北が恋しいと
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第六章
「おつまみの方は適当に見繕ってね」
「適当か、そっちは」
「うん、けれどお酒はね」
このことが今一番の問題だった、それはというと。
「あれにしよう、モンゴルのね」
「アイラグか」
「今日はこれ一本にしよう」
料理はともかく酒はそれにだとだ、同僚に提案したのだ。
「給料日の後でお金もあるしね」
「けれど高いぜ」
同僚は少し苦笑いになって私にこう返した。
「それでもか」
「もう帰ったけれどね」
それでもだとだ、私は同僚に言った。
「お別れにって思ってね」
「そうか、お別れか」
「いなくなったけれど」
本当はいる時にするものだということはわかっている、それでもだった。
その彼女にそうしたかった、だから私は同量にこう言ったのだ。
「そうしないかい?」
「そうだな、それじゃあな」
同僚は私の話を聞いてから笑顔になった、そうしてだった。
その笑顔でだ、私に言ってくれた。
「今日はそれ一本でいくか」
「そうしよう、心ゆくまでね」
「じゃあ親父さん、いいかい?」
「はい、アイラグをですね」
親父さんも話を聞いてくれていた、それですぐに応えてくれた。
「今日はそれですね」
「ボトルでくれるかな」
「わかりました、ただ高いですから」
だからだとだ、親父さんも応えてくれた。
「今日は半額でいいですよ」
「半額にしてくれるのかい」
「飲まれますよね、量も」
「ああ、多分な」
「じゃあ半額にしておきますから」
あの娘の餞別の意味も込めてだ、そうするというのだ。
「そういうことで」
「わかったよ、それじゃあそれでな」
「今女房も息子も寂しい思いしてるんですよ」
「あの娘がいなくなったからだよな」
「はい、ですから」
それでだというのだ。
「今はそう思ってます」
「そうだよな、それじゃあな」
「はい、今から」
二人で話をまとめた、同僚はそれからまた私に言ってきた。
「半額になったからな、今日はその分な」
「うん、飲もうか」
「御前の提案だしな、それじゃあな」
彼女への別れの意味も込めてだった、私達はこの日モンゴルの酒をしこたま飲んだ。そうして彼女の故郷での幸せを祈った。
それから暫くしてまたこの店に来た、するとだった。
今度は若い兄さんがいた、青いモンゴルの衣装を着ている。だがこの人はというと。
歌わなかった、胡弓の様なものを弾いている、私達はその兄さんを見て親父さんに尋ねた。
「この人もですか」
「バイトさんかい?」
「はい、新しい留学生の子でして」
それでだというのだ。
「今度は楽器を弾くんです」
「何かチェロに似てるな」
同僚はその楽器をチェロと言った、私は胡弓に思えたが。
「何だい、これは」
「はい、馬頭琴といいまして」
「馬かい」
「モンゴルの楽器です」
まさにそれだというのだ。
「こちらも御願いしますね」
「わかったよ、じゃあ早速な」
彼は一曲頼んだ、そのうえでだった。
私に席に座る様に言ってきた、私もそれを受けてだった。
この日もモンゴルの音楽を楽しみながらモンゴルの酒と料理を楽しんだ、別れがあれば出会いがある、それは日本の中のモンゴルも同じだった。
北が恋しいと 完
2013・6・21
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