話もした。
「今晩うちは肉じゃがなんですよ」
「あっ、いいですね」
「それと秋刀魚でして」
「焼いたんですね」
「そうです、スダチと大根おろしがついていて」
「聞いただけで涎が出そうですね」
「大好物です」 
 桑原は実に楽しそうに語る。
「今から楽しみですよ」
「そうですか、うちは電車に乗る前に女房から携帯でメールが来たんですが」
「何ですか、今晩は」
「ハンバーグらしいです」
「ああ、川田さんのところはそれですか」
「はい、それと若布とお豆腐のお味噌汁にもやしのおひたしです」
 それが川田の家の今晩のメニューだというのだ。
「それといつもの梅干です」
「いいですね、そちらも」
「うちの娘達が好きなんで」
 どれもだ、彼女達の好きなものだというのだ。
「そのメニューなんです」
「ですか、それでなんですか」
「まあ私も好きですけれどね」
 このことは笑って言う川田だった。
「いいんですが」
「そうですか」
「ええ、それじゃあですね」
「お互いにですね」
「夕食は楽しみですね」
「もう晩食といっていい時間ですけれどね」
 二人で真夜中の電車に並んで座って話をした、そしてだった。
 彼等はそれぞれの家に帰ってやはり妻や子供達の愚痴を聞きながら御飯を食べて風呂に入ってから寝た。翌朝も同じだった。
 そうした日々が続き遂にだった、二人共。
 その日が来た、無事定年を迎え会社を永遠に後にすることになった。
 送迎会もしてもらってそれで帰りの電車に乗った、この時もだった。
 川田は桑原と一緒になった、その彼を見ると。
 送迎の花束を受け取っていた、彼と同じく。
 それで彼の座っている隣に来て酒が入り赤くなった顔でこう言うのだった。
「そちらもですね」
「はい、これで」
 桑原はその川田に笑顔で応えてきた。
「終わりです」
「そうですね、無事にですね」
「定年を迎えました」
 それでだというのだ。
「もうこれで終わりです」
「私もですよ、明日から」
「朝の満員電車に乗ることはないですね」
「夜遅くまで働いて部下の面倒も見て」
 そしてだった。
「この時間に電車に乗ることも」
「ないですね」
「はい、全く」
 なくなるというのだ、二度と。 
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